表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修学旅行で出逢った君と…  作者: もってぃ
出逢った後に
PR
36/43


 ──貴女は、死にたいの?


 猫の目女の問い掛ける声が耳元に残る。

 宏枝は、小さく首を振った。


 死にたくない……死にたくなんて……ないよ……‼


 それは何かの呼び水だったのか──。

 生きていたときの記憶──〝思い出〟が、宏枝の中に甦ってくる。


 おばあちゃん。いつも凛として、ぽんぽんと飛び出す快闊な語り口の、明るくて、きびしくて、でもとても優しい──。

 あれは6年生くらい……はじめて喧嘩したときのことだ。

 些細なことで言い争いになって、癇癪を起こして二階の部屋に逃げ込むわたし。

 夕食にも下りてゆかず、そのまま知らんふりを決め込んだっけ。

 夜、机に突っ伏して寝たふりの私に、そっと毛布を掛けてくれたおばあちゃん。

 意固地なわたしは、目を瞑ったまま……。

 やわらかな毛布の温かさに包まれて、窓からの秋の夜風にのった虫の声と、遠くから届いた金木犀の匂いにくるまれて──。

 世界の美しさが五感に甦る。

 生きている、ってことは素敵なことなんだ。

 わたしのこころが、何かを求める。


 ──何? よく聞こえない

 ──そういうことは、ちゃんと言葉にするの



 美緒の目は綺麗だ。

 そう気づいたのは中学二年の夏だった。

 一生懸命に演じてる自分のあちこちに綻びが生まれるたびに、わたしのこころは溢れてしまって、親しい人に向かってしまう──。

 そのときはひどかった。誰かの言った他愛無い一言に、簡単に溢れてしまったわたしは、学校の屋上に逃げ込んで、心配してついてきてくれた美緒に当たった。

 ──わたしの家庭にわたしが勝手に感じてた引け目をぶちまけ、それでもみんなには憐れんでなんて欲しくない、と感情的になるわたし。

 そんなわたしに、美緒は云ったのだ。

 そんなのわからないよ、と──。

 誰も本当にはわかってなんてあげられないよ

 あたしはひろえちゃんじゃないもの。ひろえちゃんだって、あたしじゃない……

 でも、あたしがひろえちゃんに寄り添ってあげたい、って、思った気持ちは、本当のことなんじゃないかな

 その時に、美緒の目はとっても綺麗だと感じた。

 涙がぽろぽろと零れてきて、気が済むまで泣き通したあとにも、美緒は隣に居てくれた。

 黙って、ただ肩を寄せてくれてた、その美緒の優しさが、触れた肩の温かさが、甦ってきて思い出させてくれる。

 わたしは確かに、生きていたってことを。

 死にたくない。

 死んだらもう、あんなふうに優しい時間を過ごせない。

 あの優しい時間は、なくなっちゃう。


 ──そうだよ……なくなっちゃうんだよ

 ──いま諦めたら、今までのこと、これからのこと、もう、消えちゃうんだよ……



 宮崎くん……。

 軽く伏せるように外してた目線が、ふっとこちらを向く。

 真っ直ぐな目線──はにかんだ柔らかい笑み。

 わかりやすいくらいに照れ屋さんだよね。

 あの魔法の言葉は、まだ消えてないのかな……。

 彼と二人、いろんなことをしてみたい──。

 二人の〝想い出〟は、どんなだろう?



 たとえば雪の降った冬の日──

 夜のうちに積もった一面の雪の公園で、彼を意識したわたしは「きれい」って燥ぐ。

 彼はちょっと遅れて付いてくる。どんな顔して付いてくるんだろ?

 わたしはチラと横目で彼の顔を窺うの。

 吐く息が白いのに目を細めて──「でも寒いね」って、彼を見て笑う。

 それからわたしが転びそうになると、彼は腕を伸ばしてわたしの手を掴む。わたしは云うの……「ありがとう」って……。

 きっと彼は、くすぐったそうに目を細める。


 ──あーあ、嬉しそうな顔……。捨て去っちゃうのって、惜しいよね……


《嫌だ……。》



 夏には優柔不断な彼に怒ってみせて、二人は初めて喧嘩する、とか──

 憎まれ口を云う自分を止められないわたしに、彼はたぶん精一杯に不機嫌そうに唇を硬くして目を伏せる。

 そのあと一週間──ううん、3日が限度かな──口をきかなくて、夏休み前のある日の放課後、彼が黙って小箱を差し出すの。

 わたしも黙って受け取って、家に戻ってから自分の部屋で包みを解く。中からは、あのうさぎの紙人形──

 握っているように棒がくっ付けられてて、その先に白い旗が括りつけられてる。添えられたカードには「ごめん。」と一言。それから……「P.S. ○○のミックスベリーのフローズンヨーグルトで許してください」──たぶん美緒あたりの入れ知恵だ。

 わたしはにんまりと笑って、うさぎをちょんと揺らす。


 ──仲直りだね。二人はいつだってやり直せる……。でしょ?


《ああ、かみさま……どうか、お願いです……》



 はじめてのキスは桜の下がいいかな──

 陽射しは柔らかくて、春の匂いに満ちてる……そういう日がいい。

 花びらがゆらゆらと舞い降る、そんなある日。

 照れ屋さんの彼に、お道化たわたしが軽く顔を上げるように、「ん!」と唇をとがらせる。

 目を閉じたわたしは、もう何度もスルーされたレクリエイションの再演のつもりでいて、いつもと違う彼の気配に、その日は違った展開になることを知るの。

 ゆっくりと、ぎこちなく重ねられた唇の感触に、わたしのこころは舞いあがる。


 ──そういう未来だって、きっと、きっと、在ったんだよ……


《わたし、やっぱり──》


 ──約束された未来なんてないけれど……未来があれば──生きてさえいれば、人はそうなることを希える……


 小さく、こころが震えた。

 確かにそこに在った未来を、彼の笑顔を、手の温かさを、息遣いを、わたしのこころが希う。

 わたしが望んだ、わたしの未来を取り戻したい、って──

 わたしは、生きていたいんだ。

 死んでしまったら、好きな人といっしょに感じたい、こういう嬉しさが、ぜんぶ、なくなってしまう。

 生きていたい。

 わたしのこころが叫ぼうとする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ