4
前話の「白石ゆき友好度7%」を「友好度57」に変更しました。
その他の友達よりほんの少し仲良し、ととらえてください。
「今日は委員会があるからな。今から委員決めろおー。」
朝のSHRは山井先生の突然のこの一言ではじまった。大ブーイングである。特にグループ行動が好きな女子からの反発がすごい。どうせ委員は女子と男子で組まなければならないのだ。女子同士で何を相談するというのか。もちろんそんなことは意に介さない山井先生は淡々と委員を決めていく。
「次、体育委員2人。体育祭も体育委員にやってもらうから。希望者いるかー?」
急にざわざわとまわりが色めきだした。見るとクラスの半分は手を上げている。体育委員はそんなに面白い委員だっただろうか?
「翔が手を上げたからだよ。女子達の態度あからさまだよね。」
確かに。手をあげているのはほとんどが女子だ。そして彼女たちの視線は1人の男子に注がれている。
ワックスでセットされた髪は垢ぬけた様子だし、くいっと口角の上がった笑顔は爽やかだ。そういえばグラウンドのサッカー部側で見かけた気がする。ぼくの思うモテ要素が満載だちくしょう。それ以外の手をあげた男子たちは少し居心地悪そうにしている。あ、圧力に屈してしまったのか、手を下げた。
後ろを振り向くと、眼鏡をかけた頭の良さそうな男子がいた。甘いマスクってこういうのを言うのだろうか。彼こそモテそうな顔をしている。それに、左手に持たれた本にはちゃんと読み込まれた跡があり、どこかの誰かさんのような小道具ではないことが伺える。
「僕は遠藤。湯峯くんだよね?よろしく。それと後ろから手紙まわってきたよ、君に。」
「ありがとう。よろしく!遠藤くんはどの委員になるか決めた?」
どうやら白石さんがまわしてきた手紙のようだ。わざわざイチゴの形にたたまれている。何気なく彼女の方に視線を送る。どうやら体育委員には立候補しないみたいで、心なしかほっとする。
「僕は余り物でいいよ。湯峯くんは決めた?」
「ぼくも余り物で、あー社会委員……。」
というわけでぼくは今、白石さんと社会の委員会に向かっている。もちろん社会委員になったのはぼくの希望じゃない。白石さんの手紙にそう指示があったのだ。
「で、なんで社会委員なの?」
「マップ作成スキルないんでしょ?地図、地理、といえば社会。社会委員になって社会科教師に近づくのよ!」
なるほど。でも質問に行って聞けば済む話じゃないかな?
「それがね、社会科の先生人気があるみたいなのよ。大半はミーハーできゃっきゃ言ってるだけだと思うけど、中には変な勘繰りする人もいるかもしれないでしょ?抜け駆けだと思われたくないし。睨まれたくないし。」
なんという情報網!入学3日目にしてどうやってそれを知りえたのか気になるところだ。それにしても、教師に話しかけて目を付けられるなんて冗談じゃない。そんな奴本当にいるかなぁ?あれ。そういえばうちのおねえもなんか言っていたような…。
「僕は田渕輝元。質問があったらおいで。それじゃ委員会をはじめようか。委員長、あとはよろしく。」
深みのある低音ボイス。そして落ち着いた喋り方。
「「「きゃー!先生かわいいー!」」」
いまのどこに可愛い要素があったのかぼくには分からない。どうやら人気があるのは本当なようだ。3年生なんか二人とも女性なクラスもある。
社会科教師の田渕輝元先生は、確かに背は高いし背筋はシャンと伸びている。それに綺麗になでつけられたグレーの髪はなんだか渋くてかっこいいと言えなくもない。
だけど歳は50を過ぎた頃だろうか、歳相応に目元には皺が目立つし、お腹はたるんでベルトの上にのっている。どうみたっておじさんだ。しかし、白石さんが言うにはむしろそのギャップがかわいいらしい。クラスのイケメンには無反応だった白石さんも、田渕先生には頬を染めている。
それに厳格にみえて案外おちゃめな性格しているのよ。か~わ~い~い|!流し目だって色気があるs…(情報提供 湯峯真美)
なにかが頭を過った。まあいい。たしかに同い年の精神年齢の低い男子より、大人で教養があって包容力もありそうな先生に人気がでるのは当然な気がする。これは勉強になるな。よし、ぼくも大人男子を目指そう。
「もう委員会終わったよ?今がチャンス!行くよ!」
いつにもまして行動が素早い気がする。疾うに行ってしまった彼女を、ぼくは慌てて追うことになった。
「失礼します!1年の湯峯幸太郎です!質問があってきました!」
「失礼します。1年の白石ゆきです。」
先生のファンに目撃されることを避けるため、先生が職員室に入るのを見届けてから突撃した。間のいいことに他には人がいないようだ。
「おや、まだ授業もはじまっていないのに随分熱心な生徒だね。何が聞きたいんだい?」
「マップ作成スキ…「地図の書き方です!」
「何のために、どこの地図を書きたいのかな?」
「冒険に使うダンジョ…「アウトドアのとき、迷子にならないように歩きながら記録できたら便利だと思いまして。」
なぜぼくの言葉にかぶせてくるんだ!もちろんぼくは分かっている。田渕先生としゃべりたいのだろう。やれやれ、ここは彼女の乙女心を尊重して譲ってあげることにしよう。ぼくは白石さんにウインクをして頷いてみせた。
そんなぼくを(何故か)一睨みしたあと彼女は次々と質問を重ねていった。メルカトル図法だとか、地形図が縮尺で等高線だとか、ぼくには少しも理解できない単語がぽんぽんと飛ぶ。本をよく読むというのは伊達ではないみたいだ。しかし結局のところ、地図をつくるには地図を読めることが必要だ、というところから始めるらしい。
「いまはGPSとかカーナビとか便利なものがあるからね。読めないっていう人は案外いるんだよ。君達はそういうのを利用せずに、自分で地図を作るんだろう。まずこの地図にあるポストへ行って、このはがき出してきてくれるかな?それができたら次の段階に進もう。」
『田渕先生のお使いクエスト(1/4)
はがきを出そう を開始しますか? (YES/NO)』
「YES!」
「交通ルールを守って絶対に歩道を歩くこと。私道は入っちゃ行けないよ。もちろん必ず横断歩道を渡るように。あとそのはがき急がないから、回収時刻に間に合わなくても気にしなくていいよ。」
ここはぼくが暮らしてきた町だし、はがきをポストに入れるだけだ。こんな簡単なクエストなんてラッキー!と調子にのっていたぼくに田渕先生は釘を刺した。その時は全く気にならなかったその忠告が、随分意地の悪いものだと気付くのは、もう少し後のこと。
地図にはまず二つ大きな目印が記されていた。一つは今出てきた学校で、もう一つはぼくの家と学校のちょうど真ん中くらいにあるコイズミヤ商店だ。そしてあともう一つ、学校をコンパスの中心にして、コイズミヤ商店から左に70度くらい円形を辿ったところあたりに、赤いペンでポストのマークが書かれている。ここが目的地だろう。
通学にかかる時間はだいたい20分くらいなので、迷わなければ10分で着く距離だ。なぜ先生はあんなことを言ったのだろう。
「随分丁寧な地図なのね。」
横から覗き込んだ白石さんがそんなことを言う。目印となるのは先に述べた三点だけで、あとは細かい道がびっしりと書き込まれている。実際の道と見比べてみると、その細かい部分は車も通れなさそうな細い横道や路地であるようだ。
「ここまで書かれると逆に分かりにくいよ。わざわざこんな道まで書くなんて、凝り性なのかな。」
ゴールはすぐそこだ。向かい側にはポストがぼくを待っているのがみえる。車が来ていないのを確認し、渡ろうとしたとき、見えない何かに止められた。
ブーッ
『警告 歩道まで下がってください』
「ええーっなんで!」
ブーッブーッ
『警告 歩道まで下がってください』
『警告 歩道まで下がってください』
わけが分からない。どうにかそのまま突っ切ろうとするぼくを、さっきからずっと考え込んでいた白石さんがとめた。
「だめよ。そんなことしても通れっこないわ。」
「どういうこと?なんで通れないの?」
「きっとクエストのルールに反しているのよ。確か田渕先生はこう言ったわ。『交通ルールを守って絶対に歩道を歩くこと』他にも『私道には入らない』『必ず横断歩道を渡る』なんて、聞き流してたけど。どおりで、思った以上に厄介なクエストみたいね。」
妙に細かく脇道まで地図に書かれていたのはそういう訳だったのか。
「悔しいいい!目の前なのに!ちょっと離れてるけどあっちに歩道橋があったはずだ。そこから向こうに渡ろう。」
10分なんてとんでもなかった。
向こう側の道路に渡るためにひとつ横断歩道を渡って、それから歩道橋を通って、やっとポストがある道路側に来た。と思ったら、今度は最初に渡った横断歩道によって隔たれた道路が目の前に横たわっていて、また、その道路を渡るための横断歩道を探さなければならなくなった。他にも、途中で白線が途切れ歩道がなくなっていて引き返さねばならなかったり、あっちこっちに何度も行ったり来たりを繰り返した。
全く、自分の町でこんなに迷子になるのは初めての経験だった。
「お疲れさま。その顔だと回収時刻には間に合ったみたいだね。喉が渇いただろう?僕の愛飲している水をごちそうするよ。」
疲労困憊のぼく達を田渕先生は優しく迎えてくれた。優しげな田渕先生の声には癒し効果があるようだ。今度から魅惑の低音ボイスと呼ぼう。
「あれ?切らしちゃってるみたいだ。じゃあ次はこれ頼むよ。」
『田渕先生のお使いクエスト(2/4)
おいし~い水を買ってこよう を開始しますか? (YES/NO)』
ああ、この先生結構いい性格しているかも。白石さんが茫然自失状態に陥っている。そんな彼女を引き摺ってぼくは出発した。今度は田渕先生御用達のおいし~い水卸売店「水口酒屋」へと。
「すいませーん。おいし~い水売ってますか?どれか分からないんですけどー。」
一度目のお使いクエストで何度も行き止まりにあたり、散々方向を変えさせられたことによって、いくらか方向感覚が磨かれたようだ。いまならどの方向を向いていても学校の位置がなんとなく分かる。一度目ほど苦労せずに「水口酒屋」に辿りついた。
「はいはい、あらっ若いわね~。その歳で水の違いがわかるなんて、君達いい酒飲みになるわよぉ?大人になったらぜひ贔屓にしてちょうだいね~。」
先生から預かったお金を渡し、おつりと水をお古のスクールバック(インベントリ)にしまった。ぼくのSTRじゃぎりぎりだ。ぎりぎり移動速度低下のバッドステータスがかかる。
「大丈夫?私が持つよ、貸して。」
彼女のほうがSTR値が高いのは事実だ。だが彼女だってスタミナが足りないのだろう、歩くだけでひいひい言っている。それにぼくにだってプライドがある。というわけで、背負ったスクールバッグのおしりを支えてもらうことにした。
「おかえり。はい、これ飲んでいいよ。」
先生は先程ぼくらが納入した水から2本取り出し、こちらに差し出してきた。
『おいし~い水 を手に入れた』
さっそく渇いた喉の奥に流し込む。スーっと染み渡るようで胸のあたりが心地いい。さっきまでの精神的な疲労や肉体的な疲れが幾分緩和されたようだ。隣では、白石さんがおいし~い水のペットボトルを逆さにしてゴキュゴキュいってる音が聞こえる。
「んん~む。デリシャス。」
心なしか声の通りもいい。なるほど。これが田渕輝元魅惑のボイスの正体か!
『田渕先生の魅惑のボイスレッスン(1/18)
魅惑のワン、ツー、スリー を開始しますか? (YES/NO)』
「NO!NO!NO!」
びっくりした。田渕先生は魅了系スキルを伝授できるくらい魅了値も高いらしい。納得だ。モテ男への道は捨てがたいけど、なんかクエスト数多いし、今のぼくにはまだ早い気がする!パスだパス!いつか必要になったらこっそり聞きにこよう。
「それで次だけど、移動するよ。ついておいで。」
そうだ、お使いクエストはまだ終わっていない。立ち上がり歩き出そうとしたところで、隣がやけに静かなことに気付く。もしかして、と振り向くと白石さんはおいし~い水を抱えたまま目を回していた。ついにスタミナがきれたのだろう。彼女はここでリタイアなようである。
「まずは、この東第二中学校の外周をぐるっと回ってきてくれる?あとで描いてもらうから周囲をよく観察してね。」
『田渕先生のお使いクエスト(3/4)
鳥の目線を知ろう を開始しますか? (YES/NO)』
もちろんYES。今度こそ、ラッキークエストに違いない。学校の外周は修行によく利用する走り慣れた道だ。回らなくても地図が書けそうなくらい何度も走った経験がある。すぐに戻ってきますーと告げてさっさっさと走りあっという間に戻ってきた。
校門で別れた田渕先生は、そのままそこで走り終わるのを待っていてくれたようだ。
「じゃあ今からテストしよう。ここに紙とエンピツがある。俯瞰図って分かるかな?この学校を空から見下ろした絵を描いてくれる?見える範囲でいいよ。」
全然ラッキークエストじゃなかった。学校の形なんか考えたこともなかった。
「12点。もういっかい(にっこり)」
こんなときに魅惑の微笑みを発動しなくても!何度も駄目出しをくらい、何度も走って、やっと「72点」を頂いた。ぎりぎり合格点らしい。
「まあこんなものでしょう。そろそろ暗くなってきたね、今日は終わりにしよう。もっと鍛えるつもりなら、普段から視点をいろいろなところに動かすことを意識しながら生活するといいよ。それじゃ、お疲れさま。」
「ありがとうございました!」
あともう少しでクエストクリアだ!明日が待ち遠しい。もちろん言われた通り、空高くに自分の視点を置き、そこから見下ろす景色を意識しながら家への道を歩く。通り沿いのケーキ屋は空からみるとバナナのような屋根をしている。その隣の雑貨屋は建て増ししたのだろうでっぱりがバナナを見つめる人の横顔のように見えた。
ふと、何かを忘れているような気がした。なんだったか。そうだ、またクラブ見学に行き損ねた。まあいい、スキルのためだ。今日は充実していた。他には忘れ物はないだろう。
田渕先生のお使いクエスト (3/4)
はがきを出そう 済
おいし~い水を買ってこよう 済
鳥の目線を知ろう 済
********** 未
田渕輝元 好感度30%
白石ゆき Lv1 友好度52(-5)
クラス ビギナー
HP/MP 10/5
SP 5
「あれ、そういえば白石さんどこ行ったんだろう。」