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7月1日 4

「うわあああ!」

 真琴は、仰向けに寝ていた状態から跳ね起きた。今朝と同じように、来ていた服は汗でびっしょりしていて、息が荒い。目を見開き、真琴は呼吸を徐々に整える。

「夢……か……。」

 真琴は、そう呟くと、深いため息を漏らし、利き手である左手を胸に当てて落ち着いた。

「はぁ……。」

 未だに、さっきの恐怖が抜けない。あの笑顔自体は、むしろ微笑ましいものだが、それでも何かが本能を刺激したのだ。気分を紛らわせるために窓を開けて外気を吸い、吐き、また吸う。

(あれ……?)

 気分が落ち着いたところで、真琴は体に走る違和感に気付いた。『感じなさすぎる』のだ。

 また、右腕の、肘から先の感覚がない。

(身体の下に敷いて寝てたか……。)

 真琴はそう結論付けて、ベッドから起きた。病院に行くために着替えた私服は、汗を吸いすぎて不快だったが、そのまま、なんとなく部屋から出て、廊下を歩いてある場所へと向かう。

(なんとなく……ここが気になるな。)

 2階建ての、一軒家の2階、その廊下の隅には、『不自然な壁』がある。

(部屋の配置からして……ここにも部屋があるはずなんだけどな……。)

 階段を上がって、右手すぐ突き当りには父親である真尋の部屋、階段を挟んでその隣には母親である美琴の部屋、その隣に真琴の部屋がある。

(階段から見て、左手突き当りの壁には『ドアがない』んだ。)

 その壁の部分を撫でて、感触を確かめる、どうということはないが、どことなく、『懐かしさ』を感じる。

(いや……『既視感』、だな。)

 壁を撫でている手を離し、真琴は思案にふける。その既視感の理由に、真琴はなんとなく気づいている。

(ドアがないくらいは別におかしくないけど……。)

 真琴は目を瞑り、頭の中にある景色を思い浮かべる。

 思い浮かべた景色は、外からこの家を見上げた光景だ。

(外観から見ても、『ここになにもない』のはおかしい。丁度1部屋分ぐらいのスペースがあるんだ。)

 真琴の家は外側から見てみると、ここに何もないのは明らかにおかしいのだ。そうでなければ、1部屋分のコンクリートの塊があるだけとなる。

(父さんと母さんは……どっちもいないね。)

 真琴は、1階の物音の有無で両親の不在を確認した。物音が全くしないと言う事は、どちらも出かけているということだ。

 真琴は、まず、その気になる部分をノックするように叩いてみる。そして、その後に別の壁を叩く。前者は音が響き、後者は鈍い音がする。

(やっぱり音が違うな。やっぱり、この壁の奥には『部屋がある』んだ。)

 真琴はそう確信すると、今度はその壁の端を見つめた。その境目は、塗装などで巧妙に誤魔化されているが、若干見た目が違う。その境目は、気になり始めると違和感しか生まない。真琴は、それに手を伸ばしかけて静止した。

(本当にいいのか……?)

 この一線を越えたらもう戻れない気がする、と真琴は呟く。

 真琴は今まで、平凡を望んで生きてきた。それは、今でも変わらない。しかし、この一線を踏み越えたら最後、その世界は崩れるのではないか、と危惧をした。

「行きはよいよい、帰りは怖い……。」

 ふと、今日の1時間目の授業の内容が頭に蘇った。それを改めて実感して、真琴は苦笑した。

(そういえば、あの女の子も『通りゃんせ』がやってみたいらしいな。)

 その夢の中の少女と、この奥にある何か。それらは、どこかつながるのではないか、と真琴は直感した。

「怖いながらも通りゃんせ……だな。」

 怖いけれど、通りなさい。真琴は自分にそう言い聞かせて、その壁紙に左手を伸ばす。今になって左手が重いことに気付いたが、そんなのは気にならなかった。

「それっ!」

 真琴は壁紙を一息に引きはがす。ビビビビッ!と小気味の良い音を立てて、壁紙は剥がれていった。

「これは……。」

 壁紙の向こうにあったものは、予想通りの何の変哲もないドアだった。変わったところがあるとすれば、ドアノブが外されていることだろう。それと、ドアノブの位置が他に比べ、不自然に高い位置にあることか。工事の後がすぐ下に見える事から、後でドアノブの位置を高くしているのが分かる。

(壁紙で隠す時にドアノブでできるでっぱりが邪魔だったんだな。それにしても、何でこんなに高くしたんだろ?)

 真琴は疑問に思いながらも、そう予想をつけて、開けにくいドアを開けようとする。幸い、カギはかかっていなかったので、何とか開けられそうだ。ドアノブが外されている部分をがちゃがちゃいじる。

(よし!)

 そして、ついにドアが開いた。ドアを開けるとその部屋の全貌が見える。

 真っ白な壁紙、汚い本数冊しか入っていない小さな本棚、隅の方に放置されている劣化した紙数枚……細長いものと画用紙ぐらいの大きさのものがある。そして、この部屋の空気。大分放置されていたのか、埃が積もっているうえ、空気も埃っぽく、淀んでいるが、部屋の雰囲気は見覚えがある。

「夢の中と……そっくりだ……っ!」

 真琴はそう呟くと、悪寒を感じ、体を抱きしめた。

(あの時感じた部屋への親近感は『同じ家にあった』からか……。)

 真琴は、部屋の中に足を踏み入れ本棚に歩み寄った。

「子供遊び全集……こっくりさん、通りゃんせ……このあたりが、あの女の子が気に入っていた遊びか。」

 大分長いこと放置されてきたのか、埃がかぶっているうえ、茶色くなった本に手を伸ばし、ページをめくる。他の部分もかなり劣化しているが、その中でもこっくりさんのページと通りゃんせのページはとくに劣化している。いかにこのページが多く読まれたかが分かる。

 そのページを流し読みすると、真琴は本を閉じて本棚に置き、放置された紙へと歩み寄る。

「うわ、これは……。」

 その紙もかなり劣化していて、端は擦り切れているし穴だらけ、全体的に黄ばんでいた。しかし、それでも紙に書かれた内容は読み取れる。もう1つの細長い紙は、劣化しすぎていて内容が読み取れなかった。

「50音と、はいといいえ、鳥居に男と女……こっくりさんだ。」

 真琴はそう紙を見て独り言を呟く。

「夢の中にそっくりだ……となると、あれは……現実の出来事なのか?」

 真琴は、そう呟いた。あまりにも共通点が多すぎて、とても偶然の産物では片づけられない、本棚の配置や部屋の広さや雰囲気、そして、この家に住んでいるのは真琴のほかに『両親』が住んでいること。

「じゃあ、あの少女は一体……?」

 真琴は、感覚のない右手を口元に持ってきてそう呟いた。その時、

「真琴、いるの?」

「うえっ!?」

 母親である美琴の声が聞こえた。夢中になりすぎて、帰ってきたことに気付かなかったのだ。母親の声のトーンからして、帰ってきて真琴に呼びかけたはいいものの、返事がこなくてもう一度問いかけた感じだ。ドンドンドン、と美琴が階段を上がってくる音がする。

(ど、どうしよう!仮に何食わぬ顔で部屋に逃げたとしてもここの部屋のドアが見えている以上、僕がこの部屋を見つけたことはばれちゃう!)

 真琴は、心の中では焦っているものの、混乱で体は硬直しており、一歩も動けなかった。心臓がバクバクと早鐘を打ち、全身から汗がだらだらと噴出してくる。

「まこ……っ!」

 美琴が階段を上りきった音がすると同時に、美琴の声が詰まる。

 ドアは開けっ放し、真琴は目を見開いて廊下を見ていて、美琴は隠された部屋の方を見ている。2人の視線がぶつかり、しばしの沈黙。真琴は顔を青くしながら、口をパクパクと動かしている。そして、美琴は、顔を真っ白にして、

「そう……気付いちゃったのね……。」

 低く、放たれたその声は、優しかった母親のものとは到底思えないほど冷たかった。

 その表情は、顔面蒼白ではあるものの、真琴を睨むようにしている。その声と視線に込められている感情を、真琴はなんとなく感じ取る。

 悔しさ、口惜しさ、悲しさ、恐怖、そして……腹の底から煮えたぎるような『怒り』。

「お父さんに連絡するから、お父さんが帰ってくるまで説明は待ってもらえるかしら?」

 低い声で、美琴は真琴に問いかける。

「あ、ああ。」

 真琴は、恐怖のせいで、カクカクと壊れた人形のように頷くことしか出来なかった。

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