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Dragon Rouge  作者: 竹永日雲
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1話 アリス・ゴーレムメイカー

「師匠、おはようございます。おきていますか?」

 さすがに年頃の女の子が男と二人で住むのは外聞が悪かろうという師匠の勧めで最近一人暮らしをはじめた私は、私の師匠であらせられるドラゴンルージュ卿が住んでいる異国建築の工房へと足を踏み入れる。

 私の師匠の工房は私の知る建築様式ではなく、それを強引にたとえるならばまるで小屋のような木造家屋である。

 師匠は「できるだけ故郷の家を再現してみました」と言っているのだが、しかし師匠の御実家はレンガも買えないほどに貧していたのだろうか?

 ……いや、それはありえない。

 いみじくも皇帝陛下より賜った魔法使いの最高位『ドラゴンルージュ』の称号を背負っているのだ。師匠の御実家だってきっと(いにしえ)より脈々とその血を受け継いできた高名な魔法使いの家柄に違いない。

 だというのに木造とは……ドラゴンルージュ、ひいては御実家の家名の名折れではなかろうか?

 ……私は、師匠の家名どころか本名(フルネーム)すら教えてもらっていないが。

「師匠? ししょー?」

 私は玄関先で声を張り上げる。

 師匠の家はなにをトチ狂ってか――こほん。貴重な書物に土ぼこりが掛からぬよう土足厳禁なのだ。

 編み上げ靴を履いている私からしてみればいちいち靴を脱ぐ我が師は頭がおか――こほん。いささか几帳面すぎると思う。

「しーしょー! 寝てるんですかー?」

 しかし、私のそんな気持ちを知ってか知らずか、普段なら聞こえてくるはずの師匠の声はいっこうに聞こえてこない。

 ……しかたがない。私はため息をつきながら玄関の一段高くなっているところに腰を下ろし、靴を脱ぐ。

 もし師匠が家にいないのであれば、私はきっと土足でずかずか上がりこんだことだろう。

 もちろん、後でばれてこっぴどく怒鳴り散らされた上で、家中の清掃を押し付けられるのだが。

 さておき。

 私が師匠の家を家捜ししていると、どうやら師匠の私的な工房に立ち入ってしまったらしい。

 そしてそこへと入るのは私は初めての経験であり、狭いながらも師匠が私的に利用していたであろうゴーレムの部品や素材がそこら中に転がっており、また壁には変なサーベルが一本、かけられていた。

「お……おー!」

 しかし私は思わず興奮してしまう。

 私が師匠の下で修行しはじめていくばくか。人に自分の『ゴーレムメイカー』という称号を譲っておいて、だというのに本人はゴーレムをほとんど見せてはくれなかったのだ。

 故に、私は今、初めて師匠のゴーレムをじっくりと拝見したことになるだろう。

「さすがは一万のゴーレムを手繰るドラゴンルージュ! 礼節を弁え見た目にすらこだわっているのね!」

 ということはあの壁にかけられた変な形のサーベルはこのゴーレムの武器? でも美的センスは残念ね。

 よく出来ているだけにその異形の騎士甲冑然としたゴーレムを見つめ、ため息。

「――と、いけないいけない。師匠はっと……ん?」

 私はそこで初めて三、四人は一度に座れそうな丸いイスの上に手紙がおいてあることに気がついた。

 手紙には封蝋(ふうろう)が施されており、その封蝋に印章された紋は皇宮のもの。そして封蝋は真っ二つに割れている、ということは……。

「皇宮呼び出し、かしら?」

 手紙の内容は読んでいないのでわからないが、ドラゴンルージュが皇宮に呼び出されるだなんてよっぽどのことだ。きっと我が師は私に知らせるまもなく慌てて皇宮へと出向したのだろう。

 ……入り口を閉め忘れていたのは非常に無用心だったが。

 でもそれなら仕方が無い。今日のところは帰ることにしよう。

 そんなことを考えていると、

「失礼! ドラゴンルージュ卿は御在宅か!」

 そんな声が、入り口から聞こえてきた。



      〇



 ――私はなんでこんなところにいるんだろう?

 私はやってきた騎士様に「師匠は不在でありますが、どのような御用件でしょう?」と誠意をもって真摯(しんし)に応えただけなのに。

「魔法使い、ドラゴンルージュ卿が名代、アリス・ドラゴンルージュ卿、おなーりー!」

 不思議! 私がいつのまにかドラゴンルージュになってました!

 しかもなぜか、そう、な、ぜ、か! 私は今皇帝陛下と謁見してしまっているのです!

 マズイ、マズイマズイマズイ!

 私はただの『ゴーレムメイカー』。名前を間違えたのはあの騎士様とはいえ、私がここにいること自体が大間違い!

 というか『ゴーレムメイカー』という称号には皇帝陛下と謁見できるほどの身分がない。

 ――あれ? 今訂正したら私、不敬罪で殺される?

 背筋にたくさんの冷や汗をかきながら、私は謁見の間をゆっくりと歩く。

 ああもう逃げ出したい! だけどそんなことをすればやっぱり不敬罪になる可能性が!

「ほぅ? せっかくわらわ直筆の召喚状であるにもかかわらず名代をだすとは。あの小僧も偉くなったものよのぅ?」

 玉座には真っ白なドレスを着た若々しい皇帝陛下が腰掛け、しかし頬杖をつき、けだるそうに足を組んでいた。

 この方こそ、第十八代目皇帝にしてこの国初の女帝、シャルロット皇帝陛下。

 また、本人がすさまじい剣術の使い手であり、なおかつ傍つきの侍女に己の得物である剣を幾本も運ばせていることから、通称剣帝陛下。

 街の吟遊詩人曰く、最近ではその武勇の愛好振りが高じて御自(おんみずか)ら罪人に刃を振るうのが趣味だとかなんとか。

 ――あ、やばい。この方を見て確信した。バレたらここで即首を()ねられる。

「それでアリスとやら、あの小僧はどこへ行った?」

「お、畏れながら陛下に申し上げます! 私の師であらせられるドラゴンルージュ卿は本日ゴーレムの素材採集に出かけており不在なのでございますですはい!」

 やばい。

 なにがやばいって私、平民だからこういうところでの礼儀を知らないことがやばい。

 ついうっかり後ろめたいことがあるとすぐさま敬語になってしまう我が師のまねをしてしまったが……これ本当に合っているのだろうか?

「かかっ。そうかそうか」

 あ、よかった。あってたっぽい。

「しかし、あの小僧はよほど人を小ばかにするのが好きな様。わらわの呼び出しに名代をよこすのはまだしも、礼節がなっていないのは……のぅ?」

 剣を一振り携えていた一人の侍女が一歩前に出、柄を陛下の方へ。

 ――あ、私死んだ。

 この世に生を受けて早十二年。せっかく『ゴーレムメイカー』の称号を師匠から譲られてさぁこれからだっていうときに……師匠のバカ!

「よい。そも、あの小僧に礼節を求めること自体が間違いなのじゃ。なればその弟子にも礼節を求めるのも間違い、というものじゃろうて」

 そしてそのまま呵呵大笑。私は無礼なことにも緊張の糸が切れてその場にへたり込む。

 ……もしかして弄ばれた?

「かかっ。ではアリス・ドラゴンルージュよ。その称号の語源の通り、そちには我が領地内にて暴れる無粋モノの討伐を言い渡そう」

 ――って、ええっ!?

「ち、ちょっとお待ちくださいませんでしょうか皇帝陛下!」

「かかっ! 死力を尽くして頑張るが良いぞ? 小さきドラゴンルージュよ!」



      〇



 その者の名は竜。

 その者にとって大空は庭であり、炎は言葉であり、地上は食卓である。

 しかし、歴史を長い目で見ればそんな強者の代名詞ともいえる竜を時として倒してしまう輩が出てくる。

 そして、その輩は自らの力の証として竜の心臓を抉り、全身に血を浴び、そのまま心臓を食らうのだ。

「ゆえに、その者たちの名前は『竜の赤(ドラゴンルージュ)』……」

 私は皇帝陛下が用立ててくださった帰りの馬車にて、師匠に教えてもらったその名前の由来を思い出し、つぶやく。

 むりです、と言いたい。

 というか、竜と戦うよりはあそこで首を刎ねられていたほうがいくらかましだったかもしれない。

 ああ、泣きたい。

 だいたいなんでまだ十二歳という若い身空で竜と戦わねばならぬのだ!

 というかなんで陛下や騎士様は私が師匠の名代なんて勘違いを――

「そうだ! 師匠!」

 師匠の名前はドラゴンルージュ! 竜の心臓を食らったもの! 師匠なら、師匠ならきっとなんとかしてくれる!

 だからそれまで師匠の工房でまっていればいいんだ!

 それなら私は師匠のゴーレムを心ゆくまで観賞できるし、これまで学んだことの復習もできる!

 皇帝陛下は本物のドラゴンルージュが竜を討伐してくれるから言うことなし! 

 師匠は師匠で希少な竜の素材を入手できるから文句は無い!

 なんて素晴らしい案! まさに完璧! あえて師匠っぽくいうならぱーふぇくつ!

「すいません御者さん! ドラゴンルージュ卿の工房へお願いします!」

「承りました」

 よし! これでもうだいじょ――

「ですがお早めに。今日中に出発せよと、陛下からのお達しですので」

 なん……ですって……?



「ああああっ! どうしよう!」

 御者さんに表で待っててもらい、私は土足厳禁なことも気にせず師匠の家へと上がりこむ。

「どうしてこういうときに限って師匠がいないのよ! もー!」

 そのまま師匠が私にゴーレムの作り方を指導する工房へと踏み込み、私は棚に陳列されていた私の膝丈ほどの習作ゴーレムに魔力を流して手当たり次第に起動。

 しかし悲しいかな、やはり私が作った習作ゴーレム、二十体のうち三体しか起動しない。

「ああもう! なんで動かないのよー!」

 私の魔力の総量的に私が同時に操作できるゴーレムの数はおおよそ五体、せめてあと二体起動してくれれば小指の爪の先ほどの可能性がでてくる可能性が無きにしも非ずだったのに!

 だがこうなってしまったら仕方がない。

「オーダー、全員私の後に続け」

 私はゴーレムたちに指示を出す。

 こうなったら背に腹はかえられない。師匠の工房からあのゴーレムと武器を拝借する!

 私にその名を譲ったとはいえ師匠はもともとゴーレムメイカーの称号を持っていた人だ、きっとあの異形の騎士甲冑ゴーレムはかなりすさまじい力を持っているに違いない!

 しかもそのゴーレムが使う武器だ、これ以上頼もしい存在はあるだろうか? いやない!

 そう考え付き、私は師匠の工房へと足を向けた。



「出してください……」

「……はい、承りました」

 明らかに気落ちした私を見て、御者さんは一瞬だけ不安そうに眉を寄せる。しかしながらすぐさま表情を戻したのはさすがといったところだろう。

 さておき――私の足元では三体の習作ゴーレムが直立し、私の胸には師匠の奇怪なサーベルがひっそりと自己主張をしている。

 結論から言おう――師匠の異形の騎士甲冑ゴーレムは、私では動かせなかった。

 というか、首がぽーんと外れた。

 さらにはそのゴーレムの装甲が外れた。

 装甲が紐で仮組みされていたということは、どうやら作成中のゴーレムだったらしい。

 きっと師匠は猛火のごとく怒るだろう。なにせ家中を土足で踏み荒らしたあげく、師匠の飯の種であるゴーレムを壊し、さらには師匠の部屋からこのサーベルを無断で持ち出してしまったのだ。

 運よく生きて帰ってこれても、きっと師匠に殺される。

「……あれ? 私詰んだ?」

 竜討伐に行けば死ぬ、陛下に身分を明かしても死ぬ、師匠にばれたら死ぬ。

 あまりの詰みっぷりに泣きたくなった。



      〇



 竜が暴れているという場所は帝都から半日馬車を走らせたところにある村だった。

 見たところこの村は広い荒野に畑や酪農地を開拓し、帝都に小麦や豚肉を卸しているようだった。

 ただ、魔物避けとしてかならずあるはずの柵はところどころ壊れており、家畜小屋に至っては全壊していた。

 ――その壊されようから見る限り、どうやら竜はあまり大きくはないようだ。

 私は村の入り口で降ろされ、御者は「二日後に迎えに来ます」とだけ言い残してさっさと帰ってしまった。

 しかたなく私は今晩の宿と竜の話を聞くために村長の家へと向かう。

 ああ、足が重い。

 しかし、そんな私の重いとは裏腹に、気付けば村長の家はすぐ目の前に。

 扉をたたく。

「こ、皇帝陛下の命により帝都よりやってきましたドラゴンルージュ卿が名代、アリスと申します! 竜の被害にあっているとのことでお話しに参りました!」

 私は精一杯の敬語で用件を述べる。

 すると扉は開き、村長婦人らしい初老の女性が顔を出す。

「お待ちしておりましたドラゴンルージュ様。さ、中へどうぞ」

 ちがいます! 私ドラゴンルージュじゃないんです! ただのゴーレムメイカーなんです!

 訂正したい、そう叫びたい! 私は心の中で涙を流す。

「これはこれはドラゴンルージュ様。本日は遠いところまでわざわざありがとうございます。このような格好は失礼に当たるのでしょうが、しかしこの足に免じてどうか御容赦を」

「いえ……」

 村長宅を奥に進むと、片足が根元あたりから消失した村長らしき男が椅子に座った状態のまま一礼。

「長旅でお疲れでしょうが、しかし、どうか一刻もはやい解決をお願いします」

「あ、はい」

「今回、村へとやってきたのは地を這う竜――ランドドラゴンでして、家畜をすべて食われてしまったのです!」

「ランドドラゴン、ですか……」

 ランドドラゴンは小さな倉庫程度の大きさしかない、文字通り地を這う竜だ。竜の中ではブレスもなく比較的倒しやすい部類に入る。

 師匠っぽく言うならただの十メートルくらいのワニ。

 ……ところで十メートルくらいのワニってなんだろう? 師匠は時々こんな意味不明なことを言う。

 しかし、空とぶ竜(ドレイク)じゃなくてよかった。もし空とぶ竜だったら私に勝ち目はなかったのだから。

 それに今なら私のこの手の中には師匠のサーベルがある。これはもうそのランドドラゴンを打ち倒し、その希少素材をお詫びの品として師匠に献上するほか私の生きるすべはないだろう。

 ほんのわずかとはいえ私の前に光明が見え、ぎこちないながらも私はゆっくりとうなづいた。

「わかりました。若輩者ながらなんとかやってみましょう」

「ありがとうございます! では、長旅でお疲れでしょう。我が家にご逗留を……」

「助かります」



      〇



 師匠の雑談曰く「竜っていわゆるハチュウルイだから、朝もやも明けぬ寒い時間帯はすごく動きがにぶい」らしいので、私は念には念を入れて夜も明けぬ時間に目を覚ます。

 あの時は「また変なこと言ってる……」なんて聞き流していたが、今思えばハチュウルイってなんだろう?

「オーダー、一号、明かりをつけて」

 私のそばにはべっていたゴーレムのうち、最初に起動したゴーレムを動かして燭台に火を入れさせる。

 ただ、火を入れる、とはいっても私のゴーレムは魔法を使うことができない。なので昨日のうちに持たせておいた火打石を使うのだが。

 かつん、かつん、と数度の衝突音。次いでろうそくに火がともる。

「うう……さむいさむい」

 外はまだ暗闇で、日神(ひのかみ)ガラティン様の恩恵もないせいでうっすらと肌寒い。ただ、窓からのぞく家々からは朝食のために火を入れた暖炉の赤い光が漏れていた。

 ふと、こんこん、と扉がたたかれる。

「はい?」

「ドラゴンルージュ様、日も明けぬうちから申し訳ありません。先ほど石を叩く音が聞こえたのですが……」

「すみません、ろうそくに火をともしたんです」

「ああ、なるほど」

 扉の向こうにいる村長夫人は安堵したようにため息。ついで申し訳なさそうに。

「あの、ドラゴンルージュ様……私ども、これほどまでに早く起床なさるとは思ってもおらず、まだ朝食が……」

「あ、いえ。大丈夫です。ただ、ひとまずパンとお水をいただけないでしょうか? 竜の動きが鈍い今のうちに討伐してしまいたいので」

「は、はい! ただちに!」



 燭台の明かりでランドドラゴンの這った後を追いかけながら、私は薄く輪切りにされた黒パンをかじり、皮袋に入れてもらった水で胃の中に押し流す。

「黒パンなんて久しぶり……」

 黒パンを食べるだなんて私が生まれた村が空とぶ竜に襲われて以来だろうか? その後の五年か六年の間は師匠が食べる白パンのおこぼれに預かっていたため、口にするのは本当に久しぶり。

 懐かしさと「こんなにまずかったっけ?」などという感情が入り混じり、私は苦笑いを浮かべる。

「――って、これから竜退治! しっかりしなきゃ!」

 ぶるんぶるんと頭を振る。

「さぁ、行くわよ!」

 それは竜が食べた家畜の臭いか、うっすらと鉄錆びの臭いが漂ってきたのを受けて、私は師匠のサーベルを抜き放ってゴーレムに持たせる。

 ところでゴーレムの知識や技能は儀式魔法による知識の焼き付けによって製作者のものが反映される。

 師匠曰く「もともとゴーレムは自分の手足として使うものなんだから、自分の命令を正しく理解し正しく行動しないとだめでしょ?」とのこと。

 そのような理由から私も師匠手ずからの指導を受け、一応は剣術の心得があるのだが……さすがに竜とかち合うほどの勇気は私にはない。

 ゴーレム一号が先行し、その燭台で私たちの行く先を照らす。

 しばらくして、地面に広がる血が、見えた。

「――っ!」

 息を呑む。

 どうやらこのランドドラゴン、家畜を何匹か寝床に持って帰ってそこで食していたらしい。

「オーダー、一号、竜を燭台で照らせ。二号、剣を構えよ。三号、私を庇え」

 三体のゴーレムに指令。

 同時、竜の咆哮!

 その爆音に私は耳を押さえ、恐怖に腰が抜ける。

「だ、大丈夫! 三号に庇わせてる、大丈夫……!」

 必死に自分へ言い聞かせる。そうしなければ心が折れてしまうと思ってしまった。

「オーダー! 二号かかれぇっ! 一号追従し視界を確保ぉ!」

 二体のゴーレムが私の指示と共に駆け出す。

 たしかに姿かたちこそ私の膝丈ほどしかない。が、しかしその力は大人十人分。

「そう、だからなにもなにもしんぱ――ひぃっ!?」

 ゆれる燭台の炎。その光がついに竜の顔を照らす。

 黄色い瞳が、赤い涙を流し、私をにらみ、それが吼え、吼えたと同時に火が消える。

「おおおおおぉだああ! 一号火をつけてっ!」

 震える声。

 かつん、かつん、と石と鉄の衝突音。

 火がつく。

「GAAAAALTU!」

 天地が回った。

 だれだ、ランドドラゴンはブレスを使えないといった奴は。

 奴の叫びは、ブレスに引けをとらないではないか。

 飛礫(つぶて)が地面から跳ね跳び、私の全身を強打する。

 三号は急所である顔と胸を庇うように跳び、そのまま私は三号と一緒にごろごろと遠くへ転がっていく。

「げふっ! がふっ! ごほっ!」

 ようやく止まったと思えば私の胸に乗っていた三号が地面に落ちる。

 三号の顔面に、私のこぶしはあろうかという小石が食い込んでいた。

 それはちょうど私の頭の位置で。

 ――死んだ。

 そう確信した。

 私は次の咆哮で、死ぬ。

 全身が擦り傷だらけになりながらも私はゆるゆると立ち上がり、奇跡的に無事だった燭台の光を頼りに竜を見つめる。

「……?」

 おかしい。ランドドラゴンがぴくりとも動いていない。

 いや、それどころか――

 それは突然。動かなくなったと思っていた竜が、ゆっくりと崩れる。

 風が吹き、それが鉄錆の臭いを運んでくる。

「――まさか」

 二号が寸でで竜を倒した?

 たしかに二号に持たせていたのは師匠のサーベルだ。そのサーベルが心臓を突き貫いたのだろうか?

 そしてあの咆哮は竜の断末魔で、最後の悪あがき?

「お、オーダー。竜の生死を確認」

 だが私の命令は、二体には届かない。

 二体とも、先の咆哮の余波で壊れてしまったようだ。

 私は三号にめり込んだ石を抜き取り、持てる力を使って竜に投擲。

 ――かつん。

 私の投げた石は見開かれた竜のもつ、宝石にも似た美しくも硬質な瞳にあたる。

 が、竜は、動かない。

 よくよく見れば黄色い瞳に生気がない。

 私は恐る恐る竜に近づき、ごくりとのどを鳴らしながら竜の口元に手を差し出す。

「……息は、してない……ということは!」

 師匠! やりました!

 痛みも恐怖も吹き飛び、私はその場にへたり込む。

 燭台の光はゆらゆらと輝き、師匠のサーベルをもった二号の照ら――

「えっ?」

 鈍く切っ先を輝かせる師匠のサーベルが、見事なまでにひんまがっていた。

「えっ?」

 ランドドラゴンの鱗は固く、サーベルが刺さらなかったようだ。

「えっ?」

 じゃあ、なんでランドドラゴンは――



『黄色い瞳が、赤い涙を流し、私をにらみ――』



 ――ぶわりと、全身の毛穴が開いて脂汗が流れ出る。

 だれだ。

 だれがランドドラゴンを倒した?

 慌てて燭台を掴み上げ、ランドドラゴンの屍骸の周囲を照らす。

 かたかたと、歯の根が合わない。

 たしかに私は師匠から戦いの手ほどきを受けた。

 だがそれは訓練上のことで、私は一度も実践を経験したことがない。

 ――死ぬ!

 ああどうか! どうかせめて、竜を倒したなにかが、話の通じる相手でありますように!

 必死に日神ガラティン様と月神(つきかみ)クエス様に祈り、それを探す。

 そしてそれは、竜の屍骸の上に立ち、ろうそくの光を反射しながら私を見下ろしていた。

 それは、てらてらと血にぬれた、金属の光沢をもった身体の、私の背ほどの大きさの鳥で、無機質な目で私を見ながら、くちばしにいまだ蠢動(しゅんどう)する竜の心臓をくわえていた。

「ひぃっ!」

 異形。

 もはやそう形容するしかあるまい。

 通常、ゴーレムは人型以外には作ることができない。

 それはゴーレムの製作工程中にある『知識の焼き付け』の弊害だ。

 人間は二足で歩き、四足では走れず、ましてや飛ぶという感覚を知らない。

 ゆえに、鳥のゴーレムは異形。

 ありえない、ありえない、ありえないありえないありえない!

 その鳥が竜の心臓をごくりと丸呑みし、そしてひと鳴き。

 その声は金属をこすり合わせたような不快な声で、私は思わず燭台を放り投げ耳をふさぐ。

 ――がしゃん。がしゃん。

 鳥が二度羽ばたき、竜を蹴り、空を、飛んだ。

 飛んでいった方向は帝都。

 私は、空がうすらぼんやりと明るくなってくるまで、その方向を呆然と眺め続けた。



      〇



 むき出しとなったサーベルを布でくるみ、我が師であったドラゴンルージュ卿の工房に謝罪の手紙と共にそっと置く。

 ドラゴンルージュ卿はまだ帰って着ていないらしい。

 そして私は表に待たせていた御者に一言謝罪を述べて、皇宮へと向かった。



「よくぞ竜を倒してきたな。小さきドラゴンルージュ」

 シャルロット皇帝陛下は以前と変わらず純白のドレスを着込み、玉座にけだるそうに座っていた。

 ただ、以前と違って今日はそばにはべらせた侍女は二名。

 そのどちらも陛下が振るうであろう剣を持っていた。

「して、久方ぶりの竜の心臓は旨かったか?」

「……陛下、それについて御報告したいことがあるのでございますです!」

 ドラゴンルージュ卿のサーベルを無断で持ち出し、あまつさえあれほど無残にひん曲げてしまったのだ。もはやドラゴンルージュ卿の下には戻れない。

 だったらいっそと私は意を決し、皇帝陛下を見上げる。

「私は今回、ランドドラゴンを倒してはいません。倒したのは、鳥型という異形のゴーレムです! そのゴーレムは心臓をひとのみにしてこちらの方へと飛んで行きました!」

「――ほう?」

 謁見の間がざわつく。

 もっとも下し易いランドドラゴンとはいえ、それを倒し、あまつさえ飛んでいったというのはかなりの衝撃だったようだ。

「……ふむ。至急捜索させよう。しかしランドドラゴンを単騎で下す空とぶゴーレムとは。場合によっては他のドラゴンルージュを集め――いや、小僧を呼び出した方が確実か……?」

 自らの思考をまとめるかのようにつぶやいていた陛下が不意に手を挙げ、たったそれだけの動きでほとんどを理解した大臣数名は頭を下げつつ謁見の間を後にする。

「アリス・ドラゴンルージュよ。名誉に固執せずよく報告してくれた。これは竜を下すことよりも栄誉なことである。その誠意をたたえ、貴君にはここに――」

「陛下!」

「……まだ、なにかあるのか?」

「は、はい!」

 さぁ、もう後戻りはできない。

 私は意を決して叫ぶ。

「私の名は、アリス・ゴーレムメイカー! ドラゴンルージュの名を汚すばかりか、陛下をだましていたこと、いいわけのしようがありません! 申し訳ありませんでした!」

「……ふむ」

 頭を下げる私の上で、侍女が一歩、前に出た音。

 すらり、と鞘から抜剣する音。

 かつん、かつん、と、陛下らしき人物が私へと歩み寄る音。

 それ以外一切聞こえず、私の額から脂汗が流れ落ちる。

「ではアリス・ゴーレムメイカーよ」

「はい……!」

 とん、と、私の肩に剣の重み。

「ドラゴンルージュと間違えたにも関わらず、間違えた騎士を一切責めぬその寛容さと、それに気付かぬわらわの臣下を責めぬその寛容さ。竜を倒したという栄誉を捨て帝都に危機を知らせたその誠意。そして、何も言わなければ無事であったろうに、不敬罪でわらわに首をはねられること承知で自らの身分を明かしたその誠意に免じ、此度のこと、すべて無罪とする」

「……っ」

 たす、かった……?

 足腰に力が入らなくなって、私はその場にへなへなと崩れ落ちる。

 陛下はそんな私を見て、剣の腹で肩を叩きながらにやりとわらう。

「しかし良かったのか? なにも話さなければ名実共にドラゴンルージュだったのだぞ?」

「いえ、もはや私の師匠だったドラゴンルージュ卿の元に戻れぬ身なれば、一思いに陛下に首を刎ねられるのが正しいと思ったんです」

「ふむ? あの小僧の元に戻れぬとな?」

「はい……実はドラゴンルージュ卿の工房に無断で上がりこみ、作成途中だったゴーレムを壊したばかりか、ドラゴンルージュ卿のサーベルを無断で持ち出し……あまつさえこわしてしまって……」

「なるほど、たしかにあの小僧は怒ると怖いからの……。しかしそもそもがわらわの臣下がお前をドラゴンルージュと間違えたのが原因、わらわの名においてとりなそうぞ」

「へ、陛下……っ!」

 いい人だ! すごいいい人だこの陛下!

 最初は尊大でけだるそうにイスにふんぞり返ってるからすごい癇癪(かんしゃく)もちなのかと思ったけど、すごいいい人!

 そのまま忠誠を誓わんばかりの勢いで頭を下げ、今度こそ自分が生きていることに涙を流す。

「へいかかあああああ!」

 それと同時、謁見の間入り口からものすごい悲鳴を上げた兵士が飛び込んでくる。

 その兵士に皆が一斉に視線を投げる、しかし兵士はそんなのをお構いなしに私の横まで駆け寄り、(ひざまず)いてその手に持っていた封蝋の巻物(スクロール)を掲げる。

「そそそ! ソマ・ドラゴンルージュ様より、伝書であります!」

「……小僧から? いや、それならばなぜ斯様に慌てておるのだ? あやつはうちのドラゴンルージュであろう?」

 あ、師匠の本名(フルネーム)ってそんなに短い名前なんだ。

 というか、私と同じ平民だったんだ……初めて知った。

「そ、それが……」

「良い、まずはその伝書とやらじゃ」

「ははっ!」

 陛下は兵士から封蝋の巻物を引ったくり、変わりにその兵士に剣を持たせる。

 そして封蝋をきり、文章を目で追いかけて――ため息。

「おい」

「はっ!」

「使いは、金属の鳥か?」

「左様です! 金属の鳥が空を飛び、城門前に来たのです!」

 ……えっ?

「おいだれか先ほど出て行った大臣らに『あの小僧のいたずらだった』と伝えて来い」

 陛下はもはや考えるのも億劫なのか、投げ槍に指示し、兵士に持たせた剣をひったくって玉座へと戻る。

「阿呆らしい――おい、アリス・ゴーレムメイカーよ」

「は、はい!」

「わらわが許す、いいや勅も出そう。とにかくあの小僧の顔を力いっぱいぶん殴れ。そしてぶん殴れたらわらわの元へ報告に来い。奴のそのときの顔を、こと細かくわらわに話すのだ」

「……は? それはどういう……」

 わけがわからず、私は思わず聞き返す。

「なればここはあえて小僧に習い、小僧の言葉を借りてこう言おう。わらわはマジにブチギレた。それ以外の意味はない」

 そして陛下は師匠が書いた巻物を上に放り投げ、その手にもった剣で粉みじんに切り刻んでしまった。

 ここまで切り刻まれれば、もはや復元は不可能。

 さすが剣帝陛下、惚れ惚れするような剣捌き。

 その美しき高速の剣技に、謁見の間はしばし感嘆の息で埋め尽くされる。

 が、そんな中、一人だけ違う息を漏らしていた。

 その息とは、つまり。

「どうしよう……私、師匠殴れるかな?」

 陛下の『殴れ』という無茶な命令に私は、師匠のあまりにも隔絶した剣術の技量を思い出し、竜退治とはまた違った意味で憂鬱(ゆううつ)になった。

 遠くで、師匠の鳥型ゴーレムが(わら)った気がした。

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