フランセス・オーロラ
午前六時三十七分
右舷外周区画、防衛部専用駐機場
二十分にも及ぶ緊張の移動の末、レオたちは隠された防衛部専用駐機場に到着した。
上層の民間駐機場が地獄と化していたのに対し、ここはまるで天国のようだった。空気は澄み渡り、宇宙船は整然と並び、何より、生きた人間の営みが確かに存在していた。
防衛部員や警察防衛隊の隊員たちが、統率された動きで任務をこなしている。
白衣姿の科学者や、機器を操作する技術者たちも目に入る。
誰もが張りつめた表情ではあったが、そこに混乱や絶望はなかった。あの地獄絵図のような民間駐機場の混乱は、ここには影も形もなかった。
レオは琴音の手をそっと握りしめ、はじめて深く息を吐いた。
またいつ襲われるかという不安が消えたわけではない。
しかし、堅牢な壁と厳重なセキュリティに守られたこの場所が、今は何よりも安全だと確信できた。
胸を締めつけていたプレッシャーが、ほんのわずかに和らいだ気がした。
「ところで、マリアンヌ副室長はどうしたのです? 本来であれば、彼女が船長のお子さんを連れてくることになっていたはずです。それに――あなたは民間人ですね?」
オーロラ・センチネル移民船団統轄委員会、副委員長のひとりであるロブ・スカヤは、鋭い眼差しでシンディを見据えた。
灰色の瞳には疑念が浮かび、張りつめた声色がそのまま緊張を伝えていた。
「マリアンヌ、ですか……。もしかして、この端末をお持ちだった方のことでしょうか」
シンディは努めて平静を装いながらも、わずかに震える手でタブレット端末を差し出した。
端末の縁にこびりついた乾いた血痕が、彼女の指先をそっとかすめる。
ロブは無言でそれを受け取ると、手慣れた動作で端末を操作した。青白いディスプレイの光が彼の険しい表情を浮かび上がらせた。
「これは確かに副室長のものだ。彼女は……どこに?」
彼の声には、焦りの色がはっきりと現れていた。
シンディは、レオと琴音の姿をそっと見やり、瞳を伏せる。
まぶたの裏に焼きついた光景が、彼女の胸を再び締めつけた。
「……黒い集団の襲撃を受けて……」
かすれた声で、どうにか言葉を紡ぐ。
「……命を落とされました」
ロブは短く息を呑んだ。手が自然と口元へと上がり、その動きが彼の動揺を物語っていた。
顔から血の気が引き、悲しみと衝撃が交錯する。深く沈むような沈黙が場を支配する。
やがて、彼は長く息を吸い込み、重い声で言った。
「……わかりました。今は、それ以上は聞きません。大切な同志の死を、決して無駄にはしない。あなたも――この船に乗ってください」
ロブはそう告げると、わずかに顎を引き締めた。
防衛部専用駐機場の中央に、その機体は佇んでいた。灰色の薄い楕円形をした中型戦闘艇。静かに、それでいて確かな存在感を放ちながら、出発の時を待っている。
流線型の船体は、生命を宿したかのように、かすかな光を纏っていた。側面には、青く輝く文字が記されている。
〈フランセス・オーロラ〉――この戦闘艇に与えられた名だ。
その周囲には、三機の小型戦闘艇が控えている。
重厚な機材を抱えたクルーたちが、次々と乗り込んでいく。
大型ケースを慎重に扱う技術者、装備を整える兵士、短い指示を飛ばす指揮官。
それぞれの動きに、使命と覚悟が滲んでいた。
「ロブ副委員長、搭乗準備完了しました。いつでも発進できます!」
若い防衛部士官が、背筋を伸ばして報告する。力強い敬礼に、目前の危機へと立ち向かう覚悟が表れていた。
ロブは静かにうなずいた。士官は踵をそろえてから、素早く戦闘艇へと駆けていく。
レオは、その荘厳な機体を見上げながら、ふと両親の顔を思い浮かべていた。
父さん、母さん、今、どこで、どうしているのだろうか。この終わりの見えない混乱のなか、どうか無事でいてほしい――。