ヒデちゃん 6 キヨミ娘娘
夏だった。入道雲が見えた。奇漫亭へ行った。
あたしには珍しく、アイスティをオーダした。アールグレイにガムシロップを入れて飲んでいると、扉が開いた。
白い服を着た、妖精が二人立っていた。 へえ、袖無しのチーパオだ。妖精らしく丈は、膝より上のミニになっている。
「キヨミ娘娘のお使いで参りました。ヒデちゃんは、ご在宅でしょうか?」
チャイナドレスに、桃色の牡丹がついている妖精が言った。
カウンターの上に、青の妖精たちが現れた。三つ指をついて挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
「支配にかわりまして、ご挨拶いたします。キヨミ様の御口上、私共が取り次ぎ申しあげます」
へぇ、あの娘たち、ヒデちゃんの事を『支配』って呼ぶんだ。
「お取り次ぎ、ありがとうございます。キヨミ娘娘のもうします事には、たまたま近くを通りかかったので、是非ともヒデちゃんに再会したく、ご都合の程聞いてまいれとの事でございます。是非、ヒデちゃんには御訪問のお許しをいただきたく、お願いに参上つかまつりました」
今度は赤い牡丹の娘が言った。長いセリフだぁ。
あやめが答えた。
「支配にその旨、お伝えいたします。しばらくお待ちを」
あやめとカキツバタは、顔を左に向けた。ヒデちゃんが、カウンターの中に立っていた。二人の目線に、彼女は笑ってうなづいた。
「よろしいとの、お返事でございます」
そのとたん、つむじ風が起こって、扉が大きく開いた。
ムーランの赤いチャイナドレスを着た美人が飛び込んできた。ロングのチーパオだが、スリットがすごい、腰のあたりまでありそう。
まるで空気を踏みしめるように、カウンターを飛び越えて、ヒデちゃんの側に立っていた。
「元気ぃ」
ぎゅと抱きしめられて、ヒデちゃんは目を白黒させた。
「はい、キヨミ娘娘もおかわりなく」
やっとの事で、そう返事をする。どうやら昔からの知り合いらしい。
切れ長の目をした、細面の美女だった。笑うと目が線になって、猫が笑っているみたいだ。スタイルがよくて、背が高い。どこに隠していたのだろう、右手に赤い羽根扇を持っていた。その扇で口許を隠す。
「つれないのう、昔のようには呼んでくれぬのか」
ヒデちゃんは、困ったように微笑んだ。
「まぁ、よい」
キヨミ娘娘は言った。
「せっかく来たのじゃ、お土産を上げるぞよ」
キヨミ娘娘は、右手を鳴らした。
扉の向こう側に、はにかんだように、高見沢くんが立っていた。右手に四十センチ四方ほどのバスケットを持っている。
「頼まれてしまって」
そう言うと、彼はバスケットをカウンターの上に置いた。
ごそりと、バスケットが動いた。うわっ、何かいるわ。
バスケットの上蓋が開くと、猫が顔を出して、にゃーと言った。あれは・・・。
白い猫だった。毛が長くて、尻尾がふかふかで、でもなにか変。
耳だ。耳が見えない。前に折れているんだ。耳折れ猫? えっー!スコッティシュフォールドなの。思わずあたしは、体を前に乗り出した。
「スコッティシュフォールドだと思ったであろう。実は雑種なのじゃ」
あたしがびっくりした顔をしたので、満足そうにキヨミ娘娘は言った。限りなくスコッティシュフォールドに近い雑種、スコッティシュフォールドもどきは、バスケットの中から飛び出すと、カウンターの上で丸くなった。どうやら、どこであろうと動じないタイプの猫らしい。
「名前は、チックタックじゃ」
ふーん、あんたチックタックっていうの。ちらりと、あたしたちを横目で見ながらチックタックはあくびをした。
「チックタック、あんたはあたいの手下になるんだよ」
突然、誰かが叫んだ。何かが、空気中を駆け抜けて行った。水色の下着だった。小さな青い目の金髪さんが、チックタックの目の前に立っていた。お前は、『カティサークのナニー』!
ナニーは、細長いものを重そうに持っていた。いやだ、エノコログサじゃないの。
チックタックの目が大きく見開かれた。尻尾がピンと立って、エノコログサの先端につられて、微妙に左右に揺れた。
キヨミ娘娘や白い妖精たちも、微妙に体を揺らしていた。
「これがあれば、お前はもう、あたいの奴隷だよ」
ナニーちゃんは、エノコログサを左右にふった。あのね、下着姿はやめてよ、たしなみってものがあるでしょうが。
あたしは、ナニーから、エノコログサを取り上げた。ナニーが叫んだ。
「何をするのよ、あたいのネコジャラシよ」
「こうしてやるのよ」
あたしは、ネコジャラシを扉の外へめがけて放り出した。そのとたん・・・
チックタックはネコジャラシめがけて飛んだ。
でも、それだけではなかった。
気がつくと、キヨミ娘娘も、妖精たちも、空中をネコジャラシめがけて、翔んでいた。
いらっしゃいませ。青の妖精(左)のカキツバタです。
さて次回もナニーちゃん大活躍です。奇漫亭に現れた超有名な歴史上の人物、その隠された秘密とは何か。続く次回に乞ご期待です。