髪結う亭主
暇つぶしな場面話。前も無けりゃ後ろも無い。
さらっとどうぞ。
現代日本、東京生まれ。公立校育ちで特技もなく、特出して言えるような能力もなく。
そう生まれて、育ってきたわたしが。
「俺の嫁となれ」
そんなたった一言が、人生のレールを捻じ曲げられ。
更には、生まれた故郷(世界)からも離れさせられた、理由。
「…バカかと!」
最初は訳がわからなくて、あーもうどーしよー?と悩み続けたが、結局、理由はたった一言。
(時期王の)嫁に来させられた。ただ、それだけ。
一般人ですから? 身振りも素振りも礼儀作法だって、わたしにはなにもない。
知っていても、意味はない。
それが、異世界と言うもんだ。
……さらり、と頬を滑る髪にも、八つ当たりでイライラする。
わたしを見れば、「髪が綺麗だ」「お美しいですわ」と賞賛の声。
くそったれ!
この世界では、長髪が常であり大人の証らしい。
結う形ですら意味があって。
でも此処に、なんだかんだとダラダラ延ばし続けた『意味』はない。
思い付いた様に、手入れしてみたり。
なんとなく、シャンプーやらコンディショナー、トリートメントに拘った、『理由』がない。
……、偶にしてくれる手慰みが好きだった。
あーだこーだと付けられるオーダーに、笑いながら対応して、真面目に結い上げてくれるその手が好きだった。
だからこそ、わたしは鬱陶しく思いながらも伸ばし続けたのに。
その人が居ない世界で、この髪に意味はない。
カタン、と未だにその豪華さに怯える引き出しから鋏を取り出す。
鏡は目の前。
下には、ゴミ箱。
いっちょやったるか!
ガチャッ
「失礼する」
人が気合を入れた瞬間にお前。
「……黙って?」
礼儀作法なんて授業、あたしなんかじゃなくて絶対コイツにさせた方が良いって。
心の底からマジで思う。
侵入者はくるりと室内を見回して、わたしを見つけて目を見開いた。
「何してる!」
えー。何って。
「…髪を切ろうかと」
見れば分かるでしょ。
「何故」
むしろこっちが何故?だよ。そんな怖い顔でなんで‥?
「…切りたかったから」
「っ、侍女が!」
居るだろう、と続く言葉を遮って。
「人に触られるの嫌い」
事実を言う。
「…っ、いや、でも…!」
「この髪ねー、愛着がある人しか嫌なの。触らせるの。で、こっち来ちゃったし。誰もー‥ねぇ?
だから切っちゃえばいいかなー、と」
怒っている癖に、言い分に反論出来ないオトコ。
早く切らせてくれないかね?
「…、……俺は」
「ん?」
ボソッと呟かれて聞き取れなかった。ワンモアプリーズ?
「俺でも、嫌か」
「は?」
「その髪に触る資格はないのかと聞いている」
「あー‥アンタかぁ…。まあ確かに、知らない人では、ないよね」
愛着があるかどうかは別として、だけど。
だって、呼び出された…と言うか、問答無用の召喚された後、更に問答無用で貪ってくれたしねぇ‥?
「ん~~~」
「………」
「……触りたい?」
「‥ああ」
「切るのは?」
「全て俺がやる」
「手入れもー?」
「俺一人でやる」
「……なに企んでいるんだか知らないけど。
その言葉、違えないならいいよ、今切るの諦めてあげる」
「…本当か」
いいよ、の言葉の反応が判りやすくて面白かったし。
「うん。もう一人じゃ辛いしねぇ~」
本当に、惰性で伸ばしたんだ。
そして今まで、誰かにカバーしてもらっていた。
その、楽しみ方が一人では無理。…だったら、この髪に意味を見出さないだけで。
他の誰かがそう言ってくれるならば、ね。
「ばっさりは止めとく。あ、でもさ、そろそろ毛先が傷んできたからちょっと切って?」
枝毛手入れも面倒なもんで、出来れば1cmくらい。
鋏、櫛、ゴミ箱と必要なものは全部此処にあるし、やってもらっていーよねー?
・・・・この時は、侍女が途中から乱入。勿論、その侍女監修の元、わたしの旦那が切り。
そしてその後。
旦那は器用なタイプだったらしくて、夜会用や儀式用まで髪型を作れるようになった。
一番得意なのは、【人妻】を表す髪形、と言うのは笑えばいいのかなんなのか…。
目に見える【牽制】として得意になった、と聞くのは数年後の話。
この場面だけなんでかすっごく書きたかった。
伏線は置いたままきっと踏み均されます(先か前を書く意思がない限り)
特にヤマもオチもなくてすんません。