ヒデちゃん 4 酔鬼(改)
東の扶桑西の若木のある世界。その間に魔桑樹と呼ばれる巨樹があった。幻想の川虚水の下、大蛤の微睡みに根を生やすと云う大樹、その頂上に東市はある。
幻商店街にある酒場、奇漫亭は奇怪、変態、不可解のものが集い、今日も賑やかであった。
仕事で少し遅くなったが、なんとなくヒデちゃんの顔を見たくて、奇漫亭へ行った。
扉をあけると・・・、ひぇー。
どういう訳だか満員だった。右の妖精あやめが、あたしの顔を見て、いらっしゃいませと言った。彼女は、空になったコーヒカップを持ち上げてふうふういっていた。カップを持ってあげると、すいませんと言って、カウンタの席をひとつ、あたしのために空けてくれた。どうやら突然、お客が増えたらしい。
カキツバタも、手に砂糖入れを持って飛び回っていた。
席に落ちついて、ヒデちゃんと顔をあわす。満員であっても、彼女はいつもと変わりなかった。
あたしはいつもの紅茶をオーダする。こっくりとうなずいて、ヒデちゃんは支度にかかった。
突然、耳障りな音がした。皿がわれる音だった。
「お客さん、やめてください」
妖精たちの声がした。
何事だろうと首を回すと、へんなやつがよたっていた。
どう見てもオーク鬼だった。いつの間に潜り込んだのだろう。へべれけで、顔が真っ赤で、千鳥足で、酒癖が悪そうだった。
「うるへー、なに言ってやがんでぇ。こっちとらなぁ、金を払って飲んでんだ。つまり、客よ、き、ゃ、く。わかりる。そのお客様がだ、もう一本酒を持ってこいと言ってる訳だ。あん、なんで持ってこれねぇって言うんで? おう、小娘、ぐだぐだ言わねぇで、さっさと銚子、持ってきな」
オーク鬼が金を払って酒を飲む? 完全に酔ってるな。
「でも、でも、お客さん、もう十本も空けたんですよ」
「飲み過ぎです」
妖精たちが言った。
「なにおー、酒はな、百薬の長って言ってな、飲めば飲むほど、健康にいいんでぇ。その酒をおいらに飲ませねぇたぁ、やい小娘、てめぇら、おいらの健康損ねたいな。ふん、しのごの言わずに、持ってきゃがれってんだ。さもねぇと、着てる服ひっぱがして、すっぽんぽんにしちまうぞ」
莫迦だ、こいつ。
ふと、あたしとオーク鬼の目があった。何を思ったか、よろよろとオーク鬼はこちらに近づいて来る。しまった、心を読まれたか。
「げへへへ、ねえちゃん。いいおんなだなぁ」
こら、酒臭いぞ、息をかけるんじゃない。
「おいら、一生に一度でいいからこんな別嬪さんの酌で、飲んでみてぇと思ってたんだ。ねえちゃん、ちいっとばかりおいらのところへ来な。可愛がってやるからよ」
オーク鬼が、あたしの右手首を掴んだ。いやだ、美少年ならともかく、オーク鬼に酒の酌をするなんて。怒りのあまり声も出なくなっていると、どうやって出てきたのか、ヒデちゃんが側に立っていた。
「お客さん、そういう事は困ります」
ちらりとオーク鬼は、ヒデちゃんの顔を見た。
「やっぱり、おいら、こっちのねえちゃんのほうがいい」
ヒデちゃんの眉が、ちょっとだけ上にあがった。オーク鬼の手首を掴んで捩じりあげた。ううっと唸って、オーク鬼があたしの手首を離した。
「やりやがったな、このアマ」
「いい加減にしないと、わたし、おこるよ」
ヒデちゃんがそう言うと、奇漫亭の中がしーんと静まり返った。あたしも、思わず息をのんだ。
「なにおっ・・・」
オーク鬼が、ヒデちゃんに飛び掛かろうとしたそのとき、ヒデちゃんの左手が動いた。
「ぎゃっ!」
オーク鬼は悶絶した。おお、伝説の必殺技ストマック・クロー。
相手の腹部に手をかけたまま、ヒデちゃんは扉のそばまで引きずっていった。それから、扉を開くと、オーク鬼を外へ放り出した。
ニフティ上で発表した酔鬼のラストを改稿、その為、酔鬼(改)とした。