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ヒデちゃん  作者: 一条美紀あらため建水
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ヒデちゃん 3 ふぉーりん・らぶ  

 太陽は扶桑ふそうよりのぼり若木じゃくぼくに降りる、そして虞淵ぐえんに身を任せほとぼりを冷ます、そんな世界。

 今日も東市妖あずましあやかし商店街にある奇漫亭きーまんてぃでは奇怪変態不可解の怪しい出来事が起こるのである。


 奇漫亭きーまんてぃでお茶をしていたら、雲行きがおかしくなって来ていた。窓を見ると、黒い雲で空が真っ暗になっていて、雨の滴がガラスを叩いていた。

「いらっしゃいま……」

 妖精たちの声が、今回はいつもと違っていた。なに? 

 扉を開けて、男の子がひとり立っていた。予備校生の高見沢くんだ。

 いつもなら三つ指をついて挨拶するはずの妖精たちが、何故か立って彼を見ていた。左の妖精が、右の娘の背中に張りついて動こうとしない。右の妖精の肩ごしから、彼女は黙って高見沢くんを見ていた。彼も、左の妖精から目を離そうとしなかった。

「カキツバタちゃん……」

 右の娘が困ったような声を出して、左の妖精と高見沢くんを交互に見ていた。

「そちらのテーブルが空いてますよ」

 ヒデちゃんが右のてのひらで、西の窓を示した。そこには小さな、二人用のテーブルがあった。ああっと、高見沢くんは我に還ったかのように答える。そして、ぎくしゃくした足取りで、示されたテーブルに座った。

 窓から、雨が見えていた。

「何になさいますか」

 ヒデちゃんが再び声をかけた。ぼんやりしていた高見沢くんは、びっくりして椅子から飛び上がりそうになった。

「あ、あの、コーヒーを」

 おもしろそうなので、あたしがお冷やを持って行ってあげる。あたしのお冷やに気づきもしないで、高見沢くんの目線はちらりちらりとカキツバタちゃんに向けられていた。彼女といえば、右の娘の背中に張りついたまま、動こうとしない。ただ目だけはじっと高見沢くんを追いかけていた。

 ううん、これって、やっぱりあれなのかしら。

 ヒデちゃんが、コーヒーを西のテーブルへ持っていった。トレイを両手に抱えて、カウンターに戻ったところで、小さくあらっと言った。

「ミルクを忘れてたわ」

 カウンターの上に、陶器のちいさなミルクポットがあった。高さは三センチもあるだろうか。ヒデちゃんが、そのポットを手に取ろうとしたとき、カキツバタちゃんが動いた。ミルクポットに近づくと、ポットの取っ手を両手に持った。ヒデちゃんがカキツバタちゃんをじっと見た。彼女はその目を見つめ返した。

「持ってく?」

 ヒデちゃんの問いに、彼女はこっくりとうなずいた。

 カキツバタちゃんの体がふわりと浮いた。ミルクポットを両手で持って、ゆっくりと彼女は西のテーブルへ近づいて行く。その高さは、テーブルから数センチ上程度。ときおり、エアポケットに入ったかのように、体がぐぐっと下がった。思わず、手に汗を握ってしまう。息を吸うのも、吐くのも怖いような時間がすぎた。

 カキツバタちゃんは、高見沢くんのテーブルにたどり着く。その時、いやな光が走った。雷鳴が轟ろいた。

「きゃ!」

 カキツバタちゃんが悲鳴をあげた。バランスが崩れる。高度が下がった。ミルクはどうなる。高見沢くんの両手が、そんな彼女をキャッチした。

 ふう、あたしはほっと息をついた。

 大切な宝石のように、高見沢くんは手にした妖精を、静かにテーブルの上に置いた。

「ありがとう」

 ほほを真っ赤にして、彼女は言った。

 高見沢くんは、黙ってうなづいた。しばらく沈黙が流れた。

「あの、ミルク・・・」

 小さな声で、カキツバタちゃんは言った。

 いつのまにか雨はやみ、夕陽が差して来ていた。西の窓から差し込む橙色の光が、奇漫亭の床に広がっていった。

 テーブルから、高見沢くんと妖精の影が伸びていく。おずおずと、高見沢くんの影が動いた。右手のひとさし指を、彼女にむかってのばして行く。カキツバタの影が、それを両手で抱きしめた。

 影は、自分のほほと、指とを触れ合わせる。目を閉じた。小さな唇がちょっとだけ開いた。抱きしめた指を、軽く、そして優しく、そっと噛んだ。

 白い八重歯が見えた。


 いらっしゃいませ。青の妖精(右)のあやめです。

 今回はカキツバタちゃんよく頑張ったの回でした。

 これから二人はどうなるのでしょう、すごく気になるわたしです。

 さて次回のお知らせです。突然忙しくなった奇漫亭に、嫌な酔っぱらいが現れます。からまれたわたしたちの運命や、如何に。

 続く次回に乞ご期待、です。


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