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彩名はもはや原型をとどめていない公園で、傾いたベンチに座っていた。ヴォルヴァドスが放った閃光は街を傷つけなかったけれど、触手によって破壊された街はほぼ廃墟だ。
「避難させたなら最初にそう言ってよね」
恨みがましく彩名がいうとシュリュズベリイはフランクに肩を竦めてみせた。
「いや、あまりにも鬼気迫る様子だったからね。知らせる隙がなくて」
鬼気迫るというより、シュリュズベリイには彩名が邪神と対等の存在に見えた。
「さて、ことは収まった。もう少しスマートに終わらせたかったが、力不足はいなめない。見たところ君は学生だね。Universi……おっと大学は来年かい?」
微妙に痛い所をつかれた彩名は盛大にため息をついた。
「高校は今年卒業。大学は落ちました!」
「それはそれは都合のいい」
彩名がきっと睨んだのでシュリュズベリイの笑顔が引きつった。
「いや、まあ、なんだね。もう一度自己紹介から始めようか」
シュリュズベリイは懐から真新しい本を取り出した。ルルイエ異本とは違い、題名はアルファベットで書かれてある。
『セラエノ断章』
シュリュズベリイが書した魔本である。
「私はラバン=シュリュズベリイ。ミスカトニック大学哲学部神智学科教授にしてセラエノ断章を駆る魔術師。そして最近ではこう呼ばれている、トゥームバスター」
彩名は胡散臭げにシュリュズベリイと視線を合わせた。
「君に、世界の裏で何が起きているのか、知る意志があるのならミスカトニック大学を訪ねなさい。何時でも籍をおけるように手配しておくよ」
シュリュズベリイはコートをひるがえし、彩名から離れていく。
彩名はシュリュズベリイの背中をじっと見つめた。年老いてなお揺るがない背中に、老人はどれだけのものをしょっているのだろう。
ついで空を見上げる地上が荒れ果てても空は変わらずそこにある。
スカートのポケットを探ると、くしゃくしゃになった名刺が出てきた。
数秒、名刺を見つめる。
「まっ、行けるとこまで行って見るか」
彩名は名刺をくしゅっと丸めてポケットにしまうと、茜色の空へ両腕を伸ばし、思いっきり伸びをした。