8話
「待ちなさい」
渋谷さんの動きを止めたのは月島の声だった。
「あなたに何があったのかは知らない。だけど、これだけいろいろ頼んでおいてドタキャンされるのは腑に落ちないわ」
そうだな。主に俺が手を回していたけどな。と思ったが月島の真剣な表情を見るとそんな軽口も出せない。
「板橋さんと仲良くなりたいと言ったのはあなた。たぶん、あの人に対して引け目に感じているところとかがあるのでしょう」
渋谷さんは伏し目がちになった。俺もこの状況でどうしたらいいのか戸惑っている。
月島は一つ呼吸するとさらにこう続けた。
「だいたいあなたは最初から会うことにためらっていたわ。それでもあなたは会おうとしたい。それでも何か会わないといけない理由があるとかそんなところでしょう」
そして最後に、私の予想妄想でしかないけど、と付け加えた。
さらに月島は続けようとする。
「その理由は――」
「これ以上はやめよう」
これ以上はだめだ。
月島の予想……、推理とでも言うのかどうかわからないが、渋谷さんの恐れている何かに迫ろうとしている。それは俺たちが踏み込んでもいい領域なのか、いやそうではない。
渋谷さんが具体的に事情を話さなかったのにはそれなりの事情があるからだ。だから、俺たちがわざわざそれをこじ開けて見るのは渋谷さんにとって忍びないことだろう。だから……、
「やめよう」
「…………」
だれも話さなくなった。聞こえてくるのは自分の呼吸音だけに感じる。
「いや、その……なんといいますか……」
口ごもる渋谷さん。
そして意を決したような彼女は口を開く。
「大丈夫。やっぱり私会うことにする」