それは白い絵の具のように。
純粋さをそのまま女の子にしたような子だった。向日葵の真ん中で笑っていそうな、まっすぐな女の子だった。外で遊ぶのが好きな彼女と花を描くのが好きな僕は、いつの間にかよくある1週間の一部を共有するようになっていた。
青と白を混ぜたら水色になるように、自分の頑固さが彼女といると安らぐように感じられた。白と赤と青を混ぜたら、ピンク色になるように自分の中の矛盾も彼女と居れば本当の意志に導かれるように一つになった。混ざり切った綺麗な色は、彼女の純粋さと一緒に僕の筆に勇気をくれた。筆先に夢をのせて、笑う彼女を追って描いた。背景にいたはずの彼女は、いつの間にか僕の絵の主人公になっていた。
彼女の居る絵の本当の背景は、黒と白を混ぜた目を瞑りたくなるような色でできていた。笑う彼女の腕にその色を見つけてしまったせいで、その日の僕の絵は何だか無理やりに明るくなった。それは晴天の日の空のように輝いた背景に、明日彼女を埋められるように。
気が付けば、不自然な色を端に見つけるようになっていた。混ざり切って見えたはずなのに、急に混ざり切っていないように感じられて焦った。外で絵を描いているのに、布団の中に籠ってしまいたいくらいだった。
彼女を描いたその背景は、やっぱり明るい色の花ばかりだった。黄色で無理やりに塗りつぶして、それをゆっくり向日葵に変えて息を吐いた。ゆっくり描きだした真ん中の彼女の表情がどうしても笑顔でしかなくて、それが正しいはずなのに間違って見えて、とたん怖くなった。一体僕は、どこで色を間違ってしまったのだろう。
雨の日が続いて、籠る日が続いた。脳裏の正しい彼女を筆先に描こうとして、嘔吐いた。間違っていないと思いたかった、その日の空がカーテンの向こうに見えた気がして色を間違えないか怖くなった。失敗作にしてしまうには、あまりにも綺麗な絵だった。
晴れの日になっても、彼女がインターホンを鳴らしても部屋から出られなくなった。自分の望む理想の色を使って彼女のワンピースを塗りたいのに、その色が作れなかった。迷い始めた筆は、床に落ちた。
インターホンが鳴らなくなって半月が経つ頃、彼女の色を忘れかけてそれでも彼女で埋めたくて思い出せそうで、今なら綺麗な色をパレットに作れる気がして、外に飛び出した。そこで僕は、彼女がどこに住んでいるのか知らないことに気が付いた。焦って、それでも彼女がよくいる丘に自転車を走らせた。
何日もそれは続いた、ただ毎日彼女の色を求めて外に飛び出した。今なら、という感覚だけが筆先に残った。
1年が過ぎたころ、虐待で高校生の女の子が亡くなったことを知った。半年前のことだった。それは買いためた画材を買いに隣町へ行ったときに通った家の前での噂を聞いてしまったことからはじまった。1年間ずっと描き続けた絵が完成しないことを知った。
あぁ、時間を置いたならこの絵を完成させられるのだろうか。綺麗に見えるだろうか。彼女の持っていた、彼女だけの色をのせられるだろうか。未だ、そこには白があるだけだ。ずっと、ずっと僕はその絵を抱いて、彼女の色をパレットに作り続けている。
たとえ完成しなくても、パレットに色を作ることがやめられなくなる恋に近い何か。
こういうのを書くのが好きです。
読んでいただけて幸せです。あなたに刺さってるといいなぁ。