九十九神
そこの倉庫には蔵を壊したときの食器の類が山ほど入っていたのさ。
昔の食器は今のものと違ってね、丈夫。立派。映えている。
だけど、ハレの日にしか使わせてもらえない。
だから、自然と蔵に眠ることになる。
蔵を壊すときも、もったいないからと貰われて、そのままこうして倉庫の奥で今日も眠ってる。
いや、騒いでる。
酒盛りがあるのさ。
今日も秘密の酒盛りが。
肴は世間に浮いている。
今日も流れて浮いている。
世間も世知辛くなってね、誰も気にしはしないのさ。
監視社会というけれど、昔はどちらもこちらも世間の目、今も昔も代わりはしない。
この国は何も変わらないさ。
とはいえ、彼らの世界は変わったよ。
目があるといっても人の目ではなくて機械の目だからね。
だから彼らは気兼ねなく酒盛りができる。
以前よりも気軽にね。
そうさ。以前より静かで、監視カメラさえお仲間なんだ。
ほら、リサイクル店が盛んだろう?
だから、彼らの仲間も引っ張りだこでね。
おちおち眠ってもいられやしない。
家人は使いもしないのに、赤の他人が使うとは滑稽なんだ。
一人二人と仲間は減って、今じゃ残った彼らだけ。
だけど今日も彼らは酒盛りだ。
だけどそれも今は昔。
今日こそは最終日。
廃品業者が来ちまった。
住み込むのは外国人。
日本の物など要らないってさ。
母屋はすでに人手に渡ってる。
この倉庫も今日で人手に渡るのさ。
それでも彼らは酒盛りをする。
お互いの別れと前途を祝してね。
肴は世間の世知辛さ。
話題は元の主人の話。
家が潰れる時はこうでなきゃ。
潰える家は静かに消える。
過去にどんなに栄えても、終わりの時はやってくる。
盛者必衰、諸行無常とはこの事よ。
土に返るか新しい主人の下に降るのか。
それが話題の尽きた彼らの言葉。
最期の言葉だったのさ。
「えーと、兄ちゃん! トラック三台だ三台。三往復だから輸送費はっと……18万だけど負けて15万で良いや!」
その後に彼らがどうなったって?
その辺りの骨董屋にでも行ってご覧よ。
久しぶりに空気の入れ替えでもやってるからさ?
いや、サンルームで日光浴かな?
でも、また彼らが倉庫に眠る日が必ず来る。
新たな主人の手に渡ってね。
その時彼らは歌うだろうよ。
滅んだ家の、寂れた唄を。
そしてきっと酒盛りだ。
酒の肴は何かって? 決まってる。
ハレの日にも使ってもらえない、世間の世知辛さに決まってる。
言うまでもないだろう?
時代は変わり、人の心は変わっても、物に宿る魂は変わらないのだから。
千文字ピシャリ!