ヒデちゃん 8 骨美人
新月の夜だ。熱帯夜だ。
逃げるように奇漫亭に行った。扉を開けると、カウンターの上に猫の『チックタック』が座っていて、小さく鳴いた。いつもの席について、お冷やを飲んだ。おいしい、生き返った気持ちになる。
オーダーする紅茶を、ホットにしようかアイスにしようか悩んでいると、壊れた笑い声が響いてきた。
「ぐは、ぐは、ぐははははぁ」
そうか、今日は新月の夜だ。召還おたく、前坂さんの日だった。あいかわらず、黒いゴム長靴をはいていた。
「今夜こそ、今夜こそ、おれは『シバの女王』を召還してみせるぞ」
前坂さんは、そう言い放った。はいはい、もう何度も聞きました。でも前回出てきたのは、ヨーデルガーゴイルだったわよね。あたしの目と、前坂さんの目線とが絡み合った。
「疑うな、今夜は完璧だ」
あたしの心を読んだかのように、前坂さんは言った。
ヒデちゃんが側にやってきて、かき氷はどうかと聞いてきた。
そうね、暑苦しい夜の、冷たいかき氷というのは格別よ。
私はうなずいた。ヒデちゃんは厨房に姿を消した。その間に、前坂さんは、例の丸テーブルの前に立っていた。懐から布を取り出した。ていねいに、丸テーブルの上に布を広げた。そして、怪しげな呪文をとなえながら、丸テーブルのまわりを回った。あいかわらずゴム長靴がすごくシュールだった。
それから、ぽんと音がした。
白い煙があたりにたちこめていた。うー、けむい。けむりの奥を透かして見ると、なにやら人の形をしたものが見えていた。あれー、本当に召還できたのかな、『シバの女王』。
白いけむりが薄くなっていくと、中から白い骸骨が姿を現した。
思わずあたしは椅子から転げ落ちた。はしたない格好になってしまう。今日はキュロットをはいてきて、助かったわ。
骸骨は、その白い骨の腕を前坂さんの首に絡ませた。うーんと言って、前坂さんは気を失って、ひっくり返った。ちょっと、前坂さん、ここで気絶してもらっちゃ困るのよ。誰があれをもとに戻すの。あたしは逃げ出そうと思って、立ち上がろうとした。あれ、動かないよ。腰が抜けちゃったよ。こまるー。
骸骨の顔がゆっくりと右を向いた。床にすわりこんでいるあたしと、目があってしまった。骸骨の体が右へ動く。左足がかたりといって前に出た。近づいてくるよ。どうしよう。
「あら」
ヒデちゃんの声がした。
「きれいねぇ、色白なのね」
骸骨の足がぴたりと止まった。目線をあたしからヒデちゃんに向ける。にこにこ笑いながら、ヒデちゃんは言った。
「骨のかたちもすらりとして素敵だし、骨美人ね」
そう言いながら、手にしたかき氷を骨美人に見せた。
「ほら、その腕の骨なんか、このかき氷より白いわよ」
骨美人は、ニコリと笑った。そして、クルリと後ろを向くと、ドアから外へ去って行った。