初めての大阪案内
春の心地よい風が春の訪れを感じさせてくれている。
春休みのせいもあり、いつもよりさらに人が多い。その中を縫うようにして新大阪駅を篤史は歩いていく。これから旅行に行くわけではない。人を迎えに来たのだ。
篤史が指定の新幹線のホームに着くと、待ち合わせの相手はまだ来ていない。しばらくすると、新幹線がゆっくりホームに入ってくる。ドアが開き、何人かの人が降りた後に篤史が待ち合わせをしている人が降りてきた。
「小川!」
篤史と同じ高校生の男性が手を上げる。
「オゥ!」
篤史も彼に倣って手を上げる。
「どうや? 青山。ここがホンマもんの大阪や!」
篤史は自信満々に青山という少年に言う。
「ハァ…」
(こ、こいつ…)
青山少年は篤史の迫力に引き気味だ。
「とうしたんや? 元気ないやん。新幹線に乗ってたから疲れたんか?」
「べ、別になんでもねーよ」
青山少年はハハハ…とはぐらかす。
「もう昼か。何か食べたい物でもあるか?」
篤史はスマホの時計を見ながら聞く。
「うーん…うどんとお好み焼きが食べたいな」
「わかった。両方行こか」
「え? 両方ある店あるのか?」
青山少年はうどんとお好み焼きの両方が食べられる店があるのかと思っているようだ。
「ないで。別々に行くんや。行くで!」
篤史はそんな店はないと言いながら早足で改札口に向かう。
篤史が連れている少年は青山裕太といい、東京に住んでいる。裕太も篤史と同じ高校生探偵なのだ。
一年前、東京と大阪の合同捜査で、哲哉が東京に行った事があった。そこで裕太の父親と知り合い、お互いの息子が高校生探偵だとわかると、去年の夏休みに会わせてくれたのだ。
新大阪駅からすぐのうどん屋に入った二人は、きつねうどんを頼む。
「これが関西のうどんや」
運ばれてきたきつねうどんを見て裕太に言う。
「これがか…」
裕太は感動を覚え、早速食べ始める。
(味薄いけどおいしい!)
一口食べるとそう思う裕太。
そして、うどんを食べ終えると、次はお好み焼き店に向かった。
その店はテレビでもよく取材をされていて大阪でも有名なお好み焼き店で、一見、店は汚いが味はピカイチなのだ。
「おっちゃん、お好み焼きと白ご飯二つお願いな!」
篤史は店主である六十代の男性に当たり前のように頼む。
それを聞いた裕太はギョッという表情をする。
「オ、オイ! 小川、お好み焼きってそのまま食べるんじゃ・・・?」
「お好み焼きはおかずやで。知らんかったん?」
篤史は何でもないように答える。
「え!? マジかよ?」
東京出身の裕太からすると、お好み焼きと白ご飯を一緒に食べるなんて信じられないようだ。
「ホンマやで」
篤史は笑顔で頷いた。
お好み焼き店を出ると、篤史は満足したような表情をしているが、裕太のほうは続けて炭水化物を食べたせいかお腹いっぱいで、しばらく炭水化物を食べたくないと思ってしまうくらいだった。
「青山、どこ行きたい?」
篤史は裕太に行きたい場所を聞く。
「そうだな。京セラドームや通天閣に行きたいんだ」
裕太はあらかじめ調べていたのか、自分の行きたい場所を篤史に伝える。
「そうやな。今日、野球の試合があれば行けるねんけどな。後で試合があるかどうか調べてみようか。先に通天閣に行こうや」
篤史は通天閣に行く事を裕太に言うと歩き始める。
「きゃああああああ!!!」
お好み焼き店が入っている商店街に女性の叫び声が響いた。
「なんや?」
篤史は不穏な表情をして、叫び声のほうを見る。
「事件が起こったみたいだ。小川、行くぜ!」
裕太は女性の叫び声で何か事件が起こったと直感した。
「オゥ!!」
篤史もそのつもりだということを示すと走りだした。
少し走ると、叫び声がしたと思われる女性がうずくまっていて、その周りに人だかりが出来ている。二人はすいませんと言いながら前に出る。
「どうしたんですか?」
篤史は女性に近付いて聞く。
「マスクをした男性が・・・」
女性は腹部を刺されていて、その刺された部分を押さえている手は血で染まっている。
「どんな人だったんですか?」
裕太は切羽詰まった感じで聞く。
「大きなサングラスにマスク・・・うっ・・・」
刺された腹部が痛むのか、痛さで何も言えなくなる女性。
「青山! 救急車を頼む!」
篤史はこれ以上、放置は出来ないと思い、裕太に救急車を呼ぶようにお願いする。
「わかった!」
裕太はカバンからスマホを取り出し、救急車を呼ぶ。
「かなりの重症やな。姉ちゃん、腹痛いよな?」
「う、うん・・・うぐっ・・・ううっ・・・」
女性は返事をするが相当な痛さがあるようだ。
「小川! すぐに救急が来るって!」
裕太は篤史に報告する。
「そうか。もうすぐしたら来るやろうし、それまでこの姉ちゃんどうにかせなアカンな」
「そうだよな」
二人は救急車が来るまでの間、刺された女性をどうしようか悩んでいた。
「夏子!?」
そこに刺された女性の知り合いだと思われる女性が悲痛な声を上げてしゃがみ込む。
「知り合いですか!?」
篤史は駆けつけた女性に聞く。
「はい、そうです。この人は西川夏子といいます。私は友人の山岡恵です」
刺された女性の名前と自分の名前を告げる女性。
「夏子、大丈夫なの?」
恵が聞くと、気が遠退く中で頭だけを動かして頷く。
「どけ! 警察や! 小川君、いたのか!?」
到着した町田警部は篤史を見るなり驚く。
「うん。偶然鉢合わせたんや。警部、かなりの重症や。早く運んでやらんと、この姉ちゃん、危ないで」
篤史は早口で答える。
「早く病院に!」
篤史の切羽詰まった答えを聞いた町田警部は救急隊員に指示する。
救急隊員は担架で夏子を運ぶとすぐさま救急車を走らせた。
「ところでこの人は・・・?」
町田警部は篤史の隣りにいる裕太を見る。
「コイツは青山裕太。オレの良きライバルや!」
篤史は自信満々に裕太を紹介した。
紹介された裕太は頭を下げる。
「ラ、ライバル!?」
水野刑事は驚いた声を出す。
どうやら二人の警官は篤史にライバルがいるとは思っていなかったようだ。
「それはそうと、警部、この人が被害者の知り合いらしいで」
篤史は町田警部に報告する。
「あなたの名前は?」
「さっきもこの方に言いましたが、山岡恵です」
恵は必死に答える。
「山岡さんですか。一緒に買い物をされていたんですよね?」
「途中から別行動を取っていたんです。午後一時半過ぎから一時間後にこの場所で待ち合わせしようということになり、来てみたら夏子が・・・」
そう答えると、恵は両手で顔を覆ってしまう。
「被害者の名前は知っていますよね?」
水野刑事は両手で顔を覆っている恵に聞く。
「西川夏子です。私達、短大時代からの友人なんです。それに、今日は私達二人で来ていたわけじゃないんです。夏子の旦那さんと三人で来ていたんです」
恵は夏子の旦那も一緒だったと証言する。
「何!? 被害者の旦那さんも別行動を取っていたんですか?」
町田警部は三人が別行動を取っていた事に唖然としながら聞く。
「そうです」
恵は別行動を取っていた事を認める。
「あのー・・・妻は・・・」
そこに一人の男性がやってくる。
「慎吾さん! 今まで何やってたのよ!?」
恵が来た男性にこんな大変な時にと荒げた大きな声を出す。
「スマン。買い物に夢中だったから・・・」
恵が慎吾と呼んだ男性は弱々しい声で答える。
「西川さんの旦那さんですか?」
町田警部は険しい表情で夏子の旦那なのかと確認する。
「そうです。西川慎吾です」
弱々しい声のまま西川慎吾だと認める。
「奥さんは何者かに腹部を刺され、先ほど救急車で運ばれました。非常に危険な状態です」
険しい表情の町田警部は慎吾に教える。
「そうですか。どこの病院ですか?」
「この近くだと第一病院だと思われます」
「じゃあ、行ってきます」
慎吾は病院に行こうとする。
「待て! 行くな。犯人だと思われる中にあなたも入っているんですからね」
裕太は病院に行こうとする慎吾を呼び止める。
「そんな・・・」
「そうや。青山の言うとおりや。アンタが病院に行ったって助からへんで」
篤史は裕太の言うとおりだと言う。
「わかりましたよ。待ってりゃいいんでしょ? 待ってりゃね」
慎吾は投げやりな答え方をする。
その答え方に篤史と裕太、警官は妙な違和感を覚えていた。
「小川! これから勝負だ! 小川が勝ったら何かおごってやる。小川が負けたら通天閣までオレをおぶってくれよ!」
裕太は東西の対決だと言わんばかりに勝負を挑む。
「え? ウソやろ? それ・・・」
裕太に勝負を挑まれた篤史は、明らかに動揺してしまう。
「本気だぜ。オレは・・・」
そう言うと裕太は捜査に加わる。
「待てや!」
「何、弱気な事言ってるんだ? 関西の高校生探偵が弱気になってどうする?」
裕太はニヤリと笑いながら篤史に言う。
「わ、わかったよ・・・」
関西の高校生探偵と言われて、篤史は弱気になりながらも承諾する。
「二人で何コソコソとしてるんや?」
町田警部は現場で何かを話している篤史と裕太が気になり声をかける。
「いや、ちょっと色々と・・・」
裕太は言葉を濁す。
「色々・・・?」
町田警部は首を傾げる。
「ということで・・・」
「アハ、アハハハ・・・」
二人は笑ってごまかす。
「じゃあ、勝負といこうか?」
篤史は気合いを入れ直す。
「オゥ!!」
裕太も捜査開始だというふうに、篤史の肩を叩いた。