7月1日 5
その後、真琴は、美琴とは顔を合わせずに夕方まで部屋で過ごした。頭の中にはいろいろな考えと予想がぐるぐると渦巻いていたが、目先のこととして、1つの結論は出した。
「ただいまっ!」
1階の玄関のドアが勢いよく開かれる音と共に、父親である真尋の声が聞こえた。明らかにあわてていて、仕事を終えてから急いで帰ってきたのが伺える。真琴が様子を見にいくと、真尋は汗をダラダラ流していて、スーツはくしゃくしゃ、体を大きく上下して息切れしていた。
(多分、母さんがさっきのことを連絡したんだろうな。)
真琴は、先ほどまで考えていた結論を確認する。
(全てを、聞きだそう。気になることを全部、問いかけよう。)
もはや、遠慮などしない。どうせ『帰りは怖い』のだ、進むところまで進んでみよう。と真琴は考えた。
真尋と美琴に呼び出され、真琴はリビングへと向かう。そこでは、すでに両親は並んでいて、2人とも真琴の事を今まで見たことない表情で睨んでいる。
「で、あの部屋の話しをしてもらっていい?」
真琴は、あえて冷たく問いかけた。真琴は、両親と仲が良かったため、ここまで冷たい話し方はしたことがない。しかし、頭が冷え、夢の中とのつじつまを合わせた結果、真琴の中での両親像は崩れていた。
「うるさい!何故あんなことをした!?余計なことを!」
真尋は拳を握りしめ、ヒステリックに叫んで真琴を詰問する。
その姿は、夢の中の少女を虐待しているときの姿とよく似ていた。
「そんなのは気になったからに決まってるよ。……まずは僕の話しからしようか。」
真琴は、親を冷静にさせるためのクッションがてらに気付くまでの過程を話す。
「信じられないかもしれないけど、僕は、ある女の子を大人の男女2人が虐待している夢を見たんだ。男女は父さんと母さんだ。女の子は、幼稚園に入ったばかりぐらいの女の子で、赤い服を着ていた。その服には、明らかに服の柄じゃない赤も点々とついていた。……今から考えると、あれは血だ。腕は、右腕が肘から下が無くて、左腕は腫れ上がっていた。」
真琴はつとめて冷静に事情を説明する。話が進むにつれ、両親の顔は真っ青を通り越して真っ白になっていっているが、真琴は気づかないふりをした。
「その夢の場面の部屋に、僕は妙な親近感を感じたんだ。だけど、そんな部屋を僕は知らない。それでふと、あの不自然な壁のことを思い出してね。調べてみたら部屋が隠されていたんだ。部屋の中は夢の中とまったく同じ。……信じられないかもしれないけど、全部本当の事だ。それで、あの『女の子』はだれなの?」
真琴は冷静に話していたが、真尋と美琴はそれが自分たちを責めているように感じた。
「……女の子の名前は尋美だ。真琴のお姉さんだ。真琴が生まれる1年ほど前、尋美が7歳になる前日に死んだんだ。生まれつき、腕に障害を持っていたんだ。」
真尋は、頭を抱えながらも真琴に説明する。もう少しで7歳、ということは小学校1年生だったのだ。虐待されていたことと、少女が骨ばっていたことから、幼稚園に入ったばかりぐらいに見えたのは満足に食事を与えられていないからだ、と真琴は見当をつけた。
次は美琴が口を開く。
「その腕は真琴が言った通りの障害だったわ。……普通、平凡を目指していた私たちにひびがはいいたのはそこからよ。周りの人たちから、尋美は奇異の目で見られ、それとともに私たちも奇異の目で見られたの。……あの子のせいで、私たちの生活は崩れたんだわ。」
真琴は絶句した。その、あまりに自分勝手な考え方に。
「結果的に、私たちは尋美をあの部屋に閉じ込めて、ドアを工事して尋美が出れないようにしたわ。泣くとうるさいから適当に本をあげて……尋美を外に出さなければ、私たちは奇異の目で見られない。そう思ったのに、今度は尋美がいないからこそ奇異の目で見られたわ。ささやき声を聞くと、尋美が障害を抱えているせいで生活に支障が出ている、と思われていたのね。」
ドアノブの位置が高いのはそのせいか、と真琴は冷えてくる思考の中でそう考えた。
次に、真尋が再び話し出す。
「全部、全部尋美が悪いんだ……っ!あの子が全部……っ!僕たちは、尋美に虐待をするようになった。だって、全部尋美が悪いんだ。僕たちの生活を壊した尋美が。部屋から出れないようにして、僕たちは尋美に復讐し続けた。近所の目があるから、声が外に漏れないようにして、尋美が死なない程度に食事も与えた。本当はあんなのに食事を与えるのももったいなかったけど、死なれたりしたら僕たちはより一層世間の奇異の目線にさらされる。」
真尋の声と、その内容に、真琴は嫌悪感を覚えた。悪寒と吐き気が、真琴を襲う。
(何て自分勝手な……っ!)
怒りは沸いてこなかった。ただ、嫌悪感のみが真琴を支配する。
「結局、尋美は7歳の誕生日の前日、7月6日に死んだよ。近所の人に虐待はばれなかったさ。葬式を上げて、悲しんでいるふりをして……ようやく、厄介払いが出来たんだ。ちょうどそのころ、それから少しして、母さんがお前を身ごもった。これは神様が与えてくれたチャンスだと思った。生まれてきたお前は、いたって平凡で健康な子だった。愛情をこめて、一生懸命育てたよ。それで、尋美の事について、お前が知らないままでいるように、全力を尽くした。けど……もう御終いだな。」
真尋が最後にそう言って、顔を上げる。その表情を見た瞬間、
「ぐっ!」
真琴は頭に激しい衝撃を感じて倒れこみ、そのまま気を失った。
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倒れた真琴の後ろには、フライパンを振りぬいた美琴の姿があった。
「ありがとう、母さん。」
「うまくいったわね、あなた。」
2人の顔は、狂った笑顔で彩られていた。
「真琴にばれてしまった以上、しょうがない。」
「そうね、私たちの生活の為だわ。」
2人はそういって席を立つと、2人で協力して真琴を隠されていた部屋へと運んでゆく。
ドアを閉めると、中から出られないようにガムテープで丁寧に目張りし、開かないようにした。
「それにしても……真琴は夢であのことを………っ!」
美琴が、作業を終えるなり、顔を真っ青にして床に跪いた。
「ああ、まさか……尋美の幽霊が……っ!」
真尋も、同じように崩れ落ちる。2人とも呼吸が荒く、体を大きく上下させている。
2人は、普段はこんな話を聞いても笑い話で済ますだろう。幽霊や怨念といった、オカルトは信じないのだ。ただし、今回の場合は別だ。
あまりにも一致する部分が大きく、それは2人を恐怖させるのには十分なことだった。
真琴の見た夢の中で2人に伝えた内容は、全て真実だった。そして、それに関して身に覚えがありすぎる2人は、強い恐怖感を感じていた。
「まさか、まさか……っ!」
「そんな……嘘……。」
2人の呟きが、廊下に響いた。




