素晴らしき世界
彼女の世界はその部屋だけだった。
生まれつき体が弱く、そのうえ幼少の頃から重い病を患っていたため、これまでをずっと病室で過ごしてきたのだ。
自分一人の力で立ち上がることは出来ず、当然歩いたこともない。そのため彼女は、外の世界のことを何も知らなかった。閉め切ったカーテンの隙間から時たま見える病院の庭が、そのすべてだったのである。
彼女の主治医、かかりつけの看護婦、そして時折見舞いにくる彼女の家族達。
それだけが彼女の世界だった。
彼女は自分がいるこの病院の一室以外に、まったく別の、写真でも映画でもない、本当の世界が実在することを知っていた。
まだ自分が見たことのない素晴らしい世界が、この部屋の外にあることを信じ、そして憧れた。
しかし彼女は、それを決して誰にも話そうとはしなかった。
それがかなわないことがわかっていたからである。
愛する家族達に無理を言い、これ以上悲しませたくなかった。何よりも彼女は、自分が余命いくばくもない体であるということを知っていたからだった。
彼女は素晴らしい世界を見ることをあきらめた。それから、もし自分が他の人達の役に立てるのならばと思い、その旨を手紙に書き記した。
少しでも自分のように不幸な人々の苦痛をやわらげ、憧れていた世界の役に立つならと。
自分のかわりに、再びこの地で、素晴らしい世界を楽しんで欲しいと。
その時彼女は、その見知らぬ人間と共に、自らがその世界に触れ、堪能出来るような気がしていた。
それが彼女の願いだった……
*
彼は戦場の真っ只中にいた。
生き延びるために他者を殺め、踏みつけ、血をすするように這いずり廻る。
辺りは一面血肉の海で、その返り血を浴びて彼の全身も真っ赤に染まっていた。
爆発、炎上はいたる場所で起こり、怒号と悲鳴轟く様は、さながら地獄絵図のようだった。
生き死にのさ中、ふと脳裏をかすめるのは、いつも同じ感情。
いっそこの世が闇につつまれれば、こんな恐ろしい光景を見なくてもすむのに、と。
ありのままの自分を受け入れてさえいれば、こうして戦場に狩り出されることもなかっただろうに、とも。
しかし彼には、この現実から目を背けることは許されなかった。
人を殺し、泥をすすってでも、この地獄のような世界で彼は生き続けなければならなかった。
それが数年前まで盲目だった彼に光を与えてくれた、見知らぬ人との約束だから……
残酷描写うんぬんよりも、後味の悪い内容で申し訳ありません。今時だと、この手のものはアウトでしょうね。不愉快だと思われる方がいらっしゃれば、即削除いたします。




