月狐(げっこ)は結び、剣が舞う【第一話 オモワク】
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月狐は結び、剣が舞う
作:狩屋ユツキ
第一話 オモワク
【人物】
雨ヶ崎 夜子(あまがさき やこ)
女
表記は雨ヶ崎 ヤコ
水を操る妖狐
見た目は20歳前後
一人称は私
湖月所属
焔ノ塚 天音(ほむらのづか あまね)
男
表記は焔ノ塚 アマネ
炎を操る妖狐
見た目は20歳前後
一人称は俺
湖月所属
秋宝条 柚貴(あきほうじょう ゆたか)
男
表記は秋宝条 ユタカ
土を操る妖狐
見た目は25歳前後
一人称は私
無所属
狂乱魅 陽光(きょうらんみ ようこう)
男
表記は狂乱魅 ヨウコウ
光を操る妖狐
見た目は25歳前後
一人称は我
此日所属
邪 目目(よこしま めめ)
女
表記は邪 メメ
影を操る妖狐
見た目は15歳前後
一人称はメメ
海古所属
ヒトケガレ
人間に穢れ(ストレス)が溜まって変生した化物。
※ヨウコウと兼ね役
【使用時間】
60分程
【配役表】
ヤコ:
アマネ:
ユタカ:
ヨウコウ・ヒトケガレ:
メメ:
男:女
3:2
――――――――――――――――
ヤコN「世界は一枚岩ではない。幾重にも重なるミルフィーユのように甘く、薄く」
アマネN「特に、俺達“妖怪”が裏と呼ぶ、もう一つの世界は、蕩けるように脆く、儚く」
ユタカN「そんな世界に生きる者達はそれぞれに思惑を持ち、それぞれの願望を抱えている」
ヨウコウN「全ては自由であるべきだ。優秀な種に支配されることこそ幸福だ。全てが堕ち、狂うのを見るのが唯一の愉しみだ」
メメN「そう。ある者は己の平穏と安寧のために。ある者は己の願望と使命のために。ある者は己の愉悦と生きるために」
ヤコN「世界はただ、そこにある。ただ、そこにあって……“世界”の上で、私達は笑い、泣き、そして踊るのだ」
間
ヤコN「夜の街は、私達“妖怪”の世界。そこに迷い込む……否、そこへ迷い込まされる人間たちは後を絶たない。全ては穢れのため。人はそれをストレスと呼び、“私達”は……穢れと呼ぶ。そしてその穢れに満たされて変生した人間を、ヒトケガレ、と呼ぶ――」
間
ヒトケガレ「フシュルルルルル!!!」
ヤコ「ああもう、逃げないでください!!」
アマネ「ヤコ!そっち行った!!大通りに誘い込んで両脇から挟み撃ち……」
ヤコ「駄目です!それじゃあ抜けられます!!」
アマネ「んなこと言ったってやるしかねえだろ!!」
ヤコ「はぁっ!!」(バク宙でヒトケガレの正面に降り立つ)
ヒトケガレ「キィッ?!」
アマネ「うぉっ、見事なバク宙……って、それで敵の真正面に立つバカがどこにいる!!攻撃されても知らねえぞ!!」
ヤコ「かと言って逃がす訳にはいかないです!安全策を取ったところで、正面突破されたら終わりです!!」
アマネ「確かに逃したが最後、普通の人間に対して何しでかすかわかったもんじゃねえが」
ヒトケガレ「キィ、キキィ……ガぁっ!!!」
ヤコ「ふっ!!(避ける)……人に怪我をさせるレベルならまだしも、人死にが出てからじゃ遅い」
アマネ「だったら尚更気をつけろヤコ!!……ヒトケガレは“世界に関われない”……とはいえ、例外はある。縁の深い者はその縁の糸を手繰って傷つけることも殺すこともできるって、あれか……クソ面倒臭ぇ」
ヒトケガレ「ギィ!キシャアアア!!」
ヤコ「はっ、く、ぅ、っ!!(避ける)……ヒトケガレになる人間は大抵が人間関係で穢れを溜め込みます。ヒトケガレの姿のまま身近な人を襲うことも考えられますし、稀に人の姿に戻って突然発狂したりテロを起こしたりすることも考えられますし……とにかくすぐに対処しないと」
アマネ「とはいえ、こいつも多分、ヒトケガレに“された”可能性がある。ある意味被害者ってやつだから穏便に済ませたいもんだ」
ヒトケガレ「フシュールルルルルル………!!!」
ヤコ「お願い、私の力で穢れを洗い流す、これが一番貴方にとって良い状況なの。だから大人しく捕まって」
ヒトケガレ「ガァッ!!!」| (腕を振り上げる)
アマネ「ヤコ!!!」
ヤコ「ッ!!!(手を打ち鳴らす)『水よ、潤し満たす全ての源にして命の根源よ、我が眼前、かの者に憑き苦しめる全ての穢れをその慈悲を以て押し流せ!!』水狐激流陣!!」
ヒトケガレ「ギャアアアアアアアア!!!!!」
ヤコ「ふう、間に合った……。暴れても無駄です、その水の檻は簡単には壊れない。そのまま暫く大人しくしていれば私の水が全てを押し流して清めてくれる」
ヒトケガレ「アアアアアア……」
アマネ「俺の炎で焼き尽くせば直ぐなんだがなあ」
ヤコ「炎狐乱舞陣は早いですが、記憶に後遺症の危険性があります。私の水狐激流陣の方が時間はかかりますが安全確実……あ」
ユタカ「おや、もう終わっていましたか。手を貸す必要はなかったようですね」
ヤコ「ユタカさん。どこかで見ていたのですか?」
ユタカ「そこのビルの影で。お二人の活躍をじっくり拝見させていただきましたよ。勿論、先程ヒトケガレの前に華麗なバク宙で降り立つヤコさんの勇姿も」
アマネ「じゃあご覧の通り、ヤコの技で今浄化中。あと数分もすれば普通の人間に戻るだろうよ。その後の処理は任せていいんだろう?」
ユタカ「ええ。元々ヒトケガレの起こしたことは全て人の表の世にとって“ヒトケガレのせいではなかった”ことになる……。怪我人が出ようと、死人が出ようと、それらは全て不幸な出来事……事故や病気として人々の記憶で処理される。それが世界の“辻褄合わせ”」
ヤコ「ヒトケガレ自体が、世界にとって異物であって、物語で言うページの外側の存在だから……」
アマネ「今も街に人の姿は一つもないしな。本来ならまだ賑わっていておかしくない時間と場所なのに、ここにヒトケガレがいるから世界がページの外側に“反転”している……」
ユタカ「我々妖怪は辛うじてページ上に存在する端役でしかない。端役だからこそ、ページの外側と内側を行き来できるのですがね……とはいえ、その端役が全てを処理しなければ、世界はまた別の端役を生み出すでしょう」
アマネ「全く、いい迷惑だぜ。けどまあ、退屈はしなくていいけどな」
ヤコ「ヒトケガレを暇潰しみたいに言わないでください。……あ、そろそろ浄化が終わるみたいです」
ユタカ「では、お二人はご帰還を。後の処理は全てこの私にお任せください。きちんと、全て、“世界の理に則って”今日も昨日もその前も、ヒトケガレの彼が起こした全てを“なかったこと”にしてみせますよ」
ヤコ「わかりました。いつもありがとうございます」
アマネ「秋宝条の財力と権限フルに使って、いつもどおり宜しく」
ユタカ「はい、お任せを。……、……行きましたよ。隠れていないで出てきたらどうです?」
ヨウコウ「……気付いていたのか。我の氣を」
ユタカ「気配は完璧に消えていました……が、お香、少し焚き過ぎですよ、ヨウコウさん。ヤコさんたちはヒトケガレの匂いに気を取られていましたから気付かなかったみたいですが」
ヨウコウ「む」
ユタカ「光の屈折を利用した姿消し……相変わらず見事です。透明人間から香ってくる白檀といういっそホラーな状況で、一瞬戸惑いました」
ヨウコウ「顔色一つ変えずによく回る口よ。その微笑み、縫い付けてやりたいわ」
ユタカ「はは、ご勘弁を。で、……どう見ます?」
ヨウコウ「どう、とは?」
ユタカ「今回の件といい、前回、前々回と……少し、ここ暫くヒトケガレが増えています。季節の変わり目はヒトケガレの増える時期ですが……それにしても酷い」
ヨウコウ「……我は海古が、……否、独断であの忌々しい子狐が動いていると見ている」
ユタカ「邪メメ、ですか」
ヨウコウ「そうだ」
ユタカ「ありえますね。急激にヒトケガレが増える前に一時期静かだったのはこのためだと?」
ヨウコウ「如何にも。あの子狐の考えそうなことよ。世界が……世間が騒がぬなら我らを騒がせて愉しもうという思考回路など容易に想像がつく」
ユタカ「……此日はどう出るおつもりで?」
ヨウコウ「我々此日が支配するべき人間どもをそれこそ良いように扱われるのは気に食わぬ。人間は家畜ではない、奴隷ではない、我が臣民、我らが庇護し、そして我らのために一定量の繁栄を約束させた上で完璧に支配すべき必要のある愚かしき存在よ。だが、今回のように湖月の連中が出張るのであれば我らは暫く静観させてもらう」
ユタカ「……静観……手は出さないと?」
ヨウコウ「支配者が下々の争いに手を出すなど愚の骨頂だと言っておるのだ」
ユタカ「はは、貴方は本当に根っからの王様ですね。ヨウコウさん」
ヨウコウ「我が王であることなど、世界の始まりから決まっておる」
ユタカ「……では、そのように。私は私の仕事をこなすだけです。取り急ぎは……」
ヨウコウ「浄化の終わった、そこな“元”ヒトケガレの男をどうにかするがいい。秋宝条の小倅よ」
間
アマネN「ヒトケガレはどこにでも存在する。そして、その程度も異なる。昨晩相手したような、姿も人ではなくなった者たちを狩り続け、人に戻す。またはヒトケガレになりそうな者たちを探し出し、そして万が一変生した時に動く、妖怪たちの互助組織。それがこの俺、焔ノ塚アマネの所属する、湖月という組織の主軸であり、目的でもある」
ヤコ「アマネさん、レポート進んでますか?」
アマネN「手に書類を抱えたヤコが俺のデスクへ歩み寄ってくる。ここは俺が経営している、表向きは小さな探偵事務所だ。表向き、というのは他でもない。ここも湖月の一拠点に過ぎないからだ」
ヤコ「さっきからパソコンの画面が一文字も動いていないような気がしますけれど」
アマネ「こういうの苦手だって知ってるだろおおぉぉ……。代わりにヤコがやればいいじゃねーか。得意だろ?デスクワーク」
ヤコ「デスクワークが得意ってわけじゃありません。っていうか、私は私で忙しいんですよ?……今回の件、前回と同じく、海古が関わっているっぽいです」
アマネ「海古……まあそうだろうな。首謀者はメメか?」
ヤコ「恐らく。自然変異ではなく非常に過剰で人為的な……私達流に言うなれば“狐為的”な……変生だったと考えられるそうです」
アマネ「見立ては?」
ヤコ「ユタカさんと、……ヨウコウさんです」
アマネ「そりゃもう確実ってやつじゃん!」
ヤコ「デスクの椅子で思い切り伸びをしないでください。背凭れが壊れます。……とはいえ、確かにほぼ確実です。私はこれから邪メメの動向調査と、ユタカさんとの今月の協力交渉に入ります」
アマネ「それでその資料の量か。納得」
ヤコ「ご納得いただけたところで、昨日のヒトケガレの一件のレポートはお引き受け出来ませんから」
アマネ「あー……マジか。マジか。マジだよなああああああ」
ヤコ「大マジです。頑張ってください」
アマネ「にしてもメメか。どうせまた独断で動いてるんだろう?海古は海古で必要な組織だとわかっちゃいるが、あの野郎がいる限りどうにも俺は好きになれんな」
ヤコ「私は海古自体必要だとは思いません。……人がヒトケガレになる前に浄化する方法を我々妖狐が見つければいいだけのことです」
アマネ「千年と研究されて編み出されない方法をお前が編み出すってならいいさ。そうじゃなきゃその大口は謹んどくのが吉だぜ」
ヤコ「……」
アマネ「“世界の理に反するなかれ”。それが俺達妖怪の、共通にして絶対の掟なんだからな。……お、電話だ、ヤコ、取ってくれ」
ヤコ「私はこれで失礼いたします。電話はご自分でどうぞ」
アマネ「冷たッ!!……あーはいはい、こちら湖月探偵事務所……、……は?なんだって?もう一回言ってくれ……!!」
間
メメN「ヒトケガレは力を持っている。でもその力では絶対に世界を変えられない。世界は、世界としてあり続ける。どこまでも、どこまでも、あり続ける。それが世界の理だ。それが嫌でメメは海古に入った。それでも世界は世界としてあり続けた。メメの力では世界は変わらないと思い知った。海古も世界の理の一つだと思い知った。……その昔、湖月と此日と海古は同じ組織であったという。……そんなことはメメにとってどうでもいいことだけれど」
メメ「うふふふふ。君にぃ、力をあげるよぉ」
ヒトケガレ「フシュ……」
メメ「暴れておいでぇ、破壊しておいでぇ、満たしておいでぇ。君の望むことぉ、全てやって、いいんだよぉ。素敵なことでしょぉ?……昨日は湖月の連中が簡単に消してくれちゃったけどぉ……君ならもっと上手くやれるよねえ?」
ヒトケガレ「フシュルルルルルル!!」
メメ「どこにでもある雑居ビル。この屋上から見下ろす昼の世界はメメ達のものではないけれどぉ……後少し、空が夕焼けに紅く染まってぇ、紫色に空が歪んでぇ、濃紺に空が支配されたらぁ、……そこはメメ達の世界だよぉ」
ヒトケガレ「……」
メメ「君はいっぱいいっぱい苦しんだ。上司の不当な待遇に耐えぇ、部下の悪口にも耐えぇ、妻の小言にも耐えぇ、子供の冷たい目にも耐えたぁ。もういいんだよぉ?自由な自分を解き放って、それで世界をメメ達色に染めちゃおぉ?」
ヒトケガレ「キ、ィイイ」
メメ「嬉しいぃ?君には特別にい、いつもよりも念入りにい、氣を練って練って練って練って練って捏ね繰り回して仕上げてあげたからぁ……昨日の即席とはワケが違うよぉ」
ヒトケガレ「コロス……スベテ、コワス……」
メメ「あははぁ、そうそう、それでいいんだよぉ。君のちっぽけな世界なんてぇ、メメ達の存在するこの“当たり前な世界”なんてぇ、全部ぜぇんぶ一回ぶっ壊れちゃえば良いんだぁ!」
ヒトケガレ「コワスうううううううう!!!!」
メメ「……それにしてもぉ、メメは昼の世界っていうのが眩しくて嫌いだよぉ。やっぱり夜が良いよねえ。ねえ、そう思わないぃ?……ふふ、返事はないかぁ。それもいいよねぇ。君はメメについてきてくれるぅ。いつもいつもいつもいつもいつも絶対についてきてくれる。大事な大事な――仲間なんだからぁ」
ヒトケガレ「コロスううううううう!!!!」
メメN「そう……今のメメには仲間がいる。海古では基本はみ出し者のメメだけれど、少ないながら仲間が出来、たった一人でヒトケガレを生み出すのも上手くなった。メメが振り返った先で笑った、メメの仲間である女はその場から消え、後にはヒトケガレと化した人間と、メメという妖狐が残るのみ。……ああ、早く夜にならないかなぁ。このヒトケガレが暴れれば……そうすれば……また、きっと、湖月の連中が出てくるのだろうから」
ヒトケガレ「あ、アアアアアアアアアアアアア!!!!!」
メメ「今日、どんな暴れ方を君はするのかなあ。そして湖月の連中はどんな止め方をするのかなあ。楽しみで楽しみで仕方がないよぉ。愉しみはぁ…………多ければ多いほど、いいものねぇ」
間
ユタカN「世界は全て金で成り立っている、というのが私達、秋宝条家の家訓である。だから、金を積まれれば協力は惜しまない。今この眼の前に正座しているヤコさん――雨ヶ崎ヤコのようにただ金を積むのであれば、情報提供も事故の後処理も、死体の始末だってなんだってやる。故に、秋宝条家は無所属を貫く。ヒトケガレを祓い、人間と妖怪の秩序を守ろうとする湖月にも、人間という愚かな種を憐れみ支配すべきだという考えを持つ此日にも、ヒトケガレを生み出し、混沌と快楽を貪ることこそ身上とする海古にも属さない」
ヤコ「今月も、湖月に協力をお願いいたします」
ユタカN「高級料亭で差し出されたアタッシュケース。その中に詰まっているのは尋常ではない額の札束だと私は知っている」
ヤコ「どうぞ、ご確認ください」
ユタカ「お得意様ですからご贔屓にさせていただきます。ですが、それ以上の金を積まれれば我々秋宝条はどこにでも靡く、ただ一本の稲穂であることをお忘れなく」
ヤコ「それでも構わないというのが湖月の意思です。今までどおりのお付き合いをしていただければ、それで」
ユタカ「であれば、問題はなく。私個人としては湖月……例えばヤコさんやアマネさんと共同戦線を張れるのは楽しいのですけれどね。そこは自由を愛する狐同士、わかっていただければと」
ヤコ「承知しております。私も、アマネさんも、ユタカさんも、……そしてヨウコウさんも、邪メメも、同じ妖狐。本来ならば群れることのない種の妖怪同士、自由にすべきだと思います」
ユタカ「そもそも自由と安息と安寧を追い求めるのが湖月の意思……でしたね。貴女もその一員であることに変わりはないということだ」
ヤコ「その通りです。私は全ての存在が自由で、安息と安寧を求める権利があると思っています」
ユタカ「まさに湖月の鑑ですね」
ヤコ「茶化さないでいただきたいです」
ユタカ「素直な感想ですよ。では、このアタッシュケースはそのままお受け取りいたします」
ヤコ「中身の確認は良いのですか?」
ユタカ「いつもの金額でしょう?信頼していますよ。湖月も、ヤコさん、貴女も」
間
ヨウコウN「世界とは、一つの大きなシステムである。システムはエラーを許さない。バグを許さない。パソコンに例えるならばウィルス対策ソフトとして我々妖怪は今、辛うじて存在しえている。過去の妖怪は人間というシステムのピースに認められ、ただ“在る”ことを認められていたが、今の妖怪は人間達に認識すらされず、人の姿に甘んじて漸く存在しえている。尚、ヒトケガレはそのシステムから全て外れた存在であり……否、存在してはいけないモノとして処分された成れの果てだ。それを排除することでシステムに存在を許されようとしているのが湖月であり、作り出し、生み出すことでシステムに介入するのが海古である。我が此日はそのどちらにも属することはない。システムはシステムとしてあるがまま、ただ、人間よりも我ら妖怪のほうが優れているとシステムに知らしめればそれで良い」
アマネ「……」
ヨウコウ「……」
アマネ「……だーっ!!もう、なんか喋れよ!!」
ヨウコウN「そして今、我が屋敷の客間にて机一枚を挟み、対峙するこの男も、システムの一つに過ぎないことは我にとって当たり前であり、ぎゃんぎゃんと喚くさまは羽虫がぶんぶんと騒ぐに似ている」
アマネ「俺は長時間だんまりを決め込むの、好きじゃねえんだよ!!」
ヨウコウ「主の好みなど聞いておらぬ。我はただ、必要のない口を利くつもりはないだけだ」
アマネ「そうかよ。だったらさっさと本題に入るが、……今日、またヒトケガレが動くって情報を電話でタレ込んできたアンタのところの鴉。あの情報は確かか?」
ヨウコウ「確かだ。アレが掴んできた情報に狂いはない。そんな無能を抱え込むようでは我が王として此日を率いるなど烏滸がましいにも程がある。口を慎め、下賤な湖月の子飼いが」
アマネ「……この際侮辱されたことは情報料として勘弁してやる。二度はねえぞ」
ヨウコウ「ほう、たかが落ちぶれた武家の焔ノ塚と侮っていたが、一丁前の口を利くものよ。……まあ良い、今回も我ら此日は手を出さぬ。元々ヒトケガレを祓うなど酔狂な湖月が独自に行なっていること。世界にとって奴らは既に亡き者。別段放っておいても問題はなかろうに」
アマネ「人間が死ぬ。人間が怪我をする。あんた達の言う臣民とやらが傷つく。それは此日が動くに十分すぎる理由じゃねえのか」
ヨウコウ「だからこうして情報提供をしてやっている。ときには我ら自身も動こうて。ただ、此日は湖月とは違う。ヒトケガレを滅ぼしこそすれ、救う義理はない。今回の件とて此日として我は関わらぬ」
アマネ「……前言撤回、此日は今後も手を出すな。一切だ。情報提供はありがたくもらってやるから何もするな」
ヨウコウ「狩人は狩人の仕事をすれば良いのだ。王は王の役目がある。それだけで手一杯でな、小回りが利くそちらに全てを任せよう。精々良く鼻を利かせて狩りに励むが良い」
アマネ「狩人じゃねえ、祓い屋だ。俺達はヒトケガレも人間として見ている。あんたら此日みたく、ヒトケガレに堕ちた地点で殺しも厭わず即刻排除対象にするような組織じゃねえ」
ヨウコウ「……海古も湖月も哀れなものよ。それ自体が世界の成り立ちのためにただ働くウィルスとウィルス対策ソフトとしてのシステムに過ぎぬ。お互いがお互いを成り立たせるためのシステム。……此日はそうはならぬ。システムを扱うに相応しい存在として降り立つべく、白鳥のように足元だけで藻掻くのみ」
アマネ「……気位は死ぬほど高いくせに、必要とあらば努力は惜しまず見目も整えず、ってところが此日の面倒くさいところだぜ」
ヨウコウ「上に立つ者が体裁を気にして臣民を蔑ろにするわけがなかろう。必要ならば貴様らに頭を下げる覚悟とてしてあるわ」
アマネ「そして海古に俺達を売る用意もしてあるわけだ。全く、これ以上無い“王様”だぜ、あんたは」
ヨウコウ「秋宝条も貴様も知れたことを口にするのが好きなようだ。……去れ。要件は済んだはずだ」
アマネ「ああ、そうさせてもらう。……こんな屋敷に長居する気はねえ」
ヨウコウ「……我が来るまでの間に、茶も茶菓子もさんざ食い散らかしておいてよく言う……」
間
ヤコN「その夜だった。昼間、湖月に入った一本の電話、その通りの時刻、その通りの場所、その通りの容姿のヒトケガレが現れたのは。長い、人ではありえない方向に向いた手足、ぐるりと180度回転した顔。短い胴体。四つん這いで徘徊するそれは大きな蜘蛛に似ていた。時刻は丑三つ時。新宿という街のど真ん中、ビルが立ち並び人が行き交うはずの交差点にそれはいる。通行人の姿は見当たらない。ヒトケガレが現れるとき、世界は反転する。ここはもう既に、世界という物語のページの外側なのだ」
アマネ「本当に出やがった。しかもタレコミ通り」
ヤコ「本当に私とアマネさんだけで良かったんです?もう少し増援を呼ぶことも出来たんじゃあ……」
アマネ「いや、あいつらはあいつらの仕事がある。必要なら呼べるようにはしてあるがな。保険の保険ってやつだ。そもそもこいつ程度二人で何とか出来なきゃ、湖月探偵事務所の名物所長の名折れになる」
ヤコ「そこに敏腕所員も加えてくださいね。……とはいえ、昨日のよりずっと穢れが進んでいる……」
ユタカ「だからこそ、私も一応呼ばれているのでしょう?」
アマネ「ユタカ?!なんでここに……って、まさか、ヤコ!!」
ヤコ「すみません、独断でお呼びしました。今回の件、調べたところやはり邪メメ、関わっています」
ユタカ「あまりヤコさんを責めないであげてください。今回の件に噛ませてほしいと頼んだのは私の方なんです」
アマネ「ユタカが?」
ユタカ「『我の目となり鼻となり耳となり全てを見極めよ』――もう一人のお得意様のお言葉です」
アマネ「此日の王様……あんにゃろう、自分は関わらないってそういう意味かよ!!!」
ヤコ「お喋りはそこまでに!来ます!!!」
ヒトケガレ「コワスうぅぅぅぅ!!!!!!」
アマネ「うわ、あぶねっ!!腕伸びた!!!」
ヤコ「しかも単語とは言え喋りました!!」
ヒトケガレ「スベテ……コワスぅうううう!!!ミンナ……シネええ、えぇ!!」
ユタカ「これは……ただのヒトケガレじゃないですね。明らかに……妖狐の力が混ざっている」
アマネ「海古の中でも一番の気狂いが!!」
メメ「あははははぁ。気狂いだなんて褒め言葉嬉しくって、メメちゃん、とーうじょーう、しちゃーう」
アマネ「メメ!?どこだ!!!」
メメ「ここだようー」
ヤコ「アマネさん、上です!あそこの雑居ビルの窓!!」
ユタカ「呑気に座って足もぶらつかせて……見物気取りですねえ」
メメ「今回はメメ、サポーターだものぉ。そこのヒトケガレはねえ、いっぱいいっぱい頑張っていぃっぱい穢れを溜め込んで、それをメメが精一杯丹精込めて練り上げて作り上げたんだぁ。だから、簡単に清められたら面白くないでしょうー?」
アマネ「勝手なこと言いやがって…速攻でカタ付けてやる!!(手を打ち鳴らす)『炎よ、燃やし生み出す全ての覇気の源にして原祖の存在よ!浄火は浄化に通じるものなり!!』炎狐乱舞陣!!」
ヒトケガレ「シャアッ!!!」
アマネ「なっ、あの巨体で避けただと?!」
ヤコ「思ったより素早いです!『水よ、我が姿を模してあの者の足を止めよ!!』水狐!」
メメ「ふふん、邪魔しちゃお。『影よ、我が名、邪において命ずる。あの水の狐、影の槍にて仕留めよ』…シャドウランサー」
ヤコ「ああっ!」
ユタカ「水の狐が無数の影の槍で串刺しに……となれば、『土よ、生命育み死を抱くその力貸し与え給えよ。あの者の視界を無数の粉となり塞ぎ給え』迷王砂塵」
メメ「ぶわっ、砂埃とか卑怯なんだけどぉ!」
アマネ「戦いに卑怯も糞もあるか!!先にヤコの水狐散らしといて何言ってやがる!!」
ヒトケガレ「ムシ……スルナァ!!!!」
アマネ「してねえよ!!お前の相手は俺だ!!『炎よ、我が命に応えよ!!かの者の四方を塞げ!!』炎の、檻っ!!!」
ヒトケガレ「ギャアアア!!アツイィィィ!!」
ユタカ「あんまり傷付けないでくださいよ。後処理が大変です」
メメ「そうそうー、それ、作るの大変だったんだからぁー……」
アマネ「お前ら仲間かよ?!手加減なんかしてたらこっちが、……ぐぁっ!!!!」(蹴られて吹っ飛ぶ)
ヤコ「アマネさん!!」
メメ「やーい、腕が伸びるんだから足も伸びるに決まってるじゃないかぁ、あははぁ」
ヤコ「くっ……でも、ヒトケガレが全身を上手く動かせない今なら……!!水狐激流陣!!!」
ヒトケガレ「クラウかァ!!」
ヤコ「そんな、真上に飛ん……っ!?」
ヒトケガレ「キヒヒッ!ビルの壁にも登レルのかァ……きひ、キヒヒィ!」
ヤコ「言葉が……流暢になっている……!」
メメ「その子は成長するように作っているからねえ、時間が経てば経つほど……ああはははははぁァ!」
ユタカ「ならば、そこに縛り付けるまで。『粉は個、個は塊なり。有よりいで、あの者の腕と足を石の蔦となりて拘束せよ』囚縛四蔦」
ヒトケガレ「ぎゃおっ?!」
アマネ「おおっ、ユタカ、ナイス!!」
ヒトケガレ「こ、コンクリートの壁ガ、枷のヨウに…!!!」
ヤコ「そうか、コンクリートも元はと言えば砂と水……!!」
ユタカ「今度こそ動けません。さあ、ヤコさん」
メメ「あーあ、苦労して作ったのに頭が悪かったかあ……」
ヤコ「はいっ、今度こそ……!!『穢れを押し流せ!!』水狐激流陣!!」
ヒトケガレ「ギッ、ぎゃあああああああああああ!!!!」
間
メメ「……そのヒトケガレはねぇ、ずっと言っていたよぉ」
ヤコ「……」
アマネ「……何をだよ」
メメ「ずっと我慢してきた、ずっと耐えてきたってねぇ。実際、彼はぁ、すごーく地味でぇ、すごーく頑張りやさんでぇ、すごーく目立たなくてぇ、すごーくそこらにありふれた人間だったよぉ」
ユタカ「…………確かに、そんな人間はいくらでもいますね」
メメ「世界が変わればいいのにってずっと願っていたよぉ。メメはねえ、そんな彼にちょーっぴり力を貸しただけぇ。その頑張りに見合うだけの力をねぇ。海古の意思に則って、きちんと、……糞食らえなぁ、“世界”の手順を踏んで、ねえ」
アマネ「何が言いたい」
メメ「……海古は穢れを噴出させるだけ。穢れはどこにでも転がっているっていうことだよぉ。……ねえ、海古が生み出し、湖月が祓い、此日が見守る、この構図ぅ、いつまで続けるつもりぃ?」
ヤコ「いつまででも。嫌ならば、海古が先にやめればよいのです。ヒトケガレさえ生まれなければ、湖月は存在する意味を失う」
メメ「そして此日が覇権を握る?……そんなの、“世界”が許すわけないじゃんねぇ。だから海古は生み出し続ける。湖月と此日が存在し続けるために。上層部は、あの此日の王様はぁ、それを嫌ってほどぉ、知っているよぉ。君らだって知ってるでしょぉ?」
ユタカ「だとしても、“世界”がそれを望むなら、そうあるべきです。特に我々妖狐は一つ間違えれば神の域、“世界”にとって調律者足り得る存在なのですから」
アマネ「調律者には調律者の使命がある。お前みたくバカスカとヒトケガレを生み出しゃいいってもんじゃねえんだよ。ストレス社会つったって限度ってもんがあるだろうが」
メメ「メメは調律者なんてぇ、心底ぉ、どーでもいーからぁ、愉しければあ、いいのー。だから、……また、遊ぼうねえ、湖月の人達ぃ」
ヤコ「……行きましたか。捕まえることも出来ないなんて、なんて歯がゆい」
アマネ「組織としては互いに不干渉。それがこの“世界”の掟だ。例え相手が湖月にとって危険な海古であろうと掟は掟」
ユタカ「まあ、一件落着したのだから良いではないですか。もうすぐ浄化も終わります。そうしたら世界はまた反転するでしょう。賑やかな繁華街が戻ってくる前に、私はあのヒトケガレの記憶を書き換えて“なかったこと”にしなければ」
アマネ「……金を積んで人の記憶を弄る妖怪を雇う、か。世の中本当に金が最終的に物を言うよな」
ユタカ「それがこの世の理ですよ」
ヤコ「……、……納得がいきません」
アマネ「……ヤコ?」
ヤコ「どうして……どうして“世界”は海古をも必要とするのでしょう。穢れを……人間のストレスを解消させて化物化を防ぐだけなら、湖月だけがあればいいのに……!!」
アマネ「……それを言うなら、此日は存在すら必要ない。ありゃあ人間を妖怪の支配下に置くべきだって考えだからな。妖怪は妖怪らしく、ひっそりと人に紛れて暮らしゃあいいのさ」
ユタカ「そんなことは考えても仕方ありませんよ。……全ては“世界”の思惑通りに動いているのですから」
間
ユタカ「……ということで、今回も無事に湖月は役目を果たしました。つきましては、此日にも情報操作をお願いしたい次第です」
ヨウコウ「表の世を裏から正しく“世界”のために動かすのが我ら此日の役目。既に此度のヒトケガレの失踪も社会的地位も全て理由づけて元に戻してある。元より“世界”が我らに押し付けた、“世界の辻褄合わせ”によって起こる些細なズレを直すため、我ら此日の殆どは社長や政治家などという役職についているのだからな」
ユタカ「貴方は何にもついていないではありませんか」
ヨウコウ「王は王である以上の必要はない。来るべき時にこの額に王冠を飾ればそれで良いのだ。それまでは下々の働きをこうして見聞きするだけで十分よ」
ユタカ「……雨ヶ崎ヤコが、少々、お役目に疑問を持ちつつあります」
ヨウコウ「元よりあの娘は湖月に傾きすぎている。当然の帰結であろう」
ユタカ「……そして邪メメも、何か考えがあるようです」
ヨウコウ「それこそ元より。あの娘は“世界”というシステムそのものを嫌っている」
ユタカ「……一悶着、あるかもしれません」
ヨウコウ「然り。湖月と海古は特に一枚岩とは言えぬ。悶着の無いほうが可笑しいというもの。その時は我ら此日も動かざるを得まい」
ユタカ「妖狐の争いは、裏でひっそりと行われるべきもの。ヒトケガレの影に隠れて、お願いしますよ」
ヨウコウ「誰に物を言っている。貴様こそ、蓄えの心配でもしておけ。我ら此日、動かすには湖月を動かす以上の金がいるぞ」
ユタカ「……はは、お手柔らかに、王様」
間
ヤコN「こうして、一時の休息は訪れた。勿論、アマネさんは今回の成長するヒトケガレについてのレポートに追われ、私は事後処理のための挨拶回りに忙しい日々を過ごすことになったわけだけれど、それはそれとして日常が訪れたことに変わりはない」
アマネN「世界は回る。その上で俺達は踊る。妖怪という裏の世界で、人の知らぬ世界で、人のために踊る」
メメN「世界は回る。その上でメメ達は踊る。妖怪という裏の世界で、人の知らぬ世界で、愉悦のために踊る」
ヨウコウN「世界は回る。その上で我らは踊る。妖怪という裏の世界で、人の知らぬ世界で、我らが悲願のために踊る」
ユタカN「今は“世界”の思惑通りに。だがそれは今だけかも知れない。全ての者達に思惑があり、それに沿って動く限り絶対は無いのだから。さあ、次のページを捲りましょう。そこには新たな“ページの端役”が舞台に上るのを待っています。勿論、……彼らも彼らの思惑を持ちながら」
了
2019/5月 加筆修正
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