3話 シャルル・ハートブレイカー
四年くらい前の話だ、オラの村がでっかいトカゲもどきに襲われたのは。
村一番の呪い師様で、文字も読める人形使いのばっちゃはそのトカゲもどきのことをなんちゃらとか言ってたが、呪い師様でもねぇ文字も読めねぇオラがそのなんちゃらっちゅーのを知るわけがない。
ただ、オラがわかるのは、そのトカゲもどきがオラよりもばっちゃよりもずっとずっと強いって事と、
「ちょうどいい。アリス、トリス。ちょっと早いがゴーレムメイカーとウィッチクラフトの戦い方のお手本を見せよう。――オーダー、一号、蓄積魔力を使用して身体強化の魔法陣起動、あとは殴れ」
その年端もいかねぇセンセがそのバカでっけぇトカゲもどきよりももっとずっとずっとずっと強い呪い師様だってことだ。
んで、その呪い師さまが一号っちゅった人形がぱぁっと光った後にふっと消えて、オラがぎょっとしたとおもうとトカゲもどきの頭がぽんっとふっとんだ。
それを見た瞬間、オラのバカな頭が珍しく働いてくれた。
そう――こんだけの力があれば、とうちゃとかあちゃと弟たちさ毎日肉ば食わせてやれるんでねぇか? と。
「呪い師様! オラに人形ばつかう呪いおしえてけろ!」
「……えっ?」
それが、センセとオラ――最強の魔法使いドラゴンルージュとただの木こりシャルルの出会いだった。
――結局、三年ほどセンセの下でみっちり修行したけど、オラに人形……ああいや、ゴーレムを使うために最低限必要な魔法の才能がなかった。
センセも「シャルル……申し訳ないがぐうの音も出ないくらいにお前はあらゆる魔法の才能がなさ過ぎる」と落胆してて、トリス姉さは「通常、魔法の才能がない弟子は破門されますわ……」なんて涙をこらえながらいってて、オラはセンセに落胆されたその夜ぜんぜん眠れなかったのをよっく覚えている。
だども、センセはオラに魔法の才能がないからといって破門するようなこともなく、センセはオラに文字の読み書きやら足し算引き算やら、そんな貴族様でもないと教えてくれないようなことをいろいろ教えてくれた。
おかげでインテリになったオラはかわいい嫁子も貰うことができて、本当にセンセには返しても返しきれない恩をもらった。
そのあと、村一番の働き手だったゴーレム使いのばっちゃが死んだっていう手紙を貰って、オラが村に帰ることになる日にはセンセは「いつでもきなさい。我が弟子よ」と涙ながらに言ってくれた。
本当にオラはセンセにたくさんのものを貰った。
文字を教えてもらったし、足し算引き算を教えてもらったし、身ひとつでの戦い方を教えてもらったし、嫁子との結婚式のときにはお祝いのお金とか作業用とかいうゴーレムとかももらったし、『ハートブレイカー』っちゅー貴族様にしか許されねぇはずの称号まで貰っちまった。
そんなでっけぇ恩のあるセンセの家の前に、オラはひさしぶりに立った。
センセの家は相変わらずオラたちの村みたいにみすぼらしい木の家で、オラはそれを見るたび「頭のいー人の考えてることはホントわっかんねーなぁ」とぼんやり考える。
「センセ! ちょっと相談したいことがあるだよ!」
一年半ぶりに会うセンセの手土産にとトカゲもどきの塩漬け肉を乗っけた重たい背負子を担ぎなおし、オラはセンセの家の扉を叩いた。
〇
「エリーさーん! シャルルがきたからお茶だしてくださーい!」
垢抜けた格好したアリス姉さが玄関先でオラを見た瞬間にそんな声をだす。
「え、えりぃ? なんよ、センセ結婚したんけ? どうすっべ! オラお祝いのお金なんて持ってきてねぇど!?」
「え? ああ、ううん。エリーさんはトリスの傍つきの侍女――ええっと、お手伝いさんよ?」
「トリス姉さもいるんけ!?」
あんまりびっくりして、オラは素っ頓狂な声を出す。
――たしかトリス姉さはどっかさ嫁いでいったはずだべ?
トリス姉さが書いた手紙には「忙しいけどうまくやってる」って書いてたってアリス姉さもいってたでねぇか!
もしかして三軒隣のリンちゃんみたいに出戻りか? トリス姉さは怒るとわけのわからねぇ言葉で怒鳴り散らすからおっかねぇんだよなぁ……内心びくびくだべ。
「あ、アリス姉さ……トリス姉さ、怒ってねぇか?」
「え? 怒る? ううん、別に? ――ああ、でも『あの豚竜卿がぁっ!』とか言ってたわね」
「おおぅ……」
ってぇことは、その『ぶたりゅうきょう』とかいう貴族様と夫婦ゲンカしたんけ? いくらトリス姉さも魔法使いだからって男とケンカするとか命知らずだな。
……よし、ここはセンセの弟子の中でいっちゃん年上のオラの出番だ!
そう強く心に決めてセンセから貰った革靴を脱ぐや、オラはトリス姉さの気配のするほうへと直行する。
この方向、この距離、どうやらトリス姉さは部屋にいるらしい。
「トリス姉さ!」
がらりと、部屋を仕切っていた扉を開ける。
「――へっ?」
開け放った扉の向こうでは、トリス姉さはちょうど魔法の勉強をするために普段着から作業着へと着替えていたところだった。
だが、たとえ貴族様の綺麗なお体でも、オラの嫁子に比べれば全然色気が足りない!
オラは鼻を鳴らしてトリス姉さにぴしゃりと言い放つ。
「トリス姉さ! センセが言うに夫婦喧嘩は犬も食わな――」
「我が魔力よ! 衝撃の鎚となりて敵を討て!」
「――ぶへらっ!?」
トリス姉さのその魔法の一撃は、今まで戦ったどのトカゲもどきの尻尾よりも効いた。
「――はぁ? わたくしが結婚? そんなわけないでしょう」
「え? でもトリス姉さがちょうど成人した年に『行き先が決まりました』ってセンセに」
「就、職、先! お仕事がきまったんですわ! だいたい十五と同時に結婚するのはあなたがたが住むような村くらいのものですわ!」
「――アリス姉さ、そうなんけ?」
「さぁ? 私もちょっとわかんない」
「御安心を! 姉さんの嫁ぎ先はわたくしがゆっくりじっくり吟味して差し上げます! ええ、ええ! たとえ十五となろうが二十五となろうが三十五となろうが四十五となろうが! わたくしが納得しない限り生半可な殿方のところへは嫁がせませんわ!」
「ありがた迷惑だよ!?」
――トリス姉さ、アリス姉さのこと好き過ぎじゃなかと?
オラたちはセンセの家の中にある、細長い葉っぱでできた敷物が敷き詰められた居間で食卓を囲み、エリーさんっちゅーお手伝いさんが入れたお茶を飲む。
――うん、さっぱり味わかんね。
オラの村じゃお茶を飲んだことがあるっちゅーだけでもモテモテになるんだけども……こんな赤いお湯、貴族様はよく飲む気になるなぁ。
「ところでセンセはまた修行け?」
「師匠? 師匠ならちょっと湯治に出かけてる」
「とーじ……ってなんだ?」
「あー……温泉で傷を癒してるの」
「――センセが、怪我?」
修行中、あのでっかいトカゲもどきの爪から半人前だったオラを庇ったときですらセンセは傷ひとつつかなかった。
そんなセンセが怪我?
一瞬で、身体の芯から頭が冷えていく。
「……相手は誰ぞ?」
「シャルル、そう殺気立たないでくださる? エリーがおびえているわ。それと、傷と言いますけど実のところはただの放蕩――遊びにいったんですの」
「ほんとけ?」
「ええ。事実、その傷を作ったのは姉さんのビンタ、ですもの」
「……さすがアリス姉さじゃ」
あのセンセにビンタで傷をつけるとか……今度は違う意味で身体の芯から冷えていく。
そしてオラは一生、アリス姉さだけは怒らせないようにと、固く心に誓うのだった。
「まってシャルル、あなた絶対誤解してる……」
〇
アリス姉さの話だとセンセはあと二週間は帰ってこないらしい。
オラはしかたなしにエリーさんへ今晩の夕食にでもとトカゲもどきの肉の塩漬けを渡し、ひさしぶりにオラが使ってた部屋に戻ってくる。
オラの部屋は修行中に結婚したということもあって、姉さたちよりもずいぶんと広い部屋を当てられていた。ただ、ベッドとかクローゼットとかは村に戻るときに持っていったため、センセの家のオラの部屋にはほとんどなんにもない。
「――あったあった」
ただ、押し入れ、とかいうちまっこい物置部屋の中にはセンセとの修行時代によく使っていた毛布があったので、オラはそれを引っ張り出す。
なっつかしぃなぁ。昔はよくセンセと二人でこれだけ持って山籠りしたっけ。
センセは「必要に駆られればきっと魔法だってうまくなる!」とか言ってたけど、結局オラが使えるようになった魔法は火打石みたいに火花を出す魔法と、布をじわっと湿らせて身体が拭けるようになる魔法、あと涼しかったり暖かかったりする風を吹かせてくれる魔法だけ。
そんな才能無しなオラをよくセンセは見捨てなかったもんだ。
しみじみとそんなことを思い出し――ふと、アリス姉さとトリス姉さに見つかるとどやされるとかでセンセがオラの押し入れに隠していた酒のことを思い出す。
「……あったあった。センセには申し訳ないけど、寝る前に晩酌すっか」
押し入れの床板をはずしたその先に、山のように積み上げられたぶどう酒のビンを見つけたオラはにんまりと笑った。
エリーさんに「夕食の準備ができました」と呼ばれ、オラは姉さたちが待つ居間へと向かう。
しゃぁっ、と居間を区切る扉を明けると、姉さたちはすでに椅子に座っていて、食卓の上にはオラが持ってきた塩漬け肉を塩抜きしてこんがり焼いたものがででんと置かれていた。
そしてその横に調味料と、そして――
「あ、アリス姉さ、それ白パンけ……?」
「え? あ、うん、そうだけど?」
いつもはセンセがいないと食べられなかったはずの白パンが食卓に並んでいた!
その事実にオラはがくがくと震えだす。
「い、いいんけ!? センセがいないのに勝手に白パンなんておいて!」
「シャルル、安心なさい。この白パンの代金はわたくしが交際費としてわたくしの職場に払わせますから」
「トリス姉さ……なにいってるかわっかんねぇけど、いっぱい稼いでるんね」
「我が師の行方がわからぬというのにこんな無理難題を吹っかけてきた豚竜卿へのせめてもの意趣返しですわ。あーっはっは! あの豚竜卿め、無駄に赤字を出して研究所を首になるがいい!」
「さ、さよけ……」
一瞬、その雰囲気が怒った時の嫁子の姿と重なって身震いする。
――まぁ、それはそれとして。オラは村に残したその嫁子の顔を思い出し、思い切って聞いてみることにした。
「な、なぁトリス姉さ」
「ええ、もちろんわかっていますわ。ただ白パンは日持ちしませんから帰りに包ませ……いえ、むしろ明日の出来立てをマスタングに送り届けさせましょう。マスタングも御者の仕事がないと嘆いておりましたし、彼にも挽回の機会が必要でしょう。エリー?」
「かしこまりました。ではお嬢様、少々席をはずさせていただきます」
「ええ、いってらっしゃい」
「トリス姉さ! 恩に着るだよ!」
これで悩みはなくなった。オラは嬉々として椅子に座り、センセに教えられたとおりに手を合わせて「いただきます」と肉になってくれたトカゲもどきにお礼の言葉を唱える。
あとはテーブルにおいてあった肉刺しとばかでかいナイフでトカゲもどきの肉を切り取り、自分の皿にのっける。
肉の隣には塩やら黒っぽい実を砕いたものやら香草やらがおいてあり、オラはその中から小さくて黒っぽい実を砕いた粉をひとつまみ肉に振り掛けて口に運ぶ。
う~ん、このぴりっとした感じと強い匂いがなんともいえない。オラの村じゃ取れない実なんだけど、これなんの実だべ?
これもいっしょに運んでもらってもいいだべか? そんなことを口に出そうとしたとき、肉を一口食べたアリス姉さが不思議そうに口をひらく。
「うーん……なんだろう? このお肉。よく食べてるはずなんだけど思い出せない」
「あら、奇遇ですわね。わたくしも我が師の元で修行していたころにはよく食べていたと記憶しているのですが……牛や豚ではありませんし……」
「これけ? これはオラが一週間くらい前に狩ったでっかいトカゲもどきの肉だよ。んでこれはそのトカゲもどきのなかでも一番旨い尻尾の部分だべ。本当は獲れたてをあぶり焼きにするのが一番旨いんだども、すぐ腐っちまうから塩漬けにしてもってきただ」
「おおきなトカゲもどき……ああ、なるほど。ジャイアントリザードですわね。確かに珍味として貴族の間では比較的よく食されてますわ。たしかに獲れたてがもっとも美味しいとされているので、食べたければ自前の兵士と共に狩りに行かなければなりませんけど」
ほへ~、あのでっかいトカゲもどき、ジャイアントリザードっていうんけ。初めて知っただ。
「それにしてもシャルル、よくジャイアントリザードなんて狩れますわね。あれは兵士たちの教練にも使われるほどの魔物だと言うのに……あなた、たしか我が師から無手の術しか教えてもらってないでしょう?」
「んだ! 鉄はたっけーからな! んでも、センセが言うにはこう、後ろ足ばぐんっとした後に腰をぐるんってして、肩ばぐいっとしながら手のひらをどんってすっとずーんってなって心臓がぱぁん! ってなる? らしいから簡単だよ」
たしかセンセはこの殴り方を『よろいぬきー』とかいってたっけ。オラの称号の元になった殴り方で、センセから教わった戦い方の中でオラが一番得意にしとる殴り方だ。
「……姉さん、解読をお願いできます?」
「無理だよ!?」
アリス姉さが悲鳴みたいな声で叫ぶ。
うーん、センセはバカなオラにもわかりやすいよう一週間もかけてこの説明文を考えてくれたって言うのに、なんで姉さたちにはわかんねぇんだべ?
「でも、あなたの村の傍にジャイアントリザードが棲めるような水辺、あったかしら?」
「森ん中をすこーし歩いたところに川があるだよ。ちこっと前に見つけたんだべ。んで、ここ最近は森ん中に動物が一杯いるせいかそのジャイアントリザードっていうのも一杯いるだよ」
しかもでっかいから一匹狩るだけで村中に肉がいきわたる。たしかに運ぶのはしんどいけど、センセが結婚祝いにゴーレムもくれたおかげで楽に運ぶことができるから最高の獲物だ。
おかげでここ一ヶ月は毎日のように新鮮な肉を嫁子や村のみんなさ食わせてやれてるし、あまったうろこや皮は村に来てくれる商人が毛皮並みの値段で買い取ってくれるから村のみんなも喜んでくれてるし、嫁子さ新しい服を買ってやれて最高の気分だべ。
……でも、かなしいかな。嫁子がその肉をくって力が有り余ってるせいかオラ、最近は夜の嫁子に負けっぱなしだ。
ぜひともセンセには嫁子に勝てる策を出してもらいたいけども……センセ、見た目は若いけど年くっとるし、しかもあの年で嫁子の一人もいねぇから無理かな……。
来年、うちの妹ばセンセの嫁子さだそうかな? そんなことをぼんやりと思い、そしてそのとき、ようやくオラのバカな頭が働いてくれた。
「――思い出したべ!」
「きゃっ!?」
「ちょっとシャルル! いきなり大声出さないでくださいな!」
「あ、悪い悪い。でもトリス姉さ、一大事なんだべ!」
「一大事ぃ? あなたの一大事といえば逢引の仕方とか贈り物とか告白の仕方とか、わたくし、そういうのしか記憶にないんですけど? それとももしかしてまたケンカでもしまして? 我が師の言葉を借りれば、夫婦喧嘩は犬も食いませんわよ?」
「まぁまぁトリス。そんなこといわないの」
「ぶー……」
「うふふ。――それでシャルル、なにが一大事なの?」
トリス姉さの悪口をなだめ、アリス姉さがオラのかあちゃみたいな微笑みできいてくる。
――やっぱ、アリス姉さがオラたちのなかで一番つよいべ。
改めてアリス姉さだけは怒らせないようにしようと心に決めて、オラは今日、センセのところにきた理由を話す。
「今オラの村が危ないだよ!」
オラのその一言に、姉さたちが驚きに目をむいた。
実はオラの村は森のそばさあって、食いもんは森で取れた動物とか、やってきた商人さ都会で使う薪や毛皮ば売って暮らしてる。
――ああ、あと家の床さ敷き詰める木材ば切り出すこともしとるか。
ともかく、そんなわけでオラの村は森と切っても切れね関係で結ばれてて、その日もオラはオラの嫁子から起動してもらったセンセのゴーレムば引き連れてジャイアントリザードを狩りに行ってた。
そんなときだ、ぎらぎらに光る金属鎧ば着込んだ騎士様たちがオラをみつけるやオラの前にやってきて「ここから先は立ち入り禁止だ!」とかいったのは。
さすがのオラもジャイアントリザードが狩れなくなると嫁子さ「今度は新しい櫛ばかってやるべ」といった手前非常に困る。
「だもんで、その騎士様さ文句いったんだども……オラん家の包丁みたいにぴかぴか光る剣ばのどさむけられて、さすがのオラも逃げ帰るしかなかったんだべ……」
「困ってる理由のその半分は自業自得ですわ……。さておき、話を聞けばその騎士たちがジャイアントリザードを狩りにきただけでしょう? 後日改めれば宜しいんではなくて?」
「……ちがうんだよ。その次の日も、その次の次の日も、次の次の次の日も、ずーっと騎士様たちが森の外ば見回っていてオラたちが森に入れなくなったんだべ」
「それは、また……」
「だもんで村長が領主様さ抗議にいったらあそこは立ち入り禁止だっていわれたらしくて、しかもオラたちを難しい話で煙にまくだよ……だもんでオラ、村長さお願いされてセンセさ相談しにきただ」
「なるほど、我が師はドラゴンルージュ。貴族にも顔が効きますし、シャルルは我が師に師事していた身。我が師の名を振りかざすようで少々鼻持ちなりませんが、でもあなたの村の村長も頭が回りますわね」
「んだべ? うちの村で一番頭がいいだよ。二番目はオラだ!」
「あ、いきなり心配になってきましたわ」
「なにを言うだ! 村長は文字ば読み書きできて足し算引き算ができるだけでねぇ、商人と交渉ができるすごい人だよ!」
「なるほど、一番と二番には大きな隔たりがあると。うん、それを聞いて安心しましたわ」
「だべ? まったく、トリス姉さはひどい人だ!」
「シャルル、シャルル。あなたバカにされてるのよ?」
「事実だべ?」
「あー……うん。シャルルが納得してるなら良いや」
「……? 変なアリス姉さだべ」
〇
日神様もまだ顔をださね時間、オラは表に誰か知らね人が来た気配に目を覚ます。
そしてどだどだという慌てた足音。この足の軽さ、この気配、たぶんアリス姉さたちだべな。
そだなことば考えてると、オラの部屋の扉ががらりと開く。
「――シャルル!」
オラの部屋に入るとすぐ、アリス姉さが二軒向こうのテオ坊みたいな勢いでオラに迫ってきた。
「どういうことよ! あなたの村のそばに竜の巣があるって!」
「ほえ? 竜? オラ、そだな化けもんあの森ん中じゃみたこともねーんだが?」
修行時代に一度だけ、オラはセンセにつれられてやってきた山ん中で竜にあったことがある。
しかも竜ってやつはセンセですらあった瞬間に顔をしかめて「はてさて……どうするか」とぼやく相手だ。
「そっだなヤツさ一匹でもあってたら、オラ、生きてここにいねーだよ?」
「……ああ、それもそっか。それじゃあただ単純にジャイアントリザードの巣と竜の巣とが別々にあったのね。あなた運が良いわ、たぶんジャイアントリザードをエサにして、竜が川辺に巣作りし始めたのね。みんなが森の中に入れなくなったのはそのせいよ」
「ほぇー……ちゅーことはオラ、かなり危なかったんだな」
「ええ。ただ――そのことを陛下の使いが知らせにきてくれたんだけど……」
「そこからはわたくしが」
そこでトリス姉さが口を出した。
「シャルル、よーく聞きなさい? 現在、あの豚竜卿がこちらへと向かってきているけど、竜の巣はたとえドラゴンルージュでも手に余るものなの……まぁ、我が師だけは例外ですが……さておき、ドラゴンルージュの弟子であるわたくしたちは、陛下の命によって彼奴の弟子らとともにその豚竜卿の補助に回ることになりました」
トリス姉さのまるで死にに行くみたいな顔。
アリス姉さもよっくとみれば手がカタカタと震えてる。
「――シャルル、わたくしと姉さんは覚悟をきめました。でも、シャルルは」
「心配しねでけろ? オラはセンセの三番目の教え子だと? アリス姉さみたいに強くないけど、トリス姉さみたいに頭がよくないけど、オラにはセンセに教えてもらったこれがあっだよ」
そういってオラは自分の右腕をたたく。
それにしても竜か……センセから教えてもらった『よろいぬきー』が通じるといいんだども。
いや、そもそもオラの手が届くといいんだども。
「……わかりました。シャルル、あっちで魔法を発動させてあげるからこの外套を着てなさい。――まだ未熟なウィッチクラフトのわたくしができるのは、これくらいですわ」
「えっ!? これセンセの――」
トリス姉さが取り出したそれは、センセがいっつも着てたあの赤黒い色の外套だった。
「ただでさえ魔法が使えない弟を裸で竜の前に放り込む姉がどこにいます! それに! この外套の使用に関しては姉さんが許可を出したわ!」
「んだら大丈夫か! オラこれ着るのが夢だっただよ!」
「まって!? なんで私が許可を出すと大丈夫なの!?」
それは、アリス姉さがセンセよりも強いからでねぇか?
その言葉を、一瞬嫌な予感がしたオラはぐっと飲み込んだ。
「それよりも問題は姉さんね」
「なんでさ?」
「姉さん、姉さんのゴーレムは?」
「二人とも、あとでお話があるから……こほん、今ようやく仮組みが終わったところよ。これから各部位のすり合わせがあるから、見た目を度外視してもあと二週間はかかるわ」
「ほえ? 地面からぐわーっ! ってだせんの?」
「どこの伝説の魔法使いよ、それ……そんなことできるわけないじゃない」
「できるとしたら二百年ちかく前にいたという伝説のゴーレム使いですわね。いえ、あのお方はドワーフですからいまだ御存命のはずですが」
あれ? おかしいな。そっだなすごい技には見えなかったんだども。
「だから、こんどこそ私も――」
アリス姉さがそのちまっこい拳をにぎる。よくよくみればアリス姉さの腰帯にはセンセがよく使ってた長くて曲がった剣がささってた。
ただ、オラはそのアリス姉さの行動が心の底から不思議に思えて、思わず姉さに聞いてみた。
「なぁ、アリス姉さ、なんでセンセの剣ばもってるだ? オラの家にセンセのゴーレムがあるだよ? それじゃだめなんか?」
「――そ、そーだったぁあああ!」
「おお、我が師よ感謝します! そしてシャルル! よくやりました! これであの豚竜卿の鼻を明かせますわ! 我が師の言葉を借りれば」
「ぐっじょぶ!」
そして、アリス姉さとトリス姉さが、センセがやってたみたいにオラに向けて親指を上に立てた。
――で、ゴーレム使いのアリス姉さはなんでセンセの剣ばもってるだ?
オラは、さっぱり答えてくれない姉さたちばみて、首をかしげた。
〇
「ちかごろの馬車ははえー……」
オラが乗り合い馬車に揺られ揺られて一日かかった村まで、へーかが準備してくれた馬車は一時間とかからずに運んでくれた。
それにあだな速さで走ったにも関わらず、四頭の馬は全然つかれた様子がない。
「馬車ではなく魔法戦車ですわ。我が師監修の」
「トリス姉さ、それは馬車とどーちがうだ?」
「……戦争で使うための、とにかく速くて硬くて大きな馬車、そう思ってくださいな」
「なるほど!」
戦争で使うならそらすごいべな!
「さて、豚――こほん、アハマヴァーラ侯爵がお待ちのようですわね」
「……あれ? トリス姉さ、ぶたりゅうきょうってよばんのけ?」
「腐っても我が師と同じドラゴンルージュ。目の前でその名を呼んだ瞬間、首と胴体が泣き別れしますわ。シャルル、決して口を開かぬよう」
「わ、わかっただ!」
トリス姉さの真剣な声に、オラはすぐさまぐぅっと口を閉じる。
「――あ、シャルル、私師匠のゴーレムを借りてくるね? シャルルの家?」
オラはこっくりと首を縦にふる。
「わかったわ。じゃあトリス、すぐ追いかけるからそっちはよろしくね?」
「わかりましたわ、姉さん。もし姉さんが来る前に出発してしまったら入り口にハンカチを、森の中からは枝を手折って目印をつけながら歩きますわ」
「うん、お願い」
アリス姉さが村のほうへと走っていき、オラたちは村に隣接する森のほうへと足を進める。
その先には、村じゃ見たこともないくらいに太った貴族様が、何人かの男たちと一緒に立ち尽くしていた。
「――帝都から程近い村だというのに、いささか遅くはないか? なぁ? ランブロウ卿よ」
オラたちの声が届く距離まで近づくと同時、まるまると太っているくせに声は村の端に住んでるベルナール爺みたいに渋くて低くて偉そうな声で話しかけてきた。
「これは失礼をば。我が師不在の今、準備に手間がかかっておりましたの」
「ふん……」
貴族様は眉を吊り上げて顔を背ける。
それにしてもしっつれーなヤツだべな、オラの村の村長とは大違いだべ。
もしかしてこの貴族様、インテリじゃないんだべか?
「行くぞ」
「お待ちを、アハマヴァーラ卿。今一人ゴーレムを起動しにいっておりま」
「怯え兎など放っておけ。これが終わったら私はふたたび国境線に向かわなければならないのだから」
こっきょーせん? この男はなにをいってるんだべ? ちゅーか、怯え兎ってなんぞ?
オラが首をかしげると同時にトリス姉さがぎりっと歯を鳴らす。
「……シャルル、行きますわよ」
オラは、こっくりとうなずいた。
トリス姉さが先頭を、木の枝を片手でぽきぽき折りながら歩く。
「――シャルル、川はこの先であってる?」
オラはうなずく。
こういうとき、本当ならうちの領主様の騎士様たちがその場所を探して案内してくれるんだども、案内する場所が竜の巣だけに騎士様も簡単には近づけなかったらしい。
だからオラがジャイアントリザードのいる場所まで案内して、そっから竜の巣ばさがすらしい。
――ふと、オラが気配を感じる距離ぎりぎりのところで三つの気配を感じた。
ひとつはアリス姉さとセンセのゴーレムで、アリス姉さはゴーレムに背負われて歩いてるのかずいぶんと早く歩いてきている。
そしてもうひとつは食事に森の動物を食べに来たらしいジャイアントリザードの気配。
そいつはこっちに向かってきていて、このまま歩いていくとオラたちにぶつかってしまう。
オラはアリス姉さの肩を捕まえる。
「どうしたの? シャルル。……もしかして竜の気配が?」
オラは首を振る。
「じゃあ熊?」
もう一度首を振る。
「……シャルル、しゃべりなさい」
「ジャイアントリザードの気配だよ。動物を食べにきたらしいだ」
「ふむ……アハマヴァーラ卿?」
「気配とは……また眉唾な」
「そっだな事いってもわかるんだから仕方なかと?」
「ふん……竜の巣が相手だ、今は魔力の一滴すら惜しい。避けられぬか?」
「それじゃオラが殴り倒してくるだ。いつも狩って食っとるし」
「なぐ……素手でか!?」
貴族様がびっくりして目をむく。
「んだ。剣はたっけーし、センセもジャイアントリザードくらいなら素手で殴り飛ばせるだよ?」
「ば、蛮族どもめ……!」
貴族様は顔をひく付かせてそんな小難しいことを言う。
「トリス姉さ、ばんぞくーって、なんだ?」
「……後で教えます。それよりもシャルル、ジャイアントリザードをお願いします」
「わかっただ!」
ずるり、ずるりとジャイアントリザードは硬くて重い身体を引きずって歩いていた。
「GURURURU……」
オラの身体ほどのおっきさを誇るその頭の先にはひくひくと動くオラの拳ぐらいの鼻の穴があって、顔を左右にゆすりながら獲物を探していた。
「GUGU?」
しばらくして草をかきわけながら近づいてたオラにジャイアントリザードが気付いたらしい。
黄色い目がオラをにらみつける。
ジャイアントリザードが口を開いた。
あのばかでっけー声を出す気みたいだ。
だがオラは声を出させる前に胸の辺りに踏み込む。あれ、葉っぱとか小石とかが吹っ飛んでくるから痛いんだべ。
「――ふんぬっ!」
小さく声を上げて気合をいれ、センセに教わったとおりに身体を動かす。
そのまま硬いうろこに手のひらを当てるとべちん! としょぼい音が出て、ジャイアントリザードが血を吐きながら「GAGATLU!」っていう死にぎわの大声を上げる。
それがどういう仕組みなのかバカなオラにはさっぱりだども、それはセンセに教えてもらった『よろいぬきー』が成功してジャイアントリザードの心臓をぶち破った証拠だ。
すぐさまそこから離れる。
オラが一気に後ろへ飛びのくと、それにあわせてジャイアントリザードはゆっくりと崩れ落ちた。
ずずん! とでっけー音。
「シャルル! 今の声はなに!?」
がさがさと、オラの後ろのほうから草をかきわけてトリス姉さが近づいてくる。
「大丈夫だよ! ジャイアントリザードば倒した音だ!」
「バカおっしゃい! ジャイアントリザードがあんな大きくて重厚な声をだす、わけ、が――」
トリス姉さはジャイアントリザードのことを知ってたみたいだけど、さすがにここまででっかいジャイアントリザードは見たことがなかったらしい。
オラのしとめたジャイアントリザードを見上げ、ぱくぱくと口を開いたり閉じたりしているトリス姉さにオラは胸を張って自慢する。
「どうだべ、トリス姉さ。こだなでっけージャイアントリザードははじめてだべ? 今日はいままでのなかでいちばんの大物だよ!」
「こっ――」
「こ?」
「このおバカぁあああああああっ!」
「と、トリス姉さ?」
「これの! これのどこが! これのどこがジャイアントリザードなんですのっ!? ええ! ええ! 道理で昔よく食べたことがあるわけですわ! なにせ我が師がよく狩ってきますものね! ああもう! どうしてシャルルはこうもおバカなんでしょう!」
「おう、たしかにオラはバカだ。だどもトリス姉さが最初にこのでっかいトカゲもどきのことをジャイアントリザードだっていったんでねぇか。それなのにバカってひどい言いがかりだべ」
オラはそれに唇を尖らせ、取り乱すトリス姉さの言葉に答える。
そんで、トリス姉さの後ろに続いてやってきた貴族様たちがジャイアントリザードを見て、トリス姉さのように口を開け閉め。
そして、貴族様はぼそりとつぶやいた。
「ば、蛮族め……」
なんでみんながそんなに驚いてるのか、オラは首をかしげる。
ところでばんぞくーってなんだべ?
「――あ。トリス姉さ、さっきのトリス姉さの声のせいでジャイアントリザードの群れがこっちにやってくるみたいだよ。だからちこっと小突いて追っ払ってくるだ」
「はぁっ!? ちょっとシャルル!?」
「大丈夫だべ。こいつらばかでっかいだけで弱いし、それにいつものことだ」
オラの言葉を聞いた瞬間、貴族様が天を仰ぎながらその場に崩れ落ちた。
「……気絶しよった。これから竜退治っちゅーのに、なんとも身体のよわっちぃ貴族様だなぁ」
無礼だどもオラはその貴族様にあきれ返り、眉を寄せた。




