9話 アイヴィー・カーリー
「――ついにやったぞ! 成功だ!」
まるで演出のえの字も知らない子供が作ったかのような、不意の場面転換。
私はついさっきまで友達と一緒に学校から帰っていたはずなのに、今私の目の前に広がるのは白っぽい外壁が立ち並ぶ住宅街ではなく、城っぽいレンガ造りの建物の中。
まるで意味が分からない。
しかし、そんな私の疑問に答えてくれそうな人物は今、私を見て興奮さめ止まぬといった様子で歓声を上げている。
また、私の話などこれっぽっちも聞いてくれないだろうなぁ。なんていう考えを補強するかのごとく、その手放しで喜ぶ外国人らしき彫りの深い男の背後には黒を基調とした燕尾服やら給仕服を着ている者たちが数名。
――いいや、よそう。この程度の現実逃避なら逃避しないで直視した方が事態が好転する。
今、私の目の前にはもう「どこのコスプレ会場に誘拐されてきたんですか?」とでも言いたいくらいに豪奢な王子様ルックの丸々太った豚男が、そしてその豚男に「とりあえず追従しとこう」とでも言いたげな目つきで拍手を送る執事さんとメイドさんがたたずんでいる。
そして、彼から発せられる言葉は日本語ではない。もちろん英語ですらない。
なぜ日本語とちょっとの英語くらいしか話せない私が彼らの言葉を日常会話レベルで解せるのか。
その答えはまさに目の前にある。
ぐるりと見渡せば中途半端な中世ヨーロッパ風感を醸し出すほの暗い儀式用の部屋。
執事さんとメイドさんはまぁ、普通の格好をしているにもかかわらず、そこでもろ手を上げる豚男は「本当のヨーロッパ貴族がそんな恰好してるわけねぇだろ」とつっこみたくなるようなかぼちゃパンツと白タイツ。
そのほかにもこまごまとしたつっこみどころは多数存在するが、いやまさに、ここはどう見ても――
「異世界トリップですねわかります」
私、相葉香織は、これまでの人生で経験してきた膨大な知識をもとに、ぽつりと、そう、口にした。
召喚で異世界トリップともなれば、できればミーツしたくない豚男とボーイミーツガールしてしまった私はその豚男に対して自己紹介くらいはしなければならないだろう。
はてさて、私は勇者か聖女か英雄か。もしくはこの豚男の娼婦として召喚されてしまったのか。
これまでの私の知識を総動員してもその回答を得ることはかなわず、しかしながら「貴族制ならうかつなことはしゃべれないなぁ」とか考えつつ。
――とりあえず、私のことを整理しよう。
そう、言えること、言えないこと、言わない方がいいこと。それをあの豚男がもろ手を挙げて喜んでいる隙に分けておこう。
――と、膨大な知識を持つ私がそんな考えに落ち着くのは必然であった。
足元に描かれているものが西洋風の魔法陣であることを確認し、言霊とか名前を媒介した呪いとかそういう線は薄いだろうとあたりをつける。
――と、すれば「私の名前は相葉香織です」。うん、これは言ってもセーフ。
ただし、相手は貴族である。ある程度礼儀正しくしなければ、召喚されてから数分で首と胴体が泣き別れになってしまうことも頭の隅に置いておく。
よく、ラノベの主人公たちがそういうことを気にせず「オレの名前は○○だ、よろしくな」とか、先が見えてないというか、頭悪いんじゃないかな? という考えもセットで。
――次に私に何ができるか、なんだけど……。
私は花も恥じらう女子高生である。
そして私は女子校生ではない、女子高生だ。校生ではなく、高生。これが意外と重要である。
なぜなら、私は高校生レベルの知識を有しているのだ。知識チート、内政チートはできないだろうけど、それでも十分にあやうい。
理由としてはだいたいこういった中世ヨーロッパ風のところは数学に力が入っていないことが多いからである。
私の主観になってしまうが、概念を扱うような学問は哲学と等しく、そんな目に見えないもの、役に立つかどうかわからないものを扱うなんて頭の悪いこと、誰が好き好んでやるかっていう話になる。
あと、私がここに呼び出されたことからも推察できることだが、魔法があるのに科学の骨子である数学を誰がやるかっていう話。
で、なければここまで古臭い、というか、似非ヨーロッパ風になるわけがない。
――それに、これほどまでこてこての中世ヨーロッパ風感、下手をすればゲーム世界へのトリップかもしれない。
それはそれで非常に面倒である。
なにせ私、読書はするがゲームはおじいちゃんの影響で将棋くらいしかしないのだ。
――あ、そうか、将棋もまずい。これは言えないこと、と。
私の膨大な知識から引用するが、将棋や囲碁、またはチェスなどはもともと用兵の訓練として形作られたらしく、そんな知識を持った女子高生。
――うん、軍学校の女将校候補生に間違われちゃうな。
こういう世界観で女将校はまずいないだろうけど、まぁ、中世ヨーロッパ風だし、多少はね?
さてさて、あと言えないことは。
――と、そこまで考えて。
「恐れながら申し上げます。エドワード様、お客様が退屈なされておいでです」
「む? おお! すまないな! ついにあの姉に引導を渡せると考えただけで、ついつい高ぶってしまったのだ!」
ぶっふっふ。と、豚らしいぜい肉につぶれた笑い声を一つ。
「さて、我が麗しき英雄よ」
あ、これ英雄召喚ですかそうですか。
「君の名をいただけないかな?」
その仕草、語り口調は実に紳士的である。
豚のように丸々太ってなければ、あと容姿がさわやかな好青年だったら恋に落ちてたことだろう。
豚のように丸々と太っていなければ。あと容姿がさわやかな好青年だったら。大事なことなので二度思う。
――まぁ、私だって我が身が可愛いのでそんなことなどおくびにも出さないが。
「名を、ですか?」
「……ほう?」
私が口を開いた瞬間、豚男はまるで驚いたかのような声を上げる。
「その声、月神の野にそよぐ涼やかな風のようで――ああいや、忘れてくれ」
うん、そんなことを言われてもあなたは私の好みから百八十度違うから。
「それで、麗しき我が英雄よ。君の名を、私にいただけるだろうか?」
たぶん、西洋風の魔法だから言霊とか真名を介してといった魔法なんてものはないだろう。
でも、ここまで礼儀正しく、それでいて執拗に名をたずねられると「もしかしたら」という考えが生まれ、思わず警戒してしまう。
――ここは、ちょっとギリギリのラインだろうけど、一応予防線を張っていた方がいいかも。
「恐れながら」
「む?」
「私の故郷には名前を預けて奴隷にされてしまったという逸話もあり、おいそれと名を名乗ることは憚れるのですが……」
「なんだと!? 我が麗しき英雄の世界にはそれほど恐ろしい魔法があるとは! いいやしかし安心したまえ我が麗しき英雄よ! そのような魔法など、かの今代最強ですら成功させたことなどない!」
「それは、誠でしょうか?」
「ああ、ああ! 確かに出会ってまだそれほどたっておらぬ故、信頼せよというのも難しいであろう! しかし、それは我が名、エドワード・コーンウェル・ド・ルギスにかけて断言しよう! 人を奴隷に貶めるような魔法など、この大陸には存在しない!」
なるほど、名前に誓えるくらいには名誉が重視されているのか。
思わぬ収穫に私は思わず笑みをこぼしてしまう。
「ぶっふっふ! 安心されたか? では私に名をいただけるであろうか?」
「ええ、あなたが名を名乗ったのに、私が名乗らぬとは無礼ですものね。私は、相葉香織と申します」
「アイヴィー、アイヴィー・カーリー……ううむ、その涼やかな声にそぐわぬ素晴らしい響きだ」
いいえ、相葉香織です。
そんな香辛料のきいたおいしそうな名前じゃありません。
ついでに言うと私の名前は香織で、アイヴィーじゃありません。
――この調子だと、言っても正しく発音できないんだろうけど。
「端々に見受けられる所作も平民とは違って美しい。元の世界ではさぞ名のある名家であるのだろうな!」
いいえ、お父さんは市役所で働く地方公務員です。
むしろちょっと学があるだけの平民です。
「元の家ほどの待遇はできぬであろうが、しかし、こたびは我が強引に呼んだ話である。最低でも男爵位、いや、侯爵位の待遇をお約束しよう」
――うん、それも、これも、言わないほうがいいことかな!
〇
さて、私の役割は英雄であるらしい。
また、その英雄の扱いの上に侯爵位の待遇と相まってか、これまた中世ヨーロッパ風な豪奢な天蓋付ベッドのある部屋に案内され、さらにその部屋の隅には四人のメイドさんが控えているという、なんだか夢のようなシチュエーションを受けることとなった。
エドワード曰く、彼女たちに言えば何でもしてくれるらしい。
――その時、あの豚男……こほん、エドワードが冗談でいったであろう「我が麗しき英雄が死ねと言えば、このものたちは死すらいとわぬよ」という言葉は、できるだけ忘れる方向で。
ちなみに、私にこの部屋をあてがったそのクズ……こほん、エドワードといえば、「我が麗しき英雄よ、所用で少々席をはずすことをお許し願いたい」などとキザなセリフでもって姿を消した。
すぐさま準備されたこの部屋といい、召喚された部屋からこの部屋まで歩いてくるのにかかった時間といい、あのエドワードはかなりお金持ちの貴族であるらしい。
「ああ、そうだ」
「――はい、何なりとお申し付けくださいませ」
私がメイドさんに視線を向けただけでメイドさんの一人はすぐさま言葉を返す。
うーん、つぶやいただけで打てば響くようなこの反応。これがプロの仕事。素晴らしい。
ガールミーツボーイは失敗してしまったが、どうやらガールミーツメイドには成功したようである。
「私、この世界のことについてさっぱり知らないのですが……とりあえず、ここはどこでしょう?」
「恐れながら説明させていただきます。ここはルギス帝国帝都南、コーンウェル公爵領にございます」
ルギスってたしかあのエドワードの名前で、しかも公爵……おぉぅ、本物の王子様だったか。
私を呼び出した存在の大きさに、私は思わずうなってしまう。
――ってあれ? その姉っていうことは、コーンウェル公爵令嬢がいるってことで、その姉に引導を渡すってことは。
「おーまいごっと。英雄のお仕事は政争ですか……」
いや? 下手をすればどこぞのゲーム世界トリップのごとく勇者的な行動の可能性も……すこぶる快調な胃が痛くなるな。
「恐れながら申し上げます。アイヴィー様、我らが主はアイヴィー様をそのようなことに使うことはないと愚考いたします」
「そうですか、それは朗報です」
でもあなたたちの目が『でも、そんなのはありえないだろうなぁ』って物語ってますよ? もう少し自分の気持ちを隠す努力をしましょうよ、メイドさん。
――いや、先ほどの反応といい、本職がこの程度のことできないはずがない。
とすれば……やはりあのエドワードのおつむはあまりよろしくなくて、それでメイドさんたちは言外に私に語りかけ、助けようとしてくれているのかもしれない。
うーん、やはりプロだ。私の膨大な知識の中に生きる男どもがああもメイドスキーになるのもうなずけるというもの。
これは惚れるね、間違いなく。
「ところで、私がこの世界へ呼び出された理由はエドワードさんから聞いていますか? 麗しの英雄というからには、そういった話、なんでしょう?」
「……」
メイドさんが沈黙を返す。
なるほど、それが矜持なのか職務上の理由なのかは判断がつかないが、私が求める答えは嘘になり、なおかつ私の質問通り英雄にかかわる話であるらしい。
これから推測するに、メイドさんたちは『エドワードから私を召喚した理由を聞いていて』『私に言うには非常に生臭い話』なのだろう。
いやまぁ私みたいな女子高生を呼び出したのだ。さすがに血生臭い方向へはいかないだろう。
……政争は否定してたけど、さすがにないよね?
さておき。
「質問をかえます。エドワードさんのお姉さん、というのは?」
「……恐れながら申し上げます。エドワード様のお姉さまは第十八代目皇帝にして、この国初の女帝にして、その剣の冴え、扱いの難しい魔剣を手足のごとく手繰る魔力操作の腕前から『剣帝』ともあだ名される、シャルロット・コーンウェル・マギフェンサー・ド・ルギス皇帝陛下でございます」
「おぅふ」
やばい、これ英雄じゃない、鉄砲玉だ。
い、いやまて、まだだ、まだ希望はある。
「ところで、まったく関係のない話なんですが、英雄とか言われていますが、私、戦う術がこれっぽっちもないんですけど、そこらへんどう思います?」
メイドさんの反応を見てあの外道――こほん、エドワードがこれから私をどう使うのか、そのエドワードの考えを推測しようとそんなことを言った瞬間、メイドさんは四人が四人とも完璧に職務を忘れて絶句する。
「あ、あはは……」
もう、ね、笑うしかないじゃない!?
というか、普通召喚した人間が戦えるとか、そんな幸運なことなんてあり得るか! という話である。
さらにいえば、あの阿呆――こほん、エドワードは私を召喚したとき『ついに成功だ』などと言っていた。
――つまり、結局のところまるっきり成功していなかった、ということなのだろう。
いや、まぁ、ここに召喚される瞬間、私の中に眠っていた何かが目覚めるとか、召喚の副作用でチートパワー炸裂とか、そういう可能性もなきにしもあらずだけど……当然ながら、私はそんなご都合主義的なパワーなどさっぱり自覚していない。
「あ、あの、この世界の魔法って、どんなものがありますか?」
だが、今はそれにかけるしかない。
どうか、ご都合主義的になんかすごいパワーに目覚めていますように!
特に魔法! それも回復だ! 回復魔法がいい! 死にたくないから!
「――あ、は、はい! 申し訳ありません! 恐れながら申し上げます! この世界の魔法ですが、紋章や詠唱を介して魔力を手繰り、奇蹟を表す儀式魔法。人工的な生命体を生み出し、ゴーレムとして手繰る操躯魔法。風を読み、風を踏み台として空を駆ける風翔魔法。妖精と契約し、妖精を指揮する妖精魔法。そして、新しいながらも皇室騎士隊秘中の技となった地脈魔法。他にもいくつかございますが、しかしながらこの四つが有名でございます」
「そのなかで回復に適性がある魔法はどれですか?」
「恐れながら申し上げます。回復ならば儀式魔法か、もしくは治癒を得意とする温泉や泉の妖精と契約することでございます」
「なるほど。ところで、私は儀式魔法や妖精魔法に適性はありますかね?」
「恐れながら申し上げます。存じ上げません」
「いえ、あなたの見立てで結構ですので」
「恐れながら申し上げます。そういった技術は『妖精の指揮者』と名高きフェリクス・ビジェルベルジェール・フェアリートーカー・ドラゴンルージュ様が最も得意としている、ということくらいしか、存じ上げません」
びっくりするぐらい名前が長い。というか、誰、それ?
一応、名前の長さから言って貴族であることはわかるけど……。
「その方とは今すぐ会えますか? 適性を見ていただきたいのですが」
「恐れながら申し上げます。アルブ教皇領のドラゴンルージュですので、おそらくは不可能であるかと」
おおっと、領地外の貴族でしたか。
というか、ドラゴンルージュって、なに? その語り口調から言ってたぶん称号か何かかと思うけど……。
「失礼いたしました。ドラゴンルージュと申しますのは、竜を倒した魔法使いにのみ与えられる称号でして、魔法使い最高位の称号でございます。この称号を持つ方は一代限りでございますが男爵位と等しい扱いとなり、またのちの功績によってはさらに上の位に、またはその功績をもとに貴族となられる御方もおられます」
私のそんな疑問が顔に出ていたらしい、メイドさんはすぐさま察して答えてくれる。
そりゃ中世ヨーロッパ風最強と名高きドラゴン倒したらそうなるよね。
「なるほど、ドラゴンスレイヤーみたいなものなんですね」
「はい、まさしくおっしゃる通りでございます」
でも、たかだか召喚されたばかりの私がそんな救国の英雄たちにほいほい出会えることなんてそうそうあるわけがないだろう。
と、すると後の手立ては……。
「話はかわりますが、魔法の適性を調べるマジックアイテムとかはありますか?」
「恐れながら申し上げます。アイヴィー様のおっしゃるマジックアイテムが魔法具のことを指すのであれば、そのような魔法具は存じ上げません。もし存在するとしましても、『稀代の魔法技師』とも名高きソマ卿ならばあるいはそのような研究もしているかも……というくらいでございます」
「……おーまいごっと、いわゆるベリーハードってやつですか」
私は思わず天を仰いだ。
「我が麗しき英雄よ! 長らく待たせてしまったな!」
メイドさんの反応からこれから降りかかるであろう私の境遇を察し、憂うつな気分になっていたころ、その元凶たる豚男はノックもせず側付きのメイドさんを引き連れて飛び込んでくる。
私が着替え中だったらどうする気だったこのエロ豚。
まぁ、ドアを開けたのは外に控えていたらしい五人目のメイドさんだったし、そういう状況はわかるか。
――うーん、本当にメイドさんが今の私の清涼剤だわ。
本当に、世のメイドスキーさんがメイドさんに惚れる理由がわかる。
私女だけどね!
さておき。
「いえ、待っている間はメイドさんたちからいろいろ教えてもらっていたので大丈夫です」
「なんと! いやいやそれはいかん! たしかに彼女らの中には行儀見習いとしてやってくる貴族の子女も少なくはないが、いやしかしそのおおくは学のないものばかりなのだ!」
ええ、そういった知識だって私の膨大な知識の中にきちんとありますとも。私は詳しいんだ。
いや、というか、その口ぶりからしてここにいるメイドさん全員平民かそれよりちょこっと上の人たちになるのか。
男爵位だか侯爵位の待遇をすると約束しといて学のないひとばかり集めるとかどうかと思うんだけど……?
「なに、時間はたんとあるのだ! 私がゆっくりじっくりとこのルギス帝国のことを教えて進ぜよう! ぶっふっふ!」
なるほどなるほど、私の役目は鉄砲玉の上に高級娼婦ですか、なるほどなるほど……。
誰が豚の種牝馬になんぞなってやるものか! そもそも豚男とサラブレッドで種族が違うじゃないか!
ああもうくそっ! いっそやけになってこの豚男ぶん殴ってやろうか! そうすれば私の首が飛んで、こんな男の相手をしなくて済む!
……って、いやいや! 冷静になれ私! 多くのトリッパーは物語の関係で許されているフシがあるのだ! ここは現実! そんなことしたらガチで首が飛ぶ!
さすがに死ぬのは嫌だし、生きていればどうにかなる芽もあるだろう。我ながら甘い見立てではあるが、思わずぶん殴りそうになる衝動をぐっとこらえる。
「と、ところでエドワードさん、さきほど所用で、とおっしゃっていましたが、差支えなければどのようなご用事だったか教えていただけませんでしょうか?」
「ぶっふっふ! どうやら我が麗しき英雄は私のことが気になるようであるな! いやはや、これは男冥利に尽きるというもの!」
ねーよ。
「いやなに! こうみえて私は王族の末席を汚すものなのでな。忙し意味ではあるが皇帝の生誕祭くらい顔を出さねば皇帝に渋面の一つもされるというもの! 政務の合間に荷を作っておったのだ!」
いや、それをするのはメイドさんの役目だろう?
そして、ああ、生誕祭が近いということは、それに合わせてクーデターでもやるのか。
で、先ほどまで席をはずしていたということは、その間にクーデターの準備、か……本当に胃が痛くなるな!
「そういうわけで申し訳ないが我が麗しき英雄よ、我は翌朝にはそなたを置いて帝都に立たねばならぬのだ……いやはや、私が召喚しておいて大変心苦しいのであるが、な……」
そこでふぅ、とため息を一つ。
――うん? 生誕祭に合わせてクーデターするんじゃないの?
豚の言葉に私は肩透かしを食らった気分になり、あっけにとられる。
「……恐れながら、エドワード様に申し上げます」
「む? 今は私と我が麗しき英雄との会話の時間ぞ? その時間に割って入るのだ、よほど重要な話であろうな?」
側付きのメイドさんの言葉に、豚男がぎらりと目を光らせる。
そのセリフの言外には「ささいな事だったら首をはねるぞ」という意味がありありと見て取れた。
――ああもう! なるほど! なるほど! そっちのメイドさんもグルなのね!
次に発せられるであろう言葉を一瞬で理解し、私は思わず「この三文役者共めっ!」などと叫びだしそうになる。
「アイヴィー様は、こちらにいらっしゃって不安になられているご様子。ここはぜひ、エドワード様のおそばに置いて差し上げるのが最良かと」
ほらねやっぱり!
「……ううむ。なるほど、それは確かにそうであるな。そして我が麗しき英雄はこの帝国にきて一日とたっておらぬ身、帝国のことを知るには帝都に行くのが最も最良というわけであるか」
「まさしく、おっしゃる通りでございます」
そして豚男とグルだった悪役メイドさんが深々と頭を下げる。
「うむ! では我が麗しき英雄よ! 急で悪いのだが翌朝、私と一緒に帝都に行こうではないか!」
「それは、それは……タイヘンコウエイデス」
怒りと不満を押し殺し、チャンスは必ず来ると自分に言い聞かせ、私はそう、返事を返した。
〇
翌朝、まだ日も出ていない薄暗い時間。
「アイヴィー様、朝にございます」
と、メイドさんのステキなボイスによって優しくたたき起こされ、私が寝起きでぼんやりとしている中メイドさんたちはてきぱきと私の身支度をはじめる。
うーん、これが男爵だか侯爵位の待遇か。昨日の夜も受けたけど、やっぱりまるで映画のごとくだなぁ。
下着の一枚すら自分の手を動かさずに準備され、二度目とはいえやっぱり気恥ずかしさを感じてしまう。
そうこうしているうちに私の身体は丸裸にされ、次いで。
「アイヴィー様、少々ヒヤッといたしますことをお許しくださいませ」
この世界の下着、とでもいうのか、ブラジャーのかわりに革製のコルセットを準備され、腰をきゅっと縛り上げられる。
私の感覚からしてみれば下着がわりにコルセットを使う理由なんて理解できないが、まぁ、あの豚男のようなブクブクと太った貴族がいるところを見る限り補正下着みたいなものだろう。
――なにせ腰回りはほとんどぴったりなのに対して胸あたりが非常にがばがばであり、そこにメイドさんが生暖かい慈愛の目でもってせっせと布を詰めてくれているのだ、補正下着以外の何物でもないだろう。
大事なことなので二回言おう、補正下着以外の何物でもない!
……こほん、しばらくそうやってされるがままにされていると、今度はガーターストッキングみたいなものを履かされ、ひもパンみたいなパンツを履かされ、そしてこの世界のドレスであろうふわふわでフリルのついたワンピースを着せられる。
そのワンピースっぽいドレスは膝丈ほどであり、ノースリーブ。
どちらかといえば地球の現在流行しているワンピースドレスに近いだろう。そんな地球と似通ったところを見つけて思わずにやり。
ただ、最後に差し出された靴は思わず『シークレットシューズかよ』と言いたくなるくらいかかとの低いパンプス。
ここはハイヒールでしょうに……とも思ったが、そういえばハイヒールってもともとは汚物よけだったことを思い出す。
とはいえこの世界、というかこのお屋敷にはきちんとご不浄――しかも汲み取りじゃなくて常に水が流れる、ある意味水洗式とも言うべきものが、だ――があったし、歩きづらいハイヒールは発達しなかったのかも知れない。
「よくお似合いでございます」
「ありがとうございます」
身支度を整え、とはいえ身ひとつでこの世界に召喚されたために荷をまとめるということがいらない私はそのままメイドさんに連れられて外へと向かう。
そうやってやってきた玄関先にはまさしく異世界ファンタジーでございとでも言いたげに鋼鉄製の馬が二頭――二頭? で牽く豪奢な馬車が数台止まっており、一番手前の馬車にはあの豚男が佇んでいた。
「おお! 我が麗しき英雄よ! 昨日見た衣装も質素で素晴らしかったが、いやいや! その清純なる純白の衣装は二つの黒き宝石がよく栄える! まさしく月神様かと見まごうほどだ!」
本当によく舌が回るものだ。
というか、私はこの世界の神様のことなどさっぱりなので、月神様とやらがどんな美少女なのか、そしてどれほど素敵な口説き文句なのか見当もつかない。
本当に、見た目とは裏腹によく口が回る豚さんである。
「ありがとうございます、エドワードさん」
とはいえ、好んで波を荒立てることもあるまい。とりあえずはお礼を言っておこう。
「ぶっふっふ! なに、私は思ったことを口にしたまで……いや、貴族として王族として、それは悪癖であるのだがな? ぶっふっふ!」
でしょうね。自覚してるなら治しましょう。
そんなことを思い、顔に愛想笑いを浮かべる。
「さて、日神様も顔をのぞかせ始めたようだな。本来ならば月神様の生き写しとも言うべき我が麗しき英雄には似つかわしくないのだが、しかし、此度は急な出向ゆえ、『稀代の魔法技師』とも名高きソマ・ドラゴンルージュ卿が設計せし壱型魔法戦車を使うことと相成った」
ははっ、本当に口がよくまわる。
でも、急な出向は嘘でしょうに。現役女子高生なめんな、荷物ががっつり詰め込まれた馬車を見ればそれくらい推察できるし。
たぶん急な出向で城の警備態勢が緩いところを狙い撃ちする腹積もりであろう。
――ただし、私はさっぱり戦えないからそれは完全な作戦ミスだけどね!
腹の中で鼻で笑う。
「ゆるりと流れる自然を楽しむことはできぬが、その分帝都で楽しもうではないか」
そして、豚男はそっと手を伸ばす。
「では、我が麗しき英雄よ、この壱型魔法戦車は今でこそ貴族向けに改良されたものとはいえ元は軍用、ゆえに乗り降りするのにはちと足場が悪い。お手を」
――ウルトラ失礼だろうけど、ドレスの小物に長手袋があって本当に良かったと思う。
さすが、稀代の魔法技師。
馬車はまったくと言っていいほど振動もなくするりと発進し、町を抜けると同時に体感で八十は出ているであろうほどの速度で馬車が駆け出す。
ほわぁ……と、高速で後ろの方へと流れていく自然たっぷりな光景を呆けた顔で見ていると、あの豚男はまた「ぶっふっふ」と笑い声をもらす。
「いや、失礼した。我が麗しき英雄にはこれほどの速さで走る乗り物はなかったのかな?」
「え? ええ、まぁ。これほどの速さで走る馬車はありませんでしたね」
「そうか、それは実に不便なことであるな? ゆるりと流れる自然を楽しむことはできぬであろうが、この魔法戦車を存分に楽しんでくれたまえ。……ああ、いや、そうだ。せっかくだ――おい」
言うが早いか、豚男は御者台へと通じる小窓を叩き、御者台に座る御者がそこから顔をのぞかせる。
「はい、なんでございましょう?」
「我が麗しき英雄はかような速度で走るものが物珍しいらしい。だが、この壱型魔法戦車がこれほどの速度でしか走れぬとあっては『稀代の魔法技師』の名折れであろう?」
「かしこまりました」
御者は軽く一礼、そして鋼鉄の馬をその手綱で大きくたたく。
たぶんそれがキーになっているのであろう、馬車の窓からのぞく光景がさらに加速!
だというのに慣性の法則が一切働いていない。
「おお……!」
その魔法的な現象に思わず感嘆の声をもらす。
また、速度は先ほどの倍だろうか? 私の漏らした声に豚男はさらに気を良くしてぶっふっふと笑う。
「この速度ならば帝都へは半日とかからずに到着するであろうな」
「なるほど、素晴らしいですね」
「ぶっふっふ! そうであろうそうであろう? かの稀代の魔法技師が設計せし魔法戦車を持つものはそうおらぬのでな!」
豚男の声は鼻高々といった様子。
しかし、私はそんなことなど関係なしに、外で流れる光景を「さすが異世界」といった感情で眺め続けた。
〇
よく見る異世界ファンタジーのテンプレートのひとつに、王との謁見が存在する。
私がもつ膨大な知識の中でもそれは例外ではなく、ほとんどのネット小説で王と謁見するシーンが存在するほどである。
まぁ、それはさておき。
「――ルギス帝国が第十八代目皇帝であらせられる、シャルロット・コーンウェル・マギフェンサー・ド・ルギス皇帝陛下の、おなーりー!」
その名乗り上げとともに、謁見の間にででんと鎮座する玉座の、その向かって右側からかの皇帝陛下がかつん、かつん、とハイヒールのかかとを鳴らしてゆるりと歩み出る。
……って、え?
思わぬ事実に衝撃を受ける、が、それは実は存在したらしいハイヒールのことではなく、そのGほどもあるであろう胸のことでもなく、まるでこの豚男とは姉弟に見えないその美しい容姿でもなく、凛々しい雰囲気をまとう黄金色の女帝のことでもなく。
「……シャーリィ、元、女王陛下?」
私が偶然それを知っていたのはアニメの原作である小説を読んでいたから。
だが、脇に差した剣という違いはあるものの、その純白で豪奢なつくりのドレスといい、不敵な笑みが似合いそうな厚顔不遜っぽい顔つきといい、マンガみたいな忌々しい牛乳といい、イラストに描かれていた先代国王そっくりな容姿に、私は、思わず、ぽつりとつぶやく。
「――さて」
ゆるゆると玉座に近づいた彼女は、そのままどすん、と玉座に腰を落とし、ふん、と鼻を鳴らしながら傲慢そうな色を含ませたアニメキャラっぽい声を上げる。
「エドワードよ、わらわの誕生日が近いとはいえ急に会いたいとはどういう了見だ?」
うわぁお、口調までシャーリィ元女王陛下にそっくり。
「ぶっふっふ! これはこれは姉上、私にとて姉弟愛というものがあるのですよ? 普段は政務で忙しいだけです」
「さて、どうであるかな? いや、それはまぁ、よい。それよりもわらわはそちらのソマ卿にも似た容姿をした少女が気になるのだが? 紹介してはくれぬかの?」
「ぶっふっふ、これはこれは失礼しました。――オーダー、アイヴィー」
そのセリフを聞いた瞬間、がきん、と、私の身体が硬直し、自由が奪われた。
「……え?」
「殺れ」
そして、ここにきてチートが覚醒したかと見まごうほどの速度で私の身体ははじけ、女王陛下に肉薄! 飛び込んだと同時に引き絞っていた拳を大振りに振り抜く!
拳は完全に女王陛下の顔を捕らえ――がぁん! と、鉄板を鉄板でたたいたかのような音が、謁見の間に、響いた。
「……ふむ? さすが、小僧の作品であるな」
長い長い沈黙、私は女王陛下を殴った状態でかたまり、しかし女王陛下はそのことなど意に介した様子もなくのんきに言葉を紡ぐ。
「素晴らしい魔法障壁だ。反応も、発生速度も十分実用範囲内」
そう、私の拳は、女王陛下の顔面をとらえたのではなく、女王陛下の顔面から数センチの位置に浮かぶ翡翠色をした半透明の板によってさえぎられていたのだった。
なるほど、これが私が殴り掛かったはずなにだれも動かなかった理由、か。
「渡されたときはまたぞろ奇怪な衣装であるとまゆを寄せたが……やはりあやつ、趣味だけの小僧ではなかったようだな。さすが稀代の魔法技師と呼ばれるだけはある。やはりマギクラフトの称号を贈らねばならぬな。あやつの名は短くていかん」
女王陛下はそういって体勢を崩し、玉座の肘掛けに頬杖をつく。
「しかし……これはフレッシュゴーレムか? よほど新鮮な死体を使ったと見えるが、気持ち悪いものを作りよって。それになにより邪魔である」
言うなり、女王陛下は私を足蹴にし、豚男のところまで吹き飛ばす。
「くっ!? かのソマ卿と同じ異界のものを使えばさしもの姉上とて手も足も出まいと思ったが! 戦う術も知らぬとはとんだ期待外れではないか!」
「な……この破家者め! わらわに無断で王族の魔法に手をだしよったのか!? ということはそやつはフレッシュゴーレムではなく!?」
「ぶふっ! ぶっふっふ! その通りだ姉上よ! 王位を簒奪した貴様を殺すことなどできなかったが! しかし! 私は貴様とは違い、これで私は父上の正当後継者ということだ! さあ! 即刻そこからのくがいい! 王族の魔法も使えぬ簒奪者め!」
――なる、ほど。あの女王陛下は王の正当後継者の条件である召喚魔法が使えないにも関わらず、王位を簒奪したのか。
だからこそ、姉に引導を渡す、か。痛む拳と腹を押さえ、私はその会話をただただ聞く。
その言葉に、私の逆転の一手が隠されていることを願って。
「ええい! そういうことではないわ! ああ! 最悪だ! これがもし小僧に知られたらどうなる!?」
よほどその『小僧』――話の流れから言ってたぶんソマ卿――が恐ろしいらしい。
うまくすれば、ここに逆転の一手があるかもしれない、そう考えたところで。
「ぶっふっふ! それはそれはいいことを聞いた! オーダー! アイヴィーよ! 己が首に手をかけよ! 死への恐怖を味わうのだ!」
ぎぎぎ、と、自分の意思とは無関係に私の両の手が動いて、自分の首に手をかける。
そして、ゆるり、ゆるり、と、首が締め上げられる。
「う、ぐ、あ……!」
自分が苦しいなら手を緩める。だが、あやつられているらしい私の手はさっぱり力を緩める気配はなく、いやむしろ私が抵抗する力が亡くなればなくなるほどに強く締め上げられる……!
「さぁ姉上よ! 私がこのものを止めねば、かの今代最強が怒り狂うぞ? それが恐ろしいならば、さぁ、簒奪者よ、私に王位を返すのだ! おっと! 私を誅するとは考えるなよ? 姉上の剣の腕も、魔剣の力も存分に知っておるのでな! オーダー! アイヴィーよ! 私の盾となれ!」
「くっ……」
いしきが、もうろうと、しているのに、しっかりとしたあしどりで、ぶたおとこのまえにたつ。
「ぶっふっふ! さぁ、あねうえよ、かんたんなことではないか! このこうしきのばで、ただただおういをかえすというだけで――」
しへとちかづいているせいか、かんじるじかんはだんだんとまのびしていき、それとどうじにひかりがくらくなってきて。
わたしがさいごにみたこうけいは、あのしゃぁりぃじょうおうへいかの――
「シャーリー! 頼まれていた宝剣を作ってきたぞ! これで出国許可取り消しやめろください!」
真っ白な門が目の前にあらわれ、それと同時に扉が開く。
真っ白な門から出てきたのは二十歳くらいの紅いローブを羽織った黒髪の青年で。
「……いつもと違って次元門が簡単に開いたと思えば。おい、だれだ、これほどの魔力を消費してまで操躯魔法を悪用しているド外道は」
謁見の間に広がる今の光景を見渡し、半ばキレ気味の声を張り上げる。
……って、あれ? そういえば、呼吸が全然苦しくない?
気づけば、私は盛大にせき込んでおり、頑張って上を見上げれば、女王陛下は顔を真っ青にしている。
「ぶ! 無礼であるぞ!? 貴様それでもこの国のドラゴンルージュかっ!」
「無礼? たしかにそうだろうな。だが僕は誘拐犯にみせる忠誠なんて持ち合わせていないぞ? ……まぁ、正確にはシャーリーは誘拐犯ではなくその娘だ、手心位は加えているが」
「黙るがいい! ええい! オーダー! アイヴィー! 奴を殺せ! ――アイヴィー? どうしたアイヴィー! 早く立って奴を殺せ! アイヴィイイイッ!!」
「なるほど、外道は貴様か……いくら命令しても無駄だぞ? 僕の儀式魔法の先生はかの『星屑』だ。そんな魔力だけでごり押ししているような練度も精度も制御も甘い魔法なんて僕のエサでしかない。シャルル以下……いや、シャルルよりは、ずいぶんとましか」
「く、ぅううう……我が魔力よ! 先鋭の矛先と」
「多重圧縮詠唱ができない時点で遅い」
一瞬、私は何が起きているのか理解できなかった。
「がっ!?」
「せめて、今の一撃をよけられるようになってから通常詠唱しろ……まったく、アリスでもこの程度なら泣きながらかわすというのに……」
だが、その男が、五メートル以上離れていたその距離を一瞬で詰め、豚男に大振りのげんこつを叩き込んだ……そのことだけは、瞬間移動したとしか思えない位置に立っているその男の残心からはっきりと見て取れた。
「あ、あー……小僧よ、その辺で、の……?」
「ん? ああ、なるほど、こいつはバカな王族だったか……シャーリー、明日から三日ほど、ラクル小公国へ避暑に行ってくるからな? それも僕だけじゃない、弟子四人もだ、いや、弟子四人全員の上に、さらにウェル義父さんとシャルルの嫁もだ。手続きも旅費も、全部お前のほうでやれ」
「う、うむ……」
「それと、お土産は空飛ぶ竜の温泉卵でいいな? あれは産みたて卵で作るとうまいんだ。特に暴王火竜の卵がな?」
「勝手に竜を狩ってくるとかやめい! ただでさえ国交が怪しいのに向こうの財務卿と将軍ににらまれるわ!」
「黙れ。いくら僕の嫁に似ているとはいえ、心服しているわけではないと知れ」
そういい、推定ソマ卿は鼻で笑い。
「第一、僕の嫁はお前一人じゃないからな。百々ちゃんとか、本当、一メートル超えは素晴らしいと思う!」
「――まさかのオタク!?」
また小説で見たことのある名前が飛び出てきて、私は思わず突っ込みを入れる。
そのうえしかも巨乳好きとか、こいつは私とは本格的に相いれない存在らしい。
「……ああ、同郷か。どうやら王族の魔法も召喚するだけの不完全な代物だし、本当に、バカなことをしたもんだ」
ちらりと私を一瞥し、ついでソマ卿は痛みにうずくまる豚男に視線を送る。
「それでシャーリー、この豚の『処分』はこちらで決めていいな?」
「……一応、わらわの弟ぞ」
「これが? 似てないなぁ……いや、痩せればワンチャンか? まぁ、さておき」
ソマ卿は私の頭に手を置き。
「――■」
短く、それでいて複数重なった声を張り上げる。
それは人間には発声不可能な行為、しかしソマ卿はそんなことなどお構いなしに。
「――■■■」
先ほどよりも若干長い発声を、豚男の頭に手を置いて発声。
それが詠唱であることに気づくまで、私は数瞬を有する。
「とりあえず、君にかけられた操躯魔法を悪用した――あー、いわゆる奴隷化の魔法というか、悪魔憑きというか、まぁ、そんな感じの魔法を解呪させてもらった。そして――そこの豚、貴様には二度と魔法が使えなくなるよう、故意に、魔力欠落症と近しい魔法をかけさせてもらった。そのうえで、ついでにしてやった頭の治療は僕の最後の慈悲だと思え。たとえ王族でも、次は、ない」
「な、ぁ……!?」
豚男はその事実に茫然としているのか、それとも先ほどの大振りのげんこつが効いているのか、その場から立ち上がることもできず、声すら張り上げるのにも苦労する。
「まぁ、さっきの要求とこれで、今回は手打ちにしようか」
「……済まぬな、小僧」
傲慢なしぐさをしていた女王陛下ですら、この時ばかりは神妙な面持ちで深々と頭を下げる。
「彼女は、わらわのところで面倒を見よう」
「そうしてくれ。さすがに僕の家はもういっぱいいっぱいだからな。部屋数的な意味で」
「だからもっとまともな家をたてよと……いや、まぁ、よい」
陛下はそこで言葉を打ち切り、ため息交じりに頬杖をつく。
「そこな小僧と同郷の娘よ。たしか、アイヴィーとか言ったな?」
「え? あ、はい」
「此度はそこの愚弟が取り返しのつかないことをした。さしもの小僧とて、主をもとの場所へ返すことはできぬ……さすがにできぬよな?」
「僕をなんだと思ってるんだよ……いや、理論上はできるけど、現実問題魔力がまるっきり足りない。詳しい理由はいるか?」
「そういった類の話は専門家たるアハマヴァーラ侯爵としてくれ……わらわには理解不能じゃ」
そういって女王陛下は深々とため息。
「やだよ、あの家なぜか僕のことを目の敵にしてるんだもん。本当、ベルナール卿は仲良くなれそうな人なのに……」
「それは、貴様が、あやつの娘の弟子入りを拒んだせいじゃろうて……」
「僕としては娘さんが自分のところに弟子入りしてくれなかったことに対して逆恨みしてるだけだと思うけどなぁ……そこらへん、珍しく空気読んで断ったっていうのにさ」
ソマ卿が渋面を作りながら頭をぽりぽりとかく。
「だからその無駄な気遣いが――いや、まぁ、よいわ。そういったわけで主を返すことはできぬ。その、謝罪と言ってはなんだが……主にはこちらで暮らすための生活基盤と、一代限りではあるがわらわの庇護、そしてソマ卿の直臣の地位と、子爵位を与えよう」
人生ジェットコースター。
そんな言葉が頭をよぎるも、しかし。
「生活基盤はありがたく頂戴いたしますが、貴族の位は、もう勘弁してください……」
私は、豚で懲りた。




