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7月2日 1

「こっくりさん、こっくりさん、おいでください。」

 赤い服を着た、右腕は肘から下がなく、左腕は醜く腫れあがっている少女が、部屋の片隅で、1枚の紙と、紙を切り抜いた10円玉ほどの大きさの円形の紙で遊んでいた。

 その紙には、順番に並べられた50音と鳥居、男と女、それのサイドにはい、いいえとそれぞれ書かれている。

 いわずと知れた『こっくりさん』の遊びだ。本来は、複数人で、それに円形の紙は10円玉で遊ぶものだが、少女に友達と呼べる存在はいない。

 少女は、鳥居の絵の上に置かれた円形の紙を、醜くはれ上がった左腕の先にある指先で不器用に抑えていた。

 部屋の様子は、見たことないはずなのに妙に親近感、そう、まるで友人の家に遊びに来たかのような安心感を感じさせるものだった。

「わたしにできるのは、おとうとといもうと、どっち?」

 少女は無邪気に問いかける。すると、円形の紙はするすると紙の上を滑り、男、と書かれた場所の上で止まる。

「おとうとかぁ……。じゃあつぎ。わたしのうでは、なおる?」

 楽しそうな声を一転させ、切ない声でそう、見えない何かに問いかける。

 すると、円形の紙はまたするすると動きだし、途中で止まり、また動き……をいくつか繰り返す。止まった文字を順番に並べると『なおる』、つまり『治る』。

「うふふ、こっくりさんって優しいんだね。」

 少女は、悲しそうな声だが、いくらか明るさを取り戻す。

 部屋の中には少女が1人だけで、他に目立つものと言ったらほとんど本が入っていない小さな本棚ぐらいだ。

「もうすぐわたしのおたんじょうび、7がつの7かだね。そのとき、なにかいいことある?」

 少女は無邪気に、『こっくりさん』に質問をする。

 示された回答は『はい』。

「うふふ、ありがと。ほんとうにやさしいね。こっくりさん、ありがとうございました。おはなれください。」

 舌足らずな声で少女はそういうと、少女は紙から指を話した。

 その瞬間、急に視界が暗転する。そして、再び見えるようになったのはそのすぐ後。同じ部屋、同じ場所、少女もいる。しかし、状況が違う。2人の、大人の男女が少女に虐待を加えている場面だ。

「お前が!お前が生まれなければ!」

「私たちは平凡に暮らせた!何もかもあんたが悪いのよ!」

 大人2人はヒステリックに叫び、少女を虐げる。

 その声と顔ははっきりと認識できる。

 目の前の男女は、少女をものすごい形相で痛めつけている。少女はひたすら無抵抗。声もあげず、泣きもしない。

(いや、やめて、なんで、こんなうでに……。)

 少女の、心の悲鳴が聞こえる。

(なんで、たすけて。……こっくりさん。)


 その声が聞こえた瞬間、再び視界が暗転した。


 再び視界が戻ると、また同じ部屋で、同じ少女の1人遊びの光景が映った。

「とおりゃんせかぁ……おもしろそうだなぁ……。」

 先ほどの光景が嘘のように、少女の声はどこまでも無邪気で楽しげだ。

 少女は本の、『とおりゃんせ』と題が記されたページを見ながら、不完全な両手を上げ、それを見上げる。

「おともだちもいないし、うでも、おててもダメ。うーん……。」

 少女の声はやはりあどけなく、無邪気だ。

 その様子を、ただ少女の後ろから見ているだけだ。少女は壁に向かい、部屋の中央に背を向けている。

「うーん……ん?」

 少女はそんな声を上げると、いきなり振り返った。

 少女と視線がぶつかる。少女は、顔をじっとみてくる。

 心臓は、驚きと訳の分からない恐怖と緊張で早鐘を打っている。

 少女の顔は、どこか幼く、目はくりくりとしていた。足と顔は骨ばっていて、まともに栄養が与えられていないのが分かる。それでも、その表情は無邪気さを表している。

「あ、きてくれたんだ!」

 少女はぱっと顔を輝かせると、立ち上がって駆け寄ってくる。

「ねぇねぇ、おててつないで!」

 少女は、『肘から下がない右腕』を差し出してきながらそういった。

 その笑顔はどこまでも『無邪気』。そんな笑顔を向けられ、謎の恐怖感に支配された。

 訳が分からないながらも、少女が心にこちらをだして、と訴えかけられている感じがしたから右腕を差し出した。

「じゃあ、おててつなぐね!」

 少女は、醜く腫れあがった左手で肘の少し下あたりを掴んできた。

 その表情は、どこまでも、限りなく『無邪気』な笑顔だった。

             __________________

「あああっ!」

 7月2日の朝、雄介は自宅のベッドで目を覚ました。

 クーラーをつけていたにも関わらず、冷や汗と脂汗でパジャマがぐしょぐしょだ。

「一体、あの夢は何だ……?」

 親友の両親が、障害を抱える少女に虐待を加えている光景。そして、少女の一人遊びこっくりさんと無邪気な笑顔。あの笑顔は、和みこそすれ、恐怖感を覚えるもののはずがない。

「となると、どういうこった?……まあいいさ。所詮夢。」

 雄介はベッドから降りると、体に張り付くパジャマから解放されるべく、制服へと着替えた。

             __________________

「きゃあああっ!」

 7月2日の朝、裕子は自宅のベッドで目を覚ました。

 クーラーをつけていたにも関わらず、冷や汗と脂汗でパジャマがぐしょぐしょだ。

「あの夢は何なのかしら……?」

 親友の両親が、障害を抱える少女に虐待を加えている光景。そして少女がやっていたこっくりさんと、向けられた笑顔。あの笑顔を見た時、裕子は心の底から恐怖した。

「なんて夢を見たのかしら……。」

 裕子は、頭がすっきりしないままベッドから降り、汗を吸ったパジャマを脱いで制服へと着替えた。


「何か右腕の感覚がねえな。体の下に敷いてたか?」


「右腕の感覚が変ね。体の下に敷いちゃってたかしら?」


「左腕も何か変だ。妙に重てぇ。まるで太くなったみたいだ。」


「左腕も妙ね。何だか重い。まるで太くなっちゃったみたい。」


 人間の縁と夢。深層心理と記憶に関わる夢は、人同士の結びつきにも関わる。


 赤い服を着た、奇形の少女は、その腕のように歪んだ『無邪気な笑顔』を広げていく。

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