天球儀船との邂逅
午後一時三十六分
小型戦闘艇『フランセス・オーロラ』、船室
その場にいた誰もが、目前に広がる光景に言葉を失っていた。
宇宙空間に浮かぶその存在——それは巨大な浮遊大陸と呼ぶべきか、あるいは大地と大海原を載せた天空の船と呼ぶべきか。どんな言葉を重ねても、その壮大さを表現することはできなかった。
大陸の縁からは、七色に輝く滝のような水流が絶え間なく流れ落ち、光の粒子となって漆黒の宇宙へと霧散していく。まるで星々が生まれ落ちる瞬間を目のあたりにしているかのようだった。
この驚異的な大陸を支えているのは、金と銀の糸を織り交ぜたような複雑な構造物。その精緻な設計は、見る者の想像を遥かに超え、想像を絶する古代の叡智を感じさせるほどの高度さだった。
フランセス・オーロラは、まるで神聖な場所に足を踏み入れるかのように、慎重に浮遊大陸の上空へと旋回した。
「高度、四百キロメートル」
誰かの囁くような声が、静寂を破った。
中央に浮かぶ人工の太陽が、白い綿菓子のような雲と、緑、茶、赤、水色のモザイクで描かれた大地を黄金色の光で優しく照らしている。その光景は、まるで神々の手によって描かれた生きた絵画のようだった。
雲を突き抜け、天高くそびえ立つ巨大樹木群は、まるで大地の守護者のように堂々と立っていた。
レオは思わず息を呑み、目を見開いた。あまりにも巨大で全容を把握することは難しかったが、天球儀船は完璧な楕円形をしているように思えた。それはまるで、宇宙に浮かぶひとつの小さな惑星、あるいは理想郷そのものだった。
六時間前。
狭い船室内、簡易式の二段ベッドと小さなデスクだけが設置された空間で、レオ、琴音、シンディの三人は身を寄せ合っていた。頻繁に襲う衝撃に耐えながら、周囲を忙しく動き回るクルーの姿を目にする度に、死の恐怖が胸に迫った。
突如として、静寂が訪れた。
近くにいたクルーから「敵から逃げ切った」と聞いて、三人の体から緊張が一気に抜けた。長時間張り詰めていた神経が緩み、互いに寄り添うようにして深い眠りに落ちた。
しばらくして、室内の端末から呼び出しが鳴り響いた。その後、三人はブリッジへと向かい、今や巨大な天球儀船〈プトレマイオス〉を息を呑んで見つめている。
現在。
「お呼びしたのは、ほかでもありません。これからのことについてです」
ロブは静かに切り出した。
本来なら、移民船団ノアの壊滅について黙っておこうと考えていた。これ以上の悲しみを与えたくなかったからだ。
しかし、シンディの鋭い眼差しが彼の決意を揺るがした。
「その前に、移民船はどうなりましたか? 教えてください。事実を知りたいのです」
「……わかりました」
ロブは重く目を閉じ、言葉を選ぶように間を置いた。
「我々を除いて、移民船団ノアは壊滅しました。他船との連絡も完全に途絶えており、おそらくカーゴシップもすべて失われました」
彼の声は冷静を装っていたが、わずかに震えていた。続けて、三叉槍のような敵戦艦の存在と、蜂の群れのように彼らを追い詰めた戦闘機のことを淡々と伝えた。
「嘘だろ……」
レオは歯を食いしばり、拳を強く握りしめて床を見つめた。ただの悪夢であってほしいと願ったが、目の前の現実はあまりにも残酷だった。
琴音の顔から血の気が引き、青白くなった。
「お父さん、お母さん……いやだよ」
彼女は声を震わせ、やがて堰を切ったように泣き崩れ、シンディの胸に必死に縋りついた。その細い肩は、嗚咽とともに激しく震えていた。
「これからですが、我々は天球儀船に向かいます」
ロブは静かに宣言した。
「天球儀船、ですか? でも、それは襲撃者の本拠地ではないのですか?」
シンディの疑問にロブは首を横に振り、
「武装集団と天球儀船の関係は不明です。しかし、我々の水と食料はごくわずか。十五名の生存者を救う唯一の道は、天球儀船しかないのです」
「うまくいくのでしょうか」
不安を滲ませるシンディに、ロブは慎重に言葉を選んだ。
「これから天球儀船の地表を調査します。あなたも教師であれば、ご存じでしょう。天球儀船の地表の面積は地球に匹敵します。それだけの広さがあれば、必ず身を隠せる場所が見つかるはずです」
確信はない。だが、今はそれでも十分だった。生き延びるための一筋の光明、それが天球儀船という巨大な避難先なのだ。
希望と不安を誰もが抱いていた。
レオと琴音は、窓から見える青く輝く浮遊大陸をじっと見つめていた。
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