002「幻奏魔王は授業外部で弾初めす」
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咬ませ犬が向こうから噛み付いて来た模様。齢数百年の大人な対応は不可との事。
人気が少ない特殊授業棟の階段に、数人分の粗雑な足音が響き渡る。
茶髪やら金髪やら、中には黒髪だが側頭部を刈り上げていないモヒカンだったり逆に側頭部を刈り上げたオールバックだったり、髪はそこまででも無いが腰パンや制服の前を全解放等、如何にも頭の悪そうな集団が俺の前後を取り囲む現状。
……お前等、俺の見た目女っぽいんだから、場合によっては通報されかねんぞ?
等と無駄な心配をしつつも、棟の裏手の出入り口から外へ出る。
俺達は不良だぜ! と言わんばかりな彼等に強制連行され辿り着いたのは、普通の人ならばほぼ訪れないであろうと言える、ある棟の裏手の空き地。
一応学園の敷地内である為、学園を取り囲む塀によって取り囲まれているが故に外部からも学園内部からも死角となるこの空間。
其処には、俺を案内した面子と似た様な容姿の連中が屯い、総じて此処まで俺を取り囲んでいた人数より多くの不良達が集っていた。
中でも異彩を放つのが、彼等の中心。
中背痩躯で、其処まで不良らしく無い雰囲気でありながら、一際鋭く、冷徹さを感じさせる目付きをした、腰に特異で機械的なベルトを巻く青年が一人。
先が尖る様なセミショートヘアを水色のニット帽の下から除かせる、場違い感の酷い、小柄で小鳥か猫を思わせる少女が一人。
そして、彼等の間に、角材へ悠然と腰を降ろして此方を見据えるは、荒立つ黒のオールバックの中に紅色を混じらせ、右目下に何かの紋様が刻み込まれた、強面で寡黙な空気を――重い威圧感を放つ巨漢の青年が一人。
……恐らく彼等が、この不良集団の纏め役であろう。
「……来たか」
大柄な青年が口を開く。
一般人として、平穏な日々を送っている様な者には耐えられない程度の、重厚と言える威圧を伴う彼の言動。
普通であれば多少は腰が引けるであろうそれに――俺は、堂々と返す。
「何か用か? 俺、まだ弁当食べ終わった訳じゃねぇからよ……さっさと帰りたいんだが……?」
――逆に、威圧し返す形で。
すると、周囲の有象無象達が無意識に一歩引き、中心の内オールバックの青年の左右に立つ二人も顔を強ばらせた中……。
当の中心人物たる相手は、薄らと笑みを浮かべた。
「……やはり、目を付けて『正解』だった様だ」
「みてぇ、だな」
「予想以上っすねぇ、いひひっ」
彼の言葉に同意する形で、中背痩躯の青年とニット帽の少女が反応を示す。
彼等も多少引き攣りつつも、何かに期待する様な笑みを浮かべている。
周りのはどうしようもねぇが、どうやら此奴等は随分と好戦的な連中みたいだ。
どれ、“視て”みるか。
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・藥玖 剛沁
† 男性:高等部二年剣道部員/塵麗衆代表
/戦隊戦士『楝鴟』:15歳:177cm
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・咬喰 拳
† 男性:高等部二年元拳闘部/塵麗衆副代表
/覆面騎手『鍛鎧[改]』:15歳:175cm
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・舵沫 帆波
† 女性:中等部三年新聞部員/塵麗衆舎弟
/異能力者《渦川式》:13歳:148cm
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・備考:武装『護刃弩[改]』共通所持
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……成る程な。
此奴等、トップ三人がそれなりの『超人』な上、生徒が護身用に持たされている『護刃弩』を改造して“殺傷性能”まで持たせてやがる。
まぁ、精々打撲か骨折程度、裂傷も然程深く無い程だろうけどな。
詰まりは、此奴等は十分な『武闘派』っつぅ事だ。
はぁ……。ったく、面倒な。
これから“起こるであろう事”を考えると、尚更に。
だってあれだろ? この先ってどうせあれだろ。
不良に、一般人の人気が無い場所へ、一人呼び込まれる。
もう犯罪臭……とまではいかんくとも、厄介ごとの気配しかしないじゃないか。
主に荒事方面の。
「剛沁、奴さんも待ち切れないだろう。早速本題を伝えるべきじゃないか」
「兄貴っ、言ってやって下さいっす!」
脇の二人が、何故か此方を睨め付け気味にしながら巨漢を促す。
それに応え、同じく更に視線を鋭い物へと変え、口を開く巨漢。
「ああ、そうだな。……さて、今日お前を此処に呼んだのは他でもない……。……
此処に、お前に今までに“世話になった”奴等が集まっている事は察しが付いている
だろう。それに関しても、彼奴等にけじめを付けさせたい、と言う事もある。だが
何よりも、言っておきたい事がある。
―――よくも、俺達の舎弟をいい様にやってくれたな」
先程よりも威圧感を増した彼は、そう俺に言い放って来た。
…………。
ふむ、ふむふむ。うむ。
……確かに、周囲の雑魚共は記憶にある。
何度か絡まれて返り討ちにした連中が混じってるからな。
だが―――“舎弟の少女”に関しては、記憶に無いんだが……???
「シラ切ってんじゃないっすよ! 忘れもしない、あの日のお昼の時の事っすっ!」
……あっ。
× × ×
数日前の事。
昼休みに、俺は今日と同じ様にデザートを求め、屋上に行く前に購買に寄った。
その購買から屋上へ向かう途中にて。
ドンッ、と体の片側に衝撃が走った。
鼻歌混じりにその日買ったカップチーズケーキを覗いていた俺は、唐突に訪れた
やや軽めな衝撃に驚くと同時にたたらを踏んだ足を止め、ケーキの安全を確かめる
べく、再度ビニール袋の中を覗き、安堵の息を吐いた。
そして振り向く。
『…………』
両手両膝を廊下に着いた、ニット帽が特徴的な女子生徒が一人。
何やら唖然とした雰囲気が感ぜられる彼女の視線を辿れば、その理由が判った。
廊下に放り出され、中身が無惨な姿となったカップ入りのプリンアラモード。
恐らく彼女も、購買に寄った後、別ルートで昼食を食べる場所へ向かっていたのだろう。階段付近であった事から、相手の進行先を見るに気分的な問題で遠回りな道を選んだが為に、妙なかち合い方をしてしまった様だが。
打つかった際の速度的に、俺が歩いていた事から相手の方が走っていたのだろうと思われるものの、打つかった側として申し訳無くなった俺は声を掛けた。
『……あー、ああ、済まん。弁償すっから値段を……』
『うわぁああああんっっ!!! 酷いっすぅうううーーー!!!』
が、逃げられた。
『…………』
猛スピードでプリンが入った袋を振り回し、更なるシェイクを掛けている事には気付いていないであろう彼女を呆然と見送った俺は、一先ずその場を後にした。
今度会った時には、購買で人気のあのプリンの代金だけでも渡してあげようと、そんな考えを頭の片隅に留めつつも。
× × ×
案の定、戦闘以外残念な俺の脳みそは、彼女の顔を見ても中々その片隅に置いた物を引き上げてはくれなかった様だが。
あー、まぁ、確かに前見て無かった俺も悪いっちゃ悪いんだが。
廊下走ってた相手を考えると、お互い様の様な気も……。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、目の先の彼等は語り出す。
「……此奴は、あの時泣いていた。グシャグシャになったプリンを片手に、同時に多少崩れた様子の弁当を開きながら」
「俺が朝早く作った弁当まで被害を出されるとは、流石に思わなかったぜ」
「う、うう、あの時のご飯の仇……っ!」
いや、それ其処のお嬢さんの走り方の問題かと。
鞄思いっ切り遠心力掛けてましたもん。
遠心分離機並の勢いじゃなかったっけな、アレ。
うん、やっぱ俺此処にお呼ばれされる程の事してない気が。
「取り敢えず、プリン代は払うから帰らせてくんね?」
「……その程度で、帆波の涙の対価を清算出来ると思わぬ事だ……っ!」
「俺作の弁当代が入ってねぇ時点でナシだな」
「目には釘! 歯にはバットっす!」
……途端に此奴等が、ただの親バカ兄バカにしか見えなくなって来たな。
てかパシリ少女よ、何何気なくえげつない事言ってんだ。
天真爛漫で抜けた脳みその何処からその発想が出て来たし。
……よしテキトーに相手しよう、それが良い、うん。
そんな風に何とも気が抜けた所で、対照的に奴さん達は徐々に臨戦態勢へ。
各々が武器を構え、『変身装置』に手を携え、何時でも武装形態へ移れる様に。
んじゃま、やるとすっかね。
「「「「「『護刃弩[改]』――《睡眠弾》ッ!!!」」」」」
大型ナイフと拳銃を合わせた様な護身武具。
周囲の不良達が持つそれ等から放たれたのは、この学園内において“違法”となる強力な瞬間睡眠薬が仕込まれた薬式弾丸。
薬液が対象の体内に侵入し易い様な形状に固められた物であり、対象に打ち込まれると共に体内に薬が浸透し、即座に効能が出るタイプの物である。
麻酔弾ならばせいぜい数分〜数時間動けなくさせる程度の為に数発撃ち込んでも問題無いのだが……此方は何発も撃ち込まれれば、下手をすれば致死に至る。
だからこそ、学生の内は有事を除き“違法”となっているのだが。
それをこの馬鹿共は、理解していないのだろうか?
そう思いつつも、『少し足周辺の振動率を上げ』ながら、回し蹴りを放つ。
間近に迫った弾丸を、“音の”装甲を纏った足で蹴り飛ばす形で。
「「「「「んなっ!??」」」」」
弾丸が一見非武装の足で弾かれ、霧散したと言う事実に、動揺を見せる周囲。
此処の生徒は“適性”があるだけ、“技術の鍛錬”を疎かにしがちだからな。
こう言った『技』も、見覚えが無いのだろう。
或いは、“高等部一年程度の若造が扱える物では無い”と、思っていたか。
等と考える内に……俺の動きに触発されたのか、三人が動き出す。
「あ、『異能力』発動っ! 《渦川式》ッ!!!」
「……《装転》――『覆面騎手−“鍛鎧[改]”』」
「《戦隊登場》―――『戦隊戦士−“楝鴟”』」
ニット帽の少女の周りからは、水らしき液体が渦を描いて溢れ出し。
痩躯で鋭い青年は、バックルへナイフを走らせて金属製の外装を展開させ。
強面の巨漢たる男は、足をやや広げた仁王立ちで薄青紫のライダースーツ姿に。
各自が自身の武装、武具を露わとした。
先手を取るは、能力者の少女。
「いくっすよ! 《水流切断》ッッ!!!」
凝縮された水流が、光線の様に撃ち放たれる。
体を反らして避けると、バシュッと言う音と共に後方の幹に穴が空く。
生身の人間にやって良い様な技じゃないんだが、先の俺の対処を見た結果、直感的にこの程度の攻撃などどうとでもなるであろう事を感じ取ったのだろう。
観察結果か、野性的感による物かは定かで無いが。
その間に、彼女に迫ろうと一歩踏み出した所で、目前に迫る影が一つ。
「……《鍛鎧鎗》」
前屈みに腰の辺りで大型ナイフ形態の『鍛鎧鎗』を構えた“鍛鎧[改]”状態の咬喰 拳が、刺突を繰り出そうとしていた。
レーシングスーツ上にシンプルな金属装甲を着ける本来の『鍛鎧』上に付け加えられた、やや禍々しいデザインの装甲が暗く光る。
鋭い動きで放たれた―――それも、体を捻り手で押し流す形をもって避ける。
痩躯の青年を受け流した事で、開けた大将への道。
脇の少女はこの際良い。今はただ、彼等の統括者を狙うのみ。
しかしそれは……同時に相手も俺を真っ直ぐ狙う事が可能となった事を示す。
「『武装』―――《楝鴟薙翼》」
気が付かば、身の丈以上もある薄青紫色の大太刀を構えた剛沁。
薄青紫を基調とし、暗色の鋭い模様が描かれたライダースーツ姿の彼は、一般人ならば持ち続ける事すら困難なそれを真っ直ぐと上に持ち上げている。
更には、構えに連動するかの様に巻き上がる風と、所々に走る紫電。
どうやら彼の武装は、風と電気の類いを操る物と見える。
そしてそれを――斜めに曲線を描き、斬り放った。
蛇腹状に長大な刃をより一層伸ばしながら。
雷電と暴風を伴う長き刃を、風や電気の影響を考え大きめに跳び避ける。
直後、激しい衝突音と砂埃を少しずつズレながら叩き起こす凶刃の長蛇。
同時に、打つかった側から暴風で土煙が払われ、紫電が地を光り駆ける。
滞空する僅かな間に、是等の様子から先の判断は誤りではなかった事を確信。
だが、注意すべきは、これだけではなかった。
「《渦川式−熱湯鋸刃》ッ!!!」
「《違鍛斬波》」
異能少女から大きな丸鋸型に凝縮された熱湯が。
痩躯の青年から不自然に暗色な刃状の衝撃波が。
それぞれ俺に向かって放たれていた。
とは言え、焦る必要も無いんだがな。
「《震衝波》」
世界が、揺れる。
グワンと、周囲の彼等の頭が揺れる。
乱れる空気、振れる地面、傾ぐ各々の躯。
“強烈な振動波”により、あらゆる物が掻き乱された結果――。
―――放たれた攻撃は全て霧散化し、不良達は壁際へ打ち付けられた。
掌底突きの型で出していた手をそのまま地面に着き、それを軽く押す事で体勢を整えながらそっと着地する。
しゃがんだ状態から立ち上がり、辺りを見回す俺。
死屍累々。
そう言うのが的確であろう光景。
“最後に俺が放った『技』”が決め手であろうが、乱闘により散乱した角材等。
合間合間には、壁や地面に打ち付けられ、大半が即座に意識を手放した不良達。
……もうどうすっかな、コレ。
『別に放置して行っても良いと思います』
影に潜む咲和より、念話で一つアドバイス。
ふむ。良いな、それ。そうしよう。
と言う訳で。
そそくさと俺は、素知らぬ振りをしてその場を後にしたのであった。
……え? その後? 何か生徒会の風紀委員が来たとか何か聞いた気がするな。
知らん知らん。俺関係無いし。
ふむ。
……いや、無理あんのは分かってっから……。
× × ×
律門が乱闘場から離れて行く頃。
その様子を、一羽の大きな『鴉』が、覗いていた。
『…………』
暫くし、軽い羽音を立てて飛び去った。
× × ×
あれから、昼休み中にギリギリ残りも食べ終え、次の教室へ向かった俺。
無難に授業をこなし、あっと言う間に放課後に。
中々広い校内をどうにかしてショートカットしつつ正面玄関を出、いつも通りの帰路に就こうとした。
しかしふと、何時もと違う道のりへ足を運ぶ事にした。
理由は簡単だ。
誰かにつけられているからである。
昼間の馬鹿共とは……違うな。
足取りが明らかに“素人のそれ”と違う。
詰まりは――相手は『本職』。
確実に戦闘経験のある、“汚い仕事に慣れた”戦闘職者。
ったく、今日は厄日だな……。
次から次へと面倒事が舞い込んでやがる。
何か不吉な前兆でもあったっけな?
……あ、今朝の占い、最下位だったか。
スゲェなニュースの占い。
まぁ、素直に感心出来ん現状ではあるがね。
『誘い込まれた』先は、“何故か”人気の感じられぬ住宅街の一角。
静寂に包まれ、『尾行者』達以外の人が出て来る様子は欠片も見られない。
――いや待て、おかしい。流石に多少は通行人があっても良い筈だが。
住宅街のど真ん中だって言うのに、此処までの静けさは……。
…………まさか、『人除け』の『結界』か?
だが、そうなると尚の事おかしい話になる。
“この世界には”非常に魔素が少なく、体内に魔力を溜めれる者も僅かだ。
故に『魔法と言う物は架空の存在』として扱われている。
だからこそ、次いで考えられるは『超科学技術』。
とは言え、一定の人以外を寄り付かせぬ効果を発揮する装置なんぞ聞いた覚えが無く、他に科学寄りの方面と言えば、せいぜい『異能』を用いた物の可能性が挙げられるのだが、それ以前に……僅かに此処には、魔力が感じられる。
詰まりは、『術者』が存在するって事だ。
特撮地球では指折りしか現れぬ筈の、“魔法を行使出来る者”が。
それも、何らかの手段で『結界を展開出来る程の魔力を供給する事が出来る』と言う、少なからず侮れない相手が。
……何処だ? 『術者』は何処に居る?
尾行者とは異なる。
周囲で“判る”相手の中に“魔力”を保有する者、術式を内包する者は居ない。
なら、魔力感知を広げ……ああ、乱されているな。
随分と用意周到なこって。面倒な……。
『咲和はどうだ?』
『……うーん……。……ぅう、無理です。分かりません……』
念話で影の彼女に問い掛けてみれば、俺と同じ答えが返って来る。
……オイ、咲和でも分かんねぇっつったら相当なもんだぞ?
本気で相手、何者なんだ?
此処に誘い込み、尾行者連中を送り込んで来た奴は。
……まぁ良い。一先ずは、だ―――。
お片付けと、行こうかね?
不良をあしらったと思えば、次に現れるは不穏な影。
戦闘の『本職』相手に、どう立ち回るのか?
次回、『対戦闘職者』。
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