タダノケン
黒ミノタウロス――この悪塔でのカーストランクはほぼ頂点のAランク。
ちなみにこの悪塔自体のランクはC。
それほど強いモンスターが生息している塔ではないけど、それでもその頂点に君臨するだけあって、たとえ擬神力の鎧を身に付けていたとしても、その怪力には気を付けなければならない相手だ。
それが今、擬神力を失った俺たちの目の前に現れている。
そいつに発見されてしまったということが、今の俺たちにとってどのような意味を持つのか、それは火を見るよりも明らかなことだった。
「うわっ……ふ、副部長ッ! や、ヤツが、ミノタウロスがっ!」
ガウスがその巨体に気が付いて叫ぶ。
「ああん? あんなザコがどうし……」
トガシがいつもの軽口を返そうとするが、機能しない武具を顧みて言葉を失った。
――そして、自分たちが今置かれている状況に、みんなが一斉に気が付いた。
「ちょちょちょっ……ちょと待った、待て、誰か! 誰か擬神力の剣を使えるヤツはいないのかっ!?」
狼狽えているトガシの問い掛けに、答える者はいない。
歯の根が合わないほどに震えてしまっている者もいる。
「う、うわああああああああッ!」
ガウスが真っ先に魔王の間の奥へと身ひとつで駈け出した。
「ま、待て……待てって!」
トガシも足を空回りさせながら、その後を追う。
他のメンバーは、シーズカ先生も含めて、その場に固まり、凍ったように動かないまま黒ミノタウロスを見上げている。
「リュウト! 逃げよぅ!」
ファルは、立ち尽くしているように見える俺の手を握り、強く引っ張っている。
「リュート! 早く! 逃げなきゃっ」
「待て」
「どうしたの!? 今攻撃されたら、どうにもなんないよ!」
「ああ、攻撃を受けたら……な」
俺は、ファルの手を掴み、なるべく優しくそれを剥がした。
「え……リュウ……ト?」
「ファル……後ろに下がってろ。俺は大丈夫だ」
「でも、危ないよ! リュウトも一緒に……っ」
必死に懇願してくるファルの目を、俺はじっと見つめた。
「……頼む。皆を後ろに避難させてやってくれ」
俺の目を見て、ファルは何かを感じた風に小さくこくりと頷いた。
「う、うん……わかった。でも、避難させたらリュウトも逃げるんだよ!?」
「ああ」
俺の言葉に満足したかどうか、ファルは勢い良く頷くとシーズカ先生たちに声を掛けて、部屋の奥へと避難して行く。
俺はそれを見届けると、生臭さの増した前方に向き直った。
そこには、完全に全身を露わにした黒ミノタウロスが、俺の前数メートルにまで迫っている。
『ウルグルブプフゥ……』
鼻からの生臭い息、そして口からは粘度の高い唾液が、糸を引いて垂れ落ちている。
俺は腰に下がっている、擬神力の剣ではない、もう一本の剣に手を掛けた。
「リュウト君! 早く逃げなさーいっ!」
背後からシーズカ先生の大音声が響いてきた。
結構大きな声出るんじゃん。
「リュウト! お前なにやってんだぁ!? 早く逃げろこのアホ!」
この声は副部長のトガシ……パーティーのメンバーより先に逃げやがって。
いや……集中しろ……出来るはずだ。
あっちの世界のとそう大差はない……。
ここに来るまでに分かった。あいつは『あっちの世界の』と比べたら、力が強い分動きがかなり鈍くなっていると。
俺は――腰から剣を引き抜いた。
擬神力を纏っていない、ただの剣を。
「おい! なにしてんだっての!? そんなただの剣が何の役に立つって――」
ガウスの濁声。
しかし俺は、その声を無視して引き抜いていた剣を構えずに、そのまま目の前の黒ミノタウロスへ向かって疾駆した。
「リュウト!」
ファルの声。俺はその声に押されてさらに加速し、初撃を放った――
――斬撃!
俺の剣が、横一文字に黒ミノタウロスの脛を払い、薙ぐ。
肉と骨を断つ音がして、青い血がほとばしった。
――斬!
崩れてきた巨体を下から剣で跳ね上げる。
硬い筋肉を斬った時の独特の感触が手に伝わってくる。
手応えは十分!
返す剣で黒ミノタウロスの手首を斬り落とす。
――跳ッ!
ついに膝を突いた黒ミノタウロスは、丸太のように太い腕を横に払った。
俺はその腕をジャンプして躱し――そのまま高く上がると、ガラ空きの首が目下に晒されている。
――斬撃ィッ!
剣を大きく振りかぶった俺は、落下していく体の重量を加えた渾身の力で、黒ミノタウロスの延髄に刀身を叩き込む!
『グガルボアァッ!』
短い断末魔を上げた黒ミノタウロス。
その首は回転しながら崩れかかっていた壁に激突し、それを粉砕したあと床に落ちて埋まった。
頭を失った巨体の方は、何度か腕をぶんぶんと振り回したあと、大きな響きを立てて崩れ落ち、そして二度と動かなくなった。
スゥ――深呼吸。
俺は握っていた剣を眺めた。鏡のような刀身は青く濡れ、その奥に俺の顔を写している。
やれる。
この剣で、俺の力で、対抗出来る。
俺はまだ覚えていた。
『ただの剣』での戦い方を。モンスターの倒し方を。
こっちの世界に来てからもう10年――でも、あっちの世界では周りが敵だらけの中、10年間この剣を握って戦ってたんだから、当然か。
そう、俺は――
この世界に飛ばされて来た、異世界の住人なのだから――