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Dragon Rouge  作者: 竹永日雲
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8話 ハーヴェイ・マギパンツァー

 ――地這う竜(ドラゴン)

 それはこの世の中で最もくみしやすい竜と言われている。

 だからこそその心臓を食らった魔法使いたちはその功績をたたえられ、古代語で『地這う竜の鮮血』と言う意味を持つドラゴンルージュと、だからこそそれを倒した戦士たちはその功績をたたえられ、古代語で『地這う竜の討伐者』と言う意味を持つドラゴンスレイヤーと呼ばれているのである。

 が、そんな竜でも、相手にしてはならない竜というものは存在する。

 それこそ伝説上の竜である強欲なる黒竜卿(オールド・ブラック)であったり。

 それこそ――この魔導弓の射線上にいる、暴食鎧竜(タイラントドラゴン)であったり、だ。



「ちくしょうっ!」

 そう悪態づきながら、オレは帝国軍が開発、改良した『魔導弓』という魔法矢を放つ奇怪な形状をした魔法具を発動させる。

 射程距離と直進性、連射性に特化し、誘導性などまったくない魔法矢はまっすぐにそれ(・・)に向かって飛んでいき――それ(・・)が持つ黒く焦げたような色をした天然の鎧によって弾かれた。

「ちくしょうっ!!」

 オレはふたたび悪態をつく。

 帝国軍が開発、改良したということは、かの『今代最強』『稀代の魔法技師』ソマ・ドラゴンルージュ卿が設計を手掛けたという意味でもある。

「ソマ卿謹製の魔法具ならこいつの鱗位ぶち抜けよなっ!」

 しかし、その『稀代の魔法技師』と呼ばれるソマ・ドラゴンルージュ卿が設計を手掛けたという魔法具であるにも関わらず、オレが狙ったそれ(・・)――暴食鎧竜(タイラントドラゴン)がもつ黒き(うろこ)によって弾かれてしまった。

 が、それでも本来の目的を果たすことはできたらしい、暴食鎧竜(タイラントドラゴン)がもつ黄色い瞳がおぞましく輝き、こちらを見た。

「こいっ! こいこいこいっ!」

 こっちにくればたったそれだけで時間が稼げる。そうすれば近辺のドラゴンルージュが駆けつけてくれる。

 そうすれば、この先にある村が救われる。少なくとも、被害が少なく済む。

 ――ここにいる、オレたち魔甲部隊三名の命だけで。

 長い長い一瞬、オレと暴食鎧竜(そいつ)の目がかち合い、暴食鎧竜(そいつ)がオレを、オレたちをエサと認識した。

「今だゲイリー! 馬ぁ走らせろ!」

「よっしゃ! 壱型よりさらに洗練された弐型の快速、野郎に見せてやるぜ!」

 オレが弐型魔法戦車の馬車部分の屋根から車内に飛び込むと同時、この弐型魔法戦車の御者であるゲイリーが手綱で馬の背を叩き、急発進!

 それと同時、暴食鎧竜はブレスと見まごうがごとき雄叫びをあげ、大地を砕きながらその硬い皮膚におおわれた腹を引きずりまわす!

「やべ! 地這う竜のクセして足速くね!? しかも歩幅でかすぎ!」

 弐型魔法戦車は壱型と同じくその速さが売りである。

 だというのに、あいつは地這う竜とは思えぬ快足を見せてくる。

 ――つまり、徐々に、追い付かれているのである。

 だからこそ、足の速い弐型に絶対の自信を持っていたゲイリーがそんな焦った声を上げたのも、しかたないことであろう。

「そりゃぁーまー、私たちも乗ってますからねー。ソマ卿曰くー、物理現象ー、でしたっけー? ただー、あのバカに大きな竜はそれを無視してますけどねー」

 そう間延びした声をあげるのは地図をみて現在地を確認し、オレたちを目的の地点まで案内するという役目をもった測量士のエドウィン。

「よっしゃ降りろエドウィン! 今一番お前がいらねぇ!」

「私をー、殺す気ですかー? というかー、私がいなくてー、どうやって目的地まで移動する気ですかー? あなたたちー、地図読めませんよねー?」

「そうだな! よっしゃハーヴェイ! 今すぐ降りろ! 今二番目にいらねぇ!」

「ど阿呆! オレがいなけりゃどうやってこの馬車守るってんだよ! ここにゃゴブリンだってハーピィだっているんだぞ!?」

 そう、弐型は防御用の結界は存在するが、それに反して攻撃用の装備は皆無なのだ。

 つまり、砲撃士であるオレがいないとこの戦車はただ速く走れるだけのやたら硬い馬車に成り下がってしまうのである。

「それもそうだな! よっしゃ! 手詰まりだ!」

「ど阿呆! いいから全速前進だ! もっと速くできるだろ!」

「ばっかやろう! こんなでこぼこした荒れ地で全速出しちまったらてめぇら二人とも挽き肉に早変わりしちまうよ! これがここでの全速力だ!」

「それはいけませんねー、ではまずはー、進路をー、右に三十度でー」

「理由は!?」

「ここから最も近いドラゴンルージュであるー、エドワード卿が暮らす屋敷へのー、進路ですよー。あとー、湿地帯をかすめるような道のりなのでー、あいつの足を遅らせることができるかとー」

「よっしゃ! 助かる芽が出た!」

「ただー、この戦車の足がとられるかもしれませんしー、公式に引退を表明したエドワード卿がー、あれを倒せるかどうかはー、わかりませんけどねー」

「おまっ!? そういう不安になることは口にするなよな!?」



      〇



 ほんの数十分。

 されど長い長い数十分。

 ゲイリーが手綱を握る魔法戦車はエドウィンが地図から読み取った湿地帯へと侵入し、オレたちを乗せた魔法戦車にあと数メートルと近づいていた暴食鎧竜(そいつ)は、エドウィンの思惑どおり湿地帯のぬかるんだ大地に片足をめり込ませ、歩みを止める。

 その一方で、オレたちを乗せた魔法戦車は調子変わらず湿地帯を駆け抜けていく。

「よっしゃ! さすがソマ卿謹製弐型魔法戦車! こんな泥道でも馬の調子は抜群! むしろでこぼこしてねぇぶん絶好調だ! 魔導弓の射程ぎりぎりまで引き離すぞ!」

「ではー、そのついでにそのまま左へ三度ー、微修正してくださいー」

「よっしゃ! 左へ三度! ……って、うっかり忘れそうになっちまったがエドウィン、てめぇのせいで寿命が縮んだじゃねぇか」

「整備係の魔法使いがー、蹄鉄に描く魔法陣を写し間違えた可能性がありましたからねー。もしくはー、気の抜けた魔法陣を彫られたとかー」

「ありうるからこえぇぜ……つーか、だいたいの魔法使いは貴族ばっかだから、誇りがどーのこーのってうるせぇよな。この戦車整備したのも貴族だっけ?」

「さぁー? ソマ卿の紹介ですからー、貴族ではないはずですけどねー。最近新しく縁故で入ってきたー、あのー、ゲーアハルトとかいう人はー」

「まじで? だけど戦車目の前にして『なんであたしが』とか言ってやがったぜ?」

 ……ああ、そういやたしかに、陛下の勅命でもなけりゃこの機密の塊である魔法戦車を整備できもしない異邦人のクセして「なんであたしがこんなところに……」とか、虚ろな目でぶつぶつつぶやいてたっけ。

 つーか今、その縁故女が整備した戦車にのってるのか……思い出したくなかった。

「ソマ卿はー、料理と弟子とー、魔法の研究さえかかわらなければいい人ですけどー、そのまわりを取り巻く人はー、ソマ卿と同じとは限りませんからねー。走ってる途中で蹄鉄がぱっきりいくことも覚悟しておいた方がいいかとー」

「や、やめてくれよ……その縁故女があつかった魔法戦車手繰ってるのオレなんだぜ……?」

 あのゲイリーが珍しく震えた声を上げる。

「死ぬときゃお気に入りの娼婦の上でって決めてんのによぅ……なんでむさくるしい男どもと死ななきゃならんのだ……っ!」

「阿呆ぬかすな。――でもまぁ、確かに精神衛生上よくないな。話題を変えるか」

「問題の先延ばしともいいますねー。ちなみに私はー、六人の孫に囲まれて寝台の上で大往生と決めてますねー。嫁はおろか恋人すらいませんがー」

「よっしゃ! 次はハーヴェイだな! お前はどう死にたいんだ?」

「話題を! 変えるぞ!」

 ――ちくしょう! なんでオレの班はこうも変な奴らばっかりなんだよ!

「ははっ! ちっとくれぇいいじゃねぇかよ。こうやって命が助かって、なおかつあの暴食鎧竜を足止めできてんだからよ」

「うっせぇ! どうやって死にたいとか縁起でもねぇんだよ! いくら暴食鎧竜足止めできたっていっても――」

 そこで、はたと、気づく。

 そして、気づいてしまうと、嫌な予感がどんどんわいてきてしまう。

 オレは思わず馬車の窓から顔を突き出し、後ろを確認する。

「――おいおいおい!」

「あん? どうしたよ?」

「ゲイリー! 右でも左でもいい! 緊急旋回!」

「よっしゃ!」

 オレの言葉に一瞬のためらいもなく、ゲイリーは手綱を巧みに操って緊急旋回!

 それと同時、オレは今、見てしまったものを大声で叫ぶ!

「対衝撃体勢をとれ! 咆哮が! 来るぞ!」

 瞬間、衝撃が、いまオレたちがいたところを、薙ぎ払った。



 地這う竜は空飛ぶ竜のように高温の火球を吐き出すことはできない。

 地這う竜は水住まう竜のように圧縮した水流を吐き出すことはできない。

 だが、地這う竜がその口から吐き出すのは、音。

 いや、それを音と呼ぶには生ぬるい。

 竜巻のごとき荒れ狂う風圧を伴う、山が崩れる音と聞き間違えるがごとき爆音をとどろかせるのである。

 ――この大陸でもっとも竜と相対してきたソマ卿曰く、人は、あまりにも大きな音を聞くと、脳が揺さぶられ、鼓膜がはじけ、最悪死に至るそうだ。

 まぁ、さすがに地這う竜の咆哮は人を死に至らしめるようなものではないのだが……しかし、それでも竜巻のごとき風圧を伴うその咆哮は、もはや他竜に優るとも劣らぬブレスと形容するに足るものである。

「――ちっくしょう!」

 思わず悪態づく。

 オレの視線の先には、四肢を地にめり込ませ、とらばさみのような口を大きく開き、咆哮の余韻をそののどから響かせる暴食鎧竜の姿。

 暴食鎧竜の眼前は、まるで小規模な竜巻が通過したかのような破壊の後。

「なにが『たかだか地這う竜』だ! 『地這う竜より頑丈なだけ』だ! ぜんぜん地這う竜より強力じゃねぇかよ!」

 そしてオレは『ドラゴンルージュに協力を仰ぐのだ。たかだか地這う竜程度、魔甲部隊が一班(さんにん)もいれば十分だろう』とオレたちを送り出した考えの甘い軍部上層部を呪わんばかりに罵声を吐き出した。

「いやー、まずい状況ですねー」

 緊急旋回のあおりを受け、床に転がったエドウィンが頭をさすりながら起き上る。

「今の旋回で進路が大幅にずれましたー。右へ旋回しなおすことを提案しますよー」

「無茶言うな! 今旋回しなおすと射線上だ!」

「それよりもう一度旋回しろ! あの野郎! 方向転換しようとしてやがる!」

 エドウィンの提案にゲイリーが異を唱え、再び静かになった暴食鎧竜を確認するために窓から顔を突き出したオレは、そいつが地面から足を引き抜いている光景を見て慌てて声を張り上げる。

「ではー、ひとまずこの領域を抜けてー、そのあと近隣のドラゴンルージュに協力を仰ぐことを提案しますー」

「ばっかやろう! んなことしたらオレたち(おとり)の意味がねぇだろ!」

 オレたちの役目は近隣の村や都市に暴食鎧竜が向かうことを防ぐこと、そしてドラゴンルージュのいる領地へと誘導し、ドラゴンルージュと共闘してあの竜を討伐すること。

「……詰んだんじゃないですかー?」

「ええっと、ソマ卿曰く……これでチェックメイト、だな」

「こんな時にソマ卿のマネすんじゃねぇよ!」

 しかもぜんぜん似てねぇし!

「ああくそっ! 何の前触れもなく皇室騎士隊(ていこくさいきょう)が来てくれねぇかな! いやホントに! 旋回しろ! 咆哮の射線に入った!」

「ねぇよ! そんで左旋回行くぞ!」

 オレの望みのない愚痴と指示に対し、ゲイリーが鋭くつっこみを入れつつ手綱を捌く。

「つーかオレだってそうなってほしいよ! せめて最後にドロティア卿のあのむっちむちのふともも拝んで死にてぇよ!」

「ちょっ! おまっ! ソマ卿に殺されるぞ!? もう一度旋回!」

「殺されるならドロティア卿のあのばいんばいんな胸に顔うずめて窒息死したいわ! 右旋回だ!」

「ホントお前よく生きてたな!?」

「……いやー? ありだと思いますよー?」

「お前もかエドウィン!?」

「いえー、ハーヴェイが言ったー、皇室騎士隊が前触れもなく助けに来てくれないかー、に対してありだといったんですよー? あと私はー、ベアトリス卿のようなつつましやかな大きさが好みですー」

「お前らほんとよく今まで生きてたな!? 旋回しろ!」

「そりゃ、本人とソマ卿の前で言うわけじゃねぇし? で、エドウィンよぉ、そいつぁどういう意味だ? あとドロティア隊長の胸が至高なのは確定だからな? 次は左旋回だ!」

「このまま蛇行しながらー、この方角へ突き進んでくれればー、皇室騎士隊がのどさきという魔物を調査している森に近づきますー。あとベアトリス卿の胸こそ究極なのはー、自明の理でしょうにー」

「よっしゃ! ハーヴェイ! その調子で咆哮の射線確認しといてくれ! あとエドウィン! そのケンカ買った!」

「望むところですー。生きて帰ったら兵舎裏に集合ですよー」

「……お前らもうソマ卿に殴られとけ。あと、旋回しろ」



      〇



 魔法戦車の快速は蛇行するという最長距離をたどっても何ら衰えることはなく、オレたちはなんとか皇室騎士隊がいるという森を視界内に捕らえることができた。

 ただ、残念ながら馬車の中にも、馬車の周囲にも騎士隊の姿を見ることはできない。

 どうやら馬車に乗ってきた騎士隊全員で森の中を探索しているらしい。

 が、それでもこの近くに皇室騎士隊(ていこくさいきょう)がいるという安心感は非常に大きかった。

「よっしゃ! 近くに皇室騎士隊の紋章つき馬車が見えた!」

 それを表すかのように、ゲイリーは嬉しそうに声を張り上げ、エドウィンはその声にほっと安堵の息を漏らした。

「で! ハーヴェイ! 暴食鎧竜はどうなってやがる!?」

「安心しろ! しっかり食いついている!」

 ゲイリーの発する言葉にオレは、馬車の窓から上半身を乗り出し、竜を引きつけるために使用する魔導弓を構えた状態でそう答える。

「だが蛇行はそのままつづけろ! あの野郎叫ぶ準備でもしてんのか足が遅い!」

「よっしゃ任せろ! オレの手綱さばきで皇室騎士隊の馬車に横付けしてやる!」

「おいばかやめろ! 足止めたら咆哮でもろともひき肉にかわるぞ!」

 つーか騎士隊もいねぇのに横付けする意味がないだろうが!

「でもー、すくなくとも皇室騎士隊に事情を説明しないとー、共闘すらかなわないようなー? そこのところどうするんですかー?」

「――お前が考えてるんじゃなかったの!?」

「よっしゃ詰んだ!」

「あきらめんのはやっ!?」

「まー、あきらめたくもなりますねー。とりあえず皇室騎士隊の人たちが気づくまでー、竜のまわりをくるくるまわっていましょうかー」

「よっしゃ! まかせろ!」

「ただー、遠くにいきすぎると皇室騎士隊に気づいてもらえませんしー、近づきすぎると竜のごはんになるのでー、死ぬ公算が大きいですけどねー」

「お前ホント一言余計だよな!?」

 ぐるりと魔法戦車が緊急旋回し、横に投げだされそうになるのをこらえながら、オレはどうにかその一言を言い放つ。

「……あのー、いきなり旋回するのはやめてほしいんですけどー? 頭にふたつめのたんこぶができましたー」

「うるせぇ! 死ぬよりましだろうが!」

「それはそうですけどー」

 ――ほんと、なんでこいつらこんなにケンカしたがるんだ。

 オレは戦闘中であるにもかかわらず思わずため息を漏らす。

 また、そうやってオレたちが緊張感のない逃走劇を繰り広げているうちに馬車は竜の側面に回り込み、竜がオレたちの馬車をおうようにその場で旋回をはじめる。

 ――まぁ、させねぇけど。

 オレはその奇怪な形状をした魔導弓についている止め金具をはずし、そのまま真ん中から真っ二つに折りたたむ。

 すると魔導弓は何の抵抗もなく真ん中から二つに折れ、その中に納められた短い棒状の部品があらわになる。

 この部品こそソマ卿がもっとも力を入れたという魔法具、『魔弾』である。

 ソマ卿曰く、この魔弾を装填することによって使用者の魔力を使わずとも魔法の矢を放つことができ、なおかつ、差し替えることで魔導弓が撃ちだす魔法の矢の性質を変更することができるとのことらしい。

 ――んで、こっから先はここで待機だから。

 そんな短い棒をオレは引き抜き、腰につるした小物入れに突っ込み、さらにそこから別の短い棒を取り出して差し込む。

「ゲイリー! エドウィン! 目くらましに閃光の矢を撃つぞ!」

「耳栓しましたー、いつでもどうぞー」

「おう! こっちも大丈夫だ! 三つ数えて旋回する! 三! 二! 一!」

 閃光で馬の目がつぶれないよう、ゲイリーは宣言通り旋回を開始。

 そして、馬車の向きが完全に竜を背にした瞬間、オレは魔導弓の発動条件である引き金を引く。

 矢は放物線を描いて竜の鼻先が来るであろう地点へ向けて落ちていき、竜は旋回を終えてこちらへと向き直り、そのままぐぐっと身体を沈める……!

「やべぇ! あの動きは咆哮じゃねぇ! 跳びかか――」

 耳栓をしている二人には聞こえないのに、オレは思わずそう叫ぶ。

 それと同時、矢が、地面にぶつかる。

 刹那、すさまじい閃光と、爆音。

 竜が身体を沈めたことに気を取られ、閃光と爆音に対する構えをとるのを忘れていた。

 真っ白な暗闇に世界が塗りつぶされ、頭を音で殴られたせいで平衡感覚がなくなり、思わず背中側――背中側? へと転がり落ちる。

 世界が真っ暗だ。どっちが上だかわからない。たぶんエドウィンらしき男がオレの肩をゆすっている。

 ――ああくそっ! なんで魔法の矢は威力不足で閃光の矢は威力過多なんだよ!

 思わず吐き捨てる。

 ……吐き捨てる? いや、本当に吐き捨てたのか?

 自分の声が自分でないみたいで、自分の言葉すらわからなくなってきた。

「――よしー、これで回復したはずですよー」

 次の瞬間、世界に光が戻り、上下という概念がオレの中で確固たるものとなる。

 どうやら異常を察したエドウィンが、その手に持った治癒の魔法陣を描いた装飾品を使ってオレの異常状態を回復してくれたようだ。

「ちなみにー、いまので私の魔力はほとんどなくなりましたー。次魔法を使うと気絶しますー。魔力が完全に回復するのはー、たぶん明日の朝ですー」

 そして、そんな聞きたくもない言葉を聞かされた。

「さすがソマ卿謹製。大抵は治るっていう触れ込みは伊達じゃないな」

 無論、その膨大な魔力消費量に対する皮肉である。

 まぁ、使われた魔法陣は緊急救命用に使われるものでもあるのだから仕方ないのだが。

 さておき。

「――いや、それよりも竜はどうなった?」

 さきほどから一向に襲ってこないことに疑問を抱き、オレは馬車の窓から身を乗り出す。

 竜はといえば、四肢を投げ出し、口を半開きにしてあえいでいた。

 どうやら跳びかかるすんでのところで光がはじけ、さきほどのオレのような状況になったようだ。

「ハーヴェイ! どうだ!?」

「安心しろ、無力化に成功した」

「よっしゃ! ひと段落だぜ!」

「でもー、油断できないのは変わりないですけどねー。油断したところをー、ばっくりともっていかれるとかー」

「ほんっとうに! お前! 一言! 余計だな!?」



 閃光の矢を二発ほど、行動不能状態から立ち直った竜の鼻先にぶちかましたころ。

「この光は何事か!」

 という叫び声とともに、白銀の軽鎧を着こんだ、うっすらと日に焼けた肌をもつ皇室騎士隊の面々が森の中からぞろぞろとやってくる。

 また、皇室騎士隊の先頭にたつはかのソマ卿より地脈魔法と『アースナイト』の称号を拝命した帝国最強の女騎士。

「ドロティア卿! 暴食鎧竜です!」

 帝国最強の女騎士の姿を視認したオレは、竜から離れるよう、騎士隊に近づくように駆け抜ける馬車から上半身を乗り出し、そう、叫んだ。

「なっ――! なんでそんなものがこんなところにいる!? 我々には荷が重すぎるぞ!?」

 が、さしもの帝国最強も、手だし無用の地這う竜の相手は荷が勝ちすぎるようであった。

「まじかよ!」

「これはー、予想外ですねー」

 ゲイリーとエドウィンがその声に絶望の色を含ませる。

 しかし、その絶望とは裏腹に、ゲイリーが手繰るオレたちの魔法戦車はゆっくりと減速、皇室騎士隊の馬車に横付けされた。

「ともかく! 貴殿らの所属を明かしてくれ!」

「オレたち――我々は帝国軍研究局兵器開発部、魔法具装甲化実験部隊第三分隊所属のハーヴェイ班であります!」

「第三分隊というと――たしか皇帝陛下に脅迫(おねがい)された教官が顧問だったか設計だったかを担当している隊だったか……? ああ、なるほど。暴食鎧竜と聞き、思わず現状も確認せずに身構えたが――さもありなん」

 オレが自身の所属を明かすと同時、オレの後ろで伸びている竜をちらりと確認してため息をつく。

「悪名高きかの暴食鎧竜がこれほどまでに無防備な姿をさらしているとは……本当に、教官はいろいろ台無しにする才能にたけていらっしゃる。いや、だいたいはいいことなのだが……」

「……それについては、発言を控えさせてもらいます」

「そうか、何を台無しにされたかは知らないが、貴殿も教官の被害……いや、それはいい。どうせ教官の深淵なる考えなど、自分にははかりかねる」

 やれやれと、ドロティア卿は皮肉をきかせた言葉を吐き捨て、かぶりを振る。

 ――いや、つーかそれ、ソマ卿の弟子であるあなたが言っていい言葉なのか?

 思わず口にしそうになった言葉をぐっと飲み込む。

「それよりも、だ。あれをどうするかを考えなければな」

 その言葉にふりかえれば、その図太い四肢で地面を踏みしめ、かぶりをふってめまいを追い払わんとする竜の姿。

 やっぱりあの閃光を何度浴びてもすぐ復活する、か……化け物だな。

 だが、そんな愚痴をつぶやいている暇はない。

「……閃光の矢、行きます」

 オレは、もう一度閃光の矢を奴の鼻先へと向けて放ち。

「全員傾注! あの矢は教官謹製の魔法陣から放たれている! それを踏まえたうえで閃光と爆音に備えよ!」

 ドロティア卿はその閃光の矢を確認後、背後で直立不動の体制をとっていた騎士隊の面々に対して指示を下す。

 騎士隊の面々は『ソマ卿謹製』の言葉に過剰反応してか、ドロティア卿含め一斉に背を向け、地にふせ、耳をふさぐ。

「――■■■■■■」

 さらに儀式魔法が使える騎士たちはその状態のまま、オレたちを含めた周囲に半球状の障壁を多重圧縮詠唱にて緊急多重展開。

 これから引き起こされるのはただの光と音であるにも関わらず、これはあまりにも鉄壁過ぎる布陣だ。

 ――ほんといやな意味で信頼が高いのな。

 そのあまりにもあまりな騎士隊の反応に逆に感心してしまう。

 いや、それはともかく。

「――さて、いつまでも閃光の矢に頼るわけにもいくまい。あの竜をどうするか考えなければな」

 オレたちが閃光と爆音やり過ごすと同時、ドロティア卿は土埃を払いつつゆっくりと起き上がり、今後の対策についてオレに対してそう、語り掛けてくる。

「とりあえずは我々の手札を確認しよう。まずはハーヴェイ殿、教官監修というその魔法具について、我々にご教授願えないだろうか?」



      〇



「――ふむ、なるほど」

 オレが腰の小物入れから取り出して渡した魔弾をしげしげと見つめ、閃光の矢を放ちながら説明を終えたオレに対し、ドロティア卿は納得したかのようにうなずく。

「ひとつの魔法具に複数の機能を含ませる……実に教官好みの魔法具だな。特にこの魔弾に描かれた魔法陣、解析防止に肉眼では見えぬ大きさにされているところなど、教官の手法そのものだな」

「はぁ、そうなんですか」

「うむ。教官はたしか――マイクロ文字、と言っていたか? この手法、この精度でここまで複雑な魔法陣を彫刻できるのは、自分は教官とトリス姉さんしか知らないな。事実、これほどの制御能力を有する魔法使いはこの帝国では片手ほどもいないだろう。いや、自分が知らないだけでもっと多いかもしれないが」

 いや、そういう自慢話はいいから。

 オレは、本日二十二発目となる閃光の矢を放ち、しかし、じょじょにこちらへ、それも確実に歩を進める竜の足をふたたび止める。

 ――それよりも、だ。何度も目の前で閃光を受けてきたせいか、だんだんと閃光の矢で地にふせる時間が短くなってきてやがる。

「む? ……ああ、安心してほしい。自分もあの竜がだんだんと閃光に対する耐性を獲得していることは気がついている。自分の目算では、あと十数回ほどの行使で完全に閃光に対する耐性を得るだろうな。さすがは腐っても竜、といったところか」

 はっはっは。と、彼女は虚ろな目で乾いた笑いを浮かべる。

 ――って、おい!?

 先ほど放った閃光の矢に対する竜のめまい状態はおおよそ二十秒。

 そして、閃光の矢を放つたびに短くなる時間はおおよそ一秒。

 すなわち、オレたちにはその程度までの時間しか、残されていないのだ。

「さて、手短にではあるが、次は自分たちの扱う地脈魔法について説明させていただこう。――とはいえ、説明しなければならぬほど秘密にしているわけでも、認知度が低いわけでもないのだが」

「ええ、まぁ、そうですね」

 地脈魔法とは、この大陸の地下に流れる魔力の奔流より魔力を汲み上げ、そのたぐいまれなる魔力操作技術によって一定方向へと放出するだけ(・・)の魔法である。

 ゆえに、そこに一門秘伝なんていう固有魔法は一切存在しない。あったとしても地脈魔法自体が儀式魔法から派生し独立した固有魔法である。

 そんな単純なことしかできない地脈魔法であるが、しかし、この魔法は地脈という莫大な魔力の奔流から魔力を汲み上げて扱うだけあって非常に扱いが難しい。

 最悪、この地脈魔法を習得している最中に身体がはじけ飛んで死んでしまう。

「とはいえ、我々の使う地脈魔法は教官の手によってかなり簡略化されたもどき(・・・)なのだがな?」

 四番弟子である自分でも今だ十分に扱えん。と、彼女は自嘲気味に笑う。

 ドロティア卿曰く『本来の地脈魔法はもっとおぞましいもの』で『本来の地脈魔法を十全に扱えるのは教官のみ』らしい。

 ――どんだけ超人なんだよ、ソマ卿ってやつは。

「ともかく、騎士隊が使う地脈魔法はミスリル製の剣を媒介として地脈よりもれ出た魔力を回収し、回収した魔力を自らの体内ないしは剣内部で一時的に保持、そしてそのまま物理的に干渉するほどに圧縮。しかる後にその高濃度魔力を放出する魔法だ」

「……予想以上にやばいですね」

「私も、よく二年、それも五体満足で『アースナイト』を拝命できたものだと驚いているよ……さておき、その工程からどうしても一回だけの大技にならざるを得ないゆえ、我々が竜に対して一歩及ばぬ原因でもあるな。――まぁ、今回はハーヴェイ殿と、教官の魔法具があるゆえ、一回限りではないのだがな。ハーヴェイ殿、我々を信じ、その調子で閃光の矢を放ち続けてくれ。あとは、我々が合わせよう」

 彼女は説明すべきことは説明し終えたという表情を浮かべ、ついで背後で待機している騎士隊に向けて声を張り上げる。

「総員単列横形の陣に展開! 抜剣! 位置についたものから魔力抽出開始!」

 言うが早いか、騎士隊の面々は慌ただしく駆け出すと同時に腰に差した推定ミスリル製の剣を鞘から抜き放ち、次々と地面に剣を突き立てはじめる。

「工作班! 識別番号が奇数のものは次の閃光の矢発射と同時に我ら眼前に閃光避けの薄い土壁を多重圧縮詠唱! 偶数のものは爆音に対して静穏の領域を多重圧縮詠唱! 治療班! 治癒の魔法を通常詠唱開始! 工作班ののどを癒せ! そして全隊員! 閃光が炸裂すると同時、暴食鎧竜へと向けて魔力を放て! 土壁ごと奴を吹き飛ばすぞ!」

 竜が、ふたたびめまいを振り払わんと頭を振る。

 それを見て、オレは、もはやほとんど効果のなくなった閃光の矢を放つ。

 そして、ドロティア卿は、我が帝国に古くから伝わる、貴族たちが竜殺しを行う際高らかにうたいあげる伝統的なその言葉を高らかに宣言する。

「――さぁ、剣を竜に(せんとう)突き立てよ(のかいしだ)!」



 閃光。

 そして、その終了と同時に発生する物理的に干渉する濃度まで圧縮された魔力の奔流が、目の前に形成された土壁を吹き飛ばし、そのまま土石流がごとき勢いで暴食鎧竜に殺到する!

「――おお……すっげ」

「――これが皇室騎士隊のー、本気ですかー」

 ちょうど静穏の領域の効果が切れ、地表をばりばりとはぎとるような音とともにゲイリーとエドウィンのそんなつぶやきがオレの耳に飛び込んでくる。

「こんな魔力の渦を普通に撃ち放てるのであればー、たしかに一門秘伝とかいりませんねー。まさしく帝国最強の名がふさわしいですー」

「――まぁ、そもそも地脈魔法の設計思想自体が対竜用の魔法だからな。高火力、広範囲、知覚外から、が地脈魔法の三本柱だ」

「なるほど……って、え?」

 降ってわいたこの場にいないはずの声に、オレは思わず振り返る。

「とはいえ、そのせいか人間に使ってはいけない魔法になってしまったのが、一番の心残りだな」

「――ソマ卿!? なんでこんなところにいらっしゃるんですか!?」

「何でも何も……うちのドロティアが暴食鎧竜にかちあったとゴーレムから報告があったから徒歩で来た!」

 見れば、後ろにはなんぞ見慣れぬ真っ白な門がそびえたち、さらにその扉の向こう側には皇宮の謁見会場にも似た大広間が広がり、さらにさらにその奥の一段高くなっている場所では、シャルロット皇帝陛下に非常によく似た、とてもとても豪華で絢爛な服飾を身にまとった女性が頭を押さえて深々とため息。

「――おい、小僧、いい加減自重せぬとまたアリスに顔をひっぱたかせるぞ?」

 ……ってこれまじもんの皇帝陛下だーっ!?

「だまれ誘拐犯! また湯治に一ヶ月出かけるぞこら!」

「そうしたら次の出国許可はまた取り消しだぞ?」

「ちくしょう! 次の宝剣作ってやるんでそれだけはやめろください!」

 扉を挟んで内と外、その距離で二人は言葉で殴り合い、最終的にソマ卿が地面の上に膝を折り曲げた窮屈な格好で座り、そのまま流れるように両腕をついて頭を深々と下げる。

 ――いやもう、何だこれ?

 オレのそんな疑問をよそに、お二方の扉を挟んだ内と外で繰り広げられる会話は止まらない。

 というか、オレの身分では止められない。

「かかっ。なれば次はその『門』を切り開く宝剣がほしいの」

「え? いやこれかなり莫大な魔力を使いますし、地脈から魔力引っ張り上げる魔法陣はまだ改良中ですし、どうあっても宝剣の大きさに収まらないですよ? というか宝剣に落とし込む意味が」

「ウソじゃな。少なくとも、構想は頭の中にあるとみた。小僧はそれを現実のものとするだけでよいのだ、簡単であろう?」

「まさかの読心術!? ちくしょう! この国に弟子がいなくてお前が僕の嫁そっくりじゃなけりゃすぐさま共和国に転がり込むのに!」

 へー、ソマ卿って既婚者だったんだ。そのくせ故郷にその妻を捨て――こほん、おいてきてるようだが……いや、これは触れてはいけない話題か。

 すぐそばでは魔力の奔流が撃ち放たれ、竜を撃滅せんと死闘が繰り広げられているさなか、オレはそんなくだらないことに思考をさく。

 というか、ソマ卿の登場でもはや危機は脱したといっても過言ではないため、緊張が切れた反動で虚脱状態だ。

「かかっ! わらわの腫れ乳好きな小僧様様じゃな! ――いや、それはともかく、じゃ。そこな兵士よ、わらわが庭を荒らす無粋ものは討伐できそうかの?」

 そこな兵士? ……って、それオレ!?

 い、いや! ゲイリーとエドウィンという可能性もある! オレは慌てて二人に振り返る。

 が、二人は急に降ってわいた栄誉と、それに対する重圧に顔を青くし、さらにオレが答えろとあごでしゃくって催促してくる。

 いや、その反応は、オレがこの班の班長であるから当然ではある……が、しかし、オレは振ってわいた栄誉と重圧に頭が真っ白になってしまう。

「……あー、シャーリー、シャーリー」

「……なんじゃ小僧」

「お前陛下、国で一番偉い人、この人僕の部下、そういうの慣れてない」

「ぬ? では――おお、よく見ればドロティアがおるではないか! ドロティアよ、わらわが庭を荒らす無粋ものは討伐できそうか?」

「シャーリー、シャーリー」

「……小僧、今度はなんじゃ」

「ドロティア、今地脈魔法使ってる、集中切れたら過剰圧縮された魔力が一気に解放されて半径十メートルどかん。そんなことになったら僕キレて暴走する」

「小僧の魔法のくせに存外不便だの……」

「うっさい。グロリア先生の一門秘伝必死に解析して、ここまで完成度と安全性高めるのにどんだけ苦労したと思ってやがる」

「はっ、剣帝たるわらわが知るか」

 皇帝陛下がソマ卿の諫言を一笑に付し、そしてふたたびオレの方へと視線を投げつける。

「さて、ではもう一度問おう。そこな兵士よ、わらわが庭を荒らす無粋ものは討伐できそうか?」

「は、はひ! ソマ卿が来てくださったため、可能であると愚考しまふ!」

「かかっ! こやつかみよった! しかも答えになっておらぬではないか! じゃがよかったの! 主が今代最強(わらわのもの)の部下であって!」

「……誰がお前のものだよ。いや、まぁ、いい」

 ため息交じりにかぶりをふり、ソマ卿はゆっくりと竜がいるであろう場所へと視線を向ける。

「よかったなシャーリー、お前の騎士隊は、戦術次第ではたとえ暴食鎧竜相手でも十分に対抗できると証明されたぞ?」

「うむ、それは重畳」

 皇帝陛下がにやり、と口角をつり上げる。

 それと同時、魔力の奔流がゆっくりと弱まっていき――標的とされた暴食鎧竜は、その名のもととなった(うろこ)をすべてはぎとられ、絶命していた。

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