005「異能学園は魔物軍勢と狂騒する」
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一方その頃のお仲間の活躍。
元“幻奏の魔王”たる青年が、美しき紅黒色の髪を靡かせ最前線に立つ頃。
『孔』に向かい奏でた曲とは別に鳴り響かせ続けていた《幻肆奏将》によって、彼の部下達は各々の敵へ勇ましく向かわんとしていた。
魔王律門が“最初に開いた孔”に向かい出した時の事であるが、実は他にも、比較的小規模ながら幾つかの孔――此方の場合は“割れ目”と形容した方が正確な“罅”が発生し、其処よりも低〜中級程の魔物達の姿が見え隠れしていた。
残された五人、特に内四人の直接の相手は彼等となる。
先陣を切ったのは、蝙蝠の羽を黒々とした甲冑の背より羽ばたかせるテセラ。
彼女は、右手を軽く振うと、其処に“血を渦巻かせる”と共に、暗色の大剣――剣先が斧の片刃型となっている身の丈程もある巨大な西洋剣を作り出す。
そしてそのまま、“罅”より覗く大群へと突撃して行った。
自分達に向かい来る人影に呼応する様湧き立つ魔獣達。
翼を生やした蛇、人間大の巨大な黄金虫、魔法の効果か宙を駆ける、緑色の肌を持つ野性的な亜人種に足へ炎を纏わす狼、宙を舞い泳ぐ一角の大魚等。
完全に野生のものから僅かに知的生命体に迫るものまで、様々な畜生が迫る。
しかし、そんな軍勢などものともせずに、テセラは真っ直ぐと飛翔する。
翼をやや斜めにピンと伸ばし、右腕の先に大剣を保ちながらも。
あと少しで魔獣達と接触しようかと言う――その時。
彼女は、接近時の遠心力を利用し、勢い良く片腕で大剣を横に一閃した。
シュンッと鋭い音が鳴ったかと思えば、真っ二つになる、魔獣の大群。
大きな刃物を用いたからとは言え、彼女は目前の数体のみならず、其処より更に数十メートル圏内の敵全て、百体近くもの魔物達を一瞬にして斬り伏せたのだ。
恐らく、斬撃の余波、剣圧の衝撃波のみにて幾体もを切り裂いたのだろう。
だが、事態はそれだけでは終わらない。
二つに斬り分かれた多数の遺体達。
その切り口より……赤い、紅い何かが渦巻き、滑らかに抜け出し始めた。
勢い良く宙を舞うそれ等、魔獣の『血液』は。
深き闇を体現するかに見える黒騎士に、彼の者の周りを舞い始める紅血。
異様であり、同時に恐慌すら覚えさせる光景に怯える相対せし魔物達。
そんな彼等に、彼女は容赦無く、左腕を振り下ろした。
無数の鞭の様に飛翔する流血を伴い。
空いた左手を振う度に、樹木の枝の様に、草花の根の様に、稲妻の軌跡の様に、宙空に血が広がり、あたかも黒騎士より生える触手が如く次々と敵を穿って行く。
突き刺し、内部より針山状に突き出し、次の獲物を求め広がる。
相手からすれば、正に悪夢としか言い様が無い惨憺たる虐殺の劇場。
テセラが腕を一振りするだけで、これだけの惨状が生み出されて行った。
『……ん?』
所が、一方的な蹂躙を行っている筈の彼女より、兜でくぐもった声が上がる。
流血が敵を穿ち、穿った相手の血液をまた矛と変え他の者を穿つ。
繰り返される行程にて、滞り無く進んでいた残忍な攻撃。
その一部に、流れを阻む者が現れだしたのだ。
ギィインッ!
『グルゥ……グォァアアッ!!!』
硬質な表皮にて、赤鞭を弾く暗色の太い腕。
テセラの鎧同様に黒々とした体を持つソレは、罅の奥よりゆっくりと進み出る。
緩やかな曲線を描く雄々しき二本角に、体中を巡る紅い線の紋様。
戦略級魔獣、黒血悪鬼が姿を現した。
災害級に届きかねない実力を持つ、戦略級上位の魔物系害敵。
彼は、黒騎士の姿を視界に収めるなり……息を、吸い込み始めた。
罅内部に充満する、魔素を体内に取り込みながらも。
竜の息吹に匹敵しかねない、魔砲を放つべく。
尤も。
『済まんな。貴様程度に構っていられる程、此方も暇では無い』
咆哮を吐き出す前に、瞬く間も無く背後に回った黒騎士によって一刀両断され、呆気なくその命を散らして行ったのだが。
紅い眼光を兜の内より光らせながらも、漆黒の騎士は、次の獲物を求め彷徨う。
× × ×
テセラと同じ方面、飛び立った教室より右側へ移動したカーゴス。
甲虫と甲冑を合わせた様な姿の彼は、テセラとは別の“罅”の前を陣取っていた。
『『『『『グギィガァアアアアッッッ!!!』』』』』
罅より届く、幾重もの咆哮。
暗闇の内より湧き立って来る、幾多もの魔獣。
対する甲冑の兵士は、兜の切れ目より淡い蒼光を、単眼を光らす。
無機質に、冷たく、排除すべき対象を静かに見据え続ける、一つの瞳を。
『……煩イ』
片腕を上げる。
手の平を開き、群勢へ向ける。
放たれるは、砲弾か、光線か、魔法か?
否。
『……行ケ』
次の瞬間、右肘より先が“霧散する”。
砂の様に小さな礫の群衆へと分かれた腕先が、一斉に放出された。
雨霰、砂嵐の様に。
『『『『『ギッ!? グィアァア"ア"ガァアアッ!!?』』』』』
数秒前まで腕であった群勢が群れに到達するなり、上げられる叫び。
血飛沫が、甲殻の欠片が、獣の体の一部が次々と舞い散り吹き飛ぶ。
遠目に見ると鈍い色合いの靄にしか見えぬそれ等は、蹂躙を続ける。
片腕一本のみで、何百、数千に迫る程の、凶悪なる獣達の大群勢を。
『…………』
腕先無き右腕を、すっと横へ振う。
すると靄は、唐突に形状を変えた。
群粒から、十本の尖剣で構成された、花弁が如き輪へと。
花開いた腕先であった物は、徐々に回り始まる。
徐々に、徐々に、ぐるぐる、ぐるぐると、速まりつつ。
そして……残像より、花弁が円盤に見え始めた頃、彼は口を開いた。
『《硬鋼小矢群》』
形成されるは、幻剛鋼とまでは行かずとも、超硬度を誇る鋼製の大矢。
鋼鉄属性の、最上級下位魔術は本来名の通り小矢を作り出す筈であったが、込められた魔力の量が量であったが為に、大矢に見える大きさにまで肥大している。
それ等が一斉に、花弁の遠心力によって、勢い良く四方八方へと放たれた。
一時、周囲を覆い尽くす程の、土砂降りが如き濃密な本数を。
カカッ、ガガガガガッと、激しく無数の物を穿つ音が立つ。
強烈な勢いで放たれたそれ等――最早狙撃弾に等しき矢の嵐は、腕を欠けさせた甲冑の巨漢を除き、場の全ての物を貫いていた。
生きとし生ける“敵”全てを。
散らばった銀色の鋭い雨粒を、左手を払う動作で纏めて消す。
同時に、花弁を再び霧散化させ、右腕へと回収するカーゴス。
一つ目の“罅”の殲滅を完了した彼は、靄状で虫の様な羽を羽ばたかせ、次の罅へ向かい飛び立って行った。
淡々と、黙々と、“処理”をこなす為に。
× × ×
先の二人とは打って変わって、開始地点より左側の空中。
其方の二人の内、白髪の幼女が一人、九本の白尾型の物を靡かせ浮かんでいた。
彼女の顔に浮かぶのは、普段見せる歳相応の満面の笑みではなく、何処か冷たく無感情的な、冷えきった無表情。
味方には見せる事の無い、敵愾心を覗かせる顔へと変わっている。
目の前には“罅”より無数の魔獣の姿があると言うのに、欠片も焦る様子無く。
「久々に、喚び出されたの」
ぽつりと呟くと共に、彼女の周りに『黒い霧状の物質』が湧き立つ。
体の節々や上着の裾、袖口や髪先より、ず、ずずと、少しずつ。
黒い霧に包まれ行く中、ロカは一歩も動かず、続けて語る。
「“幻肆奏将”の、一人として」
罅の内より、魔獣達が溢れ出始める。
それでも尚、彼女自身は動きを見せない。
沸き蠢くは、黒々とした霧状の『何か』のみ。
「だから、精一杯頑張るの」
目前に迫りつつある魔獣達。
と、其処で漸く、彼女は動く。
尤も、片腕を上げるだけと言う、ごく微量な動きではあるが。
それでも……場の“流れ”には、劇的な変化が現れた。
螺旋を描きながら、幾つもの極細の糸へと纏まって行く黒霧達。
新たに作られた黒糸は魔物達の合間を駆け巡る。
針の目を縫う様に張り巡らされた糸が、突如、張る。
糸に挟まれ、糸に縛られ、糸に通られた者達は皆、細切れとなって行った。
そんな中、キキ、キィッと言う異音が混じる。
訝し気な目を、音の発生源へと向けるロカ。
視線が行く先には、一体の魔獣が“耐えて”いた。
邪狛獅。
狛犬と獅子を合わせた様な暗色の姿を持つ、戦略級上位の魔獣。
非常に頑丈且つ柔軟性に富む無機質な外皮と体毛で全身を覆い、狼か獅子を連想させる、肉食獣らしい俊敏で獰猛な狩りと多彩な魔法を特異とする害獣である。
幻界内では南方に位置する島国や、付近の国家にて出没し易く、上位冒険者でもなければ真面に相手取る事が出来ない、三頭狼と同じ程厄介な相手。
そう、敬愛する魔王様たる律門より聞いていた事を、観察しつつ思い出すロカ。
だと言うのに。
「ちょっと面倒な相手なの」
との言葉だけで、済ましてしまう幼女。
更には、紡いだ言葉からでさえ、相手への侮りがよく見て取れる。
「《影引》」
何せ、下級の闇と重力属性の混成魔術を、何の形質も付けずに戦略級の魔獣へと放ったのだから。普通の者なら、明らかに自殺行為と言われる様な真似を。
“普通の者”ならば。
一般的には、軽く地面を抉る程度の威力しか出ない構成の魔法。
反有機質的な獅子寄りの狛犬の上に現れた、拳大の暗色の球体は……彼の魔獣に触れた瞬間、ギュルンッと、その全てを“呑み込んだ”。
球体内部に、無理矢理圧縮する形で。
下級魔術であっさりと上位の魔獣を始末した幼女は、次に近い罅へと目を向け、今しがた根絶やしにした巣窟に背を背けて一歩踏み出す。
「もっともっと、頑張るの」
凶悪な忠誠心を秘めた白き少女は、漸く此処で、小さく笑みを浮かべた。
何処か歪んだ、小さな笑みを。
× × ×
ロカと同じく、左側へ鴉に似た翼にて飛来した老執事、ラアロ。
ロマンスグレーの適度に分けた頭髪と燕尾服が、渋さに拍車を掛ける容姿の彼。
老いを感じさせぬ老翁は、静かに、一切の心の乱れを起こす事無く、目先に割れ出つつある“罅”並び魔獣の群勢を観察していた。
(ほうほう、魔素薄きこの世界に此処までの『門』を形成するとは……敵も中々、侮れぬ御仁が揃っている様ですなぁ。……尤も)
右腕を、肘を曲げたまま軽く上げ、顔近くで中指と親指を付ける。
魔獣達を真っ直ぐ見据えたままの彼は、二本を勢い良く、摺り合わせる。
パチンッと鳴り響く指の音。
瞬間。数百体の魔獣達が、闇に呑まれた。
(尖兵の質は、然程高く無いようではありますがな)
すっと、折り曲げた肘を伸ばす様、右手をやや前へと差し出す。
手の平を下に向けたまま、軽くそれを上げると、今度はそれを振り下ろす。
同時に、数百体の魔獣の内側より、無数の黒き針が飛び出して倒れ臥し行く。
(……おや)
所が、それでも尚倒れ臥さぬ者が一人。
カーゴスの腕やロカの霧の様に、靄掛かった黒い影の塊。
ただの人影ではなく、大鎌を持った死神を連想させる実に深き闇の塊。
(《死邪影》とは、割合骨のある輩が居ったものですなぁ)
災害級の中位に位置する魔獣が、悠然と其処に浮かび佇んでいた。
不定形、尚且つ闇属性不死寄りの分類に座する彼には、先程の攻撃は何れも殆ど効いていなかったのだろう。
脅威度の高さもあり。
(先の効き目を見た限りでも、闇属性系の術に高い耐性を持つ事は明らか。とするならば、光聖属性にて対応するのが定石……なのでしょうが)
目を閉じ、一息吐くラアロ。
暫し、葛藤し、思考に没する老執事。
次に彼が目を開けた時には、口の端を、吊り上げていた。
(此処は少々、老骨めの意地を優先させて頂きましょうかな)
やる事を決めるなり右腕を後ろへ引き、左足はやや前へ、右足は少し引く老翁。
“罅”より漏れ出す魔素を、自らの魔力に転換するべく、右拳へ集結させる。
対する影の死神も、異変に気付き大鎌へと魔素を急速に集め出す。
闇含む混成魔術の為、暗色の魔法陣を手元に顕現させつつ。
二人の、“闇”の使い手達による闇の術式の構築。
それ等は、同時に完了し、放たれた。
『《■■■■■》』
「《黒ノ咆哮》」
声ならぬ声で何かを発動したのは“死邪影”。
手元の鎌を振うと共に、魔法陣より強烈な黒雷を放ち広げる。
相対する執事は、右腕を振り抜くと、一瞬拳に“顎門”を顕現させる。
何の獣かは判らぬ黒き口。開かれた其処からは……黒き、奔流が撃ち出された。
突出された腕より溢れ出た黒き咆哮は、黒雷を呆気なく飲み込み、突き進む。
そのまま、硬直する死神をも、更に深き闇へと落とし込んで行った。
強烈な風音と、罅の内部に抉れた弾道痕を残して。
「さて。次の門も、手早く片付けると致しますかな」
広げていた事により間に『飛膜』を覗かせた鴉に近しき翼を一羽ばたきすると、彼は自が使命を果たすべく再び飛び発つ。
× × ×
「特に問題は無さそうですね。ご主人様含め、皆さん実に“順調”です」
作戦開始時より真上へ飛翔して上がり、屋上を陣取った少女咲和。
ゴシックと和風を合わせた様なワンピースに身を包む彼女は、学校中でもかなり高所に位置する此処より、戦場全体を一望していた。
袖口より、鈍く輝く“手錠”を覗かせながらも。
彼女の役割は、後方からの援護、並びに戦況の“視覚面”よりの把握と報告。
“音響面”からは、律門自身が《反響探査》にて常に把握している為必要無い。
文字通り音の反響を利用した空間情報の取得を、学園を包む様行っているのだ。
かと言って、特撮世界での初戦争において、音響技術が通用しない不確定要素が現れないとは限らない為、監視の方も彼女が請け負う事としているのである。
尚、呟くだけで律門の耳はしっかりと咲和の声、遥か遠距離後方に居る人物の声すら聴き取れる為、特に大声や念話、通信機器にて通信する必要も無い。
「それよりも寧ろ、出撃し出した学園関係者達の方が援護必要そうですよ」
『じゃあ、先にそっちの処理しといてくれ。俺達の方は今の所後回しで構わん』
耳元に届くは、敬愛すべき主であり、大切な人でもある青年の少女の様な声音。
律門が片手間に、音を作る音響技術の《鳴創》、並びに音を誘導する《廻導》で作り届けた彼自身の疑似音声である。
彼の声帯より発せられた物でなくとも彼自身の言葉に変わりは無い事から、威勢良く「了解っ!」と返事をする咲和。
「ではでは……ご主人様から貰った“コレ”で、ちゃちゃっと片付けちゃいますか。《鱗錠鍔鎖》っ!」
裾を払う様に突出した両腕。
各々に嵌められ袖内に鎖伸びる一対の手錠。
よく見るとそれ等は、律門が現在体中に浮き上がらせている“方形の鱗”——即ち《妖饗奏曲》の副次効果で作り出された“鱗”によって構成されていた。
そして鎖部分が、鎖と言うより長方形の板が繋ぎ合わさり蛇腹の様になっている事が判った“方形の鎖”が袖より出されると同時に、急激に伸ばされる。
直後、先の方より各“方形の鱗”へと分散されつつ、地上へと放出されて行った。
一通り鱗を撒き終えた所で、だらりと両腕を下げ、手錠より伸びた二本の鎖を、自身の背後で繋ぐ様操り伸ばし、接続する。
「さて。“作業”に集中しないと、ですね」
屋上際の鉄柵へ更に一歩歩み寄り、軽く両手を広げ、少女は目を閉じる。
『うらぁっ!』
特異なヘルメットに全身ライダースーツ姿の青年。
戦隊戦士に比べ上半身の装甲が厚い事とベルトが特徴的な戦士、覆面騎手の彼は五段警棒を振り抜き、自らに噛み付かんとしていた炎の獅子を弾き飛ばした。
『ギッ、ガァアァァ……』
シュウゥと、煌めく鉱石、魔核を残し消え去る炎の獣。
倒した本人はまだ与り知らぬ事だが、『邪精』や『不定形魔獣』の一部は、この様に身体を消失させ魔力の籠った部位だけを残す事がある。
ゲームチックな物珍しさより、僅かな間石に気を取られる覆面騎手。
そんな彼は、“頭上に迫る物体”に気付かない。
ガッ!
『っ!?』
ドサッ。
と、彼の脇で音がした。
横へ目を向ければ、先程までは無かった魔獣の骸。
恐らく、上空で行われていた攻防の一角より零れ落ちた残骸であろう。
地面に遺体が落ちる前に鳴った、頭上で発生した衝突音。
この魔獣の死体が“何か”にぶつかった事で鳴ったのでは?と思い至る彼。
推測の答えを確かめるべく、青年の覆面騎手は顔を上げた。
『これは、律門の……?』
彼が目にしたのは、蛍光灯サイズに見える、薄く長方形の硬質な物質。
出撃前に『魔王』と呼ばれる同級生が見せていた、体より生やした鱗らしき物と何処か似通った物体であった。
色合いや質感が近しい為、大きさが異なれどそれが変形した物であると判断した彼は、斜め上方へと目を向ける。
(……いや、今アイツにそんな余裕は無い筈。だとすれば……)
視線を背後、校舎屋上方面へと向ける。
校庭側の鉄柵手前に立つは、碧気味の墨色の髪より銀桜色の鹿角を生やした一人の少女の姿――周囲に白い何かを浮かばす、咲和の姿。
覆面の機能で視力も上がっている青年は、彼女の腕、並び周囲に浮く物が、先に頭上で自らを庇った物体と同質の物である事を見抜く。
『そうか。アイツ、中々良い相方持ってたんじゃねーか』
思わず呟いたその言葉に、反応するかの様に此方へ顔を向ける少女。
ついでに、彼女へと片腕を手刀状に上げ、軽く感謝を示しておく。
踵を返した彼は、そのまま戦場へと戻って行った。
『んじゃ、俺ももういっちょ頑張りますかね』
青年から離れた位置。
メットやマスク等は一切せずに、右目を隠したミディアムカットの黒髪を晒し、女子制服の上よりロングコートを羽織った女子生徒が一人。
「全く、面倒極まりないなぁー……。まぁボクも『異能学園』の一員だし、戦士の一人、異能力者が一人として頑張るけどさー」
ぐちぐちと、間延びしたやる気の無い話し方をする、異能力者の少女。
口では気怠気な態度を全開にしながらも、彼女の足は軽やかにステップを踏む。
彼女が歩を下げた場所に、僅かな間も無く振り下ろされる粗末な木製の鈍器。
周囲には、鼻が尖った野生児を連想させる、緑色の邪精達が集っていた。
つまりは、戦闘級の害敵たる、《邪緑人》達が。
「うん。鬱陶しいし、纏めて片しちゃおう。異能力発動――《群竜衝》」
彼女が異能名を唱えた途端、宙空に空く『暗く深い“孔”』。
闇を連想させる……否。闇その物と言える黒。その縁に、鉤爪が掛かる。
現れるは、蜥蜴に似た脚と尾に、大きな翼と、角を幾本か生やした蛇の様な頭。
黒銀色の鱗で覆われた“飛竜”が、学園の校庭にて召喚された。
『グルゥウアァアアァアアアーーーッ!!!』
雄々しく西洋竜らしいその翼を広げ、紅い瞳で害敵達を睥睨する黒銀の竜。
成人男性の三倍はあろう体長の、竜にしては少々小さい様に思える怪物は、少女以外を威嚇しつつ彼女の横へと進み出る。
其処で終わりかと思えば、“孔”に再び、黒銀の影が浮かび上がる。
それだけでなく……周囲に、二、四、八と、十数個の孔が現れ出す。
終いには、二十数体もの飛竜達が、場に喚び出されていた。
「あんまり増やし過ぎても他の人の邪魔になるだろうし、こんなもんで良いかな? ……そんじゃあ《群竜》、行っといでー」
『『『『『『『ゥグル、ルァアアアアーーーッッ!!!!!』』』』』』』
邪緑人達からすれば、遥かなる絶望が、其処より始まろうとしていた。
方鱗が、その脇の地面を、滑る様に通り過ぎて行く事にも気付かずに。
× × ×
困ったなぁ。
目の前に居るローブ姿の奴は、言動を見るに“復讐者”。
つまりは、『魔王時代の俺に恨みを抱く者』と言う事になるのだろう。
其処から考えるに……今回の襲撃は、“俺が原因”とも、言える訳で……。
……ヤバいな。主に俺の懐事情。
俺のせいで学園が此処まで以外被ったって判明したら、何処まで損害賠償払わせられる羽目に陥ってしまう事か。
うん、非常に拙い。
とするならば、やる事は、一つだな。
即ち。
バレる前に『証拠隠滅』っ!!!
「消すか」
『何をぼそぼそと呟いている』
「いや、此方の話だ」
俺に大変関わる、重要な案件のな。
大丈夫だ。お前が誰だかは知らんが、大人しく俺に始末されていれば良い。
そうすれば、全ては丸く納まる。
うむ。
「さぁあて……そうと決まれば、さっさと片付けんとなぁ」
『……貴様、その笑みは何だ? 何を企んでいる……???』
俺のあくど、小悪魔めいた微笑に若干引、戦意を薄れさせるローブの男。
まぁそう慌てるな。直に分かるさ、その身を以て。
にじり寄る少女の様な青年、本能的に危機感を察知し下がり行くローブの巨漢。
等と言うシュールな光景が、戦場の最中で繰り広げられていた時の事だ。
“孔”よりも巨大な、途方も無く大きな『魔法陣』が、学園上空に出現したのは。
「ん、なっ!?」
『…………』
戸惑う俺に、沈黙を保つ顔を隠した男。
ぱっと見た限りでも、少なくとも、通常より大きなこの『異能学園』敷地全体を包み込む程度の大きさがありそうな程の、桁外れな『陣』である事が分かる。
何が、起ころうとしている?
困惑する中、“陣”は内側の紋様を各々の方向に、何かの規則性を示す様に回転し続け、その光を徐々に強めて行く。
だからだろうか。
『……次、こそは』
先んじてローブの男に動かれ、彼の身を逃してしまったのは。
「あ、ちょ、待てこのや……っ!」
俺が視線を相手に戻した時には、既に半身まで“孔”に身を沈め、引き戻す事も、場に留める事も困難な状態となっていた、フードを目深に被った巨漢。
ズズ、ズゥ……と、此方が声を荒げようとも、沈み行く男の体。
それと共に、上空の光が目を焼き潰す勢いで一層強まる。
音を頼りに男の位置を探っても、既に“孔”や“罅”も含め、襲撃者側の全てが、骸以外は消え去った事しか分からない。
一方で、光度を増す魔法陣の光の他に、キィ、キィィィイイイイインッ! と言う強烈で甲高い音と、ゴ、ゴゴ、ゴゴゴゴゴとの地鳴りの音が響き始める。
無論、眼下や学内の学園関係者達の、混乱の声もあちこちから上がり聞こえる。
そんな、神々しくも、混沌とした有様を広げる現状。
真っ白な中、無音の世界へと放り出されるのを最後に、俺は意識を手放した。
学校の皆さんも下の方でわらわら頑張ってました。
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