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第三章 夜桜(よざくら) 其の一

 この日、この時より、葵屋は水を打ったような静けさに包まれた。

 夜宵は、葵屋に姿を見せなくなった。当然だろうとは思う。学校で俺について回ることもなくなった。ただでさえ少なかった口数も一段と減り、殆ど喋っている姿を見かけないようになってしまった。時折俺と目が合うと何か言いたそうな顔をするのだが、その唇から声が発せられることはなく、辛そうに俯いて踵を返す背中を、俺も目で追うことしか出来ずにいた。

 十羽織は先祖の権八のことがよほどショックだったのか、普段は部屋に閉じこもりきりとなった。なんだかんだで家族のことを愛しており、一族再興を夢見る両親に懐いていた妹にとって、言問命の語った内容は容易には受け止めきれないのだろう。食事の時、俺を前にしてすら、十羽織は一人考えに沈んで上の空になっていた。

 そして──静は完全に姿を消した。夜宵のように学校へ来ているところを見ることが出来るならまだ良い。存在が罪だと言い渡された彼女は、その言葉を受けて本当に消えてしまったかのようだった。建物が存在する以上は、きっとどこかにいるのだとは思う。しかし、俺の言葉が今の静に届くとは思えなかった。家に軽んじられてきた俺にとって、生まれを否定されるような話には自分のことでなくても異常なほど反発を感じるのだが、それでも今の彼女には届かない。そう思えてならなかった。


 そんな中、沖だけは独り気を吐いていた。

 一人で葵屋を支えようとしている風だった。

 笑顔を絶やさず、甲斐甲斐しく他の者の世話をして回り、平日ですら泊り込んで少しでも明るい雰囲気を取り戻そうと身を砕いていた。

 一方の俺は、そんな彼女の姿を横目に、精神的な疲れから脱却できずにいた。

 この家に来たことから始まる自分の行動のすべてが否定されてしまって、何をしていいのかが見出せずに、ただ苛立ちばかりを募らせていた。

 だけど、その末に言ったことだとしても──この時の俺は迂闊にもほどがあった。


「沖は、当事者じゃないのにな」


 この時俺が口にした言葉の一部を切り出すと、こういうことになる。

 勿論、彼女を遠ざける気持ちがあったわけじゃない。むしろ逆で、俺は感謝を伝えようとしていた。本当はこれは、「当事者じゃないのに頑張ってくれて有難う」と続くはずだったのだ。彼女だけはしがらみのない立場で動くことが出来る。そのことにどれだけ助けられているかを伝えようとしたのだ。

 けれど、俺は途中から言葉を続けることが出来なかった。はっとした沖の顔を見て、過ちに気付いてしまったからだ。

 当事者じゃない。それは、今の葵屋の苦境を自分のこととして頑張ってくれている彼女に対し、なんて失礼な言葉だっただろう。

 たとえ最後まで言えたとしても、根っこのところは変わらない。感謝という奇麗事に置き換えて、その実俺は彼女を部外者扱いしてしまったのだ。

 本当に、馬鹿だとしか言いようがなかった。言われた彼女がどれほど傷つくのか考えもせずに、そんなことを口にしてしまったのだから。

「あ……ご、ごめんね、私。でしゃばるつもりはなかったんだけど──」

 沖は、可哀想なくらいに──本当に、どの頭がそんなことを思うのだ──顔を強張らせて、俺から一歩後退った。朝、井戸で顔を洗っていた俺に彼女がタオルを差し出そうとしてくれた時のことだ。

 俺が気付いた時にはもう遅い。違うんだ、と手を伸ばすより早く、沖は逃げるような足取りで建物の方へ走っていってしまった。

 この時の俺の後悔については、最早語る価値もないものだと思っている。

 ただ、結果としてこの時より──沖は葵屋に顔を出さなくなってしまった。

 最後に残っていたともし火を、俺が自分の手で消してしまったのだ。


 だが。

 だが一週間ほどしてから、俺は自分が彼女の本質を見誤っていたことを知った。

 その時の気持ちを、俺はどう言い表していいのかわからない。

 呆れと、戸惑い。なぜそこまで、という思い。

 ただ確実に言えるのは──俺はこの時のことを一生彼女に感謝し続けるだろう、ということだ。


 気付いた最初のきっかけは、学校でのことだった。

 高木が突然、俺を問い質してきたのだ。お前は灯ちゃんに何をさせてるんだ、と。

 もちろん俺には何のことだか皆目見当がつかない。むしろ、何かしてくれようとしていた沖を、俺の不用意な発言が止めてしまったくらいなのだから。

 だから、逆にこっちが高木を問い詰める形となってしまった。どういうことなんだと。あの子は何をしてるんだと。

 始めは怒り顔で俺を追及しようとしていた高木だが、途中から困惑の表情に変わり、やがて渋々ながら俺の質問に答えてくれた。

 その内容は、俺にはにわかに信じがたく──だけど否定しきれるほどには俺は彼女のことを知らなかったのだと気付かされた。沖がどういう子なのか、まだまだ俺にはわかっていなかったのだ。

 けど、聞いてしまった以上は確かめなければならない。本人に尋ねるべきか。けどただの噂の一人歩きだったらひどく気まずい。

 なら──噂の発信源に当たるしかないか。

 俺は高木に背を向けて、廊下を全力で走り始めた。

「悪い、高木! 早退するから先生にそう伝えておいてくれ!」

「な、ちょ、こら九郎! どういうこった!?」

「後で話す!」

 そう言い捨てて通用口へダッシュ。靴を履き替えて校庭へ、校門へ、街中へ飛び出す。

 廓での自然に根差した生活で身についた体力が、今は有難かった。逸る気持ちに応えてくれるだけのバイタリティが、この体にはある。

 俺はそのまま、まずは沖の自宅の近くまで駆けた。ただし沖のお宅は訪ねずに、手当たりしだいに近くの家の呼び鈴を鳴らし、聞き込みを行っていく。飛び込みで壁や塀の補修を請け負う奇妙な高校生のことは、わりと話の種になっていたようで、ああ貴方があの、という感じでどのお宅の人も俺の質問に答えてくれた。

 そして、夕飯時の前までそれを続けた結果わかったのは──高木の言っていたことはおおむね間違っていなかった、ということだった。


 沖がしていたこと。

 それは、四月一日に向けた準備に他ならない。

 これは後で判明したことだが、沖が葵屋に姿を見せなくなった最後の日──彼女は静から『夜桜』の催しの概要を聞き出し、その規模を知って、一つ質問をしたらしい。それは、廓の人間だけで準備しなければいけないことなのか、と。

 そして静はこれを否定した。『初午』とは異なり、『夜桜』は廓内で個々に完結する催しではない。なんとなれば、桜は吉原の共用部に植えられたものを使うのだからと。全体の敷地の入り口たる『大門』から真っ直ぐ伸びる『仲見世通り』──門をくぐった先の通りには見上げんばかりの大きな桜があって、その周囲を花魁が練り歩くさまを愉しむことこそが『夜桜』の姿なのだからと。

「じゃあ、他の人の力を借りていいんだね?」

 そう念を押した沖は、返す刀で葵屋を出た。それは俺に愛想を尽かしたためかと思っていたのだが──実際は違ったのである。

 沖は、人当たりが良い子だ。近所でも商店街でも評判の人気者だ。彼女はその人脈を使って、方々に頭を下げて回ったのだという。

 そこでお願いしたのは二つのこと。一つ目は、四月一日の夜に、葵屋で行うイベントを見に来てほしい、ということ。二つ目は、もし出来るなら、その準備の手伝いに来てくれないか、ということ。

 お願いされた大半の人間は、最初面食らったらしい。それはそうだろう。いくらなんでも唐突な話であるし、葵屋はまだまだ往時には程遠く、妖しい見た目の建物である。そんな場所で一体何が行われるのか、何を手伝わされるのか、訝らない方がおかしい。

 けれど沖はそれに答えたという。その日は、綺麗な桜が見られます、と。僭越ながら自分が舞を踊って、興を添えさせて頂きます、と。

 これも後で知った話だが──沖は幼少時、わりと有名なミュージカルに所属していた人気子役だったらしい。その幼い年齢に見合わぬ卓抜したダンス目当てで訪れる客も多かったとのこと。だが、元々体が強くなかったという父親が病死した際、「これからは母との時間を大切にしたい」と言って、惜しまれながらミュージカルを退団。それまでの稼ぎと父親の貯えや保険金があったため、生活苦となることはなく、慎ましいながらも穏やかな暮らしをあの家で母と二人営んでいたのだという。

 このことを知っていた人々は、彼女がどれだけ本気でいるかを悟ったのだろう。始めは少しずつ、やがてぽつぽつと、協力を申し出る人間が現れた。中には彼女が母子家庭であることを知って、沖本人、あるいは美しさを留めた沖の母親に良からぬ考えを抱いて近づいてくる輩もいたが、そこは近所の住民たちがシャットアウト。葵屋が元遊郭であることから下卑た目を向ける者も現れたが、彼女はそれにも耐えて頼みごとを続けた。

 その結果、徐々に話は現実味を帯びて、具体的な作業の段取りの会合も行われるようになり──明日にも、葵屋に現地下見の人間が訪れようとしていたところだったらしい。

 そして動きが広まってくれば、当然参加者の中から俺たちの通う高校に子供がいる人も現れる。自然、高校にも噂が広まり、高木の耳にも入って──冒頭の俺への追求が起こった、というわけである。

 俺と夜宵がぎくしゃくし始めたかと思ったら、突然の沖のこの行動である。俺が夜宵を捨てて沖に乗り換えたのかというあらぬ憶測も呼んでいたようだが、当の女の子二人の仲がこじれた様子もない。疑惑が疑惑を呼ぶ一方だったから、代表して俺が聞きに来たんだぜと高木はのちに語っていた。


 そして俺は。

 ここまでの経緯が明らかになって、俺は──その日の夜、沖の家に押しかけた。

 玄関に出てくれたお母さんに、沖を呼び出してもらう。彼女は門前に立つ俺を見て一瞬驚いた様子だったが、すぐに柔らかく微笑んでくれた。ほっとした俺は、お母さんのそばで話すことでもないと考え、沖を近場の公園へと誘った。お母さんは家の中へ戻り際に沖に何か耳打ちをし、沖はそれに真っ赤になって何か言い返していたが、その内容までは聞き取れなかった。

「ちょっと、まだ寒いね」

 ほらほら、とブランコに座った沖が息を吐く。白い息が街灯の下で薄く広がり、目の前に立つ俺に届く前に消えた。

 俺は無言で沖を見つめた。目を合わせた彼女は、あー、と落ち込んだような声を出すと、前髪をずらして自分の目を隠した。

「もしかして、だいたい知っちゃった? その、私がやってたこと」

「……ああ」

 俺が頷くと、沖は、はあ、とため息をついた。

「そうだよね……うん、いつかばれちゃうのはわかりきってたんだけど、なかなか言い出せなくって。明日視察の人が葵屋に行けば、その時なし崩しで打ち明けちゃえるかなーなんて思ってたんだけど、学校でも色々言われてたし、当然九郎君の耳にも入るよね」

 考えなしだからなー私、と沖は頬を掻いた。

「……どうして、あんなことを?」

「どうしてって、それは勿論──」

「ああ、いや。違うんだ。言い方が悪かった。俺が聞きたいのは、どうしてここまでしてくれるんだ、ってこと」

「それは……うん。学校でも友達から何度も聞かれたよ。灯、何してるのって。なんであなたがそんなにする必要があるのって。あはは、それはそうだよね。だって私、傍から見たらどう見ても部外者なんだもん。九郎君や十羽織ちゃんみたいに葵屋に住んでるわけじゃない。夜宵ちゃんみたいに土地神さまと昔からの関わりがあったわけでもない。夜宵ちゃんの考えは私もまだあまりわかってないんだけど──私があそこで部外者だってことは、誰の目にも明らかなんだと思う。気付かないふりをしていたつもりだったんだけど、あの時九郎君に言われて、ああやっぱりそうなんだなーって思っちゃって」

「……本当にすまん」

「あ、ううん。それはいいの」沖はばたばたと手を振って、「九郎君が本気で言ったんじゃないってことはわかってるから。それに……たしかにそうだなって思える部分もあって。図星、だったんだと思う。私、部外者で、気楽だったんだよ、きっと」

「そんなことは──!」

「ううん。いいの、それで。だって、それから私は考えることが出来たんだもん。部外者の私が、部外者じゃなくなるにはどうすればいいのかなって」

「沖……」

「でもね、私はやっぱり馬鹿なの。考えて出来ることなんて、殆どない。だから、深く考えずに目の前でやれそうなことは全部やっちゃえって思った。でも、馬鹿な私一人で出来ることも、やっぱり少なくて。それで、色んな人にお願いして回った、っていう感じ」

 ほんとにそれくらいしか考えてなかったんだよ、と沖は苦笑してみせた。

「もう知ってるだろうけど、私は昔結構大きな劇団の子役をしていて。私が踊るとお父さんとお母さんが喜ぶから、あんまり学校にも行かずに練習ばっかりしてたの。そのうちお金もたくさん貰えるようになって、やっぱりお父さん達が喜んでくれるかなって思って、もっともっと時間をかけるようになって。殆ど家に帰ることもなくなっちゃってた。知ってる? その時私、TVにもよく出てたんだよ。子供の私にはそこはとてもきらきらした世界に見えて、きっとこのままここで生きていくんだろうなーなんて思ってた。……でも、お父さんが病気で倒れちゃって。なのに私は、お仕事で全然会えなくて、最後までそのままで。それこそ『部外者』みたいになってた感じなのに、私はそれに気付かなかったの。もしお母さんが夜一人で泣いてるのを見つけなかったら、私、今もあっちの世界にいたのかもしれない」

 だから私はね、と沖は続けた。

「私は、同じ後悔だけはしたくないの。自分だけ蚊帳の外なんて耐えられない。このまま九郎君たちが困っているのを見てみぬふりするようなら、それはもう私じゃない。昔TVに出ていた、ちょっと踊りが上手なだけの私の嫌いな女の子になっちゃう」

 沖はそこで、えいっ、と掛け声を発してブランコを漕ぎ始めた。錆びた金属同士が擦れあう音が幾度か響き、ブランコの振幅が次第に増していく。それが一定の程度を超えたところで、彼女はブランコの台から前方へ向かって飛び降りた。そこには俺がいる。俺の目の前、手を伸ばせば肩に届く位置に膝を曲げて着地した彼女は、スカートの裾を伸ばしながら上目遣いに俺に問うた。

「……見えちゃった?」

「あ、ええと……まあ少しだけ……」

 スカート姿で目の前でジャンプされれば、どうしたって目に入るものはある。暗くてよくは見えなかったけど、多分、白か、黄色。

「そ、そっか。何やってんだろ私。まあ九郎君ならいいかな……」

「な、なんで俺ならいいんだよ」

 あはは、と照れ笑った沖に、俺は動揺しながらそう尋ねてしまった。俺は馬鹿だ。

 それで自分が何を呟いたのか気付いてしまったらしく、沖は、え、あ、う、と何だか悶えた後、急にもじもじし始めた。背を向けて、髪の先をいじりながら、ちらちらとこちらの顔を窺っている。街灯に照らされたうなじは、例によって真っ赤だ。

「え、えとね、九郎君」

「な、なんだ?」

「……もう一つ、言っておかないといけないことがあるの。私の場合、こういう思ってもいなかったリバウンドが来ることってたまにあるんだけど……」

「お、おう」

「部外者が嫌だって私は言ったけど、ちょっと想像してなかったところから、部外者じゃなくなりつつあるというか……」

「?」

「それは私の望んでいたことなんだけど、ちょっと考えてたのと違う方向でそうなってきたというか……」

「……ごめん、沖の言ってることがよくわからない」

「だ、だよね。うん。じゃあはっきり言うけど」

 沖はすうっと息を吸い込んで、俺に向き直った。そして真っ赤になった顔のまま、一気に叫んだ。

「わ、私が頑張ってる理由を勘違いした人がいて、その人が言った話が結構広まっちゃってるの! つ、つまり、私は九郎君と婚約したことになってて、葵屋に嫁入りするからあんなに必死なんだっていう話で──!」

「は、はあ!?」

「だ、だってそうでもなきゃあんなに頑張るはずがないってその人が言ってて、みんなもわりとそれを信じちゃって! だから四月一日はその前振りみたいに考えて、じゃあ見に行かないと、協力しないとって近所の人が言い出しちゃって! そうなったら私もどう否定したらいいかわかんないんだもん! お母さんまでなんか乗り気だし!」

「い、いや、ちょっと待った! 待った、待った、待ってください!」

 興奮し始めた沖の肩を掴んで、俺は必死で落ち着かせようとした。どう見ても夜中に痴話喧嘩しているカップルである。近所の人に聞かれたらどうしようと思ったら、目の前のお宅の窓からこちらを凝視している見知らぬおば様と目が合った。

「マリッジブルーには早いわよー」

 そう言って、がらりと窓が閉められる。え、ちょ、と何か言いかけた時にはもう遅い。俺は両肩にかつてないほどの疲労を覚えてがっくりと項垂れた。その頃には沖も興奮状態から脱して、ぜいぜいと肩で息をしていた。

「ち、ちなみにその話、どこまで広まってる?」

「……多分、学校で噂になるのも時間の問題」

「そうか……」

 悄然としてしまう。というか、これはいったいどういう状況だ。沖と俺が婚約? 嫁入り? なんでそこまで話が飛ぶ? 学校の男共に知られたらどうなるのか想像もつかない。我が敬愛して畏怖もしている妹君に知られたらどうなるのか容易に想像がついて怖い。

 俺は頭を抱えた。なんてこったと小さく毒づく。と、それが耳に入ったらしき沖の雰囲気が、不意に変わった。

 なんというか、とても不満げというか、拗ねている方向に。

「えっと……九郎君? それはもちろん、とんでもない話になっちゃってて戸惑う気持ちはわかるんだけどさ、そ、そんなに嫌がられると私もちょっと悲しいなーと思ったりもするわけで……」

「え、だっていきなりこんな話、沖は嫌だろ?」

「わ、私!? 私は、その、嫌というか、嫌じゃないというか」

「え」

「だ、だってほら! そうしないとせっかくの街の人たちの盛り上がりに水を差しちゃうわけだし! それに、ただのふりなんだから! べ、別に本当に九郎君と結婚するってわけじゃないんだし」

「あ、当たり前だろ」

「──む」

「む?」

「そうやってあっさり否定されると、それはそれで悲しいっていうか……」

「俺にどうしろと!?」

「わ、私にもわかんないよ! あーもー、わんわんわん!」

「うわ、ちょ、沖!?」

 突然、沖が俺の頭にかじりついてきた。お互いテンパってて何が何だかわからない。と、がらりと窓が開いてさっきのおば様が顔を出した。

「尻に敷かれるのも早いわよー」

「だからあんたはさっきから何なんだ!?」

 そんな俺の叫びはどこへも届かず。紛うことなき痴話喧嘩へと移行した俺たちの言い合いは、夜遅くまで続くことになったのだった。

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