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7月4日 2

授業というのは、午後から一気に眠くなる。1日も後半に差し掛かって適度に疲労が溜まり、さらに昼食を食べて空腹も満たされ、眠気が襲ってくるのだ。

「あー、やっぱりそうなるよな。」

 苦笑しながら、末原は教室の様子を見回した。テストも終わり、夏休みも近いこの時期と言う事もあって、やる気など見せる生徒はいない。何人かは寝てしまっている。

「まぁ、腕が調子悪い奴もいるし、今日は板書をしない数字遊びでもするか。ノートと教科書を片付けていいぞ。」

 末原はそう生徒たちに指示を出した。起きていた生徒たちは露骨にうれしそうな顔をして顔を見合わせている。

「そうだな……1から1000の自然数を1つずつ足していくと、5005000になる。この考え方だが……。」

 末原は、簡単な数字遊びとその計算方法を説明していく。一部の生徒は面白そうに、それ以外の生徒は結局微睡んだり、はては熟睡したりしている。末原も、別にまともな授業じゃないので注意するつもりはない。そんな風に、緩い空気で授業ともいえない授業が進んでいっているとき、空気が一変した。

「あああああっ!」

 居眠りしていた1人の男子生徒が、いきなり悲鳴を上げて席から転げ落ちたのだ。右腕が思い切り後ろの席の机にぶつかった。汗をダラダラとかき、呼吸が荒い。クラス中が目を丸くしてその男子生徒を見つめる中、男子生徒はまだその視線に気づいていない。

「はぁ、はぁ……。」

 その男子生徒は呼吸を整えて、やっと現状を知った。

「皆が見ていた夢ってこれか……。」

 その男子生徒はそう呟いて、席に座り直した。

「あー、お前もか。両腕は大丈夫か?」

 末原は気をつかって問いかけた。

「あーはい……右腕の感覚がありません。」

 男子生徒がそういうと、クラス中の空気が緩んだ。また1人増えたか、程度の反応だ。慣れてしまった人間は、異常なことも簡単に受け入れる。それは、ある意味では人間の防衛本能の一種で、責めるべきではない、だが、

「きゃあああああ!」

 不測の事態に対応できない防衛本能は、何よりも厄介だ。

 全員の視線が叫び声をあげた女子に向く。その女子の視線の先には、さっきまで寝ていた、


 右腕が肘から下が無くなり、左腕が醜く腫れあがった女子生徒の身体があった。


「うわああああ!」

「死んでる、死んでる!?」

「ぎゃああああ!」

 恐怖はあっというまに伝染し、教室中がパニックになる。末原もパニックになりかけたが、何とか持ちこたえ、即座に形態電話を取り出して救急車を呼んだ。何があったかを説明すべく、その女子生徒を見る。右腕は『始めからなかった』かのように肘より下がなく、左腕はいきなり腫れ上がっていた。

 末原は説明不能と判断して、とにかく来るように頼むと、次に生徒たちを落ち着かせようとした。

「全員真島から離れろ!教室から出るなよ!」

 末原は太い声でそう一喝すると、真島という名の女子生徒の身体に近づく。醜く腫れあがった左手を取り、脈を計る。持ち上げられた際、周りの生徒から短い悲鳴が漏れた。

(死んでる……!)

 末原は怖気を感じた。ここまでも妙だったが、これはそれをはるかに上回っている。そして、末原は気づいた。真島は、裕子と特に仲が良かった生徒で、真琴や雄介の次ぐらいに仲良かったのを。そして、真島も腕に違和感がある、といった生徒の1人だったことを。

(他の生徒の死はまだ報告されていない。全員腕に違和感があるから、と説明されたかここにいるかだ……違う!神原は違う!まさか!?)

 末原は険しい表情になって歯ぎしりした。その表情から、周りの生徒は、真島の命がないことを知った。

 とにかく、末原は校内無線を使って職員室に連絡をするのが先だと行動した。

             __________________

「なっ!嘘だろ!?」

「嘘……和美……。」

 2人は裕子の部屋にいた。雄介と裕子の情報をすり合わせるためには、やはり面と向かうのが1番と思ったからだ。

 2人は、真島和美の死とその経緯の連絡を受けて、それぞれがショックを受けた。クラスのラインだから信頼度は低いし、どっきりの可能性もあるが、2人は不思議とこれは本当の事だ、と直感した。

 裕子は友達も無くしてぼろぼろと涙を流し、雄介は先ほど裕子と相談した内容から状況を推測する。

 真島は裕子と仲が良かった友達だ。やはり、人間関係の繋がりから少しずつ、広がっていっている、と雄介は感じた。

「くそっ!何でだ!?」

 手の中の携帯電話を思い切り握りしめて呻く。これだけ強く握っても、一切痛みを感じない右腕が恨めしく思えた。

 時間がかかればかかるほど、広がっていく。雄介はそのことを実感して、一瞬体の力が抜けた。

 感覚のない右手は、そこから携帯電話が落ちていても何も感じなかった。

             __________________

 そこから、どれだけ俯いていただろうか。気づけばもう夜中の6時を過ぎていた。

「……俺は帰るぞ、裕子。」

「うん……。」

 2人はそれだけ会話を交わして、分かれた。

 雄介は帰りの道で考え事をする。

(どのタイミングでああなるんだ?右腕と左腕が、あの女の子みたいになるのは……そして、死ぬのは。……真島はとっくに腕には異常が出ていて、その後から死んだんだ。最初の異常はあの夢を見た後……。)

 ここで、雄介はクラスのラインを見る。

(ことが起こったのは5時間目の授業……末原の数学か。あの時間は眠くなるよな。っといまは違う。……真島が死んだことに気付いたのは1つ後ろの奴か。何でも、真島はその直前まで寝ていた……っ!?)

 雄介は気づいた。真島が死んだタイミングも『寝ているとき』だと。

(1回目の夢で腕が変になって、2回目でやられるのか……?何故、2回……くそっ!)

 雄介は駆け出した。その後、自分の部屋に戻るや否や、本棚をあさって『人の縁』に関する本を探す。

(あった!)

 そこにはこう書かれていた。

 人と人のコミュニケーションは、回数を重ねるごとに円滑になっていく。さらに、いろんな人とコミュニケーションを重ねることで、初対面から上手くコミュニケーションをとれるまでの間隔は短くなる。

(初めて読んだときは当たり前のことを、とバカにしてたが……となると、今は2回だ。だが、時間が経つとどうなる……?)

 今はまだワンクッション挟むからよい……だが……

(1発で……死ぬ……?)

 雄介は、それを意識した瞬間、全身の力が抜けて床に崩れ落ちた。

「何だよ……ふざけんなよ……。……とりあえず、困ったときは相談だ。」

 後から気づいて回収した携帯電話でメールを打って、今の推測を裕子に送った。

「長い夜が始まりそうだ……。」

 あえて、雄介はおどけていった。そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだ。


 あと1回,自分が寝たら『死ぬ』と気づいてしまったのだから。そして、


 そのうち、多数の人が1回寝ただけで死ぬと予感してしまったから。

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