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第三章 ~善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや~

私訳


 まず、言わせてもらおう。

善人(ぜんにん)でさえ極楽浄土に往生(おうじよう)できるんだから、悪人(あくにん)が往生するのは当然だ』

 ということさ。

 はぁ? って顔してるな、まあ聞いてくれ。

 普通はさ、

『悪人でさえ往生させてもらえるんだから、善人が往生するのは当然だ』

 っていいたくなるわな。

 思い出せ、我らが阿弥陀如来は全部のいのち救うと誓っているんだ。

 老若男女、身分も善人も悪人も、犬や虫も草花も、なんもかんも関係ない。

 阿弥陀を信じようと信じまいと関係ない。

 全部のいのちを救うと誓ってるんだ。

本願(ほんがん)」ってんだ。覚えとけ。

 阿弥陀如来の本願は、究極の平等の救いだ、だから善人も悪人も関係なく、あらゆるいのちが浄土に往生するんだ。

 でもおまえは、善人の方が悪人より良い存在に決まってるんだから、おれの言うことが理解できないんだろ?

 その考え方は阿弥陀さんの本願をよくわかってないから出てくるんだ。


 まずおまえの価値観をぶっ壊せ。

 『善悪』とは一体何なのか。

 おまえの考える善とは、「自分側にとって都合が良いモノ」のことだろう?

 そして悪とは、「自分側にとって都合が悪いモノ」のことだろう?

 だから、自分にとって、自分の家にとって、自分の組織にとって、自分の国にとって、自分の世界にとって、都合の悪いモノ、気に入らねぇコト、嫌なコト、が悪なんだろ?

 耳が遠くなれば「耳が悪くなった」と言うし、足腰が弱まれば「足腰が悪くなった」と言うだろ?

 耳は本当に悪くなったのか?

 足腰は本当に悪くなったのか?

 ただ自分にとって都合が悪くなっただけだろう?

 ……人殺しは悪いことだと思ってるだろ?

 オレももちろん人間としてそう思う。

 だが人間は正義の名のもと罪人を処刑するし、戦争中なら自国にとって都合の悪い人を何人殺したかで英雄にもなれる。

 そいつらは本当に殺していい人間なのか?

 そいつらを殺していいのか殺したら悪いのか、誰が判断しているんだ?

 自分にとって都合が悪いから殺すんだろ?

 ……なあ、オレらのいう善悪っていったい何なんだと思う?

 そう、気づいたか?

 都合が良い悪いをはかるのは、オレらの自己中心的な損得勘定なんだよ。

 少しでも良い方を選びたい、ちょっとでも人より優れていたい、よりたくさん自分にとって都合の良いモノを獲得したい。

 そういうめちゃくちゃ自己中心的な価値基準でオレ達は善し悪しを判断して生きている。

煩悩(ぼんのう)」ってんだ、自覚しろ。

 煩悩のままに生きるオレたちは、価値ある()きモノが我が身についた、あるいは価値ない(あし)きモノが我が身についた、と言って喜んだり悲しんだり、損得に嘆きながら生きるしかない。

 オレらの目は、そんな風にしか世界を見れないんだよ。

 なぁ、これ、分かっちゃいるけど、やめらんねぇんだよなぁ……。

 もう分かったろ?

 悪人とはオレらのことなんだ。

 煩悩抱え、苦悩して生きるオレらのことだったんだ。

 生きている限り、ずっと損得に支配され、他と比べて我が身に悩んで、都合の悪いモノを排除しようとして、そんな自分に苦しむんだ。

 オレらはこんなに毎日一生懸命生きてんのに、なんで、こんなに人間は悲しいんだろうなぁ。

 対して善人ってのは、その煩悩を何とか自分の力で克服しようと努力しているヤツらのことだよ。

 そして阿弥陀さんのお目当ては、煩悩抱えて地べた這いずり回って苦悩しているオレらなんだよ。

「心配すんな、大丈夫だ。

 おまえのいのちは尊いよ、たった今それでいいんだよ。

 すべて任せ、我が名を称えよ。必ず救う」

 って、阿弥陀さんが抱きしめてくれているんだ。

 オレらはすでに、親父みたいにでっかくて、お袋みたいにあったかい、智慧(ちえ)慈悲(じひ)に無条件に抱きしめられていたんだよ。

 阿弥陀さんは誓ってくれたんだ、オレらみたいなどうしようもない、全員、全部のいのち絶対救うって。

 そんなどでかく深い、暖かい願いが、古今東西、未来永劫、オレたちのためにはたらいていることを理解したか?

本願(ほんがん)」ってんだ、覚えとけ。

 阿弥陀如来の本願だ。

 阿弥陀さんがそうやって救ってやると言ってくれてるけれど、損得勘定の煩悩に支配され、善し悪しを決めつけながら生きているオレらは、自分の力で、この煩悩を離れることができるのか?

 自分の力で、自力でこの煩悩・苦悩を離れることができないことに気付いたか?

 まったくできないだろ?

 少なくともオレはそうだと分かったんだ。

 だから阿弥陀如来の不思議な願いに助けてもらうしかないんだよ。

他力(たりき)」ってんだ、覚えとけ。

 自力尽くしたその先にあったのは、これしかなかったんだ。

 法然上人(ほうねんしようにん)が教えてくれたのは、こんなどうしようもないオレらを救ってくれる、「本願他力」のみ教えなんだ。

 だからさ、善人が良いのか悪人が悪いのか、そこにこだわらなくていいんだよ。

 本来こだわるようなことじゃなかったんだ。


 ……かつてのオレは、善い行いをいっぱいして、煩悩を追い出す修行をたくさん積み上げて、自分の力で仏に成ろうと努力すればなんとかできると信じていたんだ。

 でもそのやり方は、他力を『たのむ』心が欠けてるんだ。

 阿弥陀仏の願いに添うものじゃなかった。

 だから法然上人に出遇(であ)って、その自力の心が翻ったんだ。

 他力をたのみたてまつれば、真実の本願に報いて建てられた一如真実の世界に往くことができるんだと、教えてもらったんだ。


 オレ達は、煩悩に冒され、損得に心を狂わせている。

 そして自分自身に、モノに、いのちに、間違いだらけの価値付けをしてしまうんだ。

「煩悩具足の凡夫」ってんだ、自覚するんだ。

 そんなんじゃいけない、そんなことじゃ本当に幸せになれない!

 そう思うだろ?

 少なくともオレはオレ自身が煩悩具足の凡夫であることを、ある程度自覚した。

 だから山で色々がんばったさ。

 いっぱい修行して、いっぱい努力した。

 でもどんなにがんばっても、どんなに修行しても、得にとらわれ損を恐れてしまう。

 修行する行為自体にそれを()てしまう。

 そんな自己に気付かされる度にオレは絶望したんだ。

 自分の力じゃ、自力じゃこの欲望と絶望の繰り返しを離れることができないんだ。

 ……そんなオレで「いいよ」って。

 阿弥陀さんがそう言ってくれているんだ。

 しっかりと無様で情けないオレを見つめて、こう言うんだ。

「心配すんな、大丈夫だ。

 おまえのいのちは尊いよ、たった今それでいいんだよ。

 すべて任せ、我が名を称えよ。必ず救う」

 血反吐の中を足掻いてのたうちまわるオレらを「それでいい」と、「おまえのいのちはまったく尊い」って、「必ず救う」って誓ってくれたんだ。

「本願」ってんだ、覚えとけ。

 この本願のありがたさ、尊さに気付いたか?

 自分を見つめれば見つめるほど、救いがたい貪欲で自己中心的な自分が見出されるだろ?

 救いがたい、度しがたい、この身を、阿弥陀さんが救ってくださるといってるんだ。

 ──称えよ、それが「南無阿弥陀仏」の念仏だ。

 こんなどうしようもない残念なオレらのために、阿弥陀如来は「本願」を起こしてくれたんだ。

 自分の力なんか本来たのむようなものじゃなかったんだ。


 阿弥陀仏に「おまかせする」とたのむ悪人こそ、浄土に参らせてもらって、仏となるたねなんだな。

 だから、『善人でさえ往生するのだから、まして悪人は当然だ』と、言うわけだ。


 このことを、親鸞聖人が教えてくれたんだ。




原文

善人(ぜんにん)なおもて往生(おうじよう)をとぐ、いわんや悪人(あくにん)をや。

しかるを、世のひとつねにいわく、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや。

この(じよう)一旦(いつたん)そのいわれあるににたれども、本願(ほんがん)他力(たりき)意趣(いしゆ)にそむけり。

そのゆえは、自力(じりき)作善(さくぜん)のひとは、ひとえに他力をたのむこころかけたるあいだ、弥陀(みだ)の本願にあらず。

しかれども、自力のこころをひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土(しんじつほうど)の往生をとぐるなり。

煩悩具足(ぼんのうぐそく)のわれらは、いずれの(ぎよう)にても、生死(しようじ)をはなるることあるべからざるをあられみたまいて、(がん)をおこしたまう本意(ほんい)悪人(あくにん)成仏(じようぶつ)のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因(しよういん)なり。

よって善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、おうせそうらいき。



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