3話
放課後に話を聞いてあげたからかはわからないが、俺と彼女はその日から仲良くなった。というか、向こうが一方的にこっちに懐いたような感じだった。
***
先生から、職員室にノートがあるから教室まで運んでほしいと頼まれた。
「ノートぐらい一人で運べるから教室にいていいよ」
彼女にそう言われたが、何十枚もあって重いノートを「はい、お願いします」と、一人で運ばせるのは酷いだろう。
「いや、俺も行く」
すると、彼女はまるで未確認生物でも発見したような表情をした。
「なんだよ……」
俺はしかめ面をした。
そんな俺を見て、彼女は小さく笑いながら言った。
「ごめん、ごめん。椎名君て学級委員の仕事、いつも乗り気じゃないじゃん? でも、今日はいつもと違って、何だか積極的じゃない?」
確かに俺は、今日はそれなりに真面目にやっている。理由はわからない。彼女の先日の告白を聞いて、哀れに思ったのかもしれない。だが、俺が腰を入れてやるようになって、彼女はよく笑顔を見せるようになった。
別に喜ばせるつもりでやっているわけではない。だが、憧れの彼女が喜んでくれることに悪い気はしない。
9月は終わりを迎えようとしている。立秋はとっくに過ぎ、暦上では秋真っ盛りのはずだが、あまり気温が下がっているとは感じられない。
俺が朝登校すると、教室が騒がしかった。隣の席の女子に聞くと、とある女子が机に入れておいた教科書がなくなっていたそうだ。それで、女子総出で捜索しているとのことだ。
「誰かの机に入ってないかな?」
なくした女子とは別の女子が言った。ニヤけている。
俺も他の人と同じく、机の中を確認することにした。
「……さんの机も確認してあげよう」
と、さらに別の女子の誰かが言った。ニヤけている。
その女子が彼女の机の中を探し始めた。まるでそこにあるのをわかっているように。
「あ、あった! この教科書そうだよね! ……さんが盗んだんだ!」
俺は驚いた。だが、そこにちょうど運悪く登校してきた彼女の方が、俺より驚いていた。
クラス全員の視線が彼女に向けられる。
率先して捜索していた女子集団のうちの一人が彼女の前に出て、
「この教科書、……さんの机の中に入ってたけどなんで?」
と、問い詰めた。集団の残りのメンバーはニヤけている。
これは良くない状況になってきたなと俺は思った。なんとかしなくてはいけないとわかっているが、体が動かない。
「え? 知らないよ……。間違えて入れたんじゃないかな……?」
「嘘だ! 絶対盗んだんでしょう!」
何を根拠に言ってるんだ。俺はようやっと、女子集団のニヤけ顏の意味がわかった。
そして、彼女が口を開きかけると、
「盗んだのなら素直に認めて、謝りなさいよ」
「そうだ! そうだ!」
「ドロボーだこいつ! ドロボウ! ドロボウ!」
いつの間にか他の女子と男子も加わり、「ドロボウコール」が始まってしまった。彼女は泣くのを必死に堪えているようだった。
俺はというと、やっぱり何もできずに動けないでいた。
彼女に対しての攻撃は日常的に行われた。内容は所謂、いじめと言われる「無視」や「ハブにする」などだ。
先頭になってやっていたのは、彼女をドロボウ扱いした女子集団だった。
女子集団はいじめに参加しろとは周りに強要していなかったが、「自分に回ってきてほしくない」という恐怖からクラスメイトはいじめを黙認していた。それは結局、いじめに参加することと一緒だった。彼女を余計に苦しめた。
「あの人、本当にうざかったよね」
「頼んでいないのに仕切ってるのとかね」
いじめの中心の人たちがこんなことを話していた。彼女がいじめの対象になった理由はこれだった。
よりにもよって、彼女が積極的にやっていたことが、徒となった。
放課後の学級委員の仕事中はというと、彼女はひたすら泣いていた。1日に堪えた分が溢れているようだった。彼女のハンカチはすぐに涙で吸収力を失った。俺は自分のハンカチを貸した。
彼女は、とても仕事ができる状態ではないので、俺が一人でやることにした。
彼女はいつも「ごめんなさい」と言ってきた。俺は、「気にするな」と言っておいた。
しばらくすると彼女は学校に来なくなった。最初のいじめが行われ、1ヶ月くらい経った頃だった。
俺が彼女に最後に会ったのは卒業式の日だった。
彼女は式に出席していなかった。だが、式が終わった後に職員室へ行ったら、何やら先生と話しているのを見かけた。
俺は話が終わるのを見計らって、彼女に声をかけようと右手を挙げ、口を開こうとした。だが、
「ありがとう。ごめんね……」と、だけ言って俺の脇を通って行った。笑っていた……。
「何がごめんだよ……。ごめんは俺のセリフだ」
彼女が去った後、一人残された俺は、自分の心臓が押し潰されるような感覚になった。
***
小学校を卒業してから3年経った。
俺は中学に上がってから変わろうと決心した。そして、変わった。誰かを救えるように。
彼女が学校に来なくなるほど辛い思いしていたのに、何もできなかった。俺はこの3年間、それを悔やみながら生きてきた。
残念なことに、彼女の名前と顔が思い出せない。思い出せないというよりかは、思い出したくないのかもしれない。
俺は決意していた。明日から始まる高校生活では、「進んで救って行く」と——
黒い怪鳥です。
今回で0章は完結です。次回からは1章になります。(いよいよメインのパートに入ります)
それにしても暑いですね。
夏は冷たいものが食べたい。私は毎日のようにアイスを食べて、毎日のように腹痛に襲われています。
食べ過ぎには気を付けましょう。