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ムカシバナシ


 ――10年前

 

 そこは、魔法のような不思議な力は魔族とその眷属しか使用出来ない世界。

 4人の魔王と人間がせめぎ合う戦場。

 人間は魔力を弾く金属で出来た鎧と剣で、なんとか魔族の攻勢をしのいでいた。


 その世界で俺は、モンスターを斬りまくり、その巣窟から金目のアイテムを奪っては売り捌くことを生業にしていた、一匹狼の冒険者だった。

 正規の勇者たちからは『魔王から給料を受け取る男』と呼ばれ、忌み嫌われていた。

 だけど、俺が先行してモンスターの巣窟を全滅させていたお陰で、彼らの仕事が楽になっていたことも一度や二度ではなかったはずだ。

 でも俺はそんなことはどうでも良かった。

 金だ。

 金さえあれば、苦しまないで済むし、王にだってなれる。

 俺の家族だって死ななくて済んだんだ。

 俺は5歳にしてじいちゃん以外の身寄りをなくしていた。

 ――大飢饉。

 みんな銅貨数枚を持っていなかったというだけで、飢えて倒れていった。

 家族で残ったのは、俺とじいちゃんだけ。

 じいちゃんは昔、西の魔王と戦う王国の、第三勇者師団で中隊長をしていた男だった。

 だけどある大会戦で回復不能の大怪我を負い、それからは勇者を引退していた。

 世界のために戦い、引退時に貰ったのは小さな革袋に入った、数枚の銀貨だけだった。

 俺はそのじいちゃんから、戦い方やモンスターの弱点、はては宝物が隠してありそうな場所の特徴まで、いろんなことを教わった。

 勇者になる前、冒険者だった頃の冒険譚に、淡い恋の物語まで――

 それは俺にとって、かけがえの無い経験と思い出になった。

 俺は10歳にして冒険者として金を稼ぎ始め、自分とじいちゃんを養った。


 それから10年が経ち、俺が20歳になった頃、デカイ仕事に挑んだ。

 その頃の俺は剣技では西の王国中でも1、2を争うほどの腕を持っていて、どんなモンスターと戦っても、まるで負ける気なんてしなかった。

 実際、一個師団を投入して、攻略までにまる一ヶ月はかかると考えられていた中級のダンジョンがあった。

 それを俺が一人で潜入し、そのダンジョンの主であるハイクラス・スケルトンを倒してしまったこともある。

 一人だったから奇襲的に相手の親玉とサシで戦えた。

 でも一対一でハイスクラス・スケルトンと剣を交えて最後まで立っていることが出来たのは、四隣の王国を含めてもせいぜい10人はいなかったに違いない。


 そんな時――西の王国から共同作戦をしようと打診があった。

「一気に西の魔王の本拠であるダンジョンを攻略したい。ついては貴殿の力を、是非とも貸しては頂けぬものだろうか……」

 絹で出来た礼装と、幾つもの勲章と高そうな装飾品をぶら下げた貴族が、俺に頭を下げて頼み込んできた。

 俺はその依頼を受けた。

 攻略時には山のような金貨と戦利品が報酬として受け取れるとの、国王のお墨付き書状が俺の目を眩ませていたのは間違いなかった。

 けれど、目の前で貴族が俺に頭を下げているのを見て、慢心してしまっていただけだったのかもしれない。

 えも言われぬ高揚感が俺を包んだのを覚えている。


 ダンジョンの攻略は順調に進んだ。

 俺はそのダンジョンを半分ほどまで潜っていて、詳細なマップを王国軍が手にしていたのが、なによりも大きな要因だっただろう。

 王国側もそれを知っていたから、おれに頭を下げたのかもしれないとは思ったけど、その時の俺は、そんなことはもうどうでも良くなっていた。

 地位と名誉と輝かしい未来がすぐそこに、手が届く所にあった。

 ダンジョンでは、勇者軍が効率的に各フロアーを制圧していく中、俺は先陣を切って魔王の間に到達した。

 隣には、俺と王国一の剣技を争っていた貴族出身の勇者。

 さすがに魔王に一人で戦いを挑むことは、その時の俺でも考えもしなかった。

 だけど、その勇者の腕も俺はそこまでの道のりで確かめていた。

 こいつと二人であれば、やれるかもしれない――

 さすがの勇者軍も、ここに至るまでに大きな損害を出し、大部分は地上へと撤退を完了していた。

 援軍は期待出来ない。

 だけど、この機を逃せば次はないかもしれない。

 勇者にそう囁かれ、俺も心を決めた。

 そして、扉を蹴破り、魔王の間に飛び込んだ。

 闇の中から凄まじいオーラを発し、黒い霧から姿を成した西の魔王がその姿を現した。

 俺は魔王と視線を交えた――冷徹な、無感情な、そして無慈悲な瞳だった。

 その瞬間、背後で扉が閉まる音がした。

 俺は魔王が、侵入者たちを閉じ込めるために閉めたんだと思った。

「おい! 俺は右から、お前は――」

 違和感に気が付いて、俺は振り返った。

 

 ――そこには、誰もいなかった。


 誰もいない。自分ひとり。

 俺は過信してた。

 自分の力と、そして勇者たちを――信じ過ぎていた。

 いや、自信を通り越した過信すら飛び越えて、傲慢になってしまっていたのかもしれない。

 そうでなければ、逃げていたはずだ。

 西の魔王くらい、自分一人でヤれる――などと暴発せずに……。


 俺は魔王に向かって突進した。


 ――それからはよく覚えていない。

 戦ったのが長い間だったのか、それとも一瞬だったのか、それすら分からない。 覚えているのは、青い血にまみれている剣と、赤い血に染まっている自分の腕。そして強力な雷撃を受けて、真っ白になっていく視界と意識だった。




 ――気が付くと、俺は温かい布にくるまれていた。


 看護所か?

 目を開けると白い天井。なんだろう、見たことのない素材だ。

 体を起こそうとしたところで、俺は何者かに動きを封じられてしまった。

 ――!?

 すぐに引き剥がそうとしたけど、相手の剛力で俺は為す術がない。

 だけど、もがいている内に俺は視界に入って来るものが、おかしなことに気が付いていた。

 俺の腕には透明な管が刺さっていて、白いローブを着た人間に囲まれている。

 見たこともない部屋で、触ったことのない素材で出来たシーツ。

 なによりもおかしかったのは――俺の体の自由を奪っているのは、どうやら女性だということだった。

 俺は再度力を入れてその体を離そうとするけど、その女性はスゴイ力で締め付けてくる。

 俺はここで絞め殺されるのか……?

 そんな諦めの気持ちにすらなった時、ぱっとその拘束が解けた。

 その機を逃す俺じゃあない。

 すぐに一撃を加えて逃げようと思ったその時、俺の視界に映ったのは、涙でくしゃくしゃになった女性の泣き顔だった。

 ――なん……だ?

「だ……れ……だ」

 俺は思考を声にして、また驚いた。

 耳に響くその声は、20年間慣れ親しんだ自分の声とはかけ離れたものだったから。例えるならそう――少年のそれ。

 続けて考えを言葉にしようとするけど、口が上手く動かない。

「リュウト! 良かった……生きてて……良かったああ……」

 リュウト? 誰だろうそれは。

 この女の人は、俺を見てリュウトと言っている。 何かの間違えだろう。そう言いたくて俺は首を振った。

 するとその女性は、俺の頬を両手で挟んで、自分の顔を擦りつけてきた。

 俺は抵抗するけど、やっぱり叶わない。

 ――と、そこで俺は動きを止めた。

 見慣れないものが、もうひとつそこにあったから。

 女性の手を引き剥がそうとしている俺の手、その手が――とても小さかった。

 俺は咄嗟に目をグルングルンと回して自分の姿を確かめてみる。

 信じられなかった。

 それは……どう見ても明らかに子供の体だったから。

 女性の力が強かったんじゃない。

 俺の力が弱かったから引き剥がせなかったんだ。


 俺は、知らない世界でその女性の子供に生まれ変わっていた――




 その日から、俺はこの世界で生きている。

 最初の日が5歳。それから10年で現在は15歳。

 こっちの世界でいう高校1年生だった。

 それまでの間、俺はこの世界では無用の長物と化して倉庫で埃を被っていた剣を振って、体を鍛えるのを一日たりとも怠らなかった。

 『母親』はそんな息子を見て、あの日依頼なんだか逞しくなったわねえ。などと周囲の人間に話していた。

 何があったのかは分からないけど、西の魔王と戦い、死んだか瀕死となった俺は、こっちの世界で事故に遭ったその母親の子と入れ替わったのかどうかしてしまったらしい。

 そんな事実を受け入れるまでに時間は掛かったけど、ひとつだけ安心したことがあった。

 それは、あっちの世界のじいちゃんが豊かに暮らせるだけの蓄えを、俺は残してきていた、ということだった。

 剣の稽古を再会したその日から、俺は金や名誉に囚われていた自分とサヨナラした。

 もう、お金を稼ぐ必要も、地位も名誉も必要なかった。

 新しい家族が、それを忘れさせてくれたから。

 幼なじみのファルが新しい人との絆を大切だと思わせてくれたから。


 だけど、同時に目的も失った。

 俺はこの世界で何をすればいいのか。

 魔王すら簡単に技術の力で倒せるようになっていた世界で、何をしていけばいいのか――そんな将来への足がかりもないまま、今の高校で悪塔攻略部に入部した。


 そして今――

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