7話 ゲーアハルト・ウィッチクラフト
我が儀式魔法の一門はずいぶんと落ちぶれてしまった。
そう、一瞬星空が現れたかと見まごうほどの数の魔法陣をほぼ同時に空に描き出すことから『ラクル小公国の星屑』と吟遊詩人にうたわれたこともあるグロリア・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュの死をもって。
――あたしは修繕の行われなくなって久しいグロリア先生の工房を見上げる。
レンガはヒビだらけでぼろぼろ、塗装は剥げ、油の切れた雨戸はぎぃぎぃと不快な音を立てながら風に揺られる。
「……まさに、幽霊屋敷だな」
これまで先生の遺産を少しずつ切り売りしながらだましだまし建物を修繕してきたが、もうすでに限界。
私の作る魔法の道具はグロリア先生のものほど素晴らしいものではなく、稀代の天才『グロリア』の名と遺産を目当てにすり寄ってきた商人たちはため息交じりに。
「ついに『星屑』の光がついえたか……やはりこれからは竜騎士の時代だな」
その言葉を聞くたび、あたしはぎりぎりと歯ぎしりをくりかえしてきた。
――竜騎士! 竜騎士と! 竜騎士だって手綱がにぎれなけりゃただのごくつぶしだろうが!
竜騎士とはこのラクル小公国のルギス帝国にも勝るとも劣らぬ竜の多さを利用した新しい騎士階級のことである。
その名の通り竜を騎獣として扱う竜騎士は、文字通り竜と等しい戦力を持つ。
いや、知性ある人が操る分、総合的な戦力は竜の倍にも達する。
ゆえに我が国に存在する若き暴王火竜五頭からなる赤竜騎士団はかの『今代最強』とて地に這いずること必至であろう。
――まぁ、欠点として竜の卵から育てなきゃならねぇし、餌代だってばかになんねぇ。
それにちょっとでも扱いに失敗したら……あたしはぶるりと身震い。
いや、それはさておき。
「一番弟子たるあたしがここを離れりゃ、ラクル随一と謳われた星屑の一門もついに消滅、か」
あたしは頭をぼりぼりとひっかく。
「……さぁて、どーすっかねぇ」
とはいえ、グロリア先生をしのび一門の存続を考えながら工房を修繕するのにも疲れてしまったところである。
ついでに、あのクソ商人どもから『星屑の光がついに消えた』とかいう意味合いの嘆息を聞くのはもううんざりだ。
「ほーんと、どーすっかねぇ……」
ちなみに、ここを離れる離れないの事ではない。
どの弟弟子、妹弟子のところに転がり込むか、である。
……まぁどの弟子たちもこの竜騎士の隆盛にあっぷあっぷしているであろうからこそ、悩んでいるのだが。
「――くっそ、やっぱ『今代最強』んとこしかねぇか」
あたしはぼりぼりと頭をひっかく。
いまでこそ停戦協定を結んでいるが、歴史的背景からルギス帝国とラクル小公国の仲はすこぶる悪い。
あたしはそれほどあそこの奴を怨んじゃいない。
つーかラクル小公国独立当時あたしの種は親父ン中――いや、その親父の種すらまだ作られてなかったわけだからなんで恨んでるかすら知らないわけだが。
だが、だからといって向こうさんがそうとは限らない。
グロリア先生の薫陶を受けた『今代最強』なら話も通じるだろうが、もしその『今代最強』が無駄に歴史を重視する貴族と仲がよかったら?
いや、それ以前にルギス帝国の市民が排他的だったら?
つーかそもそも『今代最強』が突然の逗留を許してくれるかどうか……。
「あーくそ、気が重ぇ……」
きっと確実に起こるであろう衝突を想像し、あたしはため息をついた。
――どうしてこうなった!
森を突き抜ける街道から若干それたところで、あたしは迫りくる若き暴王火竜五頭からなる赤竜騎士団に炎のブレスを吐き掛けられながら、地面をみじめに這いずりまわる。
「二番! 五番! ブレス準備! 三番! 四番! ブレス放射!」
赤竜騎士団の長らしき男は他四匹よりもいくらか高いところに滞空し、竜の首元にまたがりながら他四人の騎士を指揮する。
「つーか! 先生はともかく! あたしが監視対象とか! 聞いてねぇよ!」
ドラゴンルージュは国に属する最大戦力である。
だからこそグロリア先生は通常では他国に移動するだけでもいろいろと事務手続きが必要で、最低でもひと月は出国できなかった。
もし強引に出国――そのうえその目的が亡命だったものなら国総出で殺しにかかるであろう。
が、しかし、言わせてもらうがあたしはただのウィッチクラフトである。
だというのに小公国最強の騎士団を持ち出すとか……。
「あたしが一体何をしたっていうんだよ!」
あたし自身それほど有能な人物ではないし、グロリア先生の方針からわたしや他の妹、弟弟子たちは全員平民とか早くに両親が亡くなってしまった子供たちとか、そういう人間ばかり。
つまり、こんなことをされる理由は一切ない!
あるとすれば一門が保有する固有の魔法だろうが――残念なことにあたしたちグロリア一門には他一門が必ず持っているといってもいい固有の魔法……すなわち秘伝魔法とか一門秘伝とかいうものは存在しない。
というか、その秘伝魔法を持っていることが一門を起こす条件になっているといっても過言ではないのだが……さておき。
秘伝魔法が存在しない時点であたしたちは戦術、戦略的にも無価値である。
「ああくそっ!」
ブレスを吐き掛けられ、あたしは『ラクル小公国の星屑』という二つ名のもととなった多重圧縮詠唱を行使する。
「■■■■!」
自身の魔力によって生まれた振動があたしののどを複雑に振動させ、その結果声が幾重にも重なり、それと同時に完成された無数の障壁の魔法陣が若き暴王火竜のブレスを迎え撃つ!
瞬時、ばりん! ばりん! とブレスに負けた障壁の割れる音が響き、しかし、障壁のおかげで幾分か逃げる時間を稼げたあたしは急いで着弾点から転がり逃げる。
数拍、背後に強烈な熱気!
――本当に紙一重で、あたしはブレスを避けきった。
「くっ! さすがは星屑の弟子! その驚異的な魔力制御能力は健在か!」
騎士隊長があたしの技術におののく。
――ばっか野郎! これすげぇのど痛めんだぞ! おかげで声がでねぇわ! つーか他一門だって使える一般技能だっつーの! 損することが多いから使わねぇだけで!
そしてただそれを突き詰めたがゆえにあたしたちは『星屑』と称されているだけだ。
まったく、こんな技能を普通に何度も使いこなしてた先生はやっぱりどこかおかしい。
「しかし! 最初から使わなかったということは何度も使えるものではあるまい!」
正解どころか魔法使いにとっちゃ基礎知識すぎて問題にもなんねぇよバカ野郎!
「二番! 五番! ブレス放射!」
――くぅっ!
こんなとき、あたしたち一門にも強力な秘伝魔法があれば、と思ってしまう。
そう、たとえば、グロリア先生の存命中に、あの末弟子が作り出そうと必死に研究していた、物理的に干渉するほどの濃度と莫大な量の魔力を放射する魔法とか。
いや、魔力を放出するまで行かなくてもいい。ただ、その物理的に干渉するほどの魔力を生み出す増幅方法がほしい。
そうすれば、こんなブレス、障壁の魔法一枚でも十分に――
そんなことを、考えながら、あたしに迫りくる、日神様みたいな、炎の塊を、あたしは、地面に転がりながら、ただ、茫然と。
「――■」
聞こえてきたのは多重圧縮詠唱。
それも、やけに短い。
そんな、高練度の多重圧縮詠唱を使える奴なんて、あたしは、たった一門しか知らない。
そう――グロリア一門。
「なぁっ!?」
あたしと、あたしに迫りくる火の玉の間に割って入ったのはたった一枚の、非常に強固な障壁の魔法――ではなく。
「なぜ足場の魔法がっ!?」
そう、それは複数の足場の魔法をつなぎ合わせ、竜の動きをからめとるかのごときらせん階段状に形成されたもの。
本来ならば辺境砦とか前線基地なんかを作るために使われる、本当に、ただの、足場の、魔法。
――つーか硬っ!? 足場の魔法ってほんとはそんな魔法じゃねぇよな!? 文字通り足場を作るだけで、若き暴王火竜のブレスを防ぐどころか動きを阻害するほどの性能はねぇからな!?
「――それはただ単純に、僕の木の実採取をいきなり邪魔しやがったおまえらに近づいて、思いっきり殴るためだ」
隊長の驚きの声と同時、かつん、かつん、とらせん状のその足場をゆっくりとのぼりゆく足音が響き、森の中から声の主が姿を現す。
「そして安心しろ。この足場の魔法は、僕の魔力が尽きるまで無尽蔵に生み出され、お前たちの自由を奪い、そして僕を、お前らのもとへと確実に運んでくれる。ゆえに、抵抗は、無意味だ」
「なぁっ――お前はっ! お前はぁっ!」
「ふむ? 今話題の騎士団に顔と名が知られているとは……僕も有名になったものだな」
――いや! 国とか騎士団とか、魔法使いの一門に属しててお前しらねぇ奴いねぇから!
あたしは思わず、声のでないままつっこみを入れる。
「というかなぜお前がここにいる――」
「ふっ、それは愚問だな」
隊長の言葉に、そいつは鼻で笑い、歩みを止めず、ただただ天に向かってくるくると進み続ける。
「――答えろソマ! ソマ・ドラゴンルージュ!」
「ならば答えてやろう! この森に生息する固有の木の実を乾燥させて挽いたものが味、香り、見た目すべてが『クロコショウ』にそっくりだから取りに来た! 無論普通に事務手続きを終わらせてな!」
――あ、たしかにこーゆー奴だったわ、末弟子は。
「っていうか新しい宝剣作ってまで陛下の機嫌とったのに出国許可五か月待ちだぞ! 五か月待ち! それまで『クロコショウ』を切りつめ! 切りつめ! ついになくなって! それから数か月も『クロコショウ』を使う料理や保存食が一切作れない生き地獄――つらかったんだぞ!? 思わず竜の巣に八つ当たりしてしまったくらいに! でも手羽先おいしかったです!」
「そんなことなど知らんわっ!」
「しかも渡してもいないのにシャルルの嫁さんに『先日白パンとともにいただいた黒い粉、非常においしかったのでぜひ売ってくれませんか?』なんて言われる始末だし! というかお前ら! これを期に交易品に並べろよ! 僕が喜んで買うから! 買い占めるから! 具体的には交易金貨で三十枚までの範囲で!」
「だから! 我々がしるかぁぁあぁあっ!」
〇
その後、五人の騎士たちと五体の竜を本当に『近づいて思いっきり殴る』だけで追い返した末弟子は、再び森の中へと戻っていき、またこちらに戻ってきて、ややあって。
「あれ? どうしてこんなところにいるんですか? 姉さん」
ようやく、あたしの存在に気付いたかのように、末弟子はすっとんきょうな声をあげる。
そして。
「――あっ! もしかして姉さんもこの木の実を取りに来たんですか!? でもこれは譲りませんからね! 次に僕がこの国に来れるのは七か月後なんですから!」
などと、親指大の黒くて硬そうな殻でおおわれた木の実がいっぱいに詰め込まれた背負いかごをその両手で抱きかかえる。
――いや、いらねぇよ? そんな『クロコショウ』なんていう得体の知れねぇ調味料になる木の実なんて。
そう、口にしようとしたが、やはりまだ多重圧縮詠唱の後遺症が残っているらしい。あたしの声は一文字たりとも出てこなかった。
――つーか、お前も多重圧縮詠唱やったよな? なんで普通にしてられんの?
などと、そんな疑問を浮かべていると、末弟子はあたしの状態をようやく察したらしい。
「……ああ、多重圧縮詠唱の後遺症ですか。確かにのどを介してやるときっついですよね。回復の魔法陣、描きましょうか?」
あたしは、こっくりとうなずいた。
「――あー、あー。いや、偶然とはいえ助かった」
さすが『今代最強』と名高き末弟子、地面の上に木の枝で描くという手抜きもいいところな魔法陣であたしののどを完璧に治療してくれた。
――まぁ、魔力でごり押ししただけらしく、強力な魔力を流された地面はもののみごとにえぐれてしまったのだが。
さておき。
「ところで、改めて聞きますけど……姉さん、なんでこんなところにいるんですか? 姉さん、グロリア先生の工房から離れたくないって言ってたじゃないですか」
「あー……その、な? さすがに、その……金がよ……」
「世知辛いですねぇ」
末弟子は苦笑いを浮かべながらほおをかき、次いで、背負いかごを担ぎなおしつつ。
「とすると、姉さんもようやくドラゴンルージュになる決意をしたんですね」
「いや、なんでそうなる」
「えっ? 竜を狩れば当座はしのげる程度の財産になるじゃないですか。僕も金欠になるたび空とぶ竜の巣のお世話になってますし」
「それできんのお前だけだからな!? あたしは地這う竜から逃げるだけで精いっぱいだよ!」
しかし、そんなあたしの訴えに対し、この末弟子は「何言ってるんですか? 姉さん」などと言いたげな表情を浮かべる。
「僕より才能のある姉さんなら絶対にできますって」
「あんたを超える才能があったら見てみてぇよ!?」
「えー……理不尽だなぁ」
何が理不尽だ!
そもそも魔法というものは三つの才能で決まる。
すなわち、知識。
すなわち、濃度。
すなわち、容量。
そして、このうちの二つ――魔法の威力を決める魔力の濃度と、その魔力をどれほど体内に蓄えていられるか、どれほどの量を一度に放出できるかを示す魔力の容量は生まれながらにして決まっている。
ゆえに強大な魔法使いは血の濃い貴族が多いのだ。
だからこそ、平民の出のくせに、秘伝魔法がないくせに、たった一代で一門を立ち上げた思い上がりの新参のくせに、ドラゴンルージュを二人も輩出した、恐れ多くもその一門の一人が『今代最強』の名を拝命したあたしたちグロリア一門は異端なのである。
そう、だからこそ、あたしたちはこう、評する。
グロリア先生と末弟子は、才能の塊であった、と。
その才能の塊が『僕よりも才能がある』だって?
ははっ! それこそ悪夢だよ!
だったらなんであたしより才能のないお前がこの国最強の騎士団を追っ払えて、お前より才能のあるあたしがなすすべもなく死にかけるっていうんだよ。
それこそ才能だろ?
なのに、『あたしの方が才能がある』だって?
「無理があるわっ!」
「あの、さっきの言葉と今の言葉の間にある行間が一切読めないんですけど……?」
「知るかぁああああっ!」
「えー……理不尽だなぁ……」
――ひとしきり叫んだためか、幾分か冷静になれたあたしは意を決して末弟子に本題を切り出す。
「……ところでよ、ソマ」
「はい」
「グロリア先生には悪いことをしたけど、あたしの家がわりにもなってた先生の工房を、その――土地ごと売っちまってな?」
「そこまで切迫してたんですか!? なんで他の姉さんや僕に言わないんですか! いくらです!? 交易金貨五十枚までならいますぐ出せます! これで足りなければ一週間時間をください! 国中の竜の巣潰してきます! これは倉庫の肥やしになってるあのゴーレムたちを総動員せざるを得ない!」
「借金じゃねぇよ! つーか過剰だよ!? むしろそんなことしたら市場崩壊するからな!? つーかやってねぇよな!? 市場破壊なんて暴挙!」
「だ、大丈夫、です。たぶん、まだ、いや、えっと、その、やって……んよ?」
「たぶん!? まだ!? いや!? つーかやったの!? やってねえの!? どっちよ!? そこははっきり言えって! いややっぱいい! 言うな!」
「それはよかった! で! 借金じゃないとすると、なんでグロリア先生の工房売っちゃったんです?」
「急にいきいきすんなよ、おい……いや、まぁ、いい。これ以上話してるとあたしの胃が悪くなる。工房を売った理由はな、単純に素人の手におえないくらいにぼろくなったからだよ。売った金は今回の旅費に当てた」
そして、その全財産はさっきの若き暴王火竜のブレスに消された。
――が、それは言わねぇ方がいいな。
なにせそんなこと口走った瞬間、さっき追い返された騎士団の命があっさり消えてしまうだろうから。
「ああ……業者に頼むとやたら高いですもんね、改修工事」
「まぁな……で、だ。その……住むところなくなったんで、就職先と新居が決まるまで泊めてくれ、同門のよしみで」
「その程度のことならいくらでもいいですよ? ――あ、ただ」
「ただ?」
「今、僕の家では二番弟子であるランブロウ子爵と、僕のゴーレムメイカーの師匠であり、デック共和国の特別軍事顧問でもあるウェルナード義父さんが普通に寝起きしてて」
「ふぁっ!?」
「帝国の最高位機密である参型魔法戦車、そしてその発展形である四型魔法戦車の設計図がそこらへんに普通に転がってたり」
「ちょっ!?」
「その関係から帝国最強の騎士隊である皇室騎士隊がこっそり警備してたり、こっそりっていうわりに普通に食卓囲んでたりしますけど、気にせず、緊張せず、ゆっくりして行ってください」
「無理だよ!」
「え? でも平民の出である一番弟子と三番弟子は普通に生活してましたよ?」
「それは! そのお歴々のことを知らないからだよバカ野郎!」
末弟子の話から一番の不安材料であった伝統のことはあまり考えなくてもよい、ということは十分に理解した。
が! それとこれとは話が別だ!
――あたし、早まったかもしれない!
〇
ソマが作ったらしいすさまじい速度で走る馬型の奇形ゴーレム一体が牽く小型馬車に揺られること二日――いや、より正確には一泊二日の二日目の朝。
「姉さん、姉さん、早く起きてください」
一昼夜ぶっ通しで御者をしていたらしいソマが、馬車の中で寝ていたあたしに向けてそんなのんきな声をあげる。
「……あん? もう朝か?」
「はい。もうすぐ帝都が見える頃ですよ?」
「ちょっとまて! 早ぇよ!?」
あたしが襲われたのは位置的に公都を乗合馬車で出て半日、さらにそこから徒歩で二時間ほどの地点である。
いくらルギス帝国とラクル小公国が隣接しているからと言って、帝都と公都がこんなに近いわけがない。
――なお、帝都から公都まで、最短距離で馬車を走らせても一週間はかかる距離である。
いや、休憩をはさむ必要があるから二週間は見ておいた方がいい。
それを、一晩で?
「まさかお前参型魔法戦車使ったんじゃねぇだろうな!?」
「残念ながら、参型を使用するには陛下の許可がいるんですよね。製造は僕ですが、維持にそこそこのお金と神経を使うので全部陛下にぶん投げてますし」
「そ、そうか……ならいいんだが――」
「第一、壱型があるのになんで参型を使うっていうんですか?」
「おいぃっ!?」
お前魔法戦車は機密って言ったよな!?
なんで普通に持ってんの!? なんで普通に使ってんの!?
「お前バカだろ!? つーか世間とズレすぎだろ!?」
「自覚はありますよ? ちょっとした理由から絶対に自重しないと誓いましたが」
「余計たちが悪いわ! いや! それよりも! お前魔法戦車は機密って言ってたよな!?」
「正確には参型と四型は最高位機密である、ということは言いましたね。いや、この壱型もある意味では機密ですけどね? なにせこの壱型、弐型と比べて非常に小型で馬力もなく、移動以外にはほとんど使い道がないですが、純粋にゴーレムメイカー――操躯魔法の基本技術だけで作ってあるので、もし解析でもされたら壱型の設計方法まるわか――」
「あー! あー! 聞きたくない聞きたくない!」
さすがに町の中では先ほどの速度を出すわけにはいかないらしい。
「――ほら、ようやく見えてきましたよ。あれが、僕の家です」
末弟子から垣間見えるそんなちょっとした常識にほっと安堵のため息を吐き出したあたしは、そのまま馬車に揺られ――いや、ほとんど揺れていないが――末弟子の工房であろう建物が見える場所までやってきていた。
「なんつーか……あれだな」
「はい?」
「お前交易金貨五十枚だせるとか言ってるわりにぼろっちいところ住んでんのな」
そう、末弟子の工房はパッと見た感じ総木造の家屋だったのだ。
末弟子ならレンガも大理石も、いや、城すらも買い放題だろうに。
「できるだけ故郷の家を再現してみました。もう二度と、帰ることができないですしね」
「あっ……いや、すまん」
そういえばこいつ、元平民だったわ。
いくらなんでもそら不機嫌になるわ。あたしは慌てて頭を下げ、先ほどの発言を取り消す。
「……? いえ、謝られるほどのことはされてないですよ? 僕の故郷、主な建材といえば木材なので。いわゆる文化の違いというやつです。文化の違いでいちいち目くじらを立てるのも……ねぇ?」
「そ、そうか……でもすまん」
「いえいえ。こちらでは平民の家の代名詞ですからね、総木造製は。でも木製でも利点があるんですよ? 木製だと通気性がいいので暑い日は多少ながらも過ごしやすくなるんです」
「へぇ」
たしかに、帝国と小公国の夏はうだるような暑さが何日も続くときがある。
それを考えると、なるほど、末弟子の家はよく考えられて作られているらしい。
「あと三番弟子のところで良質な木材を大量に購入できるというのが大きな利点ですね。――だというのに、それを陛下に何度も説明したのに『いいからもっとまともな家を建てよ』って言って聞かないんですよ? まったく、失礼しちゃいますよね」
「いや、それは当然だと思う」
〇
末弟子の自宅兼工房に到着すると、その自宅兼工房の立てつけのわるい引き戸がガタガタと音をたてて開かれ。
「お帰りなさいませ、ソマ様。そしていらっしゃいませ、お客様」
と、侍女服姿の凛とした女性があたしたちを迎えてくれた。
「ああ、ただいま」
そう侍女に挨拶した末弟子は、そのまま背負いかごを担ぎ直し、そのまま自宅兼工房へ――
「って、おい。お前が持っていくのかよ」
その背中の木の実、魔法具の材料でもないんだから侍女に仕事させろよ。
「え? ああ、彼女は僕のメイドさんじゃなくて」
「は? メイドさん?」
「侍女のことです。ともかく、彼女は僕のメイドさんじゃなくて二番弟子のメイドさんなんですよね。それはさておき――この『クロコショウ』」
「恐れながらソマ様、その木の実は千打、ないしは千挽とよばれる木の実でございます」
「――『クロコショウ』なんですが、非常に硬い殻を有するため、加工するのに儀式魔法を使うので、僕が持っていたほうがいいんですよ」
「いや、せっかく訂正してくれたんだから言い直せよ」
「以前、行商人を拝み倒してどうにか採ってきてもらえた『クロコショウ』を焼き捨てられた恨みがあるので嫌です」
「千打は微量ながら毒がございますゆえ、侍女として当然でございます」
「魔法的に解毒するっていったよな!?」
「もしも、を考えるのがわたくしたち侍女の使命でございます」
「……それ、へたすっと首はねられるんじゃね?」
思わず、あたしは彼女につっこむ。
「ご主人様やお嬢様の命がわたくしの首程度ですむ、大変名誉ではありませんか」
――その瞬間、あたしは本物の侍女をみた。
「まあ、この程度で首をはねていたらエリーさんの首は今頃千切りになっているだろうけどな」
――そして、その瞬間、あたしは本物の無粋者を見た。
「さておき。エリーさん」
「はい」
「さっきから裏庭あたりで変な音がしているんだが……」
「はい。ただいまアリス様とウェルナード様が操躯魔法の練習を行っております」
「ウェル義父さん……」
彼女の言葉に末弟子が思わずといったふうに顔を手でおおう。
「なお、ウェルナード様は『アリスちゃんもそろそろ一人前、じゃから一門秘伝とか覚えてもいいころじゃろうて』とおっしゃっておりました」
「おいこら待てじじい! うちの一番弟子になに教え込もうとしてやがるっ!」
言うが早いか、末弟子は大事に担いでいたかごをエリーさんに放り投げ。
「うちの一番弟子に一門秘伝の魔法はまだ早いわ! ――■■■■■■!」
昨日の赤竜騎士団相手よりも長く気合の入った多重圧縮詠唱を使用して身体を強化、そのまま矢のように屋敷の奥へと消えていった。
「恐れながらソマ様、自宅内は土足厳禁では? ――ああ、行ってしまいましたね」
それを冷静に見送った侍女のエリーさんは、一言そうつぶやき、抱きとめたかごを確認。
「――やられました。捨てられないよう、かごがわたくしの腕ごと空間に固定化されています。これでは仕事ができません……」
なんて、的外れな言葉をつぶやいた。
腕ごと空間に固定されてしまった侍女を玄関に置き去りにして、あたしは脱いだ編み上げ靴を片手に末弟子が向かっていった方向へと進む。
――つーか、なんで土足厳禁なんだよ。めんどくせぇ。
しかし、土足厳禁であるせいか、なにかの植物らしき繊維でできた床敷きはこのまま寝転がってしまっても大丈夫なほどに非常にきれいであった。
そんな、異国情緒あふれる質実剛健とした屋敷内を突き進んでいくと、吹き飛ばされた引き戸の向こう側から外の光が差し込んできているのが見えた。
たぶんそこが中庭であろう。
「おーい、ソマー? あたしが使っていい部屋はどこになるんだー?」
あたしは中庭を屋敷内から覗き込みつつ、中庭にいるはずである末弟子にそんな声をかける。
すると中庭では。
「アリスちゃんっ!? アリスちゃんっ!?」
「姉さん! 起きてください! 姉さん!」
「だれか! だれか聖水をもってきてください!」
若干混乱気味の三人が、ぐったりと倒れこむ少女を取り囲みつつ、大声を上げながら錯乱状態に陥っていた。
少女のかたわらには地面から上半身だけ飛び出た泥人形、そして、その泥人形を中心に描かれた魔法陣らしきとぎれとぎれの線。
そこまで観察して、あたしはそれが魔力量不足による失神であることを見抜く。
「……そろいもそろってなにやってんの? ほっとけよ」
「ばっか野郎! うちのアリスが死んでもいいっていうんですか!?」
「そうじゃそうじゃ!」
「いや、だから、ただの魔力量不足による失神だろうが。ここが戦場ならまだしも、こんなところで倒れた程度なら放置するに限るわ」
第一、魔力量不足による失神は自然回復しか手立てがない。
――いや、まぁ、非常に高い魔力操作技術があれば魔力を注ぎ込んで強引に回復させることもできるのだが……しかし、へたに魔力を送り込むと身体が内部からはじけ飛ぶのでやりたくもない。
なにせあのグロリア先生をして『嫌ですよぉ。うっかりくしゃみでもして、ぽんっ、てなったらどうするんですかぁ』というくらいなのだから、その要求される魔力操作技術の高さがうかがえよう。
ともかく。
「くっ! 僕の姉のくせに何たる薄情もの! こうなれば僕が直接魔力を注ぎ込むほかないか……っ!」
「我が魔力よ、我に竜の轟きを授け、かの者のみに届けよ――GAAAAAAAALTU!」
末弟子が阿呆なことをやりそうになったので、あたしは地這う竜の咆哮を再現し指向性を持たせた儀式魔法を末弟子に向かって放つ。
――うん、魔法使いらしい華奢な体格しているおかげか、よく吹っ飛ぶわ。
さておき。
「……で、ちったぁ冷静になれたか? ソマ」
非常に空高く舞い上がったのち、そのまま頭から地面に落下した末弟子を見やり、あたしはそんな言葉を投げかける。
「は、はい……落ち着きました」
あたしの言葉に、本当に冷静になったらしい末弟子は逆さの状態から復帰しはじめる。
さすが『今代最強』のドラゴンルージュ。普通なら首の骨の二、三十本は折れててもおかしくはないほどの落下具合だったっていうのに無傷か。
――本当に、忌々しいまでの才能の塊だな。
おもわず舌打ちしそうになってしまい、あたしはなんとかそれをこらえる。
「ご迷惑をおかけしました、姉さん」
逆さの状態から復帰した末弟子は、そのまま流れるように地面の上に膝を折り曲げた窮屈な格好で座り、両腕をついて頭を深々と下げている。
――以前聞いた話だが、なんでも『ドゲザ』という末弟子の故郷では最上級の謝罪法らしい。
や、そこまでもとめてねぇんだが……まぁ、いいか。
「そして、改めて――ほんっとうにすいませんでした!」
「わかりゃぁいい。そんで、そっちのふたりもちったぁ冷静になれ」
「も、もうしわけございません……」
「面目次第もない……」
「……やれやれ」
なんでいまんところ部外者であるあたしがこんなことしなきゃならんのか。あたしは深く、ため息をついた。
〇
「さて、あらためて紹介しよう。この人はゲーアハルト。僕のウィッチクラフトの師匠たるグロリア先生と同門――すなわち僕の姉弟子だ」
あれからほんの数分で末弟子の魔力は回復し、あたしは末弟子の工房にある大広間ともいうべき一室で彼の弟子たちの紹介を受けることとなった。
「引っ越しを考えているらしくてな、これからしばらく僕の家で暮らすこととなっている」
「つーわけだ。短い間か、はたまた長い間になるかわっかんねぇけど、よろしくな」
「では、次は僕の娘たちだな。――アリス」
「は、はい! 初めまして! 私はアリス・ゴーレムメイカー! 恐れ多くも長女――いえ! 一番弟子やってます!」
末弟子の一番弟子――アリスは緊張した面持ちで自己紹介を述べ、そのまま大広間にみっしりと敷き詰められた植物性の繊維で作られた敷物の上にじかに腰を下ろす。
「おいおい、あたしはただの平民だぜ? そう緊張すんなよ」
「で、でも! 師匠のお姉さんですもん! きっと竜を倒していないだけで竜の巣をつぶせるくらいの実力が――」
「いや、ないから、つーか、むりだから」
むしろ魔力回復速度異常なあんたのほうがその芽はあるから。
「またまたぁ」
「ソマ、てめぇ基準で考えんな」
それでどれだけ迷惑したことか。
――あんまりそんな記憶ねぇけど。
「次は次女たるこのわたくしですわね。――お初にお目にかかりますわ。わたくしはベアトリス・フィリス・ウィッチクラフト・ド・ランブロウと申します。称号からも分かる通り、ゲーアハルト様と同門、ということになります。また、陛下より子爵を拝命してはおりますが、我が師からは一門秘伝を教えられておらぬ身です。ですので、どうか、どこにでもいる役立たずな弟子とお笑いになってくださいまし」
そういって貴族である彼女は、平民のあたしに対して深々と頭を下げてきた。
普通、貴族は往々にして自尊心が強いはずなのに、アリスの魔力回復速度といい、やはりどこかおかしい末弟子の弟子は必ずどこかおかしいらしい。
だが、それをいうならグロリア一門も負けてはいない。
「……あー、うん、なんかもうしわけねぇんだけど、うちの一門、秘伝ねぇから」
「え? ありますよ?」
「え!?」
末弟子の言葉に思わず目をむく。
「さておき」
「ちょちょちょっ!?」
「……なんですか姉さん?」
「秘伝あんの!? あたし初耳! 初耳だぞ!?」
「……? なにをバカなことを。一門が存在している時点であるに決まってるじゃないですか。そんな些末なことはさておき、ここにはいませんが、三番弟子にシャルル・ハートブレイカー・ドラゴンスレイヤーが」
「あたしにとっちゃ些末じゃねぇよ! つーかなんで魔法使いの一門がドラゴンスレイヤー排出してんの!?」
ドラゴンスレイヤーは純粋な武力によって竜を下したもののみに授与される称号だ。
たとえこの末弟子が知識の焼き付けを行うゴーレムメイカーであったとしても、純粋な武力で以って竜を下すことは不可能に近いだろう。
その証拠に、帝国では史上二人――シャルルを入れれば史上三人目か――だけであり、小公国ではそもそも存在すらしていない。
「お前んところなんかおかしくね!?」
「僕だってこの手さえ届けば竜を倒せますよ? ただドラゴンルージュと一緒に拝命すると公的な処理や待遇がめんどくさいことになるので、ドラゴンスレイヤーの称号は辞退しましたが」
「そも、竜なんてもんは昔の儂でも倒せるくらいの強さじゃからのう。ただ、儂の場合は若い地這う竜相手に、竜骨製のつるはしをもっていれば、じゃったが」
末弟子の話に追従するように言いながら髭をしごくのはたぶん、共和国において生ける伝説と化してるゴーレムメイカー、ウェルナード様だろう。
――いや、でも、あたしとしてはアリスやベアトリス卿に「おじーちゃんすごい!」「さすがは我が師の御爺様!」とかいわれてでれでれと目じりを垂れさせるこのじーさんが本人であるはずがないと思いたい。
それはもう、切実に。
「やっぱお前んところ、師匠とかも含めて全員おかしいわ……」
あたしはもう、疲れ切ってしまい、ため息交じりにそんな言葉をつぶやく。
「それをいうなら高確率で姉さんもおかしいことに――いや、さておき。四番弟子にドロティア・アースナイト……は、たぶん今日の晩餐にくるのでその時改めて紹介しましょう」
「あっ、そう。……んじゃ、もう一個の疑問を解決させてもらおうか」
「疑問……? ああ、この人は僕の義父さんで、ゴーレムメイカーの師匠でもあるウェルナードです。ただし、ウェル義父さんとの血のつながりはないので立場上は義父、ということになりますが」
「ウェルナードじゃ。ところでゲーアハルトちゃんはソマのお姉さんなんじゃから、ゲーアハルトちゃんは儂の娘になるのー……うむ! 儂のことは気楽にウェルおじーちゃんと呼んどくれ!」
そういい、ウェルナード様はあたしを両手の人差し指で指さすという奇怪な動きをしながら片目をまたたかせ、あたしにすごいいい笑顔を向けてくる。
――つーか! 伝説のゴーレムメイカーなのに! すげぇ軽い!
「いや! つーか! そうじゃねぇ! そんなことはどーでもいいんだよ!」
「そ、そんなこと……」
「うちの一門秘伝あったの!? 一番弟子なのにあたし教えてもらってない!」
「そりゃ魔力濃度も容量も貴族並な姉さんには無用の長物ですからねー。グロリア一門の秘伝魔法は」
「そりゃあんたもだろうが!」
「うん? ――ああ、そういえば言ってませんでしたね。それにいい機会だ、アリス、ベアトリス、よく聞いておけ。僕は、重度の魔力欠落症だ」
その言葉を末弟子――ソマがつぶやいた瞬間、あたしと、アリスと、ベアトリスの空気が、凍った。
〇
そもそも魔法というものは三つの才能で決まる。
すなわち、知識。
すなわち、濃度。
すなわち、容量。
このうち、濃度と容量は生まれながらにして決まっており、不変。ゆえに強大な魔法使いは血の濃い貴族が多いのだ。
――そして、その魔法の才能のうち、容量がないものがほぼ確実に患っているという病が、魔力欠落症である。
この魔力欠落症、魔法使いのあいだでは軽度から重度の三段階に分けられており、重度の魔力欠落症というのは回復した魔力が回復した端から体外へと漏れ出る――すなわち、その体内に魔力を蓄えておけない、容量がほぼ皆無であることを示している。
「いやぁ、グロリア先生に言われたときは驚いたよ。魔法が使えると鼻息を荒くしてグロリア先生に魔法を教えてくださいと頭を下げたら『あなたは魔力欠落症のようです』なんていわれたんだぞ?」
末弟子は昔を懐かしむように苦笑いを浮かべる。
「しかも重度も重度、僕のこの身体に蓄えられている魔力は常時ゼロ、たとえ魔力欠落症でも、火花を起こす魔法位はつかえるというのに、な。あの日ほど絶望した日はない」
また、末弟子のそんな体質を知っていたらしいウェルナード様といえば「ああ、そんなこともあったのぅ」と、目を細めて昔を懐かしんでいた。
「――いえ! 待ってください! ではなぜ我が師は儀式魔法を扱えるのですか!?」
「そ、そうだ! おいソマ! お前、なんで魔法が使えて、そのうえでドラゴンルージュになれるんだよ! つーか、魔力欠落症は――」
「たしかに僕ほどの重度になると、魔力回復でどうにかもっている状態ですからね。虚弱体質になるか、はたまたこの年齢になるまで生きていられないか――グロリア先生曰く『ソマ君は奇跡の子か、もしくは特別な子ですね』だそうですよ? 僕としては前者が好みですが」
「だから! んなこたぁどーでもいいんだよ! つーかなんでドラゴンルージュになってんの!?」
「――グロリア一門の秘伝は、体外に放出した魔力を呼び水に、その隔絶した魔力操作技術にて空気中に散った魔力を、もっと言えばあらゆる生物、物体が無意識化に放出する魔力すらかき集め、己が魔力とする技術です」
それを聞いた瞬間、ぶわり、と、あたしの毛穴という毛穴が開き、そこから嫌な汗があふれ出た。
「そ、それってつまり――」
「ええ、僕は、この地にいる限り、そして、人、竜を問わず、誰かがそこにいる限り、そこの誰かが魔法を使えば使うほど、僕は空間に放出、還元された魔力を際限なく吸収、圧縮し、膨大な容量の高密度魔力を行使することが可能です。僕は器自体がない体質をしていますので、制御失敗しても身体ははじけ飛びませんしね」
――あのとき、グロリア先生の一番弟子たるあたしが狙われた理由が分かった気がする。
そして、儀式魔法の弟子であるベアトリスが秘伝を教えてもらっていない理由も察することができた。
末弟子は、魔力欠落症なんていう器の底が抜けた体質を最大限利用して、魔法使い最大の難題の一つを解決しやがったのだ。
だが、この技術は末弟子がもつ病があるからこそできる魔法であり、だからこそあまりにも危険すぎる。
「これを地脈から漏れ出た魔力のみに限定し、ミスリルという足りない魔力容量を補う触媒を使用し、魔法陣の補助を加えて汎用性をなくし、初心者にも使いやすいよう改悪したものがドロティアに授けた地脈魔法であり、本来の地脈魔法――いえ、強欲なる黒竜卿の名を冠したグロリア一門の秘伝魔法は『理論上では』という注釈がつきますが、空とぶ竜が空を飛び、水住まう竜が呼吸を行い、地這う竜が自重を支えるために使用している魔力すら、強奪することができます。――まぁ、所詮は理論上のことなので十数年以上もこの魔法を行使し続けている僕ですらできませんし、この魔法の開発者たるグロリア先生ですら若い地這う竜の魔力を奪うまでにとどまっていましたが」
だが、極めれば他人から魔力を強奪できるという触れ込みが本当であれば、この大陸すべての騎士団は無能の集団と化してしまうだろう。
それほどに、この大陸は魔法に依存している。
人間、竜、問わずに。
「もしグロリア先生がご存命であれば、僕の『今代最強』という二つ名は、あるいは、グロリア先生のものだったでしょうね……で、姉さん、時間はかかりますが覚えますか? この魔法は姉さんのものでもありますから、やり方はこの強欲なる黒竜卿という魔法用に最適化された魔力圧縮技法も含めてきっちり細かく教えますよ? 姉さんほどの魔力容量ですと無用の長物でしょうが、それでもうまくいけば魔力の影響で身体強度や自然治癒能力もおおよそ倍ほどに上昇しますから、多重圧縮詠唱も詠唱しやすくなりますよ?」
「だけどそれ下手に操作失敗すると身体の中からはじけ飛ぶじゃねぇか! 頼まれたっていらねぇよ!」
つーかグロリア先生が何もないところで転んでたのって、制御に手いっぱいだったせいじゃねぇの!?
怖くて聞けねぇし、もう二度と聞くこともできねぇけど!
「まぁ、僕やグロリア先生は多重圧縮詠唱時には治癒の魔法も加えて詠唱しているので、あくまで副次効果の域を出ないんですけどね」
「その発想はあっても魔力容量が足りねぇよ!」
つーか、一種類を複数はまだしも複数種類の魔法を同時に発動させるだけでどんだけ魔力容量を食うと思ってやがる!
あっ! グロリア先生とこいつの魔力容量実質無限だ! 気にするはずがねぇ!
「なら回復の魔法陣を彫った首飾りをすればいいじゃないですか、魔法技師にミスリルあたりで作ってもらって。それに姉さんほどの技術なら起動呪文言えなくても魔法具にじかに魔力を流して直接発動させるくらい、湯飲みにそそがれた水を飲みほすことよりも簡単でしょう? のど専用の魔法陣にすればさほど魔力を消費しませんし、なにより簡単です」
「ちくしょうっ! 言ってることが正論過ぎるっ!」
あまりにも単純な解決方法に、あたしはおもわず叫び声をあげる。
「あ、あの、我が、師よ……その、お話の途中ですが、わたくしも、その、無用の長物ですので、秘伝魔法の取得は辞退させていただきたいな、と……」
「ベアトリス、それはダメだ。そして、この魔法はアリスとともに確実に覚えてもらう」
「えっ!? 私もなんですか!?」
「そんな! わたくしだけならともかく姉さんまでっ!? 我が師は姉さんを殺したいのですか!?」
「そうならないよう、僕が全身全霊、持てる技術、知識をすべて総動員して直接指導する。ドラゴンルージュほどの実力もない魔法使い相手なら僕の強欲なる黒竜卿でも十分に機能するしな。それと、姉さんが小公国の騎士団に襲われた時点で自衛のために教えないとやばいと感じてしまった、というのもある。ああ、そのほかにもアリスはそもそもの魔力容量がシャルルと同程度だから、これからゴーレムメイカーの一門秘伝を教えるにはどうしても必要であるというのもあるな。……シャルルは、まぁ、ドラゴンスレイヤーだし、それに、魔力操作が天賦の才能かと見まごうほどに不器用すぎてどうしようもない」
ここにはいないシャルルという弟子のことを思い出したのか、末弟子は少しだけ悔しそうにため息を漏らす。
「いや、それは、まぁ、いい。あとベアトリス、さらにお前には今まで一門秘伝を秘匿していた詫びと自衛のためもかねて、グロリア一門秘伝のほか僕がここ最近作った魔法であり、ソマ一門の秘伝にしたいなぁとひそかに画策している竜人転身を――」
「ひぃいいっ! 字面からして不吉すぎですわ! なにとぞお慈悲を! お慈悲を!」
「だが断る」
そして、末弟子は、すごく、すごくすごくいい笑顔で、親指を立てる。
「ひぃいいっ! 研究所にっ! 研究所に帰らせてくださいましぃいいいっ!」
「はっはっは! 研究所には僕が退職届を提出しておこう! そして今日から修行再開だ!」
「ひぃいいっ!」
――その瞬間、あたしは思った。
やべぇ! 末弟子んところに転がり込んだのはかんっぺきに失敗だった!




