Op
旧校舎被服室。
時代から取り残されたかのような空間に西日が射し込み、ていりのセミロングを淡く輝かしていた。
しゃき……しゃき……、とハサミの刃がていりの髪を断つ音はどこか慎重で、敷かれたブルーシートの上に不規則なリズムで髪が落ちていく。
「相変わらず表情硬いなぁ、せいくんは。ぷっ、ぷくくっ、ガッチガチだね」
「笑うな。いや、笑ってもいいけど頭は動かすなよ」
パイプ椅子に腰かけて髪を切られているていりは等身大の鏡の前でニコニコ顔を浮かべ、一方の俺は唇をきゅっと結び真剣そのものだった。
一発勝負の世界。切ってしまった髪は当分戻らない。
「もっとにこやかにしなくちゃダメだよ。ほら、こんな感じ、ニィー、ニィー!」
「笑える余裕がないんだよ。集中してんの。失敗して、お前をクラス中の笑いものにさせるわけにはいかねえだろ」
手を止めた。軽快に喋りながら髪を切るなんて芸当、いまの自分にはできない。
「でも、それ美容師さんとしてどうなの? むすっとしてたらヤだなー。指名もらえないよ?」
「将来は将来、いまはいまだ。てかお前、俺に話しかけて手元狂って失敗したらやばいとか思わないのかよ」
「ん? んー、そだねぇ。そのときは、そのときかなぁ。だってもう一回ひどい失敗してるしね。怖いものなしって感じ? にへへぇ」
うぐっ、と俺は胸に一撃を食らったような気分だった。
「でも、上手くなったよ」
ていりは屈託なく笑った。
「最初にくらべてぐうぅぅーんと、上手くなった。すごいなぁ。人生にコレだってものを見つけた人ってのは、どんどん伸びて、どんどん進んでいくんだねぇ!」
「つまずいてばっかだけどな。……ってほら、頭を揺らすなよ。カット再開するから」
その後もていりはよく喋った。陽気で、朗らかで、俺とていりの二人しかいない被服室に彼女のソプラノの声はよく響いた。
次のカットも、さらにその次も、残りの高校生活すべてにおいて、いや、その先の未来だって、ていりの笑顔と陽性の声を聴く未来が続くものだと俺は想像した。
――だが、続かなかった。
俺が髪を切るのは、この日を境になくなった。
ていりに異変が起きた。