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Dragon Rouge  作者: 竹永日雲
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2話 ベアトリス・ウィッチクラフト

 帝立魔法研究所。

 わたくしはそこで働くウィッチクラフトの称号をもつ子爵である。名をベアトリス・フィリス・ウィッチクラフト・ド・ランブロウ。

 ただウィッチクラフトの称号もちやわたくしより上の爵位もちなどこの研究所ではごろごろいる。ゆえにここでのわたくしはただのベアトリス。もしくは愛称であるトリスと呼ばれていた。

「トリスー、所長がよんでたよー?」

 わたくしにそのことを伝えてくれたのは、平民の出だが貴族並の魔力と教養を以ってこの研究所に鳴り物入りした同期のシャルテリア。

 彼女は師匠と同じく真っ黒な髪色をしていて、周囲からは「平民の癖に」とか「本物の魔女だ」などと蔑まれている。

 が、しかし不思議とわたくしと馬が合うため、わたくしに対してだけはこうして愛称と乱雑な口調を許していた。

 また、そのことで彼女が他の職員のいじめにあわないのは、わたくしがこの国最強のドラゴンルージュの弟子のひとりだからだろう。

 ――感謝します。我が師よ。

 内心で我が師に(ひざまず)き、しかしそれが外にばれぬよう、わたくしは幼少のころよりずっと培ってきた感情を表に出さぬ表情で彼女に対応。

「あら、所長が?」

「うん。ソマのことで話が~、だってさ」

「はぁ……あの所長はなにを考えているのやら」

 あまりの物言いに、私はため息をつきながら立ち上がる。

「ねーねー、トリスー、ソマってだぁれ?」

「ふぅ……あなたも、研究所員なら覚えておきなさいな。これはほぼ常識ですわよ?」

 そのお方ははるか異国の地にある魔法使いの大家テッペリン家より、皇帝陛下がじきじきに頭を下げて出迎えたといわれる直臣にして、国内――いや、この大陸最強のドラゴンルージュ。

 そしてそのお方こそが。

「今代最強、ソマ・ドラゴンルージュ。わたくしの師匠ですわ」



「よくきてくれた」

 所長室はまるで大貴族の歓待室のような様相を誇り、その無駄に装飾された部屋の奥には帝立魔法研究所所長であらせられるベルナール・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュ・ド・アハマヴァーラ侯爵が――いや、ここはあえてこういおう。豚竜卿がふんぞり返っていた。

 だがいくら豚竜卿とはいえ爵位は侯爵。わたくしはそいつの機嫌をそこねぬようその侮蔑を押し殺しつつ我が師について尋ねる。

「我が師、ソマ・ドラゴンルージュ様のこととお聞きしましたが、いかがなされましたか?」

「……あの卑しい(おび)え兎をドラゴンルージュと呼ばないでくれたまえ」

「これは失礼をば」

 口先ばかりの謝罪。

 まぁ、ゴーレムメイカーは知識を焼き付けるというその性質上、まわりから「魔法使い崩れ」「戦士崩れ」などと呼ばれているし、ゴーレムに戦いを任せることから「(おび)え兎」とも言われている。

 だが侮るなかれ、一流のゴーレムメイカーで構成された軍はたった数名で正味一中隊の使い捨てても良い精鋭部隊となるのだ。その戦術的価値は計り知れない。

 ……問題は先のように偏見をもって見られてしまうことと、一人一人に魔法使い、戦士、指揮官の教育をすべて施さなければならないため育成に三倍の手間がかかってしまうことか。

 事実、一流と呼ばれるゴーレムメイカーはこの国に十名といない。しかも『指揮能力がない』という理由だけでその中に我が師の名が入っていないあたり、一流への道のりの厳しさを物語っている。

 ……まぁ、我が師は圧倒的な技量差と絶望的な物量差で押しつぶすだけで事足りるので、指揮能力が皆無でも十分脅威的なのだが。

 さておき。

「して、我が師になにか?」

「うむ。つい先日、帝都の使者がやってきてな。奴が五日ほど前に人ならざるゴーレムを使役し、たまさかそれに空を飛ばさせたというんだ」

「ああ、我が師よ……」

 あなたはなに常識はずれなことをやらかしているんですか? あまりの事実に私は天を仰ぐ。

 そして我が師の言葉を借りればあの師にしてあの姉弟子。姉さんが定期的によこしてくれる便りにそれを書いていなかったことを見るに、姉さんはそれが普通と思っているのだろう。

 が、しかし基本的にゴーレムは人型でなければならない。

 なぜならゴーレムは製作者が持つ技能を焼き付けられることによって、その性能の大半が決定付けられるからだ。

 それゆえ非人型のゴーレムというのはまずありえない。でなければ製作者の培ってきた技能が一切活用できなくなってしまうからだ。

 唯一例外として、ゴーレム作りを極めたあるドワーフが竜型ゴーレムを作ったという話もあるにはあるのだが……。

 我が師よ、あなた種族は純粋な人間でしたよね? 先祖にドワーフがいるとかではなくて。

「まぁ、奇形ゴーレムは貴族の間でも娯楽(みせもの)として人気が高い。奴は糊口をしのぐため小銭稼ぎに作ったのだろうな」

 なにをばかな。豚竜卿の物言いに私は唖然とする。

 我が師は最強の魔法使いの称号であるドラゴンルージュの名を冠し、しかも一体で竜すら屠るゴーレムを一万も手繰ると言われているのだ。

 それが話半分のことだとしてもこの国に――いや、すべての国をあわせて見たとして、それでも竜と相対することのできる兵がどれほどいるというのか。

 無礼だが、わたくしが皇帝陛下なら私財を投げ出してでも機嫌をうかがうか、いっそ憂いを絶つために暗殺してしまうだろう。

 ――よくよく考えてみれば、我が師ながら恐ろしすぎる。

「だが、風翔魔法を使えないのに空を飛ぶ、これは実に素晴らしい。奴はたしか、ゴーレムの焼き付けにウィッチクラフトの代名詞である儀式魔法を使えるのだったな?」

「ええ。その証拠に我が称号、ウィッチクラフトは我が師より譲り受けたものです」

 ただ前々から思っていたが、自分の称号を譲るというのは若干不思議ではある。

 この称号を譲るという行為、我々貴族で言うところの自らの子に爵位や領地を明け渡す行為となんら変わらないからだ。

 我が師ほどの実力と発言力なら皇宮に推挙するだけでわたくしに称号を与えることもできたにも関わらず、である。

 わたくしたち弟子たちに自分の称号を譲ったり、魔術師の大家テッペリン家の家名を名乗らないあたり、たぶん我が師なりに思うところがあったのだろう。

 が、しかし、二番弟子たるこのわたくしでさえ時折我が師の考えがわからなくなってしまう。

「ふむ、身の程は知っているようだな」

「……所長?」

「失礼。話を戻すが、奴が儀式魔法を使えるのであれば話は簡単だ。そいつから空を飛ぶための魔法陣か、それに類する呪文を聞いてきたまえ」

「……はい?」

 ナニヲイッテイルノデショウ? コノ豚竜卿ハ。

 数いるウィッチクラフトにとって、儀式に必須である魔法陣や魔法の詠唱呪文は秘伝中の秘伝だ。なにせその呪文一つ一つが戦況を大きく左右し、現在の国同士の軍事的均衡を保つ要因になっているのだから。

 だからこそその魔法を解析し、再現し、対抗手段を確立するために設立されたのがここ魔法研究所であり、我々ウィッチクラフトの仕事であり、この研究所こそ他国の魔法に対する護国の要なのである。

 ゆえにこの研究所の研究内容はすべて他国の魔法に向いている。それに国内の魔法に目を向けようとすると、最悪その魔法を秘伝として秘匿する魔法使い一派が戦争に参加してくれなくなるからしようとも思わない。

 そして、我が帝国が小国ながら他国との軍事的均衡を保っていられるのは、ひとえに我が師の威光があってこそ。

 だというのに、この豚竜卿は……!

 わたくしはおもわず顔が引きつるのを抑えられないでいた。

「どうした? 早くいってきたまえ。これは陛下の命だぞ?」

 あの陛下がそんな狂ったような命を下すわけないでしょう!?

 しかし、わたくしにはそれを否定する手段もなく、わたくしはただただ怒りに顔を引きつらせたまま、所長室を退室した。



      〇



 一度自らの領地へと戻り、そしてそこから旅支度を整えて出発。

 わたくしが帝都に着いたのはあの豚竜卿の指示からちょうど一週間後のことだった。

 我が師の工房にくるのは、わたくしが我が師よりウィッチクラフトの称号を譲り受けて以来の事。緊張気味にのどを鳴らし、わたくしと傍付きの侍女は馬車から降りて師匠の工房前へと立つ。

 我が師の工房は相変わらずみすぼらしく、「本当にここがドラゴンルージュの工房か?」と疑ってしまいたくなりそうなたたずまい。

 現にわたくしを乗せてきた馬車の御者は、それが代替わりしたせいか「なぜお嬢様がこんなみすぼらしいところに……」などと不満たらたらな表情をしている。

 ――領地へと戻ったら彼は再教育ですわね。ため息がもれてしまう。

「我が師、我が師はおられますか? 不肖の弟子ベアトリス、ふたたび我が師の薫陶を賜るべく、恥を忍んで戻ってまいりました!」

 玄関は開けぬまま、私はそんなことを大声で叫ぶ。

 後ろから「ああっ! お嬢様がなぜそのような!」などという小さな悲鳴が聞こえるが、彼はもう帰らせたほうが良いかもしれない。

 工房の奥から、若い女性の返答。

 ああ、懐かしい。それは久しく聞いていなかったが、それはまぎれもなくわたくしの姉弟子であるアリス姉さんの声だ。

「――よくいらっしゃいました、ベアトリス様」

 がらがらと立て付けの悪い木製扉が開き、その向こうでは街娘のような青色の服をきた少女がしずしずと頭を下げていた。

「……えっ?」

 あの姉さんがわたくしにかしずいて敬語を使っている……ですって……!?

 あまりの衝撃に、わたくしは目の前が真っ暗になった。



 わたくしの姉弟子である彼女の名前はアリス・ゴーレムメイカー。

 わたくしより三歳も年下ではあるものの、我が師の指導方針とわたくしの先輩であるという意味、そして敬愛を込めてわたくしは彼女のことを「姉さん」と呼んでいる。

 ちなみにわたくしも弟弟子や妹弟子から年齢にかかわらず「トリス姉さん」と呼ばれていたりするが、彼らとは働く場所が違うため最近会っていない。

 ああ、シャルルにドロティアは元気だろうか……。

 そうそう、元気といえば姉さん。ちょっと世間知らずでおばかだけど師匠が認める程度には優秀で、最初のころなんてわたくしが魔物に襲われて危機に陥ったときは「わたしみんなのおねえちゃんだもん!」と叫びながらそのちいさな身体を張って助けてくれたっけ。

 そんな愛らしい姉さんがわたくしに敬語なんて……敬語なんて……!

「そんなの絶対間違ってますわ!」

 そんな間違い、修正されなければならない!

 わたくしはがばりと起き上がり、びしりと虚空を指差した。

「あ、起きた」

 わたくしの横では姉さんが水に浸した布を絞っていた。

 わたくしの傍付き侍女であるエリーはわたくしを挟んで姉さんの反対側に座り、心配そうにわたくしを見下ろしていた。

「もう、いきなり倒れるから心配したわよ? 師匠風に言うならあーゆーおぅけい?」

 あ、これ絶対に姉さんだ。

 よかった、わたくしに敬語を使う姉さんなんていなかったんですね!

「ええ、ひさしぶりの外出にめまいを起こしただけですわ。わたくしもまだまだですわね」

「ふふ、いくら研究所が忙しいからって運動しないのはダメよ?」

 くすくすと、姉さんは笑う。

「そうですわね、肝に銘じておきますわ。ところで――エリー、マスタングは?」

「はい。ソマ様のお屋敷には馬車をとめる場所がないため、マスタングはさきほど帝都の貸し厩舎へと向かいました」

「そう……エリー、わたくしは姉さんと仕事の話をしなければならないから、外へ出ていてくださる? 終わったら呼びますわ」

「かしこまりました」

 エリーはぺこりと一礼。そしてそのまま部屋を出て行く。

「あれ? トリス、今日は研究所の仕事で来たんだ?」

「ええ、そうですの」

 まったく、あの豚竜卿は我が師が編み出した空とぶ秘術をなんだと思っているのか。

 ため息が漏れる。

「それじゃぁ――んんっ、こほん。ベアトリス様、本日は我が師匠、ソマ・ドラゴンルージュ様の工房になんの御用でしょうか?」

 姉さんの口から発せられるその他人行儀な言葉を聴いた瞬間、あまりの出来事にわたくしは泡を噴いて卒倒した。

「えっ!? ちょっとトリス! トリスー!?」

 意識が薄れる中、姉さんがわたくしを呼ぶ声を聞きながらわたくしはこう思った――わたくしの敬愛する姉さんがわたくしに敬語をつかうわけがない! と。



      〇



「――なるほど、姉さんもついに皇帝陛下への謁見の栄誉を賜ったのですね」

 気絶から復活したわたくしは姉さんからこれまでのあらましを聞き、ほっと安堵の息を吐く。

 それにしても我が師よ、名前だけで姉さんを守るとはさすがです。もし我が師の言葉を借りるとすれば、ぐっじょぶ、ですわね。

「うん、師匠も『また陛下に謁見するかもしれないから』っていうし、師匠に教えてもらいながら敬語で話す練習をしてたの」

「もう、姉さんは水臭すぎですわ! それを手紙に書いてくだされば、わたくしの屋敷から家庭教師を派遣させましたのに!」

「あはは……でもゴーレム作りの勉強をしながらだから、家庭教師にお願いするのはちょっとむずかしいかも」

「はぁ……一流ゴーレムメイカーへの道も、ままなりませんわね」

「まったくだわ。しかも――師匠は『そろそろ本気出す』って言ってたし、修行はもっと苛烈になるわね」

 わたくしが師事していたときでさえそんなことはひとっことも言わなかったのに……我が師よ、あなた本気で人類ですか?

 いや、もう二十過ぎているはずなのに三年前となに一つ変わらぬあの童顔とか、もしかしたら我が師は空をとぶ秘術のほかに若返りの秘術も編み出したに違いない!

 なんてうらやましい! 師弟のよしみでぜひとも御教授願わなければ!

「――って、そうでしたわ! 姉さん、我が師はいずこへ? またゴーレムの素材集めですか?」

「あー……うん。トリス、落ち着いて聞いてね?」

「は、はぁ。なんですの? 急に改まって」

「実は師匠、『僕は大きな傷を負いました! これはもう湯治に行くしかありません! ええ、それはもう一月ばかり!』と言って――」

「そんな――!」

 わたくしは全身の毛穴が開き、脂汗が流れる感覚を覚える。

 なにせ我が師は竜殺しのゴーレムを一万も手繰り、ゴーレムの特性上本人も技量的には竜と相対することができる実力を秘めているのだ。

 そんな最強のドラゴンルージュの敗北、そして治療のためこの国には不在。この情報はきっと世界中を駆け巡ることだろう。

 もしかしたら今すぐ戦争が起きるかもしれない。

「絶対、私のせいだ……私が陛下に言われるがまま師匠のほっぺをひっぱたいたせいで師匠がひた隠しにしてた傷がひらいたんだわ!」

「――はい?」

 このおばかな姉さんはなにをいってるのでしょう?

 陛下に言われるがまま、我が師のほっぺをひっぱたいた?

 というか、我らが師がその程度のことで傷を負うわけがないでしょうに。貴族でありウィッチクラフトでもあるわたくしの見立てでは、我が師が好んで着ているあの赤黒い外套は業物の剣でもなければ切っ先も通さぬ竜皮製なのですから。

 そして裏地には強力な矢避け、刃避けの魔法陣が貴重なミスリル糸によって刺繍され、首にぶら下がったミスリル製の首飾りは解毒の魔方陣を形作り、さらになんの飾り気もない八つの指輪ですらミスリル製で、しかも内側には防壁形成の魔法陣やその他多数の魔方陣が人の(わざ)とは思えぬほど細緻(さいち)に描き込まれていた。

 たぶん、このほかにも我が師は自らの服にさまざまな安全対策を施していることでしょう。それこそ皇帝陛下や王族のお歴々さながらに。

 ゆえに、もし我が師を傷つけられる存在がいるとしたら、それこそまさに竜かドラゴンルージュ、ないしは皇帝陛下が所持する遺失魔法物(アーティファクト)級の魔法具『魔断の宝剣(マジックブレイカー)』くらいのもの。

 それを? 姉さんがひっぱたいただけで? 大きな傷を負った?

「我が師ぃ! あなたってひとはぁああああっ!」

 わたくしは思わず大声で叫んでしまった。

 つまりあれですか、我が師は心に大きな傷を負ったとかそういう理由で、一月もの間国を留守にすると!?

「わわっ! トリス!?」

 ――あ、でもたしかに姉さんにひっぱたかれたらわたくし、一生立ち直れないかもしれないわね。

 あわあわする姉さんを見やり、一瞬で我が師の心情を理解したわたくしは冷静さを取り戻す。

「ごめんなさい、取り乱しましたわ」

「う、うん……師匠が大きな傷を負って湯治だもんね。たしかにびっくりするよね……」

「ですが我らが師のこと、そのうちけろっとした顔で戻ってきますわ」

 ただ、問題は国の守りのほうだ。

 だがあの皇帝陛下のこと、姉さんに我が師のほっぺを張らせた手前なんらかの手段でもって国を守っていることは想像に難くない。

 たぶん、今頃は帝国に属するドラゴンルージュを総動員して国の守りを固め――

「って! あの豚竜卿め!」

 もしかしてそれを知ってて、我が師の心が弱ったところに付け込んで空とぶ秘術を掻っ攫おうと!

 くっ! その三段腹だけ肥やしてればいいものを! 今度こそ爵位降格覚悟にその貧しい頭を焼け野原にしてやろうか!?

「トリス、落ち着いて!」

「――はっ! 失礼、取り乱しましたわ」

 いけないいけない。いみじくもあの豚竜卿もドラゴンルージュの末席を汚すもの。そんなことをすればいくらわたくしが最強のドラゴンルージュの弟子とはいえ、さまざまな刑罰は免れない。

 姉さんや他の弟子たちにも被害が及ぶばかりか、最悪、我が師に多大な迷惑がかかる。

 それだけは避けなければならない。

 自分一人ではなにもできないという悔しさに(ほぞ)を噛む。

 だが、とりあえず今は、仕事をした、という実績だけでも持ち帰らなければならないだろう。

 あいつの豚鼻を明かしてやるのはまた今度だ。

 我が師曰く『権利を行使していいのは、義務を全うしたものだけ』なのだから。

 そしてそのときだ。外から声が聞こえてきたのは。

「アリス・ゴーレムメイカー殿はこちらにおられるか! シャルロット皇帝陛下がお呼びである!」



      〇



 ――なぜ、わたくしはこんなところにいるのでしょう?

 ああいやわかっている。さすがに習いたての敬語では不安だからと涙目な姉さんがわたくしを付添い人として皇宮につれてきたからだ。

 わたくしを勝手につれてくるとか、ドラゴンルージュの弟子でもなければ首を刎ねられているところだろう。

 ……いや、ドラゴンルージュの弟子ですらこんな越権行為、ものすごく危ういのだが。

「魔法使いにしてソマ・ドラゴンルージュ様が一番弟子であらせられる、アリス・ゴーレムメイカー様。そして魔法使いにしてソマ・ドラゴンルージュ様が二番弟子にして帝立魔法研究所所員にしてフィリス侯爵家長女にしてランブロウ子爵領の領主であらせられる、ベアトリス・フィリス・ウィッチクラフト・ド・ランブロウ子爵様、おなーりー」

 長い。

 称号や職業などをほぼ一息で全部言うのは礼儀であり、しかも皇帝陛下の目の前で名乗り上げされること自体が栄誉であることとはいえ、久しぶりの長い名乗り上げにわたくしは内心辟易する。

 ――まさか我が師はこの名乗り上げが嫌でわたくしたちに称号を譲った?

 はは! まさか!

 ……いや、本当にまさかだが我が師のこと、否定できないところが痛い。

 なにせあの師匠、活躍していたころに獲得した称号全部あわせると名乗り上げの人が息切れし、そのまま無礼打ちされるとまで言われているのだから。

 本当に我が師ながら人類かと。我が師の言葉を借りれば『全盛期コピペかよ』と。

 ……ところで、コピペってなんでしょう?

 さておき。

「……ふむ? 今日びの弟子どもは徒党を組むのが流行なのか? どうなのだ? アリスよ」

 けだるそうに玉座に腰掛けた陛下の第一声。その問いに姉さんは緊張で震えながら答える。

「お、畏れながら陛下に申し上げます。私は我が師であるソマ・ドラゴンルージュ様のもとで修行の身なれど、しかし私の出自は卑しい平民の出ゆえ陛下と言葉を交わすことあたわずの身。なればこそ、恥を忍んで私の妹弟子に頭を下げ、こうして共に御尊顔を拝見させていただいている所存であります」

「ベアトリス子爵?」

「畏れながら陛下に申し上げます。わたくしは姉さ――わたくしの姉弟子であるアリス・ゴーレムメイカーの頼みを聞きとどけ、無礼ながらもこうしてはせ参じた所であります」

「ふむ……ここは、あえてあの小僧の言葉を借りよう。なんかキモイ。敬語を話されてわかったがあの小僧の弟子であるお前らがそんなに真面目だと違和感しかない。ゆえにもっと気楽に話せ、今後一切だ。たがえればわらわ直々に首を刎ねる。よいな?」

「あ、はい」

 なんだろう……この、なんだろう?

 わたくしが幼少のころ、父に連れられてやってきたときはもっと厳格で威厳のあるお方だったのだが……。

 まぁ、とりあえず『やっぱり我が師ってすごい』そう思っておこう。

「――と、ところで陛下、この度はなにゆえアリス姉さんをお呼びになったので?」

「うむ。小僧がおらぬ今、我が国は現在すべてのドラゴンルージュとすべての軍を臨戦態勢にすることによって隣国へのにらみとしておる。が、それゆえに現在、ちと小回りがきかぬ状況になっておる。そこでだ、そなたを小僧の弟子と見込んで、余裕のない兵に代わり魔物退治を頼みたい」

「引き受けたいのは山々なのですが……申し訳ありません。先日引き受けた竜討伐で私のゴーレムはすべて壊れてしまいました」

「――えっ!? 姉さん竜を討伐したんですの!?」

「え、あ……うん」

 姉さんがバツの悪そうに頭をかく。

「それ初耳ですわ!」

「だって言ってないもん。危なかったけど、寸でのところで私のかわりに師匠が竜を倒してくれたわ」

「それは良かった! ああ我が師よ! 感謝します! ――なんて、言うと思いまして!? 姉さんはまだ未成年なんですからそういうことしないでくださいませ!」

「はぅ……ごめんなさい」

 わたくしががみがみと説教すると、姉さんはしゅんと頭を垂れる。

 やれやれ……姉さんは確かに一番弟子ではあるが、我らが師の弟子たちの中で最年少であることを自覚するべきだ。

「――こほん。畏れながら陛下、その魔物退治。わたくしにお命じください」

 そのときわたくしは、あの豚竜卿に頼まれた仕事のことなど遠き星の彼方へと忘れ去り、ただただその場で深々と頭を下げる。

「ふむ? 良いのか?」

「はい。陛下自らの御采配であるにもかかわらず姉弟子が引き受けられぬとあっては我が師ソマ・ドラゴンルージュの恥。なればこそ、妹弟子であるわたくしがでるのが筋というものですわ」

「よかろう。では、ベアトリス・フィリス・ウィッチクラフト・ド・ランブロウ子爵よ。我が名において命ず。我が領地内に巣食うゴブリンの巣をつきとめ、これを撃滅せよ!」

 ――あら? わたくし、早まったかしら?



      〇



 ゴブリン。

 それはいにしえより『人類が滅びてもゴブリンと竜だけは生き延びる』と言わしめるほど生命力と繁殖力が高い魔物である。

 なにせやつらは裸であるにもかかわらず灼熱、極寒の気候に適応しており、子供程度ではあるが武器を手繰る知性を有しているのだ。

 強いわけではないが決して弱いわけでもない、群れればまこと厄介な魔物である。

 また、そのゴブリンの話を聞いた我が師曰く『まるでゴキブリだなぁ』とのこと。

 そのゴキブリとかいう魔物などわたくしは過分にして聞いたことがないため、たぶん我が師のいつもの戯言であろう。

 が、しかし、そのゴキブリという空想の魔物が本当に実在しないことを祈る。なにせあれ並みの魔物がもう一種類いただけで人類は容易に滅びてしまうのだから。

「ね、ねぇトリス、本当に大丈夫?」

「だだ、大丈夫ですわ!」

「――アリス様、ベアトリス様。工房へ到着いたしました」

 御者にそういわれるや否やわたくしは我が師の工房に土足のまま突入、三年前からなに一つ変わっていないなつかしきわたくしの勉強部屋から数々の魔法具を装備できるだけ装備していく。

「――ああ、我が師よ! このようなオモチャまで残していてくれたとは!」

 それは四年前にわたくしが手ずから魔方陣を彫り込み、我が師から数限りないだめだしを出されながらもなんとか作り上げた魔法の杖だ。

 それは、ものとしてはほとんどのウィッチクラフトが最初に作り、なおかつ金策のために量を作って売り払うこととなる『魔法矢の短杖』という魔法具だ。

 通常の矢よりも()く空を駆け、若干の追尾性能があるため素人ですら使える優れものである。

 また、これは魔力の少ない一般人向けであり、なおかつ我が師が「こうやって魔力を込めるんだよ?」とお手本として手ずから魔力を込めてくださっていたため、使用時における魔力の消費はないのもうれしい。

 たしかにこの杖の魔法矢は鳥を撃ち落す程度しか威力がないだろう。しかし急所に当てればその限りではないし、これがあれば戦術に幅が出る。

 まさか、こんなオモチャみたいなものすら売り払わずに残してくれているとは! まさに万の兵を得たのと等しいそれの存在に、わたくしは思わず杖を胸に抱きしめる。

「……よし!」

 現在、わたくしの装備は防壁形成の腕輪に軽量化の指輪、刃避けの指輪と身体強化の指輪が六つである。

 ここに姉さんが我が師の部屋から無断で持ってきた強力な矢避け、刃避けの魔方陣が描かれた赤黒い竜皮製の外套を羽織り、革帯に魔法矢の短杖をさして完成だ。

「――あら? もしかしてわたくし、後で我が師に怒られません?」

 はたと我に返り、わたくしは土足で上がってきてしまったこと、我が師の外套を勝手に羽織っていることに内心びくびくする。

「大丈夫よトリス! 師匠はあと一月は帰ってこないんだからばれはしないわ! それに床は帰ってきてから掃除すればいいわ!」

 そういいながら我が師と同じように親指を立てる姉さんのその反対の手には、柄の長い奇怪なサーベルが存在していた。

「……って! それはもしや!?」

「大丈夫! 相手はゴブリンの巣だもの! 命がかかってる時に師匠は文句言わない!」

「違います! まさか姉さんまで来る気じゃないでしょうね!?」

「トリスのピンチだよ? お姉ちゃんである私が行かないでどうするのよ。それに安心して? お姉ちゃんだって強いんだから!」

 ああもう! そういう意味ではなく!

 まったく! 姉さんは最年少であり、未成年であることを自覚すべきだ!

「エリー! わたくしを追いかけてこれなくなるまで姉さんを捕らえておきなさい!」

「かしこまりました」

「――え!? ちょっと! はなしなさいよ! ねぇトリス!?」

 そしてわたくしは内心で姉さんに謝りつつも、姉さんの怒声を背中で聞きながら馬車へと向かった。



      〇



 陛下が手配してくださった四頭引きの馬車はすさまじい速度で荒野を駆け抜け、ほぼ一昼夜でそのゴブリンの巣があると思われる森の前へと到着していた。

 ――さすが、我が師が監修したとかいう魔法戦車。ここまで馬を酷使したというのに全然疲れを見せていない。

 ここまでくるともはや感動を通り越してあきれしか浮かんでこない。

 わたくしは「ぶるる」といまだ元気にいななく馬を横目で見ながら馬車を降り、いつ戦闘が始まっても良いように短杖を手にとった。

「それでは、ここで健闘をお祈りいたしております」

「ええ、吉報をお待ちになってくださいな」

 御者は深く頭を下げ、次いで馬車に積載された魔法具を使って簡易的な結界を形成した。

 ――さぁ、我が師の名に恥じぬ戦いを、今!

 指輪に魔力を流して指輪の魔法をすべて起動。

 次いでわたくしは大きく深呼吸をひとつして、森の中へと侵入しはじめた。



 森の中は薄暗く、かといって明かりをつけるほどではない。

 その中をわたくしは木に目印をつけながらもずんずんと進んでいく。

 我が師曰く『異常に繁殖する手合いは足元にその痕跡が残っている』とのこと。

 目印のために枝を手折りながら、わたくしはその場に立ち止まり、周囲の地面を見渡す。

 ――なるほど、我が師の言うとおりだ。

 ゴブリンは雑食であるが、主に肉を好んで食べる。その証拠というべきか、左手前方には不自然に草が切り開かれ、また周囲の葉っぱや地面には赤黒いしみが残っていた。

 また、足元は子供じみた足跡が無数にあり、それこそがここでゴブリンが動物を狩ったという確たる証拠だった

「巣穴は――あっちかしら?」

 いつでも魔法が放てるよう杖を構え、私は足跡をたどる。

「ぎぎっ!」

 刹那、頭上から声!

「――えっ!?」

 振り向いた瞬間、目の前には黒曜石の刃が迫っていて、しかしその黒曜石の刃はわたくしの指輪に刻まれた刃避けの魔法陣によってするりとわたくしの身体の上を滑っていく。

 冷や汗が出た。

 だが、どうやらわたくしが昔作った指輪程度では今の一撃は防ぎきれなかったようだ。左手人差し指にはめたわたくしの刃避けの指輪が先の一撃を受け、過剰負荷によってパリンと割れる。

 姉さんから師匠の外套を借りていて正解だった。慌てて外套に魔力を流し、矢避け、刃避けの魔法を起動。

 瞬間、予想をはるかに上回る魔力を吸い上げられ、強いめまいと虚脱感を覚える。

 ――さすが一万のゴーレムを手繰るドラゴンルージュ、こんなバカみたいに強力で強大な魔法陣をいつも平然と起動させていたんですね。

 こっちの魔法矢の短杖ももってきていて正解だった。

「矢よ、疾く走れ!」

 わたくしは短杖に設定された起動呪文を唱える。

 短杖は一瞬だけ淡く光り、風切り音と共に降ってきたゴブリンの目に命中。

「ぎょっ!」

「矢よ疾く走れ!」

 やっぱりこれじゃ倒れてくれないか。追撃するようにふたたび起動呪文。今度はゴブリンののどもとへと吸い込まれ、そしてのどを貫き裂く。

「ぎぎゃっ!」

 悲鳴をあげ、二回三回身体を跳ね上げさせ、そしてようやく絶命。

「ふぅ……ふぅー」

 戦闘が終わり、安堵のため息。

 やっぱり我が師監修とはいえ最初期のわたくしが作った杖、威力がまるっきり足りない。急所にでも当てなければゴブリンは死なないだろう。

 だが、私の魔力の八割はこの外套へと吸い取られてしまった。

 残り二割……いや、少なくとも巣穴となっているであろう洞穴をゴブリンもろとも爆発しなければならない。それに魔力を裂くことを考えれば、自前の魔法矢は二十発うてるかどうか。

 ああ、こんなことならあの豚竜卿の目なんて気にせず姉さんにゴーレムを作ってもらうべきだった。

 そうしたならばこんなときに護衛にもなっただろうに。

 ――あとはこの短杖だけが頼りですわね。

 ぎゅっと杖を握り締め、わたくしは刃避けの魔法が効果を発揮しているうちに奥へ奥へと進んでいく。



「矢よ疾く走れ! 矢よ疾く走れ! 矢よ疾く走れ!」

 ふたたびゴブリンに奇襲され、わたくしは立て続けに三発魔法矢を放つ。

 さすが我が師監修。魔法矢はわたくしの甘い狙いにも関わらず、まるで蛇ののようにのたくってゴブリンののどを的確に射抜いてくれた。

 ――というか後ろ向きのゴブリンにすらぐるりと回りこんで急所(のど)に当たるとか、これだけ撃ったのに魔力切れが起こる気配すらないとか、この短杖危なすぎて市場に流せませんわ。いえ、今のところ助かってますが。

 帰ったら少し自重するよう我が師に進言するか。余裕が出てきたわたくしはそんなことを考える。

 ぬらり、と背後からわたくしの身体を黒曜石の刃がすべり抜けてゆく。

「矢よ疾く走れ!」

「ぎぎゃっ!」

 どうやらゴブリンの巣穴が間近のようだ。さきほどからゴブリンがどんどん出現してくる。

「矢よ疾く走れ! 矢よ疾く走れ! 矢よ疾く走れ! 矢よ疾く走れ! 矢よ疾く走れ!」

 連続で起動呪文を詠唱。

 そのたびに魔法矢はゴブリンののどを突き破り、絶命させていく。

 そして今、うっかり多く発動させてしまった魔法矢が、狙ってもいなかったはずの後ろのゴブリンに向かってとんでいった。

 ――改めて、危なすぎですわね、この短杖。

 大切に保管してくれていた我が師には悪いが、帝都に戻ったらすぐさま跡形もなく燃やしてしまおう。たとえ蓄積させた魔力が切れていたとしても市場……というか暗殺者にこの魔方陣が流れたら大事だ。

 魔法矢が回り込むとか別に狙わなくても良いとか、いい加減我が師は本気で自重すべきである。

 ……。

「矢よ、疾く走れ!」

 この場にゴブリンは見えないが、しかしふと奇妙な好奇心に後押しされたわたくしはその呪文を唱える。

 すると、魔法矢は風切り音だけを残して森の奥へと消えてゆき……。



「ぎぎゃっ!!」



 ……はるか彼方のゴブリンに命中した。

「よし! 帝都でなんて贅沢は抜きにこれが終わったら今すぐここで灰にすることにしましょう! ええ、それがいいですわ!」

 そしてわたくしは、その魔法矢が森中のゴブリンをことごとく殲滅し、最後にわたくしの目の前で次の獲物を探すかのようにくるくる回りだすまで、呪文を詠唱し続けた。



 ――後に、この森で『のど裂き』なんていう魔物伝説が生まれることも知らずに。

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