7月1日 2
「通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細道じゃ 天神様の 細道じゃ ちっと通して くだしゃんせ
ご用のない者 通しゃせぬ この子の七つの お祝いに お札を納めに まいります
いきはよいよい 帰りはこわい こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ
これは皆さんもご存じのとおり、童謡『とおりゃんせ』ですね。」
国語の古文の授業。7月に入り、しかも週初めの最初の授業。暑さもそろそろ本格的になり、夏休みも近くなってきて集中力を欠いてくる生徒に、古文に興味を持たせるための策。それは、身近なものと関連付ける事だった。
「これも立派な古文です。現代語訳すると、
『通りなさい、通りなさい。ここは、どこの細道ですか?天神様の細道ですよ。ちょっと通して下さいませんか?御用の無い者は、通しはしません。この子の七つの御祝いに、御札を納めに参ります。行きは良いですが、帰りは困難です。困難ですが、通りなさい、通りなさい。』
となります。」
真琴のクラスの授業は国語だ。教師が、黒板に貼りつけた歌詞が書いてある模造紙に、マジックで現代語訳を書きこんでいく。
この教師の反省すべき点は、このように完全な蛇足になると、生徒たちは余計に集中力を欠く、ということに気付かなかったことだろう。
普段の真琴なら、その例に漏れず、といくところだが、今回の話題は真琴の興味を引いたため、真琴は真面目に授業を受けていた。それと同じように、親友である雄介と裕子も興味津々に聞いている。
雄介はまず授業を真面目に聞かないし、裕子も普段はしっかり聞くが、教師の蛇足は無視するタイプだ。しかし、真琴と同じように興味津々に聞いているのである。これには、彼らの部活を説明する方が早いだろう。いや、部活に近いもので、実際は違う。
『童謡研究会』。それが彼らが所属している同好会だ。メンバーはこの3人のみ。何の因果か、この変わった趣味を持つ3人が中学校から全く同じ学校に進学し、あらたに同好会を3人で立ち上げることになった。
『童謡研究会』は、その名前の通り、童謡やそれに準ずるものを研究している。有名どころだとかごめかごめやずいころばし、それに準ずるものならこっくりさん、と言ったところだろうか。当然、通りゃんせも興味の対象となるのだ。
3人の出会ったきっかけは、この変わった趣味を友達に打ち明けられないでいたところ、読んでいた本が偶々趣味に関係するもので、お互いにそれを知った結果、意気投合したのだ。3人とも、人と接するのは得意な方なので、友達づきあいには困らなかったが、それでも自分の趣味で意気投合できる相手には強い親近感を感じるのだ。結果、3人はこうして親友という関係でいるのだ。
こんな変わった趣味を持つ真琴は平凡でない、と意見が上がることはあるが、逆に何も変わったところがなければそれはそれで平凡ではない、という意見で大体潰される。
そんなこんな時間を過ごしているうちに、授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
号令を終えると、それぞれ、思い思いに会話や授業の片づけをしたり、制服を脱いで体育着になったりする。
「次の授業は体育かぁ。」
真琴はそう呟き、制服を脱ぎ始める。
「神原、一緒に外行こうぜ!」
隣の席の気さくな男子が声をかけてくる。
「……いや、お前は陸上だろ?俺は選択したのはバスケだから体育館だよ。」
「おう、そうかそうか!」
真琴の返しに、その男子はそういって笑うと、そのまま会話を終えた。
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先ほどの会話から察する通り、真琴が選択している競技はバスケットボールだ。
生徒たちは体育着で体育館に集まり、それぞれ準備運動をする。始めは2人1組でのパス回しだ。
「へい、真琴!」
「よし、いいぞ!」
親友の雄介と組んで、準備運動をこなす。軽くやっているように見えるが、雄介のパスは勢いが強く、集中力を欠くと真琴はケガをしかねない。
(うん、体調は戻ったな。所詮夢だ。)
真琴は身体を動かすことで体調の回復を実感した。どこにも違和感がない。そう安心した。それは、そのまま集中力を欠くことでもある。
「あっ。」
真琴は勢いよく飛んでくるボールを受け止めようとして、失敗した。バランス悪く突き出された指と手は、ボールに当たる。
「おい、真琴、大丈夫か!?」
右手の指は思い切り突き指する角度でボールに当たり、そのまま抵抗もなく曲がる。
その勢いたるや、見ていた雄介が顔を青くするほどだ。しかし、真琴は違和感を感じた。
(……?『全く痛くない』ぞ?)
あの角度で当たったらまず、突き指はするはずだし、痛みも感じる。しかし、全く痛みを感じないのだ。
「大丈夫だ!」
真琴は痛みが無いせいか、そう返事をするが、
「バカ野郎!そんなわけあるか!」
と雄介から強い返答が返ってくる。右手を見ると、指は不自然な角度で曲がっている。
「すいません、先生!真琴が突き指したんで保健室連れてきます!」
「ん?おお!?大丈夫か!?」
雄介は、近くで別の生徒にアドバイスしていた体育教師に声をかける。体育教師は心配そうに声を上げるが、真琴は大事ないです、と左手をひらひら振って見せると、ちょっと安心したような表情になった。
「とりあえず、言うとおりに保健室に行け。」
「「はい。」」
体育教師の指示に従い、真琴は雄介と一緒に保健室に向かった。
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結論を言うと、突き指だった。幸い、軽いものだったが、それでも突き指には変わりない。
「うーん、これで痛みを感じないの?」
保健室の養護教諭が首をかしげる。そう、軽いものとはいえ、突き指は突き指。まったく痛みを感じないのはおかしいのだ。さらに、今、治療のために氷水に右手の指(突き指したのは人差し指と中指だ)をつけているのに、水の感触や冷たい感覚すらない。まるで、『右手が無い』かのごとく。
「神経に異常があるかもしれないから、病院に行った方がいいわね。この時期の男の子特有の強がりでもなさそうだし……困ったわねぇ。」
おっとりとした話し方で養護教諭は真琴にそういった。
幸い、突き指したのは利き手でない右手だったから良かったが、それでも何か変だ、と真琴は考えた。
「大事を取っておうちに電話して、病院に検査しに行くことをお勧めするわ。」
「はい、そうします。」
養護教諭の言葉に、真琴は頷いた。
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家に早退すると、母親の心配そうな声に出迎えられた。その後、近所の病院に向かい検査してもらった。
結果は、ただの突き指以外に変わったところは無し。触診やレントゲンなどやっても神経に異常は見られず、痛みどころか、感覚がない原因も分からなかった。
その帰り道の事だ。突然真琴は右の人差し指と中指に痛みを感じた。
「突き指の痛みだな……。」
真琴はそれを感じて首をひねるさらに、吹いてくる風の感触や日の光による暑さなども感じるようになった。その唐突な違和感に、真琴は気づいた。
「右手だけじゃなくて、肘から下の感覚が無くなってたんだ。」
真琴は、その異常事態に、暑いのにもかかわらず冷や汗が出た。
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その後、再登校はせず、そのまま家で過ごした。昼食を食べ、そのまま2階に上がると、自室のベッドに座り、考え込む。
「うーん、どういうことだ?」
真琴は頭をひねりながらそう呟く。
「右肘から下がない……まさか、ね。」
ある想像に思い至り、冷や汗をかく。
『夢の中の少女』と同じだ。
「……バカらしい。そのまま寝よう。」
蘇ってきた恐怖を振り払うように、真琴はベッドに倒れこみ、目を瞑る。
しばらくすると、真琴は意識を手放した。




