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プトレマイオスの天球儀船  作者: 星見 航
13/25

フランセス・オーロラ

 午前六時三十七分


 右舷外周区画、防衛部専用駐機場


 二十分にも及ぶ緊張の移動の末、レオたちは隠された防衛部専用駐機場に到着した。


 上層の民間駐機場が地獄と化していたのに対し、ここはまるで天国のようだった。空気は澄み渡り、宇宙船は整然と並び、何より、生きた人間の営みが確かに存在していた。


 防衛部員や警察防衛隊の隊員たちが、統率された動きで任務をこなしている。


 白衣姿の科学者や、機器を操作する技術者たちも目に入る。


 誰もが張りつめた表情ではあったが、そこに混乱や絶望はなかった。あの地獄絵図のような民間駐機場の混乱は、ここには影も形もなかった。


 レオは琴音の手をそっと握りしめ、はじめて深く息を吐いた。


 またいつ襲われるかという不安が消えたわけではない。


 しかし、堅牢な壁と厳重なセキュリティに守られたこの場所が、今は何よりも安全だと確信できた。


 胸を締めつけていたプレッシャーが、ほんのわずかに和らいだ気がした。


「ところで、マリアンヌ副室長はどうしたのです? 本来であれば、彼女が船長のお子さんを連れてくることになっていたはずです。それに――あなたは民間人ですね?」


 オーロラ・センチネル移民船団統轄委員会、副委員長のひとりであるロブ・スカヤは、鋭い眼差しでシンディを見据えた。

 灰色の瞳には疑念が浮かび、張りつめた声色がそのまま緊張を伝えていた。


「マリアンヌ、ですか……。もしかして、この端末をお持ちだった方のことでしょうか」


 シンディは努めて平静を装いながらも、わずかに震える手でタブレット端末を差し出した。

 端末の縁にこびりついた乾いた血痕が、彼女の指先をそっとかすめる。


 ロブは無言でそれを受け取ると、手慣れた動作で端末を操作した。青白いディスプレイの光が彼の険しい表情を浮かび上がらせた。


「これは確かに副室長のものだ。彼女は……どこに?」


 彼の声には、焦りの色がはっきりと現れていた。


 シンディは、レオと琴音の姿をそっと見やり、瞳を伏せる。

 まぶたの裏に焼きついた光景が、彼女の胸を再び締めつけた。


「……黒い集団の襲撃を受けて……」


 かすれた声で、どうにか言葉を紡ぐ。


「……命を落とされました」


 ロブは短く息を呑んだ。手が自然と口元へと上がり、その動きが彼の動揺を物語っていた。


 顔から血の気が引き、悲しみと衝撃が交錯する。深く沈むような沈黙が場を支配する。


 やがて、彼は長く息を吸い込み、重い声で言った。


「……わかりました。今は、それ以上は聞きません。大切な同志の死を、決して無駄にはしない。あなたも――この船に乗ってください」


 ロブはそう告げると、わずかに顎を引き締めた。


 防衛部専用駐機場の中央に、その機体は佇んでいた。灰色の薄い楕円形をした中型戦闘艇。静かに、それでいて確かな存在感を放ちながら、出発の時を待っている。


 流線型の船体は、生命を宿したかのように、かすかな光を纏っていた。側面には、青く輝く文字が記されている。


 〈フランセス・オーロラ〉――この戦闘艇に与えられた名だ。


 その周囲には、三機の小型戦闘艇が控えている。


 重厚な機材を抱えたクルーたちが、次々と乗り込んでいく。


 大型ケースを慎重に扱う技術者、装備を整える兵士、短い指示を飛ばす指揮官。

 それぞれの動きに、使命と覚悟が滲んでいた。


「ロブ副委員長、搭乗準備完了しました。いつでも発進できます!」


 若い防衛部士官が、背筋を伸ばして報告する。力強い敬礼に、目前の危機へと立ち向かう覚悟が表れていた。


 ロブは静かにうなずいた。士官は踵をそろえてから、素早く戦闘艇へと駆けていく。


 レオは、その荘厳な機体を見上げながら、ふと両親の顔を思い浮かべていた。


 父さん、母さん、今、どこで、どうしているのだろうか。この終わりの見えない混乱のなか、どうか無事でいてほしい――。

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