7月2日 2
雄介が教室に着くと、すでに裕子は教室にいた。
「よっす、裕子。」
「おは~。」
2人は挨拶を交わし、雄介は鞄を自分の机に置くと裕子が座っている席に歩いていく。
「いやあ、今日は自転車で学校にこれなくてさ。」
雄介はその隣の席にドカッと座ると、けだるげにそう言った。
雄介も裕子も、普段は自転車で学校に通っている。真琴は歩きだ。
「右腕の感覚が全くねえし、左腕も何か重くてよ。こんなんじゃ危ねえから歩いてきたんだ。」
感覚のない右腕と重い左腕をあげながら、雄介はやれやれ、と首を振る。
「え……。」
裕子は、雄介が予想していた反応と違った。
「ん?どうしたんだ?あ、病気かどうか心配してくれてんのか?」
雄介は首を傾げながら裕子の顔を見る。
「そ、それがね……私も全く同じなの……。右腕の感覚も無いし、左腕も重くて。だから、私も歩いてきたの。」
「は?」
雄介は、混乱してそんな声しか出せなかった。
「「……。」」
2人は血の気が引いていくのを感じた。奇妙な現象が2人同時に起こった。そして、2人の脳裏には、今朝見た夢がよぎった。右腕がなく、左腕が腫れあがった少女の夢を。今、自分たちはどうなっているのか、と考えて、怖気がした。
「お?どうした?顔が真っ青だぞ?」
黒板の掃除のために入ってきた担任の末原が2人の様子を見て問いかけた。それで、2人は自分たちの顔色が悪いことに気付いた。同じことを今朝、家族にも言われていた。
「え、ええ、大丈夫っす。」
「だ、大丈夫です。」
2人は何とか声をふりしぼって、しどろもどろに答えた。
「うん?まぁ無理すんなよ。あ、そうそう。今日は神原は欠席な。」
末原はそういって、黒板の欠席欄に神原と書く。
「「っ!」」
2人は驚愕した。何故、このタイミングで?先ほど、2人は自分たちの現状から夢に行きつき、そのタイミングで真琴の欠席。夢の中では、少女の事を真琴の両親が虐待していた。
「何でも、どぎつい風邪を引いたみたいだぞ。」
末原はそういうと、黒板の掃除を終えてまた職員室へと戻っていく。
2人は目を合わせると、無言で教室を出て、立ち入り禁止となっている屋上へ続く階段へと歩いて行った。ここは秘密の会話にはもってこいの場所だ。どうせ屋上に続く扉なんか開いていないし、危険なことも無い。
「昨日、真琴は夢を見て、それで顔色が悪かったよな?」
「ええ。それで、その後右手の感覚がなくて、念のため病院に行ったのよね?」
2人は、お互いの考えをすり合わせていく。お互いの行動と状況を見て、2人は同じ境遇にあると直感した。
「ああ。それで、俺は今日、右腕が肘から下がなくて、左腕が腫れ上がっている女の子の夢を見た。その子は、最初はこっくりさんで遊んでいたな?」
「ええ。それでその後場面が移り変わって、真琴のお父さんとお母さんが同じ部屋で、その子のことを虐待していたわ。」
「で、その後また場面が移り変わって、最終的に右腕の肘の少し下あたりを掴まれて、それで目が覚めた。その時の女の子の顔が、和むはずなのに妙に怖かったのを覚えている。」
「ついでに、その部屋は、今から考えると真琴の家に雰囲気が似ていたわ。見たことない部屋だったけどね。」
「で、このタイミングで真琴が欠席と。」
「さらに、私たちはまったく同じ夢を見ていて、全く同じ状況というわけね。」
お互いが持っている情報や意見を交互に小出しにしてリズムよく考えをすり合わせていく。これが、真琴を含めた『童謡研究会』の相談のやり方だ。
2人はお互いの状況を知るなり、あまりの現実味のなさに力が抜け、壁に寄りかかって体を支えた。
「なんてことなのよ……。」
「こりゃあ、真琴のお見舞いがてらに、真琴に説明する必要があるかもな。」
「そうね……。」
2人は意見を合致させると、どちらから、ということもなく教室へと足を向けた。
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2人は、なんとか周りに怪しまれることもなく学校を乗り切ると、真琴の家へとすぐに向かった。真琴の家は学校からとても近く、歩いても息が切れない距離だ。2人は、道中にあるスーパーマーケットでちょっと高めの焼き菓子を代金2等分で買うと、そのまま真琴の家に向かってインターフォンを押した。
「はーい、何でしょう。あら?辰巳君と美空ちゃんじゃない。」
しばらくして、エプロン姿の真琴の母親である美琴が出てきた。目の下には深いくまが出来ていて、顔色もとても悪く、声色もどこなく疲れているようだった。2人は、真琴が相当ひどい状態なんだと思いながらも、話を進める。
「こんにちは。真琴が病気で休んでいるとのことですので、お見舞いに参りました。」
「これはお土産です。」
2人は丁寧に挨拶と要件を言った。いつもの軽いとも取れる態度は鳴りを潜め、とても丁寧な話し方だ。2人とも、礼儀をわきまえるところはわきまえる人間なのだ。
「わざわざ来てくれたのにごめんね。真琴だけど、かなり体調悪くて人と話せない状態なの。」
柔らかい笑顔を浮かべて美琴は2人にそう嘘をついた。
声が堅いのと、感覚的に不自然さを感じて、2人は違和感を覚えた。何よりも、その柔らかい笑顔がとても恐怖感を感じるものだった。今朝見た夢の少女と違う、何か狂気を孕んだような笑顔。
「どうしても伝えたいことがあるんです。一目会うだけでもいいので。」
「かなり重要なことです。伝言を頼むわけにはいきません。」
2人はなおも食い下がり、美琴にお願いする。その直後、
「いいから早く帰りなさい!真琴は貴方達に会えないの!」
美琴は、ヒステリックな叫び声を、ものすごい剣幕で2人に浴びせた。2人が硬直したのを見ると、美琴は扉をバタンッと激しく閉めて、さらにガチャリとカギをかけた。
2人はそれを、ただポカンと見る事しかできなかったが、やがて意識を持ち直すと、2人で歩きながら話し合う。
「あの真琴のおふくろの表情。」
「ええ。あれは夢の中とそっくりだったわ。」
「ああ、声もそっくりだった。」
「それと、あの表情からはもう1つ読み取れるわね。」
「ああ、動揺したような感じと、いつもと違う、いきなり怒り出した不自然な態度、それと直前のあれからして……」
一旦間を開け、2人で目を合わせ、頷く。2人の脳裏によぎるのは、叫びだした時の美琴の表情。顔色は青くなって、目線が定まらず、とっさに喉から絞り出したような声。
「「やましいことを隠していて、それがばれそうになったときの表情だな(よ)。」」
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「あの子たちは帰ったかい?」
「ええ、そうよ。」
美琴がリビングに戻ると、本来は会社に行っているはずの真尋がいた。体調が悪い、といって休んだのだ。
「あの子は真琴のいい友達だったんだけどね。」
「仕方ないわよ……。」
2人してそういって、深いため息を吐く。
真尋の目の下には、美琴と同じように深いくまが出来ていた。
2人とも、寝た際に、尋美の夢を見た。それから起きた後、右腕の感覚が無くなっていて、左腕が重くなっていた。
2人は、昨日の真琴の死に方と状況、真琴が右腕の感覚がないといって病院に行ったことから、それと見た夢から、1つの推測を出した。
「尋美だ……尋美が僕たちを殺しに来たんだ……。」
「皆……皆殺されるのよ……。次は、私達……?」
2人は頭を抱え、机に突っ伏した。




