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Dragon Rouge  作者: 竹永日雲
4/10

4話 ドロティア・アースナイト

 先日、シャルル兄さんがドラゴンルージュと並ぶ戦士最高の称号であり、なおかつ我らの国では史上三人目となるドラゴンスレイヤーの称号を得る資格を得た。

 称号を得る資格を得た、などと変な言い方をしたが、通常であれば身分関係なく――それこそたとえ浮浪者であろうとも、本人が重罪さえ犯していなければその称号を得ることができる。

 また、これら称号を得ることはこの世界に住まう魔法使いや戦士にとって最高の栄誉であり、なおかつ帝国としても一人でも多いドラゴンルージュやドラゴンスレイヤーの保有はそれだけで国防の要となるため、その事実が確認され次第速やかに称号拝命の式典を行うということになっていた。

 が、しかし、シャルル兄さんはその資格を得てからもう一週間も経ったというのに、シャルル兄さんの正式な名前はいまだシャルル・ハートブレイカーである。

 しかも今回は陛下のおぼえめでたいアリス姉さんのほか、貴族であるベアトリス姉さんとアハマヴァーラ侯爵様がそれを確認していたので、即日式典が行えるほどだったにも関わらずである。

 なぜか。

「オラいやだ! いやだよ! へーかに会うだなんていやだよ! へーかは目がつぶれてしまうくらいきらっきらしてるってはす向こうのリリアーナ婆がいってただ!」

 そう、陛下がお出になられるからという理由だけでまさかの出席拒否なのである。

 しかもさすがは教官の中でもっとも武の才に恵まれ、なおかつ技だけで竜を下した弟子シャルル・ハートブレイカー。帝国最強と名高い我ら皇室騎士隊の拘束を教官直伝の妙技の数々で振り切り、わんわんわめきながら教官の工房兼御自宅にある一番太い柱にしがみついたのだ。

 そのあまりの鮮やかさと強さにもはや説得以外に打つ手がない。

 もしシャルル兄さんがベアトリス姉さん並に魔法が使えたのであれば、彼に勝てるのはもはや教官ただ一人なのではないだろうか? そんな気さえしてきてしまう。

 ……今の姿からはまったく想像が付かないが。

「いや、だからシャルル兄さん」

「目んたまつぶれて嫁子の顔が見れなくなるくらいならオラそっだな称号いらねぇだ!」

 そして姉さんたちはそんなシャルル兄さんを見て「処置なし」と首をふる。

 ふたりとも魔法使いゆえ、それは致し方ないことだった。

 やれやれ、自分はため息をつく。

 部下の騎士たちもその隔絶した実力と目の前の態度に困惑しているのか、自分の顔をみては次の指示を待っていた。

「自分たちも暇ではないのですがねぇ……」

 ある森では『のどさき』とかいう未確認の魔物が出たらしく、少なくない数の兵士がその魔物の実態調査に乗り出している。

 帝都では、このシャルル兄さんがしとめた竜のうろこや皮を『大トカゲの皮』だのと偽り違法なほどの安さで買い叩いた詐欺師が売り上げを抱きかかえて逃亡中とのこと。

 また国境線では一週間ほど前からこの国すべてのドラゴンルージュが他国の牽制にとかり出されている状況でもある。

 そしてさらに、これからさる伝説のお方を国賓としてお迎えるにあたり、そのお方たっての御希望で自分たち皇室騎士隊がそのお方をお迎えにあがらなければいけない。

 たった一週間でこれだけの事件が世の中にあふれかえってしまうのだ。だというのにどうして自分たちはこんなところにいるのだろう?

 そう、まちがっても兄弟子の駄々をどうにかするためだけにこの国最強の騎士隊であり、なおかつ陛下護衛の栄誉も賜る皇室騎士隊がこんなしょーもない事件に出張する理由はないのに、である。

 だが、それはひとえにシャルル兄さんがランドドラゴンの巣を単騎で、しかもなにをトチ狂ってか素手で蹂躙(じゅうりん)することができるという、その異常能力が故の超法規的措置だった。

 やれやれ。自分はもう一度ため息をつく。

 自分が教官――ソマ・ドラゴンルージュ様に師事していたのはたったの二年、それも自分が元は平民の出であるという理由からきた『箔付け』のためである。

 いや、いくら『箔付け』のためとはいえ一応教官からは剣術での戦闘技術を教えてもらい、なおかつ教官より地脈魔法の手ほどきおよび『アースナイト』という称号を譲り受けたのでドラゴンルージュが四番弟子と名乗りを上げても差し支えはないのだが……。

 だというのに『いい加減逃げ回ってるお前の兄弟子を引っ張って来い』とか、陛下は無茶振りが過ぎる。

 このシャルル兄さんを引っ張ってこれる存在とか、それこそ教官しかいないだろうに。

「あの、ドロティア隊長。そろそろ……」

「……わかった。ではシャルル兄さん、また後で」

「いやだべ! こればっかりはセンセや姉さやドロティアの頼みでも絶対にいやだべ!」

 ――やれやれ、我が兄弟子ながらおバカ過ぎる。

 そして、今からお迎えするお方のことを考えて――自分はみたび、ため息をついた。



      〇



 我らが帝国はこの大陸中最も領地の狭い国であり、四方が大国によって囲まれているという実に理不尽な場所に位置している。

 また、帝国は大陸の食料庫とも言われるほどに土が肥え、地脈を走る魔力が豊富であり、本当に種を適当にまいただけで収穫できるというこれまた理不尽な土地柄をしている。

 だというのにこの国が他国から侵略されていない理由はひとえに、他国の数倍ドラゴンルージュを保有しているからに他ならない。

 ――逆をいえば、それだけのドラゴンルージュを排出できるほどに竜が繁殖する場所である、という意味でもある。

 さておき。

 教官監修の元に試作された弐型魔法戦車を走らせること半日と少し、ある国の国境沿いに我々皇室騎士隊は理路整然と並び、定刻どおりにやってきたそのお方を遠目で確認する。

「全員抜剣! 掲げ、剣!」

 号令、背後の部下たちががしゃん、と剣のつばを鳴らしながらミスリル製のロングソードをまっすぐ天に向けて掲げる。

 その瞬間、ずしん、ずしんと地響き。

 そのお方は鋼鉄竜に据え付けられた(くら)にまたがり、へそまでとどくであろう長い髭をしごきながら、年相応の鋭く老獪な瞳をまっすぐこちらに向けていた。

 かのお方は(よわい)二百十七歳のドワーフ。

 人間の年齢に直せば七十を超える御老体であり、そのためかドワーフには見えないくらいにやせ衰えていた。

 鋼鉄竜がついに国境を超え、我々の前に到着した。

「お久しぶりです、ウェルナード様」

 そのお方は鋼鉄竜を止め、鋼鉄竜から降り立ち、自分はロングソードを鞘に収めて深く頭を下げる。

 そのお方の名前はウェルナード・ゴーレムメイカー・ドラゴンルージュ。

 そのお方こそ我らが国と唯一友好を結ぶドワーフの国からやってきた伝説のゴーレムメイカーであり、その国に住まう最高峰のドラゴンルージュであり、教官のゴーレムメイカーの師匠であり、この大陸の中でも決して怒らせてはならぬ人物の一人であり、そして――

「やっほードロティアちゃん、ウェル爺ちゃんじゃよー?」

 ――孫にだけはやたら甘いただの爺である。

 鋼鉄竜が、ため息をついたような気がした。



 ――ここでちょっとだけ弁明させてもらおう。

 まず前提として、自分や自分の両親は人間である。

 だが、ドワーフは三百歳まで生きるというほどの長命種であり、それゆえ種族的に子供ができにくい体質をしている。そしてそういう理由からドワーフたちは自分の『血』より『技術』を継ぐものを自らの子供と称し大事に育てる風習があるらしい。

 それゆえこのお方の直弟子である教官の、その弟子である自分たちは兄弟子姉弟子のことを兄さん姉さんというし、このウェルナード様も『我が息子(弟子)であるソマの弟子なら、それはすなわち自分の孫である!』などと非公式ながらも発言していたりする。

 さておき。

「ところでアリスちゃんは無事かの? 三週間くらい前にあのバカ息子から手紙を貰ってから慌てて出てきたんじゃが」

 たしかに孫同然のアリス姉さんが心配だったのはわかる。

 しかし、だからといって最大戦力である鋼鉄竜――地這う竜(ドラゴン)型のゴーレムにまたがってやってくるとか、ウェルナード様はちょっと頭おかしいのではないだろうか?

 たしかそのゴーレム、単騎で空とぶ竜(ドレイク)の巣を蹂躙(じゅうりん)できましたよね? そんな戦闘能力を思い出し、私は内心冷や汗をかく。

「はっ! 今朝顔を見ましたが元気そうでありました!」

「そうかそうか、無事か。いやぁよかったよかった」

 ウェルナード様が好々爺とした表情で笑い、ようやく自らのゴーレムに国境線上での待機を命じる。

「ところでドロティアちゃんや、言葉がかたいぞ? もっとやわらか~く、ウェルお爺ちゃんって、よんでくれんかの? バカ息子っぽく言えば、あー……そうそう、もっとフランクに」

「それは失礼をば」

 こんのくそ爺……! 引きつりそうになる顔をどうにか気力で押さえ込み、謝罪の一礼。

「んもう、ドロティアちゃんかた~い!」

「……ウェルナード様、あまり調子に乗るとアリス姉さんにすべてを話し、そしてひっぱたかせますよ?」

「やめてっ!? お爺ちゃん立ち直れなくなっちゃう!」

 ウェルナード様が悲鳴に似た声を上げる。

 ――うん、さすがアリス姉さん。弟子最強の名前は伊達ではないな。



      〇



「おー! 儂のゴーレムよりもずっと速い! これがあれば三週間とかからずこっちにこれる! のう! さっきの鋼鉄竜と交換せんかの!」

 初めて乗る我らが国の弐型魔法戦車の速度に、ウェルナード様はひどく興奮した面持ちで自分にそう尋ねてきた。

 というか空とぶ竜の巣を蹂躙できる鋼鉄竜と、極端な話ただ速く走れるだけの馬車とを交換とかやめてください本当に。そちらの大統領閣下に恨まれてしまいます。

「……馬の育成法や飼育法が国家機密ですので」

「むぅ……まあ、どうせならバカ息子から最新型を貰うかの。こんな複数系統の魔法を組み合わせた変なもん作るのはあいつくらいしか居らんし、それにアイツの性格上、いまごろは上位か改良型を新造してそうじゃし」

 このくそ爺、一目見て製作者を言い当てたばかりか『最高機密の方を貰うよ』なんて類のこと言いやがった。思わぬ事態に自分の顔が引きつる。

「おっと、とめてくれ」

 そう言うや老人とは思えぬ機敏さで立ち上がり、魔法戦車が完全に停車するまえに路上へと飛び降りた!

「ちょ! ウェルナード様!?」

「アーリスちゃーん! あけとくれー!」

 しかしさすがはゴーレムメイカーにしてドラゴンルージュ。そんなことはものともせず、ウェルナード様は皇宮までの通りすがりにあるのみすぼらしい家――教官の工房の前で声を上げる。

 ――ところでこのウェルナード様、年のせいでやせ衰えたせいか、見た目だけなら農作業で日焼けした、ちょっと筋肉質な人間の御老体にしか見えない。

 なおかつもっとも有名である鋼鉄竜を国境線沿いに置いて来ている上、現在の服装自体が質実剛健とした旅装束というドラゴンルージュにあるまじき粗末な格好に加え、このくそ爺、教官にすら嘘の情報を自分たちに伝えるよう脅迫し、自分がドラゴンルージュであることすら隠してやがっていたのだ。

 教官の元から巣立って半年、はじめて陛下護衛の栄誉をたまわったあの日、ドワーフの国の大統領閣下から「半ば引退状態ではありますが、このお方が我が国最強のドラゴンルージュ様です」などと紹介されたときはあまりの衝撃に噴き出しそうになった。

 しかもその後、ウェルナード様がぽつりと「他の孫たちにバラしたら個人的に所有しとる鋼鉄竜百体ほど率いて帝国に攻め込むから」などというものだから――ああ、あの急に冷え切った謁見会場! 今思い出しただけでも胃が痛くなるっ!

 教官! いまこの国でこのくそ爺に勝てるのは教官しかおりません! 早く戻ってきて!

「あれ? ウェルおじーちゃん? ……こんな夕暮れにどうしたの?」

 ウェルナード様のその気さくな言葉に、アリス姉さんが小首をかしげながら扉を開けた。

「うむ! アリスちゃんが家出したとかバカ息子――ソマが手紙をよこしてきての。村から慌ててでてきたぞい! なんぞあのバカ息子から変なことをされたんか?」

 まるで世間話をするかのような気さくな声色。しかしその言葉は言外に「場合によっては今から親子ゲンカ(せんそう)だ」と雄弁に語っていた。

 ――やめてっ! たとえ全力でなくともあなたが戦ったら地形が変わっちゃう!

「家出って……大丈夫よ。ちょっと陛下からお使い頼まれただけなんだから」

 やめてーっ! 火口で鬼ごっこするようなマネしないでーっ!

「……そうか……あの小娘が……!」

 大陸の中でも決して怒らせてはならない人物の一人であるウェルナード様が背中に怒気を背負う!

「もう! 陛下はすっごい偉い人なんだから小娘呼ばわりしちゃだめだよ? ウェルおじーちゃん」

 だが、アリス姉さんはちょっとだけ眉をひそめる程度にとどまり、あまつさえウェルナード様を逆にしかりつけたっ!

 ――というか教官といい姉さんといい、なんでうちの人たちはこうも殺気に鈍感っていうか、怖いもの知らずなの!?

「てへ! こりゃウェルおじーちゃんうっかりじゃ!」

 もうやだこの職場!



「――あら? ウェル御爺様ではありませんか」

「ベアトリスちゃんやっほー!」

 ウェルナード様はそのままずかずかと教官の工房に上がりこみ、居間のテーブルで作業服を着て指輪に魔法陣を彫り込んでいたベアトリス姉さんに笑顔で挨拶。

「少々お待ちを、今片付けますから。エリー、ウェル御爺様にお茶を。それと――ウェル御爺様、ご夕食は?」

「まだじゃ」

「では、エリー。大変でしょうが夕食の数を一人分増やしなさい」

「かしこまりました」

 ベアトリス姉さんの隣に静かにはべっていた侍女がかしずき、奥へと消える。

 またベアトリス姉さんはテーブルの上からてきぱきと道具を片付ける。

 そして自分はその作業を手伝いながらこっそりとシャルル兄さんのことについて尋ねる。

「……ところでシャルル兄さんは」

「まだ奥でわめいてますわ。おかげで自室での作業がはかどりませんの」

 監視にと部下を一人置いていたのは失策か。ふたりでため息。

「なんぞ? シャルルがどうかしたんかの?」

 じ、地獄耳っ!

「いいえ! なんでもあ――」

「そうですわ! ウェル御爺様、シャルルが陛下にお会いしたくないといってますの……どうにかなりません?」

 やーめーてー!

「シャルルがそういうんじゃ、無理にあの小娘にあわせる必要ないじゃろ」

「ウェルおじーちゃん?」

「てへ! 冗談じゃ、冗談! どれ、ちょっと事情を聞いてくるかの」

 だれかこの役かわって! 切実に!



      〇



 あのウェルナード様にどのような説得を受けたのか、シャルル兄さんが嬉々として「それじゃぁちょっと行ってくるだよ!」と部下と一緒に皇宮へと向かい、しかし時間も時間なので自分たちは四人でテーブルを囲んでいた。

「ウェルおじーちゃん、シャルルをどう説得したの?」

「なぁに、簡単じゃ。シャルルは気配で人を察知できるのじゃろう? だったら目をかたーく閉じてれば良いといったのじゃ」

 ウェ、ウェルナード様、それは陛下に対していささか不敬なのでは……?

 しかしそんなことを一向に気にした節のないアリス姉さんとウェルナード様。その態度に自分は思わずベアトリス姉さんに大丈夫だろうかと尋ねてしまう。

「大丈夫も何も、シャルルが陛下相手に礼儀正しくできるわけがありませんわ。いまさら目を閉じたところであの陛下が気にするわけがありません。それに、よしんば切りかかられたとして――やだ、普通に陛下をはり倒して皇宮から逃げてくる光景しか浮かびませんわ……」

 ベアトリス姉さんが真剣にそんなことをつぶやく。

 たしかに、儀式魔法で身体を極限まで強化した帝国最強の皇室騎士団相手に技術だけで逃げ切り、そしてなにをトチ狂ったのか地這う竜の巣を素手で蹂躙できるのだ。

 自分の背中につめたい汗が伝う。

「そういえばウェルおじーちゃん、どうしてドロティアちゃんと一緒に来たの?」

 しかし、アリス姉さんとウェルナード様はやはりそんなことなど一向に気遣うこともなく、会話に花を咲かせていた。

「んー? 実は街に到着したときちょうどドロティアちゃんをみっけてのー? 乗せてきてもらっちゃった」

「もー、ウェルおじーちゃん、ドロティアの仕事の邪魔をしちゃだめだよ?」

「てへっ!」

 ――アリス姉さん、もっと怒って良いんですよ?

「そーいえば、うちのバカ息子――ソマはどこじゃ?」

「師匠? 師匠なら温泉にいってるよ?」

「おん、せん……じゃと?」

 瞬間、ウェルナード様がふたたび怒気を背負う!

「あのバカ息子……アリスちゃんたちをおいて一人で温泉、じゃとぉ……っ!」

「ウェルおじーちゃん! 師匠を怒らないであげて!」

「じゃが、じゃがの?」

「ウェル御爺様、我が師は、その……陛下の言いつけで、姉さんに」

 そしてベアトリス姉さんは顔を伏せつつ、右手で空を()ぐ。

 ――って! ベアトリス姉さん!?

「なっ! まさか! まさかぁああっ!?」

「ええ。御理解、いただけましたか?」

「そりゃぁ仕方がない! 仕方がない! そんなことされたら儂、あの小娘を屠った後で首を吊ってしまう!」

 ウェルナード様っ!? いまさらっとなにをおっしゃいました!?

「ええ、わたくしなら一生立ち直れませんわ……」

「それはちょっと大げさすぎるよ!?」

 そして、アリス姉さんが二人の言葉に驚いて声を張り上げる。

「ううっ……無事でいるといいんじゃが……」

「ええ、本当に……」

 おんおんと涙を流しながら、なにか共感するものがあるらしい二人は深くため息をつく。

 ああ、もう、なんだかどっと疲れてきた……自分は、違う意味でため息をついて、エリーさんの入れた紅茶を飲んだ。

「……あ、美味しい」

「ありがとうございます」



 その連絡が来たのはウェルナード様が夕食後の団欒(だんらん)を楽しんでいたときだ。

「隊長!」

「どうした?」

 やや息を切らせた自分の部下が、なにをそんなに慌てているのか、教官の家に土足で上がりこんできたのだ。

「はっ! その、あの……」

 自分が説明を求めると彼女はしろどもどろながらにちらりとアリス姉さんたちと談笑するウェルナード様のほうを見る。

 どうやらドラゴン(・・・・)ルージュ(・・・・)への用件らしい。

 そして、ドラゴンルージュへの用件といえばたいていは決まっている。

 そう、竜討伐か、戦争だ。

「シャルロット皇帝陛下がウェルナード様にお会いしたいとのことです!」

 言い終えた瞬間膨れ上がる怒気、それに敏感に反応した彼女は脂汗を流して自分のほうを見る。

「はっ! なんじゃそれ。ただのジジイである儂が呼ばれる理由がないわ」

 しまった! ウェルナード様は自身がドラゴンルージュであることを隠しているんだった!

 それに気が付いた瞬間、一瞬で私の体中から血の気が引き、自分は慌ててフォローに入る。

「ウェルナードさ……いえ、ウェル御爺様、たぶん、皇帝陛下は教官の父君であらせられるウェル御爺様とお話がしたいのだと」

「それなら、そっちからきたらどうじゃ? と言ってやれ。それならいくらでもあってやるわい。儂が許す、言って来い」

 脂汗を流した部下のほうからかたかたと震える音がする。

 たしかに、相手はこの大陸で怒らせてはいけない人物の一人だ。自分だってはやくここから逃げ出したい。

 しかし、そんな自分たちの恐怖を知ってか知らずか、やっぱり最強のアリス姉さんがやらかしてくれた。

「もう! ウェルおじーちゃん! これは名誉なことなんだよ? それに、いい加減にしないと私、怒るよ?」

「ドロティアちゃん! 儂、なんだか急に陛下とお茶したくなちゃったなー! 乗せていってくれんかのぅ!?」

 一瞬で、ウェルナード様の怒気が霧散した。

 と、いうか、怯えていた。



      〇



「デック共和国の魔法使いにしてソマ・ドラゴンルージュ様のゴーレムメイカーの師匠にして共和国軍特別顧問で――」

「ながい! ウェルナードで十分じゃ!」

 ウェルナード様は本来名誉なことである御前での名乗り上げの途中であるにもかかわらず、開口一番にばっさりと切り捨てる。

「弟子が弟子なら、師匠は師匠であるの?」

 しかし、そんなことは一切気にしない陛下は、いつも教官にしているそれ(・・)と同じく、けだるそうに肘掛に身体を預け、けだるそうに言い放つ。

「久しいの? ウェルおじーちゃん?」

 ただ、普段と唯一違うことといえば、陛下は教官が『今持ちうる全知識を総動員し、全身全霊、持てる魔力をすべて込めて作った』とかいう遺失魔法物(アーティファクト)級の豪奢なドレスで身を包み、腰に自身の愛剣であり斬撃を飛ばし空間を切り裂く宝剣『雲斬(スカイザッパー)』を帯剣し、さらに陛下の宝剣を携え、なおかつ一人一人が一騎当千の古強者でもある傍付きの侍女が八人全員揃っている、ということか。

 そう、教官風に言えばそれはまさしく『どこからどう見てもこの場でウェルナード様と戦うおつもりです、本当にありがとうございました』である。

「きもっ。娘でも孫でもないおぬしから言われることが、これほどまでに気持ち悪いとは思わなかったぞ」

「かかっ!」

 そのとき、私はウェルナード様をつれてきた騎士としてウェルナード様の後ろに控えているのだが、もうこの時点で泣きたくなってきた。

「さて、単刀直入に言おう。隣国の……なに連合国だったか?」

「畏れながら陛下に申し上げます。カント連合国です」

「ああ、カント連合国か。彼奴らめ、ついに大部隊を組織し、せめてきよったわ」

 その国は完璧に帝国を狙う敵国のひとつだ。

 国境間での小競り合いが年に数度も行われる程度には仲が悪い。

 まぁ、種を適当にまいただけで収穫できるような土地だ。狙うな、というほうが無理だろう。

 ……そして、教官がいなくなって三週間。我らが帝国が誇る弐型魔法戦車や虎の子である参型魔法戦車を除けば、この進軍は異例の速さといえるだろう。

 ――ただ、彼らは少々、竜を甘く見すぎている。

 我等が帝国は竜が繁殖しやすい土地柄だ。

 自分の記憶が正しければ、カント連合国との国境沿いにはわざと放置していた竜の巣があり、さらにカント連合国には竜の巣を撃滅できるドラゴンルージュやドラゴンスレイヤーはいない。

 つまり、彼らは確実に竜の巣を迂回しなければならず、よしんば迂回したところで大軍だ。

 大人数が通りかかって竜がそれを見逃すなどありえない。襲い来る竜によって軍は少なからぬ被害をこうむることだろう。

 ――あれ? とするとどうしてウェルナード様をここに呼んだ?

「五週間前、あそこを守るドラゴンルージュの引退と共に、小僧があそこの竜の巣を撃滅してしまったからな。大部隊はまっすぐとこちらへ向かってくるだろう」

 教官んんん!?

 い、いやたしかカント連合国付近のドラゴンルージュ様は御年六十五歳のウィッチクラフト。年のせいでよく魔法陣の描写や詠唱を失敗すると前々から聞いていた。仕方ないといえばしかたがないだろう。

 が! それでも! 教官、あなたはなにをやらかしてくれたんですか!?

「時間にしてあと二日程度。さしものドラゴンルージュとて、国を挙げての大部隊を追い返すほどの能力はない。そして、わらわの庭の守人であるあの小僧は――今、役にたたん」

「じゃろうて。あんなことをされたら、儂なら首をくくるわ」

「ほぅ? それは良いことを聞いた」

「首をくくる前に、儂のゴーレムを全部率いてこの国に攻め込むがな?」

「かかっ! それは怖い! さしもの小僧も、鋼鉄竜の巣相手では時間がかかろうぞ!」

「それで? 儂になにをさせたい? 小娘」

「わかっておるくせに。乙女の口から言わせるとは……いやらしい爺だの」

「この場の乙女はドロティアちゃんただひとりと決まっておる! 異議は認めん!」

「そうか……ドロティア」

「は――はいっ!」

「おぬしの兄弟子たるシャルルは『お国よりも嫁子だべ』などと言いながら逃げ出し、友好国の危機であるにもかかわらずこのヒヒジジイは協力せんというらしい……わらわたちにはもはやおぬしら皇室騎士隊しかおらぬ。故に参型の許可をだそう。死んできてくれ」

「――えっ?」

 あまりにもあっさりといわれ、自分は自分の思考が追いつかなくなっていた。

 いや、でも、たしかに戦争なら、帝国最強の騎士隊である皇室騎士隊が出張るのは当たり前か。

 それに、自分には――いや、皇室騎士隊には教官に教えてもらった地脈魔法がある。

 皇室騎士隊の人数は三十名。地脈魔法は魔法と呼ぶにはおこがましいくらいに単純なことしかできないが、それでもひとりひとりが一騎当千。

 ――いける!

 自分はそう確信し、口を開こうと……。

「くっ! ドロティアちゃんを盾に取るとは! 卑怯じゃぞこの小娘! いやこの塵芥! ゴミ虫!」

 ……して、ウェルナード様の口汚い罵りにとめられた。

「かかっ! なんとでもいうがよい!」

「あ、あのウェルナード様……?」

「ドロティアちゃん! みんなを連れて儂の国にくるんじゃ! ソマなら儂がつれてこよう! こんな小娘のところにいたらいつかこいつに殺されてしまう!」

「いえ、あの、その……」

「のうドロティア、そこのヒヒジジイに自分の身分を言ってやるがよい。おぬしは帝国最強の、皇室騎士隊隊長なのであろう?」

「へ、陛下!?」

「ダメじゃ! ドロティア! 耳を貸すでない! やつは悪魔の子じゃ!」

「あー、うー、あー……」

「ドロティア!」

「ドロティアちゃん!」

 お二人から言われる自分の名。

 そして、ここ謁見の間では、自分の一言にこの国の存亡がかかっているだけに、大臣らが自分を固唾をのんで凝視する。

「うー、あー、うー……」

「ドロティア!」

「ドロティアちゃん!」

 しかし、こんな偉いお方二人にこうも言われるほど、自分の精神は強くはない。

 そして思わず、自分は泣き声で叫んでしまった。

「教官! たすけてください!」

 ――遠くで、金属音が鳴った気がした。



 カント連合国が国境沿いにやってくるまで、後、二日――

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