004「幻奏魔王は異能学園と共演する」
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前回までの粗筋→校庭側の空に大きな罅出現。唐突で突然な些か早い急展開。
湧き出る、湧き出る。
わらわら、わらわらと。
始めに見えたのは、幾つもの“目”。
鋭く、無機質で、光っているにも関わらず、吸い込まれそうな数多の瞳。
多様なそれ等に総じて感ずるは、肉食性の獣が持つ獰猛さや根源的な危機感。
『此方を食糧としてしか見ていない』、弱肉強食の上に立つモノ達が持つ眼光。
「……何? アレ……」
「ど、何処の『悪の組織』だよっ!? あんな大規模な行軍、見た事ねぇぞっ!??」
「……オイ、明らかにあの軍勢より、『異能反応が少ない』んだが……」
「はぁ!?? どう言う事だよそれ」
「じゃあ相手は大半が『非異能付加』の『怪人』? けどじゃあ、何で、翼無い奴が浮いてたり、あの高さから落ちても平然として……」
違う。
違うんだ。そうではない。
アレは、悪の組織の仕業じゃあ“ない”。
何故なら“彼処”からは……『覚えある魔素』が『大量に』感ぜられるのだから。
「……異世界よりの、軍勢」
「……ハ? 何言って」
クラスメイトの男子の言葉に、構っている暇等無い。
立ち上がり、皆に『事実』を告げる。
この先起こりうる『戦』を。
「気を付けろ……これから現れるのは“幻界”の『魔物』共だ! 相手は大半が異常な力を身に付けた獣と考えて良いが、中には知能を有するものや『魔族』と呼ばれる人間と同等の知能を身に付けた連中も存在するっ! あからさまに知能が感ぜられる奴や、中でも人間らしい動きをする人型に近い相手が居れば直様俺に伝える様に! ……『アイツ等』の対処は俺の方が遥かに慣れているからな。故に、用心しろ……相手は、“技術として確立された異能”『魔法』を用いて来る。異能感知系でも感知出来んので、如何にも魔法陣らしい光の紋様が現れたら警戒しとけ!!! 獣染みた奴も本能で魔法使って来る個体が多いからただの獣だと思って油断するなっ!」
矢継ぎ早に、大雑把に注意点を述べて行く。
せめて『未知の相手との遭遇戦』とならぬ様に。
一分もしない内に、恐らく『進軍』が始まるだろう。
一度始まれば、止まらぬ幾多もの異形による行軍。
だからこそ、今の内に此方から仕掛ける。
「『魔源の祖よ、今此処に蘇らん』――《魔源創蒐》」
突如、場に満ち、俺の周囲を吹き回り溢れる“力”。
先ずは、必要な分だけこの場に“魔素”を増やす。
本来この世界では『有り得ぬ程の密度』まで。
それを、全て一気に“魔力”へ転換する。
「『震響よ、喰らわば喰らえ、呑み込みゃ呑み込め……広野に在りし魔の素等を、喰らい蝕み呑み尽くせ』。……《震蝕波》ッ!!!」
呪文を唱えれば、足下に光の複雑な幾何学模様が展開されると共にズオッと言う風切り音が鳴り、 何重かの衝撃波に見える半透明の波が広域へ広がって行く。
波紋が触れる縁より、『孔』から漏れ出す魔素を“喰らい”つつ。
(……プラス、音響技術《幻奏響》より――《調律−拡爆》)
更に無言で行使した『音響操作技術名』通り、音響や振動等を自在に操る技巧《調律》の一端、《拡爆》にて“音を増幅”させた事により、『魔素捕食効果を付加した衝撃波』は更に広域へと拡大されて行った。
異形共が巣食う、“孔”にも届く程の大規模な物へと。
「なっ、何したんだよ今のっ!?」「ま、魔法!? 今の、本物の魔法なの!??」
「……これで三分位は奴等の魔法を封じ、後の方もちったぁ緩和させられる筈だ。が、それでも奴等は普通の怪人から上位怪人、下手すりゃ怪獣クラスの戦闘能力を有していやがる。だから、お前等絶対、数人一組でなるべく固まって行動しとけ。万が一の場合もそれなら十分乗り切れる筈だ。相手が魔法使い始めたとしてもな」
こいつ等は、学生とは言えど皆何らかの特殊な力、武装を有した“異能保持者”であり、正義の為なら死地へ赴く事も厭わぬ屈強な“戦士”達でもある。
なればこそ、ただでさえ強力な力を有した彼等が数人掛かりで協力すれば、初の未知数の敵であろうが、軍勢でさえも相手に出来る事だろう。
そう確信出来る、頼もしい同級生達だから。
さて。
俺もそろっと、準備しねぇとな。
掃討する為の、準備を。
「“異能力”、発動。
―――《妖饗奏曲》―――」
ゥオンッ……と、風音が鳴る。
空気が変わる。俺を纏う、“空気”が変わる。
音が、空気振動が、音響が、大地の震動が、増えて行き……。
それ等が全て、『俺の配下』に下った。
「……オーケイ」
変化は、それだけでは無い。
今の俺は、少しばかり“人ならざる特徴”を持つ。
具体的には、手の甲や腕、顔の側面部辺りに浮かぶ、長方形の物体。
親指の1/2位の物から人差し指相当の物まで、まるで鱗の様に生え揃い、彩度が低く硬質で薄い、何枚ものそれ等。
『方形の鱗』が、今の俺にはほんの少し纏われていた。
手の爪も、指の第一関節から手の甲側へは四角く、指先へは鋭角に尖りはみ出す『鱗』と似た物質へと変貌している。
拳の方が鱗の密度が高い為、見ようによっては龍の手に見えない事もない。
陽光に照らされ、方形の鱗が鈍く、黒紅き長髪が艶やかに輝く中、声を上げる。
「咲和」
「はいさっ!」
机下の影より、するっと碧黒い髪に鹿角を生やした少女が飛び出す。
くるっと宙で一回転すると、音も立てずに綺麗に俺の脇へ着地した。
そんな彼女の姿を見、ざわめく同級生達。
「鹿、角……?」「まさか怪人!?」「バッカ、多分獣人ってヤツだよ」「……彼の話が本当だったとすれば、魔族じゃないかな? “魔王”軍だったんでしょ?」「え? けどさっき本人が“魔族も敵”って」「『知能』があるんだったら、味方になる人が居てもおかしくないかと」「あーそっか、成る程」
周囲の困惑を余所に、直様彼女へ指示を言い渡す。
「後方よりの支援を頼む。出来れば、なるべく此処らから離れずに、遠距離攻撃に徹しててくれ。あと、場合によっては俺以外の助っ人に回れ」
「……はい! 了解ですっ!」
俺の言葉を聞き終えるなり、すっと後ろに一歩下がる咲和。
続いて、俺等の本領――『たった二人の魔王軍』の、主戦力達を喚び出す。
二人しか居ないにも関わらず、魔王“軍”と呼ばれる所以。
その一端を。
「《幻奏響−饗奏曲》より――
《幻肆奏将》」
曲が、流れ出す。
勇ましく重い、出陣を思わせる音色。
放送機器や楽器から流れ出す音ではない。
携帯電子機器や誰かの変身装置が奏でる電子音でもない。
俺が、『実態』と『幻聴』を伴い、奏でている《幻奏響》の一環である。
そして同時に……“四人の姿”が、顕現する。
一人は、漆黒の鎧を身に纏い、同色の兜を脇に抱え蒼黒色の髪を靡かす騎士。
一人は、家に居た頃より変わり無き燕尾服姿に、鴉に似た翼を生やす老執事。
一人は、被る外套や裾より伸びた物体より、白き九尾の妖狐を思わせる幼女。
一人は、甲虫と甲冑の間の様な外殻に、兜の切れ込みより単眼を光らす巨漢。
同居人にして、我が魔王軍の『実態無き四天王』……《幻肆奏将》の面々が。
「「「『――お呼びでしょうか、我等が“主”』」」」
俺が『魔法』の存在を知るまでは、あくまでも“一幻影”に過ぎなかった彼等。
魔法を知ってからは、魔素を組み込む事により“自我を持たせた”彼等。
魔王時代後期には、自ら自分達の存在を維持出来る様になっていた、精鋭達。
『幻奏の魔王』が作り出した、疑似精霊生命体たる彼等が、今此処に推参した。
「テセラ、ラアロ、ロカ、カーゴス。お前等には、『幻界』を知らぬ他の学校関係者達の補佐、並びに『特撮地球』へ侵入した『敵の殲滅』を命じる。出来るな?」
「「「『はっ、仰せのままに! 我等“幻肆奏将”、命を賭してでもっ!!!』」」」
勇ましき彼等の宣言を聞きながらも、つい眉を顰める俺。
「いや、別に命は賭けんで欲しいんだが……死ぬなよ? お前等」
そんな俺の言葉に苦笑する彼等。
四人の、その実幻影に近しい存在でありながら、確かに“在る”自慢の部下達。
「……相変わらず、お優しいですね、我等が主は」「同意なのっ」『ウム』
「魔王様……敵の勢力は未だ未知数。世界を渡り進軍する程となると、相当な魔導方面に関する技量か、又は強大な異能を有しているかと思われ。それ故、魔王様と言えど、ゆめゆめ油断する事無きよう。……とは言えそれが魔王様では、その様な心配なぞ杞憂に終わるでしょうがな。ほっほっほ!」
「あんまり俺を持ち上げんでくれ……この世界で『魔王』としてしっかり動くのは今回が初めてなんだ。初陣で過度な期待をされても困る。特に同級生の奴等に」
何せこいつ等あれだぞ? ヒーローだぞヒーロー。
平気で窮地でのパワーアップなんぞしかねん上、俺より強い奴等が実力を隠しているだけで、実は結構居るなんて事も有り得かねん連中だからなぁ。
正直、初っ端から“魔王”名乗っておきながら、拍子抜けされてはちと辛い。
「あれ? ご主人様、顔赤くなってませんですか?」
するっと横から覗く鹿角と上目遣い。
碧黒き髪の間に見える額目がけ、彼女に向かい指を弾く。
アウッと仰け反る少女。
止めてくれ、此処まで保とうとした威厳が早々に崩壊しかねない。
軽く息を吐きながらも、開戦前にもう一言告げる。
「何にせよ、五人共……宜しく頼むぞ」
「「「「『は! 仰せのままに……っ!!!』」」」」
さて、と窓の外へ再び目を向ける。
視線の先には、今にも『孔』より溢れ出さんとする、数多の軍影。
その光景に緊迫感張り詰める、俺達魔王軍と教室の空気。
とは言え、此処に居る者達の元からの気質に加え、四人を召喚してから暫し流し続けている曲《幻肆奏将》によって、曲自体は聞こえていない位置に居ろうがこの学園内の者全員に『指揮上昇・戦力強化』を与えている為、怖じ気付いて一目散に逃げ出す様な者は誰一人として居なくなっているだろう。
だからこその緊張感でもある。
と、其処で何故か、場違いなチャイム音と共に校内放送が流され始めた。
尤も、内容を聞いてより、それが如何に場にそぐう物であるかは理解したが。
そして、雑音で誰かは判り辛くとも、それが学園上層部よりの言葉である事も。
『学園勤務者、並び生徒諸君に告ぐ。今、我等の学園は比較的未曾有の危機に直面している。比較的と言うのは、私が現役であった頃には更なる災禍に巻き込まれた事もあり、その時には一時この学園が機能停止に陥っていたからだ』
「コレ以上で機能停止で済んだんだ」「何なんだろうね、この学校」
激しく同意である。
『あの時程では無いにせよ……今の装備に頼った軟弱者が多い昨今の若人達では、些か今回の件も荷が重いだろう。だが、だがな……逃げる事は許さん! 背を向ける事も許さん! 貴様等は何だっ!? 温床でぬくぬく育った培養品か? 工場で大量生産された量産品か? 違うだろうっ! 貴様等は戦士だ! 貴様等は強者である! この、我等が学園へ立ち入る事を許された一人の戦士であるっ! なればこそ立ち向かえ! 今こそ、大いなる危機に直面したこの瞬間こそ……貴様等の最大の天下、大規模な独壇場であると心得よっ!!! さぁ向かえ! 潰せ! 一掃せよっ! それこそが我等……『異能学園』の戦士なりぃっ!!! 』
ぉ、ぉお、おぉおおおぉおおおおっ!!!!!
雄叫びが上がる。学校中を、学園の周囲すら包む程の、大音響。
無尽蔵に沸き出す気配すら見せる進軍者すら気圧す程の、大喝采。
今、学園中の兵の心は、一体となった。
と思えば、言葉を付け足す放送の声。
『ああ、あと一つ。……良いか? 奴等は『無断で』この地に踏み入れた、野蛮なる『侵略者』共だ。容赦はいらん。……一人たりとも、“残すな”よ? ……以上だ』
何処までも冷徹。何処までも高慢。
察せられるのは、“敵”に対する何処までも底無き“怒り”。
しかし、普段なら大衆を底冷えさせるであろうその威圧ですらも……今や、学園中の戦士達の熱気を冷ますには足りず。
超人達による、戦の咆哮が、再度全てを突き抜ける。
「……『幻奏の魔王軍』、“殲滅”、開始……っ!!!」
「「「「『了解ッ!!!』」」」」
某日正午前。
“幻界”の軍勢と“特撮地球”『異能学園』による初戦が、此処より始まった。
× × ×
「「「「装展っ!」」」」「「「「「「戦隊登場!」」」」」」「「発動!」」
クラスメイト達が、各々各個人の“力”を解放すべく、叫ぶ。
それにより、教室内に次々に生まれる『戦士』達。
特撮番組に出て来そうな、正に『ヒーロー』と言った感じの者から、余り容姿は変わらないが纏う雰囲気が圧倒的に変化する者等、その変化は千差万別である。
一方の俺達は、既に鴉翼を出していたラアロ、並び翼無き俺とロカ以外“開く”。
咲和は鳥と飛竜の合間の様な、テセラは蝙蝠の様な、カーゴスは甲虫を思わせ、何かが群れてそれを形成している様に見える半ばぼやけた様な、両翼を。
羽を広げた面子はそれぞれ、咲和は教室真上の屋上へと、兜を被ったテセラ並びカーゴスは右へ、ラアロは左へ、窓に足を掛けて跳び発つ。
対して翼の無い俺、ロカの二人は地上を行くかと思えばそうでは無く……ロカは妖術でも使っているかの様にそのまま、俺は足下に、継ぎ接ぎの板で作ったサーフボードの様に『鱗』を集め、浮き上がる。
そして、ロカは老執事と合流すべく左手へ、俺は真っ直ぐ『孔』に向かった。
(……先に、もういっちょ仕掛けとっか)
目先に“孔”を見据えながらも、考える。
先程既に一手据えてはいるが、やはり慣れぬ戦況。
此方の世界で、幻界の魔物を相手取る事を思うに、念には念を入れておきたい。
「ま、仕掛けると言ってもただ先手打つってだけの話だが……《饗奏曲》より――『道化師よ、浮かべた笑みを刃と成し、街の闇にて振り翳せ。……さぁ時間だ』」
奏でるは、軽快ながらも怪奇色を感じさせる幻想的な曲想。
送るは、孔の境界にて固まる哀れな犠牲者共に向けて。
さぁ、愚者共よ……討ち合え。
「《慌狂祭宴-戯街宴》」
ギ、ギャ、グィギャ、ギャギャギャギャギャァア"ッ!!! と、軋んだ歯車が一斉に回り出した音に似た、しかし余りにも生々しい鳴き声……否、“悲鳴”が聞こえる。
此方から、そして味方からして見れば、曲が流れている以外の異変は解らない。
だが、確かに異変は起こっていた。
特に孔の入り口に近い、魔物達の“脳内”においては。
其処は正に、阿鼻叫喚の地獄。
つい数分前まで全員が“敵”へ恐怖を“与える側”であった怪物達。
所が今や……皆が皆、何かに怯えるかの様に叫び回り、その腕を、尾を、武器を持てる者は己の得物を、隣人に向かって振り翳していた。
その誰もが、全体から見て、比較的孔の境界線に近い側。
そう。俺の《戯街宴》の範疇に入ってしまった、“犠牲者”共の有様である。
ふむ、順調順調。
このまま一気に、半分位は潰し合って貰いたいものなんだが……そう簡単にゃ、行かんのだろうなぁ。
将や強者が背後に控える隊列に見えるし。
ああ、因みにコレの説明をさせて貰うとアレだ。
お互いが敵に見える様、錯乱状態に陥らせていると言った感じである。
特に、如何に強靭な兵士であれど、最も狂乱するであろう相手に見える様に。
ま、所詮今暴れてるのは雑魚の方だろうし、直にこれも止んじまうだろうがな。
等と考えていれば、案の定、唐突に事態は収束する。
彼等の背後より放たれた……一つの禍々しき衝撃波によって。
断末魔を上げながら、訓練級〜作戦級の魔獣共が吹き飛んで行く。
邪魔な積み木を、蹴飛ばし散らす風にも見える光景。
その奥には、人型の姿をした者が、一人。
圧倒的に他と違う威圧感。
にも関わらず、人にしては身長は高くとも、然程強そうに見えぬ見た目。
目深に被るローブの下は深き闇に埋もれ、一切彼の者の顔を見る事は適わない。
何処か、靄掛かった風にも見える彼は、すっと片腕を上げた。
直後、おどろおどろしき声にて……開戦してより初の、敵方の号令が、下る。
『……行け』
邪悪さを感じさせつつも、不思議と通るその声で、一瞬静まり返る軍勢。
『『『『『『ル、ォ、ルォオォオオオオオオーーーッッッ!!!!!』』』』』』
次の瞬間。学園側の大喝采に差し迫る程の、怒号が、そして咆哮が上がり行く。
っち、《念話》か。面倒な。声帯での言葉ならば妨害してやったものを。
カリスマ性があるヤツの声は、こうして指揮を上げるから厄介なんだよな。
加えて、こんな時の盛り上がってる連中は、中々錯乱系の曲目も効き辛ぇし。
あー、面倒だ。
そんでもしゃあないし、まぁ何にせよ。
「……やっかね」
戦いは、まだまだ始まったばかりだしな。
左手で右横へ押し出し受け流したのは、確か戦略級に指定されていた氷天狼の、右前脚の手錠部分より放たれた冷気を伴った鎖。
流れで、空いた右腕にて掌底を眼前の敵へと打つ。
まぁ、ただの掌底では無いのだが。
「《響撃》」
右手の平が相手に接する数十cm前。
唐突に、白狼の顔が凹んだかと思えば、破裂した。
音響技術の内攻撃特化技術の《響撃》。
その初級攻撃の代表が、同名の先程撃ち放った技。
波状衝撃波を放つ同じく初級技《噪波》に指向性を持たせた物だ。
衝撃波で作られた砲弾の様な物であると思って貰えれば良いだろう。
そのまま、右腕は返す刀で、左腕は戻す形で、両腕の爪を振るう。
目前に近付く次の犠牲者をそれで軽く切り裂く……つもりであったが、ガキィッと言う音と共に、それが叶わなかった事に気付き目を見開いた。
(チッ。最高品質までは行かないが、それでも災害級の幻鉱人形たぁ厄介な)
シンプルで無機質な人形にしか見えないが、その実幻界でも屈指の硬度を誇ると言われる伝説の金属『幻剛鉱』――即ち、オリハルコン製の魔兵。
俺のこの《妖饗奏曲》の爪でさえ裂けなかった相手は、その様な存在だ。
向こうの冒険者ならば、上位であろうと数人掛かりでなければ死を覚悟するべき程の脅威でもある、非常に面倒な魔獣等の討伐対象『害敵』の一種でもある。
下位の魔獣、害獣、邪精と僅かな荒くれ者共は粗方片付けられたが、代わりにこんなもんまで喚び出して来るとはなぁ……増々先が思いやられるばかりだ。
ま、この程度で俺は止まらんがな。
「《響撃》より――《響爪》」
途端。スッと、今までの固さなぞ嘘とせんばかりに、あっさりと爪が食い込んで行き……金剛の躯を持つ筈の敵は、輪切りにされて散り落ちた。
得物が変わらずとも、振動率が上がって切れ味が格段に上がっているからなぁ。
強化系技術《響爪》を使えば当然の結果。こんな所である。
また、もう一つ言わせて貰えれば……俺の連撃は、まだ終わっちゃいない。
斜め後方の手の平を、ぐるりと前へ向ける。
同時に、ぐぐっと両腕を後ろへと引く。
そして、薙ぐと共に、“放つ”。
「《響撃》中級――《館崩至》」
ゴオォゥッ! と、強烈な風音をかき鳴らしながら“何か”が軍勢に迫る。
先程の雑魚共とは異なり、圧倒的に強度も戦闘力も異なる彼等。
雑魚なら効く《噪波》位ならば、奴等は軽々受け流したろう。
《響撃》でも、あの数なら協力し拡散されるやも知れない。
だがコレは、そんな生易しい物では無い。
「《妖饗奏曲》状態で放ったこれを、受け止められると思うなよ?」
音が、激しい音が、群れの先頭に到達する。
中には、先程倒した幻鉱人形の姿すら見られる。
しかし……強大な振動波は、彼等を纏めて粉微塵にして行った。
災害級など障害ですら無いと、言わんばかりに。
ついでに、追い討ちとして魔法を一発お見舞いする事にした。
鬼畜と言うなかれ。これは歴とした戦争なのだから。
容赦なんぞ無用。尽くせる時に尽くすだけ。
やれる時にやれるだけ殺るだけだ。
「《灼熱原大渦》」
詠唱破棄で放ったのは、火炎属性の最上級に大渦の性質を組み込んだ魔術。
つまり、今『孔』の中では灼熱地獄が展開されている訳である。
出来るだけ魔力を注ぎ込んだので、余計に相当ヤバい物が。
現に、目前に展開される中からは悲鳴すら聞こえない。
恐らくは、上げる前に皆燃え尽きているのだろう。
……自分でやっておきながら、これは酷い。
因みに、コレで相手が利用するであろう筈だった分の魔素も、大分消費出来たと考えられる上に、戦前に仕掛けておいた《震蝕波》の魔素吸収効果によって余計に向こうは魔法を扱い難い状況下に陥った事だろうと思われる。
ふむ、素晴らしきかな。
うんうんと自讃ながら、我ながら華奢な体で腕を組み胸を張っていた所。
灼熱の広原が、突如として“消え去った”。
闇の中より現れるは、先に、狂乱した下等衆を一掃したローブの男。
彼の周囲には、魔獣の魔核を除き、殆ど何もまともに残っている物は無い。
炎熱にそれなりの耐性を持つ輩でさえ、あの一撃の内に焼き尽くせたらしい。
多少の達成感と、男に対する緊張感を滲ませる中、相手は、ボソりと呟いた。
『……よくも、我が軍の……二度も……』
…………。
成る程。相手が何者か、大方の検討は付いた。
問題は……その内の誰であるか、その一点であろう。
『復讐者』の、誰であるか。
× × ×
戦況は、徐々に転換期へと、近付いていた。
四天王の名前が安直だなんて言ってはいけない。
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