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Dragon Rouge  作者: 竹永日雲
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10話 ジャネット・ウィッチクラフト

 私の名前はジャネット、ジャネット・アハマヴァーラ・ウィッチクラフト。

 初代アハマヴァーラ侯爵たるベルナール・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュ・ド・アハマヴァーラ侯爵の、遅まきの娘である。

 そして、かの『先代最強』エドワード・ウィッチクラフト・ド・エイムズ辺境伯の孫弟子でもあった。

 だからこそ、私には自信があった。

 『先代最強』エドワード一門の出世頭の娘にして、『今代最強』の一番弟子にして、『次代最強』のジャネット・アハマヴァーラ・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュ――今だ治める土地もなく、爵位も持たぬ身の上なれど、後世には絶対にそう呼ばれる自身があった。

 だが、私のそんな自身はやすやすと壊されることになる。



「かのエドワード一門は強力な水魔法を自在に使う一門で、グロリア一門は魔法制御技術に特化した一門です。ウィッチクラフトの称号を得たいのであれば考えるまでもないことかと」



 そう、かの『今代最強』ソマ・ドラゴンルージュ卿は、そういって私の入門を拒んだのである!

 かのソマ卿は皇帝陛下の直臣ゆえに私にはつてがなく、だからしかたなく我が父に何度も何度も頭を下げ! 苦心の末にどうにかこうにか席を設けてもらったにもかかわらず! あの貴族のきの字も知らぬ童顔男(こぞう)はあっさりと断ってくれやがったのである!

 同じ貴族たるランブロウ子爵にはへぇこらしてくれやがっているにも関わらず!

 本当に、あの女と私と、一体なにが違うというのか。

 ――いや、今の私ならわかる、これはソマ卿の余計なおせっかいであることを。

 たぶん彼は当時十にも満たぬ私が父の元を離れてしまうことを懸念していたのだろう。だからこそ、彼は言外に父への師事を進めたのだ。

 本当に、余計なおせっかいである。

 大体の家では寄親や(よしみ)を結んだ貴族や文化人にまだ幼い息子娘たちを行儀見習いとして出向させるのだ。

 事実、私は七つのころに二年ほどエイムズ家に行儀見習いに出されていたのだ。もし彼が私の入門を認めていれば、その行儀見習いの家がソマ卿の家になるだけだった。

 つまり、私たち貴族にとって幼いころに家を出るのは当然のこと。本当に、余計なおせっかいである。

 巷ではソマ卿のことを『空気読めない』とか言うらしいが、本当に、『空気読めない』人である。

 ――さて、そんなことがあったのも今は昔。たしかに彼が私を差し置いて平民とか貴族とか平民とか平民とか弟子に取るたびに怒り狂ったがもちろん過去のこと、現在では本当にまったくこれっぽっちも気にしていない。

 の、だが、しかし……。

「恐れながらお嬢様、先日、ソマ卿がついに五人目の弟子をおとりになったとか」

 侍女のその報告は、久しぶりに私の逆鱗に触れるものだった。



 ソマ・ドラゴンルージュ。

 そのお方ははるか異国の地にある魔法使いの大家テッペリン家より、皇帝陛下がじきじきに頭を下げて出迎えたといわれる直臣にして、この大陸最強のドラゴンルージュ。

 だからこそだろうか? かのお方は非常に気難しく、弟子入りするにしてもそうそう容易ではなく、風のうわさでは名乗りを上げた十数名の貴族の子弟たちがことごとく拒絶されたという。

 だからこそ、ランブロウ子爵はソマ卿が弟子に取るほどの才能と、二年ほどでグロリア一門の魔法を修めた優秀さを買われて帝立魔法研究所に鳴り物入りしたのである。

 ――最近、修行をし直すとかで研究所をやめることとなったらしい。が、まぁ、そんなことはさておき。

 私は側付きの侍女に対して帝都へと向かうための荷支度を命じ、また、乗り心地は劣悪ながら妖精魔法使いに風妖精馬(シルフホース)を供出させ、本来二週間はかかるであろう道のりを一週間で駆け抜ける計画を立てる。

「お、恐れながら申し上げます。お嬢様、その計画は非常に、その」

「無謀、と言いたいのかしら?」

「恐れながら……」

「でしょうね」

 通常、現行の魔法戦車に風妖精馬(シルフホース)やそれに準ずる動物や幻獣などを使用することはない。

 理由は単純明快で、先ほど言った通り馬車の乗り心地が劣悪――最悪、馬車内で人死にが出る――になるためだ。

 だからこそソマ卿が設計したという馬以外が引く常識外れの壱型、弐型魔法戦車はその最高速度で勝り、『戦車は遅い』という従来の常識をくつがえしたのだ。

 だからこそ、私もその常識をくつがえそう。

「私を誰だと思ってるの? その程度の問題、私の魔法でどうとでもできるわ!」

 私は天才だ。

 伊達に『先代最強』エドワード一門の出世頭の娘にして、『今代最強』の一番弟子にして、『次代最強』のジャネット・アハマヴァーラ・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュと、後世には絶対にそう呼ばれると確信していたわけじゃぁ、ない!

 ――そして絶対に、あの男(ソマ卿)に、十年前私を弟子に取らなかったことを後悔させてやる!



 一週間という時間をかけて帝都へとたどり着き、一週間という間にたまった疲れをほぐすために私は馬車から降りる。

「ふん! やはりたいしたことはなかったわね!」

 足ががくがくとしているのは、これからあの男に後悔させることができるという興奮から来るものである。

 決して、衝撃を吸収するために試作した魔法が予想よりもはるかに効率が悪かったから、というわけではない。

 そう、決して魔力切れではないのだ。

 だが、しかし。

「あなたたちも長旅で疲れているでしょう? あなたたちは先に宿を手配して、そこで一休みしていらっしゃい。私はソマ卿のところへ行くので――そうですね、昼食時に合わせて迎えに来なさい」

 私よりも先に馬車から降り、私の手を取った侍女にそう命令する。

「お心遣いいただきありがとうございます、では、昼食時にお迎えに上がります」

 私とは違って軟弱な側付きの侍女はその深い深い私の慈悲に深々と頭を下げ、馬車に乗り込む。

 御者はそれを確認すると私に一礼、ゆっくりと馬を走らせる。

「――さて」

 その馬車が見えなくなるまで不動の姿勢で見送り、馬車が見えなくなると同時に私は歩を進める。

「まずは、薬局、ね」

 魔力がなければ戦はできぬ、早く魔力回復薬を調達しなければ。

 ――いや! 魔力など十分以上にあるが念のためである!



      〇



「――ぷはっ」

 歩きながら魔力回復薬を飲むなんて行為、貴族の令嬢という立場からしてみればはしたないにもほどがある。

 だが、その背徳感がなんとも言えな……こほん。

 空っぽになった空瓶を手に引っさげたまま、魔力が徐々に、それでいて目に見えて溜まっていくその感覚を感じるままに私は目的の場所へとたどり着く。

 目的の場所は大変、それはもう大変にみすぼらしく、「なんで伯爵位相当のお方がこんなところに……」と、思わず愚痴をこぼしたくなってしまうほど。

 いや、そんなことなどどうでもいい。なにせ私とあの男はまるっきり関係がないのだ。かぶりをふり、扉をたたく。

「ソマ卿はおられるか! 本日、訪問の予定はあらずとも、ベルナール・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュ・ド・アハマヴァーラ侯爵が子弟、ジャネット・アハマヴァーラ・ウィッチクラフトが馳せ参じた! ソマ卿がおられるのならばこの扉を開けられよ!」

 みすぼらしい木製のその扉に向け、私は堂々と声を張り上げる。

 途中、ソマ卿の屋敷の前を通りかかった平民は「すわ何事か!?」という目で私を見るも……ああ、しかし、ソマ卿はやはり変人であられたようで、その平民は「なんだ、旦那(ソマ卿)のところか」とすぐさま興味をなくして歩き去る。

 ……私、ソマ卿に弟子入りできなくて良かったかもしれない。

 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。

 と、同時。

「――ようこそいらっしゃいました。ジャネット様」

 そのみすぼらしい見た目通り立てつけの悪い扉ががたがたと押し開けられ、敷居の向こう側から侍女が頭を下げて私を歓迎する。

「ですが申し訳ありません。ソマ卿は現在、アイヴィー様に講義を行っておられる最中ですので、少々お待ちいただけますでしょうか?」

 アイヴィー? ああ、それが五番目の弟子の名か。

 しかし、そんな名前、私は一向に聞いたことがない。

 どうやらそのアイヴィーとやらは、私から『今代最強の一番弟子』をかっさらっていったあの泥棒猫と同じく、平民であるらしい。

 その事実に至った瞬間、この一週間でようやく下火になっていた怒りが、私の中でまたふつふつと再燃しはじめる。

「待てないわ! 第一、私は侯爵家の子弟よ? そんな平民なんて捨て置きなさい! 私は今すぐソマ卿に会いたいの!」

 そしてなぜ私のように才能にあふれる貴族の子弟を捨て置き、才能のさの字もない、魔力の出がらしみたいな平民ばかり弟子にするのかを問い詰めなければならない!

「申し訳ありません。そのようなことは私のような一介の侍女には……」

「ええい! あなたでは話にならない! 通させてもらうわ!」

 貴族の子弟の振るまいとしては非常に野蛮ではあるが、しかし、話し相手にすらならぬその侍女の相手をしているほど私も暇ではなく、私はその侍女を押しのけ、ソマ卿に会うために敷居をまたぎ、ずんずんと奥へと進む。

 無論、私はソマ卿の屋敷へと入ったことは一度もない。だが、それでもこの天才の私にはそんなことなど関係ない。

 あの男が『魔法制御技術に特化した一門』と自慢していたように、私も魔法制御技術にはそれなりの自信があるのだ。

 その証拠に私は先ほどから薄く広く自分の魔力を屋敷中にいきわたらせ、魔力の反応からソマ卿がいるであろう場所を探査していた。

 これはエルフのような魔力を直接見ることのできる『眼』を持たぬ我々人間が、長い長い研鑽の末に編み出した『触覚』(ぎじゅつ)であり、また、かように広くうすく伸ばすことなど、かのソマ卿でもできぬことだろう。

 ――ふふん! この私の才能に恐れおののくがいい!

「ああっ! そこから先は土足厳禁です!」

 そんな侍女の悲痛な叫びなど、目的地へとむかって迷わず一直線に進む私には、すでに届かなかった。



 板敷から食物繊維の敷物、そして板敷と足元が目まぐるしく変化し、それと同時に私の『触覚』が捉えた魔力がふたつ、それにどんどんと近づいているのが手に取るようにわかる。

 ――そして、ついに、わたしはひとつの部屋にたどり着く。

「ここねっ!」

 木製の格子に薄くすいた植物紙を張り付けたという、なんとも奇怪な扉を盛大に引き開け、私は貴族がごとき莫大な魔力と、雀の涙程度の魔力しかない平民のいる部屋へと突入する!

「ど、どちら様!?」

 が、そこにいたのは突然の私の登場に目を白黒させる一番弟子(どろぼうねこ)、と。

「侍女でも執事でもないのに許可もなく部屋に入り込むとは無礼千万! ここをどこだと心得る! ここはソマ・ドラゴンルージュ卿が屋敷! そしてその二番弟子たるランブロウ子爵が部屋ぞ!」

 その一番弟子(どろぼうねこ)と共に植物紙に魔法陣を書き綴っていたランブロウ子爵だった。

「……はぁ?」

 植物紙に描かれしその魔法陣は私が生まれてこの方見たことも聞いたこともないような魔法陣であり、そこから察するにたぶんグロリア一門の一門秘伝の魔法陣であろう。

 本来ならば非常にまずいところに出くわしてしまった状況である。

 だが、予想外の出来事にそこまで頭が回らず、かわりに私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ――私は、たしかにこの屋敷の中でもっとも大きな魔力を目印に歩いてきたというのに……。

「なん、で、あなたたちがここに……?」

 世にも奇妙な現象に私の頭の混乱は最高潮。

「なんでもなにも、ここはわたくしの部屋ですわ! せっかく久しぶりに姉さんと勉強会をしているというのに! ええい! 名を名乗れ下郎め!」

「い――言うに事欠いて下郎ですって!? 私を誰と心得る! ベルナール・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュ・ド・アハマヴァーラ侯爵が子弟、ジャネット・アハマヴァーラ・ウィッチクラフトよ! そっちこそ! 貴族ならばしっかりと名を名乗れ!」

 本来ならばこんなことなど言わずともいいのに、貴族としての自尊心を傷つけられるような言葉に、うっかり喧嘩腰で言い返す。

「いいでしょう! わたくしは恐れ多くも『今代最強』ソマ・ドラゴンルージュ卿が二番弟子! ベアトリス・フィリス・ウィッチクラフト・ド・ランブロウ子爵ですわ!」

 うん、知ってる。

 というか、本当に、なんでこんなこと聞いたんだろう私……混乱のさなかとはいえまるで決闘の申し込みがごとき名乗り合いに、私は急に冷めた。

「して、そのぶ――アハマヴァーラ卿の子弟がなにようか!」

「きょ、今日は――」

 いや、うん、ソマ卿に抗議しにきたんだけど……いや、本当にどうしよう?

 相手は若くともランブロウ領をしっかりと治める子爵である。まかり間違って決闘にでもなったらどちらもただでは済まないだろう。

 が、それでも貴族の誇りや矜持はそうやすやすと曲げられるものではなく、そのために表に出してしまった喧嘩腰はそうそうひっこめることができない。

 また、私ではこの状況の落としどころが見つけられず、たらり、と、私のこめかみに冷汗が流れる。

 ――ああ、もう! 誰でもいいからこの空気をうやむやにして!

 私は心の底からそう願い――果たして、その願いが通じたのかどうか。



「なんだか誰か来るたび土足で上がられている気がするなぁ――まったく、僕の家は呪われてるのか?」



 その声と同時、私が伸ばした『触覚』に、先ほどの侍女と同じくらいの魔力量を持った人間が近づいてくる。

 が、最初に確認したとき、この屋敷にある魔力の数は三人だけだった。

 世にも奇怪な出来事に、私は思わず声のする方へと振り返る。

 私の視線の先、薄暗い廊下の向こう側、そこには先ほどの侍女をはべらせた齢二十前後の華奢な男が、いた。

「……えっ?」

 あまりにも恐ろしい出来事に、私は思わず声をもらす。

 その男は私の『触覚』には一切反応せず、その存在はまるでその髪と瞳の色のような、真っ黒で空虚な闇のよう。

「お久しぶりです、ジャネット嬢。ですが――自分の魔力制御の腕前をひけらかすのはいいですが、人の家で『触覚』を伸ばすのはマナー違反……あー、礼儀知らず、ですよ? そこが工房なら、なおさら失敬です」

 優しく、静かに、厳かにその男は私にそう諭し――いつの間にか、気がついたときにはもうすでに私の目の前まで、歩いてきていた。

 目の前にいたというのに、まるで見えなかった。

 ――ああ、そうか、これは、高度に展開された、隠形(ハイド)の、魔法。

 その回答にたどり着くまで、私はいったいいくらの時間を要したか。

 そして私の『触覚』では感知すらできなかった。

 これが、今代最強。

 大陸最高峰の魔力制御技術をもつグロリア一門の、化け物……っ!

「それと、靴を脱いでくださいますか? ここは土足厳禁ですよ? ジャネット嬢」

「は、はい……っ!」

「次にベアトリス、引っ込みがつかなくなったからと言って居丈高に接するんじゃない。アリスがおろおろしてるじゃないか」

「え? ……ああっ! 申し訳ありません姉さん!」

「最後にアリス――せめて二人を止めるそぶりくらいみせてくれ」

「私平民ですよ!? 無理言わないでください師匠!」



      〇



 植物性の繊維でできた敷物がびっしりと敷き詰められた応接室へと通される。

 私は勧められるがままにイスへと腰を下ろし、ソマ卿がはべらせていた侍女が入れた紅茶に口をつける。

 対してソマ卿。

 ソマ卿は私と対面になるよう腰を落ち着け、私が口をつけた白磁の器とはまた違った、独特な光沢のある武骨な焼き物を使って緑茶をすする。

 しかもそのお茶を手ずから淹れているあたり、彼の偏屈さがよくわかる……さておき。

「――ふぅ。さて、エリーさんから僕に御用と聞き及んでいますが……改めてお伺いします。ジャネット嬢、本日はどのような御用で?」

「え? ――あ」

 そういえばすっかり忘れていた。

 いや、まぁ、思わぬところでランブロウ子爵と口論になってしまったからいう機会を逃してしまった、というのが正しいところなのだが。

 私は紅茶をもう一口口に含み、ゆっくりと舌を湿らせる。

「――ソマ卿、本日は急な来訪にも関わらず面会をお許しいただき誠にありがとうございます」

 ソマ卿に促されるまま、私はまず謝罪と感謝から入る。

「いえいえ、こちらも大したおもてなしもできずに申し訳ない」

「まさか! そのようなことはございません」

 そう、この紅茶と共に出されたふわふわの焼き菓子など、まるで見たこともない珍品である。

 ケーキのようでもあるが、しかし、ケーキとも違ってふわりと軽く、しっとりと甘い。

「私、このようなお菓子は初めてです。……これはいずれの国のものですか?」

「僕の故郷のお菓子でカステラというものです。大本はポルトガルというところからやってきたお菓子を魔改造したものらしいですけど」

「なるほど」

 そういえばソマ卿は非常に美食家であられ、その料理の腕もなかなかのものであると聞いたことがある。

 ということは……まさかの手作りか。

 魔改造、という言葉が若干引っかかる。が、しかし、甘いのは正義、おいしければいいだろう。

 ぱくり、と一口。

 うーん、このしっとりふんわりとした甘味、フォークが止まらない。

 調理方法は……はたして、教えてもらえるだろうか?

「……で、本日はどんな御用で?」

「おっと、失礼いたしました」

 いけないいけない。このカステラというお菓子は麻薬だ。

「このたび、ソマ卿が五人目の弟子をおとりになられた、とのことでしたので、そのお弟子さんを一目見ようと馳せ参じた次第です」

「ああ、なるほど。いや、まぁ、自画自賛ではありますが、今代最強の弟子は誰しも気になるものですものね。なにより、僕は他一門と違って弟子をほとんど取りませんし……でも、フェリクスほどじゃないですよ」

 フェリクス……ああ、ソマ卿のご友人である『妖精の指揮者』か。

 でもあの人は、というか、あのご姉弟は弟子をほとんどとらないことで有名な人たちだからなぁ……特に『妖精の指揮者』は弟子を一人もとらないことで有名だし、それと比べるのはどうかと思う。

 いや、ともかく。

「それで、そのお弟子さんはいずこに?」

 先ほど広げた『触覚』では感知できなかったから、この屋敷にいないことは確かである。

「アイヴィーなら……ああ、アイヴィーというのは弟子の名前です。で、アイヴィーなら奥の書庫で魔法具について――」

「――え?」

 かれが、なにをいっているか、りかいできなかった。

「あ、ああっ! そうか! そのアイヴィーという方も隠形の魔法を使っていたんですね? ああ、驚いた」

「え? 彼女、魔法に触れてまだひと月ですよ?」

「え?」

 と、いうこと、は……。

「まさか、まさかまさかまさか! アイヴィーは……アイヴィーは魔力欠落症なんですか!?」

「ええ、まぁ」

「ふ――」

「ふ?」

「ふざけるなっ!」

 あまりの事実に私は声を荒げて抗議をはじめる。

「なぜそのような才能のない平民を弟子に取り! 私のような才能ある貴族の子弟を弟子に取らなかった!」

「なぜもなにも……僕、というか、グロリア一門は基本的に平民や孤児しかとりませんよ? まぁ、ある程度の配慮はすることもやぶさかではありませんが……やはり大抵は平民と孤児ですね」

「ならばランブロウ子爵はどうだと! 彼女は、彼女だけは配慮のたまものだとでも!?」

「ベアトリス・フィリス・ウィッチクラフト・ド・ランブロウ――ランブロウ領を治めるフィリス領を治めていた貴族生まれのベアトリス・ウィッチクラフト、という時点で察してください。ちなみに彼女は未婚で、一人っ子です」

「う、ぐ……」

 確かに。初代ならともかく普通は親から領地を譲渡、ないしは割譲されるものである。

 そして基本的に一つの貴族(いえ)には一つの領地と帝国の現行法で定められており、それ以外は陛下の直轄地という扱いとなるのだ。

 つまり私がアハマヴァーラ以外の領地を得るには父が領地を譲渡する前に死亡するか、もしくは父が領地を自主的に陛下にお返しするほかない。

 また、その法の関係上私が父から領地を譲渡、ないしは割譲された場合も同様に新たな領地を拝領することはできない。

 ――なお、私がアハマヴァーラ領を拝領した場合、帝国の現行法と伝統にのっとり私の名前はジャネット・アハマヴァーラ・ウィッチクラフト・ド・アハマヴァーラとなり、対して『フィリス』の名が二つ連なっていないランブロウ子爵はつまり……。

 なるほど、彼女もまた、グロリア一門に入門する資格があったのだろう。

「で、ですが……ですが! その今代最強と謳われる技術をどなたか才能ある貴族の子弟に引き継がなければならないでしょう!? ソマ卿は伝統をないがしろにすると!?」

「この国の伝統を重んじる風習は、そうしなければ知識が途絶えてしまうからですよ? 特に、この国は竜が非常に繁殖する土地柄ですからね。それと、伝統の継承という意味では儀式魔法はベアトリスが、体術はシャルルが、地脈魔法はドロティアが引き継いでくれることでしょう――まぁ、操躯魔法のアリスが、まだ僕ほどになっていないのが心残りといえば心残りですかね? いや、まだ死ぬ予定もどこかに行く予定もありませんが」

 そんな戯言をのたまい、ソマ卿はずずずっとお茶をすする。

「そのアリスは五年もの間、あなたのもとで修業をしているのでしょう? それも、ごくごく最近、ようやくゴーレムメイカーの称号を得たとか……はっ! やはり平民は無能ですわね!」

「……聞き捨てなりませんね? あの子は、僕よりも才能がある子ですよ?」

「どうだか!」

「ふむ……」

 ことり、と、ソマ卿はお茶の入った湯飲みを置き、懐から白い布を取り出す。

「手袋でないことが残念です、ええ、様式美的に、非常に残念でなりません」

「は? それはどういう」

 私が尋ね、ソマ卿から答えを聞き出す前に、ソマ卿はその布を私にたたきつけた!

「その傲慢な性格、領地を治めるには少々、不適切ですよ? ですから――決闘だ! その鼻っ柱ばっきばきにへし折ってくれるわ! うちのアリスがな!」

「……は?」



 その後私はソマ卿が生み出した、ソマ卿が習得しているいずれかの一門秘伝であろう『次元門』と呼ばれる魔法により、私はどこかの荒野へといざなわれる。

 ――私はどうしてこんなところにいるのだろう?

 ソマ卿が「ちょっとアリス連れてきます」といい、次元門で帰って行ったあと、私はそんなことを考える。

 というか私、今まさにソマ卿から謀殺されようとしているんじゃぁなかろうか?

 だって、こんなどこかも分からない荒野で、しかも、なんでか知らないけれど竜型の奇形ゴーレムが私をじっと睨んでいるんだもの。

 きっとあれはソマ卿が作りしゴーレムで、ソマ卿はそのゴーレムを使って私を『地這う竜に食い殺された』と偽装して……っ!

 そんな空恐ろしい想像をめぐらせていたら、不意に、背後から。

「――もし、もし?」

「ひぃっ!?」

 もしや私を確実に殺すための暗殺者!? 驚きつつ、魔法を繰り出すために口を開きながら勢いよく振り返る!

 しかし、私の声はその金属鎧を身にまとった騎士様とした御方によってさえぎられた。

 ――この人、対ウィッチクラフトの戦い方を心得ている……っ!?

 背筋に嫌な汗が伝う。

「驚かせたこと、そしてあなたの口をこの武骨な手でふさぐ無礼をお許しください。私は皇室騎士隊隊長、ドロティア・アースナイト。陛下の命によりこのあたりの警備をしていたところです」

「もごっ?」

 よく見れば、たしかにその要所を覆った鎧には皇室騎士隊の紋章である烈日の意匠が施されていた。

 正道を照らす日神ガラティンが破魔の威光を表したとされるその意匠は、なるほど、皇室騎士隊のものであろう。

「ご納得いただけたのであれば、ゆっくりとうなずき、口をお閉じください」

 その言葉に促されるまま私は口を閉じ、ゆっくりとうなずく。

「ありがとうございます」

「……いえ、私も振り向きざまに魔法を使おうとしていたのです。今の対処は仕方のないことかと」

「そういっていただけるのであれば、私も荷が下りるというものです……ところで、これも職務ですのでお聞かせ願いたいのですが……あなたのお名前は? それと、今、どこから出てきましたか? また、その術を行使した方のお名前を」

「はい、私はベルナール・ウィッチクラフト・ドラゴンルージュ・ド・アハマヴァーラ侯爵が子弟、ジャネット・アハマヴァーラ・ウィッチクラフト。私をこの地まで送り出したのは、ソマ・ドラゴンルージュ卿です」

「ああもう……やはり見間違えではなかったか……っ!」

 思わず、といった様子で騎士ドロティアは天を仰ぐ。

「弟子たる私が謝罪するのも筋違いかと思われるかもしれませんが、私たちの教官が大変失礼をいたしました、ジャネットお嬢様。教官にはこの後、きつく、それはもう、きつく、アリス姉さんの方から叱らせますので……っ!」

 そういい、騎士ドロティアは平謝り。

 なぜそこであの平民の名が出てくるのか。

 ……まぁ、伯爵位の方があの才能なしな平民に叱られるのは屈辱なのだろう。

 私なら血管が切れる自信がある。

 さておき。

「それよりもここはどこなのかご存知ですか?」

「はい、ここは、ルギス帝国とデック共和国の国境線。その緩衝地帯です」

 ……なるほど、あの人は確かに今代最強だわ。

 こんな距離を移動できるということは、もっと恐ろしい使い方もできるということだ。

 たとえば対象をどこか高い建物のそばに落とし、『世を儚んで自殺』に見せかけるなんていう謀殺(こと)や、国外に存在する竜の巣に放り込んで『行方不明』にするなんて暗殺(こと)も可能なのだから。

 むしろ、これ以上の最強が、今後出てくるかどうか……。

 そう考えると、私はまだ、運が良かった。

 なにせかの皇室騎士隊隊長が……いや! この人はソマ卿が弟子! まさか……っ!?

「しかし、なぜ教官はこんなところにあなたを……」

「――それは、彼女とうちのアリスを決闘させるためだ」

 騎士ドロティアの疑問に、ちょうどよく戻ってきたソマ卿が厳かな声色で答える。

「師匠っ!? 私それきいてないです!?」

「我が師よ! なぜそのような暴挙を!? 回答如何によってはあなたと戦う用意がございましてよ!」

 そのソマ卿の後ろからは、才能なしの平民と、ランブロウ子爵が驚愕に声を荒げながらソマ卿に詰め寄り――

「……おいこらまてじじい! なんでこんなところにあれを停めてるんだよ!」

 ソマ卿がそんな下品な言葉を叫び。

 私の意識は一瞬にして刈り取られた。



      〇



「――はっ!?」

 気が付くと、私はあの才能なしの平民と向かい合うように荒野に立っていた。

 いったい何が起きたのか、私は思わず周囲を見渡す。

 しかし、そこには何もないただの荒野が広がっているだけ。

 そう、本当に、何もない(・・・・)

 いや、一応、騎士ドロティアが私たちの間に立っており、平民の向こう側には片腕に翡翠色の魔力でできた鱗をびっしりとまとい、しかし純朴そうなかっこいい金髪の青年に組み伏せられ泣きわめいているランブロウ子爵。

「シャルル! 今すぐにこの拘束を解きなさい! それとも我が竜の左手ににぎりつぶされたいんですの!? こんな不完全な術式でもあなたを握り殺すことなどたやすいんですのよ!?」

「でもトリス姉さ、アリス姉さが負けそうになったら跳びかかる気だべ? それくらい雰囲気でわかるだよ」

「あああああっ! はなせえええええっ! アリス姉ぁあああんっ!」

 その光景に私は思わずそっと目をそらし、もう一つの集団へ。

 その集団は、へそあたりまで届く長い長い髭をもったご老体とソマ卿、たぶん五番弟子と思しき黒髪で異国の装いをした少女。そして、よくよく見知った頭のさみしい三段腹の男の三人。

 その男たちと少女は土づくりの長椅子に腰かけ。

「気が付きましたか! 大丈夫! 聖水も大量にありますし危ないと感じたら割とガチで割り込みますから! ふたりとも全力でやっちゃってくださーい!」

「アーリスちゃぁああん! そんな奴にまけるでないぞぉおおおっ! フレーッ! フレーッ! アーッ! リーッ! スーッ! ほれ! アイヴィーちゃんも!」

「え? あ、はい。フレー、フレー、アーリースー」

「気合が足らん! フレーッ! フレーッ! アーッ! リーッ! スーッ!」

「ええいっ! うるさいぞ怯え兎ども! 静かにみることができんのか!」

 ……というか、なんでいるのさ、父さん。

 いくら貴族と平民の決闘で家の興廃には全く関わらないとはいえ、この女は一応ソマ卿の弟子なんだから止める立場でしょうに。

「――ふあっ!?」

 そんな疑問を抱いていると、ちょうど、あの平民も目を覚ましたようだ。

「えっ!? えっ!? なんで私こんなところにいるの!?」

「教官いわく、他流試合という名を借りた決闘だそうで……ご愁傷様です、アリス姉さん」

「夢じゃなかったっ!?」

 平民が絶望の色を顔に浮かべて空に叫ぶ。

「さて……現在職務中ゆえ大変、ええ、それはもう大変不本意ではありますが、ソマ・ドラゴンルージュ卿が四番弟子、不肖ドロティア・アースナイトが、教官たっての願いにより、この決闘の立会人と相成りました。双方、戦いの用意はいかがか?」

「準備は、まぁ、大丈夫ですが……ところで、その、先ほど見た鋼鉄竜は……」

「――忘れろ! 貴殿のためだ! でなければ後悔するぞ!」

「あ、はい」

 ――どうやら絶対に触れてはいけないことだったから、うやむやにするためにこんなばかばかしい状況を作り出すはめになったらしい。

 私は、それ以上追及しないために、決闘に集中することにした。



「――我が魔力よ!」

「――わ、我が魔力よ!」

 騎士ドロティアの合図とともに、私たちは詠唱を開始する。

 私が多重圧縮詠唱を行使しないのは、彼女が才なき平民であるのと、彼女が操躯魔法使いであるから、そして一瞬で勝敗をつけてしまっては彼女が『自分はソマ卿の弟子には似つかわしくない』という事実を自覚しないだろうという配慮から。

 ――あと、多重圧縮詠唱はのどを痛めるので、ここぞというときの切り札にするという意味もある。

「先鋭の矛先となりて我が敵を討て!」

「我が手足となりて我に魔力を献上せよ!」

 まるで聞いたことのない詠唱だが、詠唱の完了は私の方が早い。

 詠唱の官僚とともに私が突き出した手の平から物理的な威力になるほどまでに濃縮された魔力が槍状に形成されて撃ち放たれた。

 その槍の速度は矢のように()く、槍はかの者の肩口めがけて空を走る!

「ひぃ!?」

 が、さすがは『今代最強』の弟子。涙目になりながらも体を半身にすることでかわす。

 そしてあらぬ方向へと飛んでいった私の槍は――ソマ卿が多重圧縮詠唱によって発生させた局所的な障壁によって相殺。

 ……なるほど、全力でやっていいというのは本当のようだ。

 周囲を気にせず全力でやれるということは、だ。

「こんなこともできるのよっ!」

 先ほど詠唱された平民の魔法を警戒して全力で横へ勢いよく飛びのき、さらに地面をゴロゴロと転がることでさらに遠くへと離れ行く。

 無論、無駄かつ無様に地面を転がっているわけではない。そんな醜いことなんてしない。

 私は転がると同時に自身の魔力を高濃度に圧縮、印章状に形成し自身の周囲に展開。自らの体重で以って転写しているのだ。

 すると必然、地面には印章にて転写された魔法陣が幾重にも残される。

 その数、三十。

「……うそっ!? なにその技術私しらない!?」

 平民が声を荒げて驚く。

「ふふん! 私はあなたのようにぬくぬくと育った才能なしとは違いましてよ!」

 これは儀式魔法使いが戦場で使う非常に実践的な戦闘技術だ。

 また魔力を手繰って大地に直接刻印しない分魔力の消耗が少なく、また、移動と同時に魔法を配置することができるため、儀式魔法を生業とする貴族の間では必修ともいえる技術でもある。

 ただし、本来は足の裏に印章を形成し、敵をかく乱しながら魔法を配置するもっと華麗かつ知的な技術なのだが……しかし相手は操躯魔法使い、近づくにはその体術が恐ろしい。

 なればこそ、私は泥臭いながらも表面積のおおい全身を使って通常よりも大きく複雑な魔法陣をいくつも展開、転写したのだ!

「で、でも不発じゃないですか! わ、私をおどかそうったってそうはいきません!」

 そう。私は転写と同時に魔力を流し込んでいたのだ。

 だが、魔法陣の魔法が発動するには、転写と同時に流し込んだ魔力ではまるっきり足りず、魔力が魔法陣内でくすぶるばかりで魔法が発動する気配はない。

「あら、それはどうかしら?」

 ――しかし、この才能なしの平民は儀式魔法を、魔法陣のその傲慢さ(・・・)を正しく理解していない。

 今、この魔法陣は足りぬ魔力を求め、私の魔力を渇望しているのだ。

 もし、私がこの魔法陣に触れでもすれば、流し込んだ魔力を呼び水に私の魔力を勝手に吸い上げることだろう。

「砲弾よ!」

 ゆえに私はたちあがると同時に『触覚』を――魔力を(・・・)展開する(・・・・)

「打ち砕け!」

 それが私の魔力と認識すると同時、魔法陣は私の『触覚』を貪欲に食いちぎり、大地をえぐり、それを素材とし、一抱えはあろうかという砲弾を一斉に射出する!

「さぁ! かの『星屑』とまでは行かずとも! これほどの数はよけきれるかしら!」

「ひぃいいいっ!? 殺す気ですか!?」

 ずどん、ずどん、と、若干の時間差をもって平民の周囲に砲弾が着弾。

 しかし私は次の準備のため、土煙のために無事かどうかもわからぬ彼女の様子など一向に気にせず靴底に魔法矢の印章を形成してその場を離れる。

「ひぃいい! 我が魔力よ! 土を手繰りて我を守れ!」

 平民の詠唱、同時、平民の周囲の土が盛り上がり、砲弾を遮る。

「あらあら! 操躯魔法使いとしてはまともな土壁ね!」

 たしかに操躯魔法はもともと儀式魔法を祖とする魔法体系である。

 だが、操躯魔法はゴーレムという特殊な魔法具を作るために特化した、特化せざるを得なかった魔法だ。

 だからこそあの平民並に儀式魔法が使えれば、なるほど操躯魔法使いとしては一人前と言えるかもしれない。

「でもそのちゃちな土壁でいつまでもつかしら!」

 ――が、やはりそれは『操躯魔法使いとして』という域を出ない!

「さぁ平民! よく見ておきなさい! これが本当の儀式魔法よ!」

 私はふたたび転写した魔法陣に魔力を食わせ、魔法矢を形成――すぐさま射出!

「これほどの魔法の数! 多方向から矢が降り注ぐ恐怖! 怯え兎にはまねできまい! そして自分は詠唱でしか魔法を行使できない三流であるということを噛みしめながら敗北なさい!」

 ががががっ! と、軽快な拍子で土壁が削れる。

「我が――よ、土を――りて、硬く精――る兵を形――、かの――魂を与え、我が知――き継ぎ、我――下と――」

 土壁が削れる音の向こう、やたら長い詠唱がかすれかすれに私の耳に届くも。

「あーっはっは! そんな精密で長すぎる詠唱! 平民程度の魔力量では足りるわけがないでしょうに! そぅれ! おかわりよ!」

 私は歩みを止めず、『触覚』を広げるのを止めず、全方向から次々と平民に発射される魔法矢を維持。

「精強なる兵よ、魂ある兵よ、大地より現れ出で、我の手足と成れ――」

 ひときわ大きな平民の詠唱(こえ)、まるでそれは最後のあがき。

 だが、その力ある詠唱(こえ)は、なぜか私の神経を逆なでするかのような、まるで自分が負けないことを確信しているかのような、非常に腹立たしい、声。

 だからこそ、私にはよく聞こえたのかも、しれない。

「――魂持つ岩石の(インスタント)巨兵召喚(ゴーレム)!」

 地震れ、地割れ、土壁弾け。

 まるで天変地異のごときその光景をまざまざと私に見せつけ、その手に小さな主を守るかのように抱えた巨大なゴーレムを中心として、それと等しいゴーレムがさらに四体(・・)、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、そのゴーレムは、一体一体が、それなりに年へた地這う竜とがっぷり四つに組むことができるであろうほどの巨体を、していた……!

「――ちょっと! え? ちょっとまちなさい!?」

 でもこれはちょっと卑怯ではないだろうか!?

 というかこんなものをあっさりと作り出してしまうから操躯魔法使いは怯え兎と罵られるのである!

 これはまがりなりにも決闘なのだ。もっと正々堂々正面切って戦うとか、そういうことをしようとは思わないのだろうか!?

 これだから怯え兎は!

 ……ああ、いや、現実逃避はこれくらいにして。

「そっちがその気なら私にも考えがあるわ!」

 ぐらぁ、と、ゴーレムが威圧感たっぷりにゆっくりと、それでいて一斉に動き出し、さしもの私とて危機感を抱いてしまう。

 だが、この程度で慌ててしまっては、『先代最強』エドワードが儀式魔法の一門の名折れ。

 そしてエドワード一門の一門秘伝は、対生物(・・)に対して非常に高い(・・・・・)殺傷能力(・・・・)を誇る。

「干からびろ――■■■■!」

 だからこそ、こんな才能なしの平民ごときには絶対に使わないと自ら封印していたそれを、それこそこの平民を――アリス・(・・・・)ゴーレム(・・・・)メイカー(・・・・)()本気で(・・・)殺すために(・・・・・)詠唱した(・・・・)



      〇



 かのエドワード卿は平民であるにも関わらず独学で魔法と自然科学を勉強し、そしてある日気が付いたという。



「大気中には、大気中に漂う魔力には目には見えぬ水が内包されている」

「人や生物を構成する物質のなかには、大量の水が蓄えられている」

「人は、生物は、皮膚から常に目に見えぬ魔力を放出している」

「その魔力には、やはり大気中と同じように目に見えぬ水が溶け込んでいる」



 そのことに気づいたとき、エドワード卿は戦慄したという。

 なぜなら、水をあやつるということは、生物の生と死を手にしたと等しいことであるからだ。

 ゆえに、エドワード一門が秘伝魔法『砂と帰す死の空間(ダストフィールド)』は、ある一定範囲内の水分を自身がばらまいた魔力に吸収させることによって急速に風化させ、すべてを砂と帰す、最強にして最悪の殺戮術式である。

 ゆえに、私がその全身全霊を込め、制御することもなくその秘伝魔法を暴走させれば(こうしすれば)、おおよそ十メートル半径に存在する私をのぞいたすべての動植物は、いや、そこに水分が存在するのであれば、たとえ岩でもからからに干からび、砂に帰してしまうであろう。

 その証拠に、私が魔力枯渇によって意識を手放す前に見た光景は、素材が湿った土だったからこそ、ぼろぼろと崩れゆくゴーレムの姿だった。

 すなわち、私の一門秘伝は、たしかに、発動したのだった。



「――ぅぁ……はっ!」

 果たして、勝ったのか、負けたのか。

 だが、魔力がある程度回復し、それに伴って目を覚ました私の目に最初に飛び込んできたのは、私が毎朝毎晩見上げる寝具の天蓋。

「ふむ、目が覚めたようだな」

 そして、私のそばには、よくよく見慣れた父の姿。

 どうやら、私が目を覚ますまで、ずっとついていてくれたようだ。

 その証拠に父の目の下にはクマが色濃く出ていた。

「とう、さん……私は、ちゃんと勝てましたよね?」

「やれやれ……最初に気にするのはそれか。我が娘ながら自信過剰すぎるな。もう少し自愛しろ」

 そういい、頭をふる。

「父さん」

「『先代最強』、その二つ名は伊達ではない。むしろ『今代最強』が術式の途中で割り込まねば我々も危なかったところだ。……まぁ、魔力の一滴まで使い切ってしまったところは、いただけぬがな」

「そう、ですか……そう、ですか……っ!」

 アリス・ゴーレムメイカーは強敵であった。だが、私はそれを下した。

 ダメ出しもあったとはいえ、私の胸中にえもいわれぬ達成感があふれる。

「そして父として、お前のもう一人の師として、おめでとう、というべきか……お前はまた一歩、次代最強に近づいた。いや、ソマ卿の弟子が勝てぬのだ。お前こそ、次代最強といってもいいだろう」

「……」

 うれしい。

 父の言葉に、師の言葉に、私は素直にそんな言葉を紡ぎだした。

 はずだった。

 だけど、なぜか、釈然としない。

「父さん」

「……なんだ?」

「私は、もしかして、傲慢だったのでしょうか?」

「今は違うだろう? 今ならば正当な自己評価だ」

「父さん」

「なんだ?」

「なぜ、怯え兎とさげすんでいたソマ卿を、きちんと名前で呼ぶのですか?」

「……」

 ああ、なるほど。

 なぜあんなところに父さんがいたのか。

 それは二人目の師であり、先代領主(・・・・)でもある父から、弟子であり、次期領主(・・・・)たる私への試練だったのだ。

 ソマ卿が忠告してきたとおり、この自信過剰な、ともすれば傲慢な性格は領主として致命的だ。

 いつ計画したのかもわからない、もしかすればソマ卿の提案にこれ幸いと便乗しただけの行き当たりばったりなのかもしれない。

 だが、そんなものは些細なことだ。

 ――負けてほしかったのだろう。父としては。

 そして負けを体験して、決定的な失敗をする前に、私のこの傲慢な性格を直してほしかったのだろう。

 だが、私は勝ってしまった。

 だが、私が多重圧縮詠唱を使ってまで本気で殺さねば負けてしまうような相手を準備してくれたソマ卿に、父は感謝しているのだろう。

 その証拠に私は自らの傲慢によって負けそうになったし、考えを改めるきっかけにもなった。

 ――そういえば、ソマ卿のところに弟子入りするのを、エドワード卿のところに行儀見習いに行くのを一番反対していたのは母さんだったな。

 それを、父さんに頼んで必死に説得してもらって。

 私が行儀見習いにいってから、父さんは母さんからずっと小言を言われ続けて。

 ――それからだっけ? 父さんがぶくぶく太って、頭が薄くなり始めたのは。

 おもわず、笑みがこぼれてしまう。

「……どうした?」

「いいえ、なんでもないです。それよりも、どうしてソマ卿を怯え兎と呼ばなくなったのですか? 私はそれが気になります」

「ふん……一流の操躯魔法使いはたった一人で正味一個小隊の精鋭兵となる、それを思い出しただけだ」

「都合がいいですね?」

「偶然だ」

 父のそんな言い分に、くすくすと、思わず声が漏れる。

「まぁ、それはいい。私はソマ卿のところへ行かねばならぬのでな」

 一瞬なんで父がソマ卿のところに行かねばならぬのかと首をかしげたが、そういえばこれは他流試合の皮をかぶった決闘であったことを思い出す。

 他流試合にしろ決闘にしろ、事後処理は絶対に必要だろう。

「できれば当事者として私も行きたいのですが」

「いや、お前は寝ておけ。ソマ卿のところへ行くのは私一人で十分だ。なにせあの男、今回のことでなにやら不手際をしてしまったらしくてな。そのわびとして風翔魔法ではない空を飛ぶ魔法の術式を開示するとのことなのだよ。ひゃっほ――げふんげふん」

 ……ああ、そういえば。

 ふと、母が私が他家に行儀見習いに行くのを反対した理由を思い出す。



 ――ベルナールさん、あなたは魔法のこととなると非常に子供っぽくなるじゃないですか! それに! もし我が家があなたと馬の合う魔法使い! 特にソマ卿と(よしみ)を結んでしまったらあなたは絶対に私の元へ帰って来なくなりますわ! ええ! それはもう妾の家に入り浸る破家者(はかもの)がごとく! 破家者(はかもの)がごとく!!



 そしてソマ卿も実際は父ではなくそんな嫉妬深い母に対して配慮したのだろう。

 考えてみればどうしようもない事実に、そしてソマ卿のところへ弟子入りできなかったすべての元凶は実は自分の身内(はは)だったことに私は口元をへの字に曲げる。

 というか父さん、それが原因で十年もいじけてたんですね……我が父ながら、なんと強情なことか。

 よくもまぁこんな強情な性格で領主が務まるものである。

 ――傲慢な(むすめ)が言えた義理じゃないけど。

「ああ、ジャネットよ。このことは、絶対に、そう、絶対に! 母さんには内緒だぞ?」

 しかし、そんな私の心など父さんは露ほども知らず、この後繰り広げられるであろうソマ卿との魔法談義に思いをはせているのか、私の父は気持ち悪いくらいににやけた口元に人差し指をもってきて、私に口止め。

 そして私は、この後絶対に母さんにこのことを報告するということを誓う。

 そのときの言葉は、こうだ。



 ――母さん。父さん(はかもの)ソマ卿(めかけ)魔法談義(うわき)するそうですよ?


 書き溜め分解放終了。


 続きは……まぁ、ネタができ、書きあがり次第となります。

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