ココカラ
俺を引き上げた後の5人は、それぞれ床の上に尻もちをついた状態でいた。
そして俺が無事なのを確かめると、それぞれが緊張から安堵へと、その表情を弛緩させた。
「はーぁ、危機一発だったよ、良かったあ……」
「何言ってんのファルネジーナ。それを言うなら危機一髪だよねえ」
「あ、ホントだ! あはは、さすがアイラさん。上級生の貫禄です」
どうして漢字の間違えを口語で感じることが出来るんだお前ら……。
そんな俺の謎などお構いなしに、シーズカ先生が声を掛けてきた。
「リュウトくん、大丈夫!?」
「え、ええ……その、ありがとう……ございました」
「ううん。その言葉は最初に勇気を出して飛び出していったファルネジーナさんに言うべきね。それに……私、トガシくんを……彼を……助ける行動が取れなかった……見えていたのに、体がすくんで動けなかった。教師、失格ね……」
シーズカ先生は、肩を落としている。
あの状況では、誰がそこにいても助けることは多分無理でしたよ、と俺が諭してみても、先生は自分を責めることを止めなかった。
「シーズカ先生? でも救える生徒は救えましたわ。あなたの助けがなかったら、多分クローシャは今頃トガシ副部長と腕を組んで天上界にファーラウェイですわ」 そう言って先生を気遣ったのは、2年生のサーシャ先輩。
彼女の長い金髪は美しく、校内では『オーロラヘアーの戦士』と渾名されるほどだ。
擬神力の剣技においては高校の全国大会で、去年3位入賞を果たしている。
その家柄は由緒正しく、血を辿ればその昔、まだ擬神力が開発されていない時代には、人々をモンスターから守っていた王家に行き着くらしい。
「そうそ、できる事はやったさ。だからセンセが落ち込むことは無いって!」
元気な声はアイラ先輩。サーシャさんと同じく2年生。
褐色の肌と栗色の短い髪の毛をした、男勝りな性格の持ち主。
サーシャさんとは親友で、相対的な性格が逆に、お互いを理解し合える鍵と鍵穴の関係になっているのかもしれない。
悪塔攻略部と複合格闘部を掛け持ちしている、生粋のファイターだ。
「ええ……でも、っん! ゴホッ……くふん」
シーズカ先生が煙にむせる。
宝物庫からの炎と煙は一向に収まる気配がなく、魔王の間に流れ込んで来る。
でも幸い、天井に空いた穴のお陰で、室内に充満することはない。
「ってかよ、早くこっから逃げようぜ! もうさすがにヤバい! 副部長と手を繋いであの世に行くのだけはゴメンだ!」
退出を促すのはオールト。俺とファルの同級生だ。
あいつとは中学からの付き合いだけど、特にこれといった特技を知らない。
ただ好奇心だけは旺盛なので、学問から外れた知識に、たまに驚く程度だ。
特技はないけど、特徴としてはエロい。これに尽きる。
この悪塔攻略部に入ったのだって、サーシャ先輩の汗と髪の臭いを嗅ぐためだ、と俺に公言して、テヘヘとはにかんでいた。
そんなフェチの暴露場面で、はにかまれても困る。
――とにかく、確かにオールトの言う通りだった。
一刻も早くここから出なくてはいけない。
残った人間は7人。
もうこれ以上、知り合いを減らしたくはなかった。
「ガウスを拾って出よう!」
俺の言葉を合図に、みんなが動き出した。
倒れて気を失っているガウスを、俺とオールトがピックアップし、急いで魔王の間から飛び出した。
煙が天井から外に立ち昇っている。
転移機が異常になった場合には、近くの帝国軍管轄所まで一報が届く仕組みになっているはずだったけど、今回の場合はその機能が正常に動作したかどうか分からない。
そのために、この煙の出ている穴は、俺たちにとって命を救う狼煙となるかもしれない。
外から見れば煙突のように見えるだろうこの煙に気が付いた誰かが、きっと適当な所へ通報してくれる。
そうすれば、擬神力をストレージさせた武具を纏った救助隊がここまで来るのにそう時間は掛からないはずだ。
それまで、俺はモンスターが迫ればそれを排除し、火と煙を避けて――
と、俺の思考はそこでストップした。
もし……他のフロアーでも火の手が上がっているという予感が現実のものだったら……?
その場合は、ここに留まることは死を意味する。
火が周る前に、どこか安全な場所まで退避しないといけない。
他の階の状況がまったく掴めない今、ただ救助隊を待っているのも愚策になる可能性が高い……のか。
俺は今生きているメンバーの顔を眺めた。
ファル、オールト、サーシャ先輩、アイラ先輩、ガウスにシーズカ先生。
必ず……この7人で地上の土を踏む。
俺は決意を新たに、自分の分身たる真剣を強く握りしめた――