第一幕 始まりの物語 第三章 初めての “ 定め ” 、そして得た物の力と意味……
------ 第一幕、第三章 ------ 初めての “ 定め ” 、そして得た物の力と意味…… ------
……多摩北部地域総合医療センターの小児科個室782号室は、天使達によって、外界から閉ざされている。そこに於いて、全員が父子に注目していた!
「では、 “ 宣言する ” !」
父親の政志は、静かにタブレットの画面に表示されている文章を読み始めた……。
「この “ 宣言 ” は、天界と精霊の係争中の件に付……。精霊と、その技術と製作物の所有者たる私、 “ 河村 亮圭 ” の権限に基づき裁定をするものである。
この問題の要点は……。精霊達により開発された技術が、本来人間にのみ許されている “ 霊界と地上界の両方への接点 ” による行使能力を、物理的に他の霊的存在に対して可能としてしまったことによる。
これによって……。霊界と地上界の秩序に、壊滅的な影響を与えることを回避しなければ成らない。
しかしながら、 “ 創造の理想 ” を果たせぬまま無為な時間を過ごし、絶望の恨みに涙した精霊達の心情もまた、若干は考慮しなければ成らない。
そして敢えて今、この技術の灯を消したとしても……。『それ自体が可能である』と証明してしまった故に、『再び開発せん』とする勢力が必ず現れよう……。それは、断固阻止しなければ成らない。
……この霊界と地上界の在り様に係わる大問題に対して。私、河村 亮圭と父親の河村 政志は、『一つの答えを導き出さん』と欲して真剣な討議の上で、以下の如く答えを出した」
政志は、一拍置くと、話を続ける。
「この種の万物の使用は、河村 亮圭と、その関係者に確実に係わる場合のみ、最小限度の数で認められるものとする! この万物を不正使用した場合は、特別の措置である “ 霊体の分解処分 ” も “ 天の父 ” によって躊躇無く行われるものとする!」
亮圭の父親は、ざわついた感じと成った部屋の空気を無視して、 “ 宣言 ” を続けた。
「具体的に指示すると……。
“ 接合部型 ” に付いては、本日までに製造もしくは製造途上の二億三十万余を除く製造を禁止し、技術と工場を最強の封印で密封すること。制作した未使用の物は、技術と同一レベルの封印を成すこと。更に、その使用は、 “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と “ 亮圭の父親たる河村 政志 ” の二名共の許可を必要とするものである。
“ 時空壁型 ” に付いては、第四ロット以降の製造を禁止する。また第一ロットから第三ロットまでは、 “ 接合部型 ” と同じく最強の封印で密封すること。試作ロットは、事前に “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と “ 亮圭の父親たる河村 政志 ” の二名が選任した精霊にのみ “ 専有的使用 ” を認める。なお、 “ 専有的使用 ” 以外の物に付いては、その都度 “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と “ 亮圭の父親たる河村 政志 ” の二名共の許可の許で一時使用を許可するものとする。
何れの方式の物に於いても、上記規定に加えて、権限者である “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と “ 亮圭の父親たる河村 政志 ” の二名と “ 天の父たる創造主 ” が使用開始時に予め定めた目的の範疇内に於いてのみ使用されるものとする。目的外使用が必要ならば、難易度に応じて “ 権限者一名 ” もしくは “ 権限者二名 ” もしくは “ 天の父たる創造主 ” を含めた三者の許可を必要とする。但し、 “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と “ 河村 亮圭の親族 ” の危機に際しては、安全確保の目的に限り、事後認証式の必要最低限使用が認められる。この場合は、権限者より “ 天の父たる創造主 ” への報告を速やかに行うものとする。
また、精霊以外の存在が使用する場合は、何れの方式の物に於いても、 “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と “ 亮圭の父親たる河村 政志 ” の二名に “ 天の父たる創造主 ” を加えた三者の同意を必要とする。但し、上記の制約に “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と、 “ 河村 亮圭の家族と直近の親族家族 ” は、含まないものとする。この場合は、 “ 精霊の主たる河村 亮圭 ” と “ 亮圭の父親たる河村 政志 ” の二名が同意すれば使用可とし、 “ 天の父たる創造主 ” への報告を速やかに行うものとする。
これらの制約は、この万物が部品として使われた物も同様とする。
更に、他者による今後の開発を阻止する為に、 “ 復帰節理 ” 終了まで “ 天の父 ” の大権によって、この技術へ至る道を他者が歩まぬように封印して頂く。方法は、 “ 天の父 ” に一任するものとし、天界が如何なる方法を取られたとしても、此方が関知しないものとする」
「……以上である!」
少しの間が有った……。意の天使長の声が、部屋の上から聞こえて来る。
『言上、しかと承りました。この “ 身 ” は、直ちに天界へと取って返し、皆様の “ 天の父 ” で在らせられる “ 天宙の創造主 ” へ報告と要請をさせて頂きます』
その言葉に、父親が答える。
「使者の役目、真に大儀ですが、どうかよろしく御伝えを……」
『はっ!
では、これにて失礼します……』
……再びの短い間の後、亮圭はマリーに問うた。
「マリー。ガブリエルは帰ったの?」
筆頭精霊長が、主へ答える。
『はい。全天使軍と共に、速やかに……』
「そう……」
今度は筆頭精霊長の方から、主へと呼び掛けて来た。
『マイスター。早速ですが、 “ 時空壁型 ” の方を使って良いでしょうか? その方が、話し易いのですが……』
息子が父親へ問う。
「三精霊長に、この万物の使用を許可したいんだけど、良いかな?」
「ああ。構わないだろう。許可するよ」
「マリー、ルリー、エリーに使用を許可します」
いきなり、三精霊長が病室内に実体化した! 母娘が、驚きの余り、その場にへたり込む。
「御母様、大丈夫ですか?」
「幸来さん、驚かせて済みません」
ルリーが京花に、エリーが幸来に、手を差し伸べる。二人は、精霊長の肩を借りて、マリーが用意した椅子へ、ようやくのこと座った。
三精霊長は、筆頭精霊長を中心に、ベッドの下側へ一列に並ぶと、片膝を折り恭しく礼をする。 “ 彼女の身 ” 達は、マリーから順番に挨拶をした。
「ようやく、御目文字叶いました。改めまして、知の精霊長にして筆頭精霊長をしております、マリーと申します」
向かって左側の黒髪した精霊が、首を垂れて名乗る。
「私は、情の精霊長をしております、ルリーです。以後、御見知り置きを御願いします」
最後に、向かって右側のプラチナ・ブロンドの髪をした精霊が、名乗った。
「意の精霊長、エリーです。よろしく御願いします」
父親が、肯いて、挨拶を返す。
「こういう形では、初めて会う。君達が主と仰ぐ河村 亮圭の父親の河村 政志だ。
これに居るは、妻の京花と、亮圭の姉の幸来だ」
三精霊長は、恭しく頭を下げた。
「亮圭様の僕として御家族の御尊顔を拝し、大変な喜びです。
……まずは、私共の問題に一つの答えを与えて下さり、心より感謝申し上げます」
政志が、亮圭の名代として口を開く。
「あれが、双方にとって、ギリギリの接点だと思う。君達も不満が在るとは思うが、堪えてくれないだろうか……」
筆頭精霊長が答えた。
「何を仰いますやら……。此方こそ、過分の御配慮を頂き、恭悦至極です。……『開発した甲斐が在る』と言うものです。これで、霊界でも、実体世界でも、御仕えすることが出来ます。有難う御座いました」
精霊達の目に光る物が有る。亮圭の父親は、肯くと、話を変えた。
「それはそうと、我々は、この後、如何動いたら良いんだい?」
マリーが、涙を拭きながら答える。
「まずは、普通に家に帰られて……。午後七時半までに寝て頂けば、問題ありません。
マイスターに於かれては、午後七時頃までには寝て下さい。先程と同じ形で、御迎えに上がります」
精霊の主が僕の筆頭へ質問した。
「……御祖母ちゃんは、どうするの?」
「私共の認識では、居室が手狭な為に近くのアパートへ別居された “ 由紀子 ” 様と霊人に成った御祖父様の “ 幸助 ” 様も、御家族の一員と考えています。
現在、ルリーの配下の身が接触していますが、説得に今少しの時間を頂きたく思います。式典には、出て頂く予定です」
「分かった」
河村家の父親が、息子へ声を掛ける。
「……では、我々は、サッサと退散しようか」
「もう帰るの?」
「ああ。『先生が帰って来たら、厄介なことに成るかも……』だ。
マリーさん。先生達は、結構色々なことを考えているんだろう? 学会発表とか……」
筆頭精霊長は、畏まって言った。
「私共は、僕です。 “ さん ” は、必要ありません。どうぞ呼び捨てで、 “ マリー ” “ ルリー ” “ エリー ” と御呼び下さい……。
それと、先程の問いに関しましては、御父様の御考えのとおりです。このまま此処に留まって居ては、時間ばかりが奪われてしまいます。後、十五分以内に退出されることを御勧めします」
「分かった。
……亮圭。そう言うことだ。もう行くぞ」
「うん」
父親は、息子の返事に肯くと、妻と娘を急かす。
「さあ二人共、サッサと帰ろう。ドーナツ位は御馳走してやる」
「やったー。お母さん、行こう行こう!」
「ちぇ……」
精霊達が、主の様子に笑い出した。エリーが口を開く。
「マイスター。今は無理です。
でもドーナツは、夢の中で用意させて頂きます。マイスターにとっては、夢の中であっても、現実ですよ」
「うん……」
「じゃあ、後でな……」
三人が、部屋を出て行った……。
……熊澤医師は、家族が帰った十五分後に病室へ入って来て、ガッカリした。
「……何だ。皆、帰ったのか……。亮圭君は、寝ちゃっているし……」
小児外科長は、簡単に患者の様子を伺うと、病室を出て行った……。
……気が付くと、自分の上に屋根がある。亮圭は、再び天蓋付のベッドへ戻って来ていた。三精霊長が、既に傍らで控えている。筆頭精霊長のマリーが、代表して口を開いた。
「御気分は、如何ですか?」
亮圭は、素直に答えた。
「悪くは無いよ」
「起きられますか?」
「うん」
情の精霊長が、ベッドを起こして亮圭を立たせると、近くに用意されたテーブル・セットへと自らの主を誘う。それに続いて、召使を従えた意の精霊長が、ドーナツと紅茶を出して来た。
「今、皆様が御店で食べているものと同じ物です。どうぞ召し上がれ」
精霊の主が、エリーへ質問した。
「食べても大丈夫なの?」
「ええ。ここならば大丈夫です」
「ありがとう」
亮圭は、美味しそうにドーナツを頬張る。
「では、私共も着席して良いでしょうか?」
「え? わざわざ聞かなくても……」
「恐れ入ります」
三精霊長は、主人の座る丸テーブルの座に、以前と同じ配置で着席した。マリーは、少しの間を置いてから、亮圭へ声を掛ける。
「マイン・マイスター」
八歳の少年は、カップを持つ手を止めて応じる。
「何?」
筆頭精霊長でもある知の精霊長は、少し済まなそうな顔をして、話を切り出した。
「どうぞ、そのまま御召し上がりになりながら御聞き下さい。
実は……。取り急ぎ、御自身の玉体のことについて、決めて頂きたいことが有ります。まずは、この話題から話を始めてもよろしいでしょうか」
「うん、良いよ」
マリーは、亮圭が肯きながら認証するのを受けて、言葉を続ける。
「では、この話は医療分野の専門家……。私共の中で “ 医 ” の全てを統括する “ 大精霊 ” より説明させて頂きます。
“ エイルァ☆◇↑←⊇∪>≧…… ” 、之へ参じなさい……」
エリーの後ろに、短い赤茶髪をした、大柄の精霊が現れた。とても実直そうで、冗談は通じにくそうだ。 “ 彼女の身 ” は、歯切れの良い声で話し始めた。
「御紹介に預かりました “ エイルァ☆◇↑←⊇∪>≧…… ” です。
知の精霊長の直属で、医の全分野を統括しております。以後、御見知り置き下さい」
「うん、よろしく……。
……マリー達と同じやり方で、 “ エイル ” と呼べば良いかな……」
名を付けられた “ 大精霊 ” は、心から喜んで答えた。
「はい。それで結構です。古き名を復活して下さり有難う御座います。
こちらこそ、幾久しく、よろしく御願いします。
それでは、こちらのモニターを御覧下さい」
突然、空中に窓が開くように現れた画面には、亮圭の全身図案が表示された。
「……では、始めさせて頂きます。もう小児外科と脳神経外科の科長先生方より説明を受けられたので、不足している部分と要点のみ御話します。
頭から下の上半身は、怪我の程度が深刻ではありません。左の “ 上腕骨 ” と “ 尺骨 ” と “ 肋骨 ” 三か所を除いて、打撲傷と皮下出血です。細い鉄パイプで殴られたのに、計五か所以外の骨に異常が無かったのは、不幸中の幸いでした。但し、ココとココ……。特に左腕は傷が重い方です。痛み等の後遺症は無くせます。ですが、修復に四週間程の時間を頂きたく思います。
下半身は、骨に異常は有りませんが、筋肉と関節がズタズタです。これの修復には五週間程の時間を頂きたく思います。
むしろ……。問題は、先程の説明で話題に上らなかった、頭部の怪我です」
モニターの表示が、頭の拡大図に変わった。
「右側の “ 顎関節 ” ……。頬の傷も消すのが大変ですが、顎の関節が腫れ上がっている方が問題です。
このままでは、顎関節がガクガクになって、発音のぎこちなさが残ります。ただ、手を尽くせば、後遺症は残さなくても済みそうです。その為には、やはり五週間の間は、ピクリとも動かせません。マイスターにも御不便を掛けますが、治療に御協力下さい」
「どうすれば、一番良いの?」
「そうですね……。寝ていて頂くのが一番なのですが、そうも行かないでしょう……」
「じゃあ五週間、眠り続けていたら良いんじゃないの?」
エイルが吃驚して言った。
「良いんですか?! それで……」
精霊の主は、ことも無げに答える。
「起きていたって……。ベッドの上で、つまらないだけでしょ?」
「……それは、そうでしょうけど……」
そこへ、マリーが口を挟んだ。
「『随分と、思いっ切りが良いんですね……』と言いたいところですが、無意識に “ 宿題を回避する ” 癖が出たようですね!」
亮圭の顔色が青くなる。
「……何で、そう思ったの?」
「マイスターの御母様が持ってきた荷物の中に、時刻表だけではなく、教科書とドリルも入っていましたので……。
この程度のことならば、霊体側の記憶や思念を読んだり感じたりしなくても、簡単に予想出来ますよ」
少年は、それを聞いて、顔色が青から赤へ変わった。
「……自分では良く分からないけど……」
筆頭精霊長が、得意げに答える。
「伊達に宇宙の発生前から存在している訳では、ありませんよ!」
[これじゃあ、嘘や誤魔化しは絶対に通用しない……]
亮圭は観念した。
「……じゃあ僕は、どうしたら良いの?」
「今は、したいようにすれば良いですよ。
この状態ならば、夢の中でしたことも経験として蓄積出来ますから……。わざわざ起きている必要も無いですし……」
「そうなんだ……。
ところで、『お母さんが荷物を持って来た』って言ったけど……。それは何時なの?」
「昨日……。四月三日の午前十一時十六分です……」
ここで、エイルが咳払いをする。
「ゴホン……。
筆頭精霊長。そろそろ話を戻しても、よろしいでしょうか?」
「あっ、御免なさい。続けて……」
マリーは、部下に謝った。それを受けて、医の大精霊が主人を見詰めて話す。
「……ではマイン・マイスター。『一か月と少しの間、寝続ける』ということで、よろしいですか?」
「それで良いよ」
「では、そのように……」
亮圭の返答を、エイルは肯いて受諾した。そのまま、話を続ける。
「次の話ですが、これを御覧下さい」
モニターの映像が、脳の立体映像に切り替わった。
「脳の状態ですが、一言で言うと『ボロボロ』ですね……。
脳浮腫の状態を防ぐために、ダメージが大きくて回復困難な部分を切り離して隔離しました。既に、その部分は壊死しています。ですので、今晩にも脳室外へと排出を行いたいのです。
頭蓋骨に今以上の穴を開けるのは、今後のことを考えると控えた方が良いので……。脳室内への “ 空間結節点輪組 ” の恒久的常時導入を許可して頂きたいのです」
亮圭は、初めて聞く言葉の意味が想像出来なかった。
「ん……。 “ クウカンケッセツテンリンクミ ” って何?」
「あっ……。まずは、そこからですね……。それはですね……」
一寸困った顔をした医の大精霊に、意の精霊長が助け舟を出す。
「それについては、意の精霊長の私から説明させて頂きます。よろしいでしょうか?」
「僕は、良いけど……」
「助かります、意の精霊長。御願い致します」
エリーが、エイルから話を引き継ぐ。
「……それは、私から説明させて頂きます。これを御覧下さい」
意の精霊長の手には、二本のベルトの輪のような物が握られていた。
「これが、最も基本的な “ 空間結節点輪組 ” です。私共は “ Space Node Hoops ” の文字を組み合わせて、 “ SeNeHos ” と呼んでいます」
精霊の主が、疑問な点を質問する。
「“ SeNeHos ” じゃあ、何のことか解らないんじゃない? アニメのロボットの “ OS ” みたい……」
「それが目的です。こうすれば、他の者には何のことか解りませんから……」
エリーの答えに、亮圭が得心した。
「そうなんだ……。意味を隠す為に、しているんだね」
「はい、そうです」
そう肯定した意の精霊長は、自らの主の隣に来ると、二つのベルトを広げて、それぞれを床に置いた。次に、そそくさと自分のスカートの裾を両手で絞る。
「ではマイスター、そちらの輪の中を真上から覗いてみて下さい」
「分かった。真上から覗くんだね……」
「……私のスカートの中まで覗いちゃ嫌ですよ……」
「へ? スカートの中って? ……」
亮圭が、訳が分からないまま、輪の中を覗き込むと……。
「……え! 何これ! エリーが逆様に立ってる!」
慌てて横を見ると……。意の天使長は、間違いなく隣に立って居る。でも、上下は逆様になっていない。
「……ビックリしました?」
「……どっちが本物のエリーなの?」
「どちらも、本物の私です。
……一寸、実験してみましょう。このボールを御自身の前の輪の中へ投げて下さい。ただし、私が立っている方の輪を見ながら投げて下さい」
亮圭は、隣に立っているエリーからボールを受け取ると、言われたとおりに投げた。
……次の瞬間、エリーの立っている側の輪の中から、ボールが飛び出す。
「じゃあ、次は私が投げますよ。
マイスターは、私を見続けていて下さいね」
エリーが腕を伸ばしてボールを斜めに投げ込むと……。次の瞬間、同じボールが亮圭とエリーの前を通り過ぎた……。
精霊の主は、何となく得心する。
「……ひょっとして……。……これって、こっちとそっちが繋がっているってこと?」
意の精霊長は、微笑みながら答えた。
「そのとおりです。
アニメの設定概念では、ドラ○もんの “ 通り○けフープ ” が最も近いです。ただし、これは “ 通り○けフープ ” と違って、入口と出口の両方を作ることが必要ですが……
理論的な言い方をすれば、 “ 固定されたワープ ” です。アニメの演出て良く使われる “ ワープ ” は一時的に空間をつなぐ “ 動的ワープ ” なのに対して、これは安定した “ 静的ワープ ” の一種になります。
……なので、これを受け取ってみて下さい。マイスター……」
エリーは、もう1セット取り出した “ SeNeHos ” を、初めにセットした “ SeNeHos ” から通して、亮圭へと手渡した……。
「……このように、 “ SeNeHos ” 自体が他の “ SeNeHos ” を問題無く通過出来ます。これも、 “ SeNeHos ” が大変安定しているからです」
「へー……」
亮圭は、感心しながら言葉を続ける。
「……それで、これを僕の頭の中で、どう使うの?」
「では、どうぞ、御座に御戻り下さい……
後は、医の大精霊から……」
ここでエリーは、亮圭から “ SeNeHos ” を受け取ると、エイルに目配せして話を替わらせた。
「意の精霊長、有難う御座いました……
……マイスターの頭の中には、脊髄部分を含めて、二十組以上の “ 医療用マイクロSeNeHos ” が配置してあります。これ等を使い、髄液の急速浄化を成し、脳内の “ Vasospasm ” ……。……日本語では “ 血管攣縮 ” と言い、血管が痙攣して縮み上がることで血が流れなくなることですが……。それを予防しました。この措置が無ければ、脳血管の血管攣縮によっても、マイスターは命を落としていました。
是非、今後の為にも……。 “ 医療用マイクロSeNeHos ” の脳内恒久使用の許諾を願います」
亮圭は、一寸困った顔をして質問する。
「“ レンシュク ” とか難しい言葉は、僕には良く分からないけど……。エイルの言うとおりにした方が、怪我とかが良くなるんでしょう?」
医の大精霊が、真剣な表情で、言葉に少し力を込めて言った。
「はい!」
精霊の主は肯く。
「……エイルを信じる。良いようにして良いよ」
“ 彼女の身 ” の真剣な表情が、少し緩んだ。
「有難う御座います。これにより、今夜中には脳の安定を確保出来る予定となりました。
次にですが……。脳のダメージ部位が大きくて、五週間の短期に修復できる脳の領域を勘案すると、どうしても能力を補い切れない部分と悪しき性格が出て来ます。具体的には、 “ デジタル的な計算能力 ” 、 “ 一か月以上の記憶能力 ” 、 “ 易刺激性による感情失禁 ” 、等ですが……。
……やっぱり、言葉が一寸難しいですか?」
亮圭が、困った顔のままで答えた。
「……うん……」
医の大精霊が言葉を続ける。
「……簡単に言うと、『得意だった算数が出来なくなる』ことと『一か月以上前のことを覚えていない』こと。それと、『一寸のことで、すごく怒りっぽくなる』ことです。先程、菱田先生の言っていたことと同じです」
亮圭が、再び青い顔になった。
「……それは困るよ! 『ただでさえ怒りっぽい』って先生に言われているのに!」
エイルは、小さな主の表情に吹き出しそうになるのを堪えて言った。
「そう思って、ちゃんと解決策を用意してあります……」
主の食い付きは、早かった!
「どうするの?!」
医の大精霊は、 “ 医療用マイクロSeNeHos ” の時とは口調を変えて、相手を落ち着かせるように穏やかな声で返答した。
「短期的には、 “ 量子コンピューター ” の記憶力と演算力、そして “ タンパク質コンピューター ” による “ 人工脳モデル ” に依って、能力の補いをして……。中長期的には、脳そのものの再生を目指します……」
やはり亮圭は、ぽかんとした顔をしている。エイルは、言葉を続けた。
「マイスターは、 “ 計算機 ” を使ったことが有りますよね……」
医の大精霊に、精霊の主が肯く。
「『それと同じことを頭の中でしている』と思ってもらえれば、ほぼ合っています。
また、記憶力に関しては、コンピューターの “ HDD ” と同じことをしておけば、後で思い出したい所を引き出せば良いので……。
……どちらも、恒久的に使えば、結構便利ですよ」
「……それって、テストで使ったらズルじゃぁ……」
「この際、堅いことは抜きで良いじゃないですか……。一般の子供と同じ位『勉強の苦労』をするように調整しておきますから……」
「うん……」
亮圭は、何と無く釈然としない。でもエイルは、意に介さず、話を続ける。
「次に……。外部の “ タンパク質コンピューター ” を利用して、不足している “ 精神の調整力 ” 等を補います。これで “ 感情失禁 ” は、概ね防げます」
少年は、疑問点を言葉にしてみた。
「何で『外部の』なの? 『外部の』ってことは……」
エイルが即答する。
「マイスターの脳室内に “ タンパク質コンピューター ” を導入するには、容量的に無理が有ります。それに、 “ 医療用マイクロSeNeHos ” を使って接続すれば良いので、外部に在っても無理なく簡単に使えます。それに、これ自体が “ 量子コンピューター ” との接合部分でもあるので、必要な物です……」
精霊の主が得心する。エイルは、更に言葉を続けた。
「最後に……。脳そのものの回復は、眠っている間の僅かな時間にしか作業出来ないことと、出来るだけ周りの人達に違和感を与えたくも無いので……。三年で従来の90%(パーセント)、五年で同学年生の105%(パーセント)の回復と成長を目指します」
医の大精霊は、ここまで言うと、亮圭へ同意を求めた。
「……では、これらの対策をしても、よろしいでしょうか?」
「うん。良いよ……」
エイルが、ニコリと笑う……。
「では、五週間後に目を覚まして頂きます。
その間、こちら側では、マイスターの好きなことをして頂いて結構です。細かい要望は、精霊長にオーダーを出して下さい。
……私からは、以上と成ります」
「御苦労様。必要が有れば、また呼ぶから……。近くに控えて居て……」
医の大精霊は、知の精霊長の言葉に、最敬礼して答えた。
「はい。では、下がらせて頂きます……」
エイルは、亮圭とマリーが肯くと、霧の中へと消えて行った……。
……精霊が、また一身、霧の中から現れて、意の精霊長に耳打ちした。エリーは、亮圭へ遅滞なく報告する。
「マイスター。意の天使長、ガブリエル様が戻られたそうです。御会いに、なられますか?」
「うん。連れて来る時は、平穏にね」
マリーが、露骨に嫌な顔をする。
……やがて、ガブリエルが再び姿を現した。前回と同じく、身を小さくして歩いて来る。
意の天使長は、前回と同じく椅子の横に立ち、そのまま精霊の主を見詰めた。
亮圭は、間髪入れず来客へ声を掛ける。
「……どうぞ」
「……では、失礼します」
ガブリエルは、着席して飲み物に口を付ける。亮圭が早速質問した。
「天界の返事を聞かせて、下さい……」
意の天使長は、その場で立ち上がり、亮圭に恭しく頭を下げた。精霊の主は、相手に合わせて立ち上がり、自身も頭を下げた。
「言上、申し上げます。
貴方の “ 天の父 ” に於かれましては、今回の結果を “ 了 ” として受け入れられました。よって、『“ 霊体が実体世界に接点を持つ為のプラットホーム ” を精霊達が使用する場合は、亮圭様のアイデアで良い』旨を決されました。
亮圭様が宣言されたとおりの内容にてのみ、精霊達の物理的な活動が可能です」
「それだけってことね……」
マリーの呟きに、ガブリエルは明るい顔で答えた。
「本来なら、完全にダメだったところです。
ですが、亮圭様の御言葉によって、彼方方に過重な使役が与えられました。それで、天の父も、随分譲歩されたのですよ」
「過重な使役って?」
精霊の主の質問に、意の天使長はヒントを出した。
「……最後の部分ですよ……」
「最後の? ……あっ!」
亮圭も思い出した。
「『我を永久に悪から庇護せよ』を『我と、我の決めた者と、我の子孫を永久に悪と災いから庇護せよ』と言い換えていたっけ……」
「そのとおりです。何故言い換えたかは、利益を独占することを “ 良し ” としない貴方様の性格からだと思いますが……。
結果として、それで良かったのではないでしょうか? 極めて限定的とは言え、精霊達の願いも叶えられたので……」
「うん……。でも……。それ以外は、無いんでしょう?」
「はい。そうですぅ」
しれっと亮圭へ答えたガブリエルに、マリーの怒りが爆発寸前になる。
「あんたって天使長はぁぁぁぁぁぁ!!!」
「はい、はい! 怒らない! 怒らない!
御主人様に、良くしてあげれば良いのだから! 違う?」
「それは……」
言葉に詰まったマリーの視線が、亮圭に注がれる。そして他の精霊達も、主に注目する。
精霊の主は、あまりの思念に、腰が抜けそうになった……。
「僕は独りしか居ないから……。八つ裂きは止めて……」
ルリーが、口を尖らせて言う。
「そんなことは、しません! する必要も無いです。
例えば……。始めてマイスターが此処に来た時に、私がマイスターを抱っこしましたけど……。その恩恵と波動と思念等は、全ての精霊達で “ 共有 ” されています。」
「共有? じゃあ、皆で仲良く分けているの?」
「いいえ。 “ 1 ” を二人で分けて、一人が “ 0.5 ” ではありません。 “ 1 ” を共有して、二人共 “ 1 ” と成るのです。ですから、私が体験したことは、億兆万の精霊達も体験したことに成るのです」
「コピーじゃ……」
「ありません。あくまでも “ 共有 ” なんです。
“ P2P ” というコンピューター・ソフトウェアーが概念的に近いです……。ネットワークは、インターネットと同じような形に成っていますが……」
……ルリーは、一寸困った顔に成った。
「……うーん……。……概念を掴んで頂くのは、少し難しいですか?」
「……うん。何と無くイメージは、出来るけど……」
意の精霊長が、情の精霊長に言った。
「ルリー。後で『マイスターに体験して頂く』のが早道では?」
「……そうね。『言うより感ずるが易し』ね。私はエリーに賛成ですわ。マリーは?」
「……最初から、その心算でした。
マイスター。体験を安全に行なう為に、準備に少し時間を下さい」
「うん……いいよ……」
亮圭は笑顔を作っている心算だ。だが、マリーの “ 欲求不満 ” が感じられて、口の脇が少し引き攣っている。
「それと、マイスターに御願いが有るのですが……。よろしいでしょうか?」
筆頭精霊長に改まって言われて、少年の背筋が更に寒くなる。
「……何?」
「もぉー……。貴方の方が目上なんですから、そんなに引かないで下さい!
御願いとは……。私共の要請や報告に答えられる時には、『うん』や『はい』では締りが悪いので、『許可する』『許諾する』や『許可しない』『許諾出来ない』等の、明瞭な命令の単語を使って頂きたいのです。御願い出来ますか?」
少年は、少し考えてから返答した。
「了解した。許諾する。……これで良いの?」
「はい。マイン・マイスター」
精霊達は、主の態度に、満面の笑みもって返答した。
そのタイミングを見計らったように、ガブリエルが亮圭へと声を掛けて来る。
「では私は、一旦天界へ戻り、使節団として式典へ参加させて頂きます。
こちらからは、 “ 筆頭天使長 ” の “ ミカエル ” を団長として、十万余身の天使が参加させて頂きます。受け入れを御願いします」
[あちゃー……。そう来たか……]
頭を抱えたマリーの斜め前で、ニコニコ顔のエリーが答える。
「はい。しっかり御世話させて頂きます!」
「こらこらエリー。旦那さん候補と “ 仲睦まじい ” のは良いけど、ルリーが拗ねちゃうぞ!」
「あっ……。御免なさい……」
「いーえ! 私は別に構いませんわ!
あんな “ ルーシェ●◆♂〆£¢※▼▲←…… ” なんてダメ天、打ち捨てとけば良いのよ!
ふん!」
情の精霊長が、プイと横を向いた……。
……意の天使長は、この場合、高い確率で自分に “ とばっちり ” が来るのを知っている。
[……まずい、展開だ……]
そう思ったガブリエルは、亮圭へ囁いた。
「では、私は報告と準備があるので、そろそろ御暇致します……」
「うん。早く行かないと、命の保障は……」
「分かっています。私の妻候補は、本当に怖い……」
流石の意の天使長も、今の知の精霊長と情の精霊長の “ 霊的波動 ” には、本当に及び腰になっている。案の定、マリーから “ 御約束 ” の反応が……。
「言ったわねー!! ガブリエルゥゥゥゥゥゥ!!!
マイスター、御願いです! 本当に一発、 “ グー ” で殴らせて下さい!!」
「ダメだよ、マリー……。平和が一番だよ……」
「マイスタぁー!」
「では、また御目に掛かる時まで、失礼致しますぅ! くわばら、くわばら……」
……ガブリエルは、一目散に消えて行った。
「もー! マイスターの意地悪ぅ!」
亮圭は、すっかりむくれた筆頭精霊長の傍らに行って、その手を取って言った。
「今の僕には、何もあげられる物が無い。けど、前にルリーがしたこととかで、マリーの気が少しでも済むなら……」
精霊の主である可愛い少年の申し出に、百戦錬磨のマリーも驚いたようだった。
「……マイスター、恐れ多いことです。でも、良いのですか?」
「うん」
マリーは、椅子に座ったまま、嬉しそうに亮圭の胸へ顔を寄せる。
「……では、少しの間だけ、胸を御借りします……。」
少年は、僕の頭を抱いて、その髪を撫でながら念じる。
[マリーが心穏やかに成りますように……]
優しい波動が、周りを包む。
やがて、知の精霊長は顔を上げた。
「もう大丈夫です。マイスター、有難う御座いました」
精霊の主が席に戻ろうとすると、情と意の精霊長の食い入るような視線が突き刺さった。
「マリー。私は仕方ないのかもしれないけど……。彼方、 “ 共有 ” を解除していたでしょう?
エリー、泣いちゃいますよ……」
「……くすん……」
亮圭は、ちょっと困った顔をしながら、エリーの元へ向かう。
その途中、すれ違い様にルリーの黒髪を撫でる。ときめいた情の精霊長は、本当に嬉しそうな波動を出した。
「エリーは、どうして欲しいの?」
意の精霊長は、はにかみながら答えた。
「……では、ここに座って下さいまし」
エリーは、亮圭を膝の上に横座させると両手で抱き、亮圭の頬に自分の頬を寄せた。
少年は、知の精霊長の時のように念を込める。
[エリー、三番目で、後回しになって、ごめんね]
エリーの心が、思念となって返って来た。
[なんの。こうして、御心を掛けて下さいますだけで、私は幸せです。マイスターに、この御心が有る限り……。全ての意の精霊は、どのような死地にでも赴きます]
[あれっ? 何で答えて来るの?]
亮圭は、考えただけで、言葉に出さずに聞き返してみた。
[エリー、僕の声が聞えるの?]
[はい。マイスターは、思念での会話が御上手です]
[皆にも、伝わっているの?]
[はい。私が共有を可としていますから、一身一身が自ら遮断しようとしなければ、全精霊に伝わっています]
見れば、その場の全員がウットリとした顔になっていた。
ルリーとマリーの思念も聞えて来た。
[マイスター。今、私も、とても幸せを感じています……。
また、 “ 抱っこ ” させて下さいましね]
[意の精霊だけでは、ありません。全ての精霊が、優しい貴方の為ならば、喜んで地獄に行きましょう……]
[皆……。ありがとう……]
そのまま思念の梵流は、言葉の形を取らず、何時果てることも無く続いて行く……。
「……マイン・マイスター」
亮圭は、一瞬ハッとした。エリーが直接、話し掛けて来た!
「驚かせて済みません。 “ 共有 ” を体験する準備が出来ました。始めて、よろしいですか?」
精霊の主は、心の動揺を抑えてから言った。
「許可、します……」
「それでは始めます。
マイスター、こちらの椅子に座って下さい」
エリーは、横に現れた椅子に、亮圭を座らせた。そして意の精霊長の椅子が、少し上に持ち上がる。
「今、私が伝達の上位にいます。では、私の大好きなクッキーを、食べてみます」
すると、エリーの思念が亮圭へ流れ込み、クッキーを食べた満足感が心を満たした。
「では、共有を遮断して食べます」
今度は、何も起こらなかった。
「へー……。すごい……」
意の精霊長は、主の呟きに、満足そうな笑みを浮かべると言葉を続ける。
「それでは、共有を再開します。マイスター、この紅茶を飲んでみて下さい」
紅茶を飲むと、エリーの満足した思念が感じられた。次の瞬間、それがフッと消えた。
「あれ? 消えた……」
意の精霊長が、主の反応に笑って答える。
「今、私からの共有を途中で切りました。こういうことも出来ます。
このように……。共有は、一身一身の意思で可否を決められますし、 “ 上のみ ” や “ 下のみ ” といった片側のみを可とすることも出来ます。
ただ、流れて来た思念が良い思念ならば良いのですけど、悪い思念だと自らの身を滅ぼします。ですから、それらは注意して遮断しなければなりません」
亮圭は、それを聞いていて疑問が湧いた。
「……ても、これって上と下だけなの?インターネットって、 “ 蜘蛛の巣 ” だって聞いたけど……。そうなって、いないの?」
意の精霊長は、感服して言った。
「……吃驚です。マイスターの知識は、本当に凄いですね……。
……御察しの通りです。 今は違いますが、元々は上下間のみでした。丁度、桜の木を逆様にしたような形です。
しかし、サタンの堕落以降は、危険回避の為に横の繋がりを十重二十重と構築して補っています」
「うん。良く分かったよ。エリー、有難う」
「いいえ。どう致しまして」
意の精霊長が、満面の笑みで答えた……。
……精霊が、再び霧の中から現れて、意の精霊長に耳打ちした。エリーは、主へ速やかに報告する。
「御家族を御招きする準備が出来ました。マイスターと同じ方法で御招きしようと思います。許諾を御願いします」
「“ 許可する ” 。……で、良いのかな?」
「はい。結構です」
エリーが目配せすると、配下の精霊が下がる。……やがて、少しカールした透明な白銀色の髪をした精霊と、同じく透明な紫色のボリュームのある髪を後ろで束ねた精霊が、家族三人を連れて来た。白銀色の髪の精霊が、代表して報告する。
「御家族を御案内、致しました」
意の精霊長が労いの言葉を掛けた。
「御苦労様、 “ ダイアロゥ§★&∞@♀±…… ” 。
“ アメジス〇∞○□▽@∴☆…… ” も……」
二身は、意の精霊長に頭を垂れた。亮圭がエリーに質問する。
「この二身は?」
エリーが答える。
「左手の髪が白銀色の方が、私の副官をしている “ 意の大精霊 ” の “ ダイアロゥ§★&∞@♀±…… ” です。
そちらは、ルリーの配下なので、 “ 彼女の身 ” より……」
話を振られた情の精霊長が、話を引き継ぐ。
「有難う、エリー。
もう一身は、私の配下の大精霊の “ アメジス〇∞○□▽@∴☆…… ” です。 “ メイド ” として御仕えするには、最適の身です。
さあ二身共、マイスターに御挨拶をなさい」
二身は、精霊の主の前に進み出て、それぞれに名乗った。
「情の大精霊の “ アメジス〇∞○□▽@∴☆…… ” と申します。幾久しく、よろしく御願い致します」
「意の大精霊の “ ダイアロゥ§★&∞@♀±…… ” です。御用が有れば、何なりと御申し付け下さい」
亮圭が声を掛ける。
「……やっぱり、名前を呼べないや。マリー達のように、呼び易い名前を付けさせて……。
銀の髪の方は、 “ ダイア ” 。紫の髪の方は、 “ アメジスト ” 。それで良いかな?」
「素敵な名前を有難う御座います。マイスター」
「はい。この “ 金剛石 ” の名に恥じぬよう、務めさせて頂きます」
マリーが精霊長を代表して、謝意を表した。
「配下の者に名を与えて下さり、有難う御座います。
……でも、よく “ 紫水晶 ” を知っていましたね」
「お父さんが持っている “ タイピン ” に付いているのが、 “ 紫水晶 ” なんだ」
「なるほど……」
精霊の主と臣下の精霊達は、一頻り笑った……。
……そこへ、父親が声を掛けて来る。
「おい亮圭。俺達のことを忘れたんじゃ無いだろうな……」
「あっ、お父さんゴメン。
そっちに行くよ……。皆、そこのテーブルの椅子に座って」
「皆様、私共が御案内する席に着いて下さい」
三精霊長は、率先して家族を座に付かせる。マリーが座の全員に声を掛けた。
「では、主のマイスター亮圭様が、着席されます……」
精霊の主が、それまでの円卓から、家族が座る円卓へ移動して座る。亮圭の右後側にマリーが、左後側にルリーとエリーが、それぞれ着席した。
意の精霊長は、全員が着席後した所で直ぐに立ち上がり、自ら御茶を入れてレアチーズケーキを添えて出した。
「どうぞ……。
これは “ Kamille ” の花の御茶、カモミール茶です。蜂蜜を入れてあります。落ち着きますよ」
主が、肯いてハーブ茶を口にする。家族全員が、おずおずと、それに従った。エリーは、それを確認してから、自らの席に座り直す……。
……やがて、父親が口を開いた。
「……先刻のことと言い……。亮圭の奴は、本当に “ 精霊の主 ” と成ったんだな……」
筆頭精霊長が答える。
「その、とおりです。マイスターは “ 全精霊 ” を統べられました……。
貴方様は、その方の父君で在らせられます」
「やれやれ……。そうらしいな……」
「そこで、一つ『御願いしていたこと』が有るのですが……」
「私達の “ 呼び名 ” の件だろう? そちらの意向のとおりで構わないが……」
「……僕の早速の願いを聞き届けて下さり、有難う御座います。 “ マイスター・ファーター(精霊の主の父親) ” 。
“ マイスター・ムーター(精霊の主の母親) ” も、よろしく御願いします」
姉の幸来は、肩を竦めた母親の京花の反対側の席で、ムッとした顔をしている
筆頭精霊長が、精霊の主の姉へ声を掛けた。
「幸来様は、御納得頂けないようですね……」
亮圭の姉は、筆頭精霊長を睨みかえして言う。
「“ ミッシ○ン・インポッ○ブル ” じゃあるまいし……」
マリーは、先に行っていた説明を、もう一度言った。
「…… “ 対、サタン ” の為です。普段、私共の防衛圏内では、必要ありません。でも、霊的に低い所へ行った場合等は、どうしても御名前を秘匿する必要が出て来ます。どうか、そのことを御考え頂き、僕の願いを聞き届けて下さいますように、重ねて御願い致します」
「……分かったわよ!」
「では、出来るだけ本名で御呼びするとして、こちらでの呼び名を “ マイスター・シュヴェスター(精霊の主の姉) ” とさせて頂きます。よろしく御願いします」
幸来は、しぶしぶ承知した……。
……ルリーは、御茶が終わるタイミングを見計らって、声を掛ける。
「では、皆様。 “ 御召し物 ” の着付けを致しますので、こちらまで御出まし下さい」
亮圭を除く三人は、それぞれ着付け係を仰せつかった情の精霊と共に、その場を離れた。
マリーが、主に一礼して口を開く。
「では、私とエリーは、式典の準備の為に席を外させて頂きます。身の回りの準備は、ルリーと、その配下の身が担当致します」
「分かった。マリーの良いように……」
……情の精霊長が、片膝を突いて精霊の主に礼をすると、口を開く。
「……マイスターは、私、ルリーが直接御世話させて頂きます」
「うん、良いけど……。何に着替えるの?」
「夜ですので、 “ ドレス・コード ” を考えれば、 “ 燕尾服 ” を着て頂くのが最良です」
「……ならば、それで良いんじゃない?」
「随分、即決ですね……」
「だって知らないもん。別に『これが良い』とか『あれが良い』とか無いもん」
「たっ……。確かに……」
[そう言われてしまえば、それまでね……]
ルリーは、納得した。
「では、御家族の御召し物も、マイスターに合わせます……」
……目の前にシャワーボックスが現れる。
「では、まずシャワーを浴びて下さい。……御一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ! 覗かないでよ!」
「はーい」
ルリー以下、全精霊が笑っている。亮圭は、全身を手早く洗うと、そそくさと出て来た。既に、その前には燕尾服一式が用意されている。精霊の主は、それに今まで考えたことも無い格式の高さを感じて、少し怖気付く。
「では、髪を整えた後、着付けて行きます……」
「……分かった……」
精霊の主は、情の精霊長の言葉に、何時に無く上擦った返事をしていた……。
……身支度は、散髪を含めて二時間半で終了した。キュッと首を締め付ける白蝶ネクタイの実感に、否が応にも緊張が増して来る……。
見かねたルリーが、後ろから、そっと亮圭を抱きしめた。
「マイスターなら大丈夫ですよ。今回の式は、全てマイスターの御祝い事です。短いコメント以外は、ニコニコ笑っていれば良いだけですから、もっとリラックスして居て下さいな」
「……だと良いけど……」
遠くから、家族三人が紫の髪の大精霊に伴われて、歩いて来るのが見える。情の精霊長は、家族に気付かれる前に、主への優しい拘束を解いた。
見れば、白い “ マント・ド・クール ” を着て頭に “ ティアラ ” を付けた二人は、その重厚さに四苦八苦している……。
主の近くまで来た大精霊が、報告した。
「……情の精霊長。アメジスト、戻りました。
御家族の準備が、恙無く整いました」
「御苦労様でした」
そしてルリーは、自らが抱きしめていた主を、母親へと託す。
「御母様。マイスターが、とても緊張していますので、抱きしめてあげて下さい」
母親は、吃驚した。
「えっ?! そうなの……。
珍しいことも有るものね。この子が緊張するなんて……」
……そう言って息子を静かに腕で包み込む。亮圭は、 “ トレーン ” が流れて下半身を包み込んでも、なされるままにして居た……。母親は、本当に驚いて、言った。
「ルリー。こんなことは、本当に珍しいのよ……」
そこへ、息子と同じ姿に着替えた父親が、話に割り込んで来る。
「なぁに、大丈夫さ。事が始まれば、逆に落ち着くよ。俺が、そうなんだから……」
「まあね。それは、そうだと思うけど……」
政志は、妻の同意に肯くと、次にルリーへ質問した。
「“ 時間割 ” は、 “ 定時 ” で進行しているのかい?」
「はい。遅れは、有りません。
現在、御祖父様と御祖母様も、着付け中です。間も無く合流されます」
「了解した。
…… “ 親父 ” の説得は、難儀だっただろう? 御苦労でしたね……」
「御言葉、痛み入ります……」
……亮圭の祖父母が、両親が来たのとは別の方向から合流して来た。二人は、 “ 黒羽二重五つ紋付き羽織に仙台平の袴 ” と “ 黒縮緬五つ紋付きの黒留袖に金糸と銀糸の袋帯 ” を着ていて、完全な和正装に成っている。
「……おい、政志! 久し振りだな!」
「ああ。何とか、やっているよ……」
祖父の幸助が目敏く亮圭を見つけた。
「お! そっちのが、孫の亮圭か……」
そこで祖父の言葉が停まった。孫は、母親の横で真っ直ぐに立ち、こちらを見詰めて居る。それは、とても堂々としたもので、職人気質の幸助を満足させるものだった。
「……良い面構えをしているな! 想像以上だ! 末が楽しみだな、政志……」
亮圭の父親は、その言葉に、少なからず驚いた。
[まさか親父が、そんな評価をするとは思わなかった。俺は、褒められた覚えは無いんだが……]
そんな息子を尻目に、祖父が孫に声を掛ける。
「俺に会うのは初めてだな。誰だか分かるか?」
「分かるよ! 御祖父ちゃんでしょ?! 祭壇に写真が飾ってあるもん」
「ほー……。答えられるとは、嬉しいねぇ。当たりだ!」
……そんな男性陣の横で、祖母の由紀子が息子の妻と孫の姿を見て呆れている。
「そんな西洋の王妃様のような恰好をしたら、大変でしょうに……」
京花が、苦笑いしながら答えた。
「亮圭に合わせると、 “ これ ” なんだと言われて……。あの子、燕尾服を選んだから……」
「政志に “ 紋付き袴 ” を着せれば良かったのよ。夫婦で合わせれば良いんだから……。
……まあ、良い経験だから、良いんじゃないの?」
「そうですね……」
[はぁ……。こんなに大変なんて……]
亮圭の母親と姉は、そう考えつつ、少々 “ げんなり ” していた……。
……しばらくの歓談が続く。そんな中で亮圭の父親は、タイミングを見計らい、傍に控えている意の精霊長と大精霊に声を掛けた。
「そう言えば……。天使の方々が、そろそろ来られる時間だと思うが……」
ルリーが亮圭の父親へ答える。
「はい。現在、エリーが天使の使節団を迎えに行っております」
アメジストも口を開く。
「それに関して、最新の報告が有ります。先程、ダイアより『程無く到着される』との報告が入っています……」
政志が遠くに目を遣ると、程無く “ 天使の一群 ” が姿を現した……。
……天使の一群から、三身が亮圭達の方へと進み出て来る。ルリーは、エリーに続いて近付いて来る二身を良く知っていた。 “ 彼女の身 ” は、主へ耳打ちをする。
「どうやら、天使長が御到着されたようですわ……」
二身の内、焦げ茶色の髪の一身は、もちろんガブリエルだ。そして、もう一身は、長めのウェーブの掛かったブロンドの髪をした、優しい面立ちの青年であった。
ルリーが、ブロンドの青年に挨拶をする。
「御久し振りですわ。情の天使長 “ ミカÅ∂∃▽△@§#¢♂∴◯…… ” ……。あっ、今は、 “ 筆頭天使長 ” と御呼びすべきですね……」
相手は、少し困った顔をして答えた。
「御気使い無く、情の精霊長 “ ルリ□£△%▲▽$¢@£…… ” 。今迄どおり、情の天使長で構いません」
ルリーが、一歩横へ避けて、自らの主を紹介する。
「こちらが、精霊の主で在らせられる河村 亮圭 様です。
マイスター、そして御家族様方。こちらが情の天使長の “ ミカÅ∂∃▽△@§#¢♂∴◯…… ” です。現在、筆頭天使長を “ 創造主 ” より拝命されています……」
亮圭は、家族の中から一歩前に出て、来客に対して正対する。それに対して、情の天使長も一歩進み出て、恭しく礼をして名乗った。
「精霊の主たる河村亮圭様! また、精霊の主の聖御家族様方! 御会い出来て、光栄の至りです。
情の天使長の “ ミカÅ∂∃▽△@§#¢♂∴◯…… ” です。現在、筆頭天使長を務めさせて頂いています。
私は、一般には “ ミカエル ” の名で知られていますので、そう呼んで頂いて構いません」
亮圭は、肯くと、礼を返す。
「遠路、御疲れ様です。
精霊の主と成った “ 河村 亮圭 ” です。よろしく、お願いします!」
ミカエルは、その堂々とした霊圧に、一瞬だが気圧される。
「御父上のサポートが在るとはいえ……。年齢を感じさせない堂々とした御姿に、感服しました」
「有難う……。
僕達の “ 天の父 ” は、何か言っていましたか?」
「では、来て草々ですが……。皆様の “ 天の父 ” で在られる “ 天宙の創造主 ” から伝言です。『君のままで居て欲しい……』だそうです」
「え? どういう意味?」
意味の解らない息子に代わって、父親が答えた。
「一義的には、『この式典を終わっても、性格や考え方を変えないで欲しい』と願っておられるのだろう。
二義的には、『今回の決定を翻すこと無く、 “ 霊体が実体世界に接点を持つ為のプラットホーム ” を管理して欲しい』と言うことでは?」
筆頭天使長は、精霊の主の父親へ恭しく頭を下げる。
「見極め御見事! そのとおりです……。
何せ……。皆様の言う所の “ 時空壁型 ” は、特に運用力が高すぎますから……」
精霊の主が、情の天使長に質問する。
「? どうして」
「アメリカの映画に、 “ ターミ○ー○ー2 ” と言うのが有りますが、御存じですか?」
「うん。この間、テレビでやってたよ」
「そこには “ T○○000型 ” と言う “ 敵の殺人兵器 ” が出て来ます。あれが “ イメージ ” として、一番近いのですが……。
……実際には、映画の殺人兵器を、遥かに凌駕する能力を持っています。
50Mtの熱核弾頭の直撃にさえ、人に例えると “ 絹漉豆腐の角に時速1kmで頭をぶつけた ” 程の衝撃にも成りません。『“ ブラックホール ” の “ 事象の地平線 ” の中でも、平気で活動可能です』と配下の身より報告も受けています……。
恐らく、これを単純に破壊するには、 “ 時空壁 ” の中へ再度放り込むしか有りません。
……真に “ 物騒な物 ” を造られたものです……」
訳の分からない顔をしている息子に代わり、父親が答えた。
「『もちろん、運用には細心の注意を払う所存です』と “ 天の父 ” には御話下さい。定めし者の責任を、私も息子も断じて放棄しませんので……」
「……分かりました。決意の程は、御言葉のとおりに伝えましょう……」
「どうぞ、良しなに……」
……マリーが、政志とミカエルの話に割り込んで来た。
「皆様、そろそろ “ 宣言式 ” の式次第等の説明に移らないと、時間を巻かなくては成らなくなってしまいます……」
筆頭天使長が筆頭精霊長に謝る。
「筆頭精霊長マリー、時間を取らせて申し訳ない。後は良しなに……」
「では皆様、こちらへ御出まし下さい」
マリーのエスコートの元、全員が明るい光の方へと歩を進めて行った……。
------- 更新履歴 -------
2016.07.10 初版公開 (Ver 1-01.00)
2016.07.13 加筆修正版公開 (Ver 1-02.00)
2016.09.02 加筆・段落修正版公開 (Ver 1-03.00)
2017.08.26 読み易くする為の修正版公開 (Ver 1-04.00)
2018.08.16 一部の解り難い部分、文章表現、誤字、ルビ修正版公開 (Ver 1-04.01)