『酩酊世界』
ダメな男の後悔しなかった話です。
物が、私の部屋が、ゆがんで見える。
これはきっと、いや、まさに酩酊状態の様。
目の前も、頭の中も。ぐにゃぐにゃしている。
何故だろうと、考えるのも辛いほど。
「こんにちは」
と一声。脳裏に染み込む、透き通るような綺麗な声。
私の脳内に語り掛けるその声は、また語り掛ける。
「辛いですか、ええ、分かります。酩酊状態。ですが仕方のないことなのです。貴方は今、変わろうとしている。これはその為の準備なのです。素晴らしい事でしょう」
何が、どこが。ただただ辛いのに。病気??そんなわけがない。私はいたって平常。
今日も明日も。何時も通りに。
「まだ受け入れられないのですね。可哀そうに。いいですか。これは運命なのです。貴方は変わって、酩酊から抜け出し、自分自身を理解するのです」
自分を理解?何を言っているんだ。知っている。自分なんて。小さい頃から弱虫で、いつも黙り込んでいて、なんの見栄えもしない私を。変わるわけがない。こんなことでは。ただグラグラしているだけ。たったこれだけで、私が変わるなんて。そんなの、空虚だ。きっとこれは夢の央なんだ。
「夢の央だなんて。そんな都合のいいことではありません。現実です。確実に変わるのです。今よりもっと、素晴らしく素敵な存在に」
素晴らしく、素敵な存在。つまり今は、素敵ではないという事か。知ってる、知ってるけど。
今の私も案外いいものだと思っている。
「今の私も悪くはないんだ。わかるだろ?」
そいつは少し黙り込んだ。その後満足した声で言った。
「……だと“いいね”」
起きたら、何もなっかた。あるはずの私の部屋も。まさに空虚な世界だった。
『ようこそ、記憶の中へ』
『忘却したはずの世界に貴方を連れていって差し上げます』
『今の貴方とは違うあなたに』
そういうと私の胸に心臓を入れた。冷たい、空っぽな心臓。
『これはある失敗作の心臓です。創り変え貴方にこの心臓を育ててもらいます。
そのために貴方には酩酊状態』
いつかちゃんと生きれるように、その声は私をぬるく包み込んだ。
『いってらっしゃい、アダム』
ありがとうございました。世界シリーズまだ続きます。