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私が部屋に置いてきた本である。
「よほど好かれたようだね」
摘んでいた本をこちらにほおったので反射的に受け止めた。
「あなた、一体なんなんですか」
「学者だよ。邪神と戦い続けるね」
シュリュズベリイは皮肉な笑みをみせた。なんというか、まったく似合わない笑みだった。
もっと詳しく説明してもらいたかったのだが、取りあえず今は無理らしい。再び地面が激しく揺れた。
「なっ」
思わずうめく。今度の揺れは先程の比ではない。立っていられなくなり地面に膝をつく。視界が縦に揺さぶられた。このままでは宙に投げ出されそうだ。
嫌な音が聞こえた。こすれているようであり、噛み砕いているようでもある。その音は地面から聞こえてきた。なんだろう。なにか巨大な物がうごめいているような。
それが地面から飛び出した時、音はしなかった。恐らく聴覚の許容範囲外だったからだろう。公園からかなり離れたところで巨大な石柱が地面から生えている。一つではない。爆音を響かせながら、まるで公園を取り囲むように円形を描きながら突き出していく。
なんだろうあの石柱。真っ直ぐ伸びているのに捻れていた。どうしようもない不快感が吐き気をもよおさせる。
「遅かったか」
苦々しくシュリュズベリイが呟いた瞬間。地面が隆起した。
「うわあ、きっしょ」
実際、地面から飛び出してきたものは気色悪い物体だった。
タコの足から吸盤を無くし黒くぶっとくすればこんな感じになるだろう。いわゆる触手が何本も生えてくるさまわグロテスクの一語につきる。
触手達は尖った先端を私に向けた。いや、正確には私が持っている本、ルルイエ異本に。
「暗き風よ、災いをもたらせ」
声に導かれ爆ぜた風が私に襲いかかろうとした触手を粉みじんに吹き飛ばす。シュリュズベリイは大したことではないとばかりに平然としている。
「さてお嬢さん。事態はもはやこの老いぼれにはどうにもできないところまできてしまった。セラエノ断章では、召喚寸前のクトゥルフを押し戻せない。だが」
シュリュズベリイはすっと私の胸元を指さす
「ルルイエ異本ならば可能だろう。君はすでにルルイエ異本を二度も召喚している。使えるはずだ、そのグリモワールを」
「ちょっと待って下さい、一体なんの話なんですか」
状況が呑み込めなかった。ついさっきまで私は普段通りの世界に生きていたはずだ。
なのにどうして今、こんな異常に巻き込まれているのか。
見上げたシュリュズベリイの顔ははっきりと一つの事実を告げていた。
もう、手遅れだったと。