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感染するもの

掲載日:2026/03/18

初投稿です。

アドバイス等お願いします。

 その病気の名前は忘れた。

 ただ最近ニュースでよく取り上げられているらしくて、二学期が始まったばかりの頃、朝のホームルームで担任が少し真面目な顔をしながら「最近、変な感染症が広がっているらしいから気をつけろよ」と言ったとき、クラスの何人かが顔を見合わせて小さく笑ったのを覚えている。

 感染症と聞くと、どうしても大げさに聞こえる。だけどその病気は風邪みたいに咳が出るわけでも、高熱が出るわけでもなくて、どうやって感染するのかも、何がきっかけで発症するのかも、まだはっきりとは分かっていないらしい。

 ただ一つだけ言われているのは、人から人へうつるということだった。

 俺の親友のKがその病気にかかったのは、二年生の夏の終わり頃だった。

 最初は大したことないと思っていた。Kはその頃も普通に学校に来ていたし、昼休みにはいつも通り俺の机に寄りかかりながら「数学の宿題やった?」とか「今日の部活だるいな」とか、そんなくだらないことを言って笑っていたからだ。

 でも九月に入る頃になると、Kは少しずつ学校を休むようになり、気がつけば「しばらく自宅療養らしい」という話がクラスに広がっていた。

 担任はそれを説明するとき、なぜか言葉を選ぶような話し方をしていた。まるで、余計なことを言わないように気をつけているみたいに。

 Kは、昔から妙に人と距離を作らないやつだった。

 小学校の頃、クラスにいつも一人でいるやつがいた。休み時間になると机に座ったまま本を読んでいて、誰かと話しているところをほとんど見たことがないようなやつで、正直言うとクラスの連中はなんとなくそいつを避けていた。

 別に何かされたわけじゃない。ただ、みんな自然に距離を取っていた。

 ある日の昼休み、俺が教室に戻ると、Kがその机の前に立っていた。

「具合でも悪いの?」

 本当に何でもないみたいな顔でそう聞いていて、相手のやつは少し驚いた顔をしながらも、小さくうなずいていた。

 そのあとKはそいつを保健室まで連れて行った。

 帰り道で、俺は思わず聞いた。

「お前、なんであんなことしたんだ?」

 Kは少し不思議そうな顔をした。

「なんで?」

「いや……」

 うまく言葉にできなかったけど、Kはなんとなく察したみたいだった。

 少しだけ笑って、それから言った。

「困ってる奴はさ」

 少しだけ空を見上げてから、続けた。

「見捨てたくないんだよ」

 そのときの俺は、その言葉をあまり深く考えていなかった。まさか、あとになって何度も思い出すことになるなんて思ってもいなかったからだ。

 Kが自宅療養になった少しあと、俺の体にも変な症状が出始めた。

 最初は、本当に些細な違和感だった。

 クラスメイトと話しているとき、急に腕や肩のあたりがズキッと痛むことがあって、その場では何が起きたのかよく分からないまま普通に過ごしているんだけど、家に帰って制服を脱いだときに鏡を見ると、その場所がいつの間にか青く痣になっていたりする。

 ぶつけた覚えなんてまったくないのに、そういう痣が少しずつ増えていく。最初は気のせいだと思っていたけど、同じことが何度も続くうちに、だんだんと嫌な想像をするようになっていった。

 教室の空気が変わったのは、その頃からだったと思う。

 最初はただの偶然だと思っていた。昼休みに弁当を食べようとしたとき、いつも近くにいたやつが「今日はあっちで食べるわ」と言って別のグループに移ったり、グループワークのときに俺の名前がなかなか呼ばれなかったり、そういう小さなことが少しずつ増えていっただけだったからだ。

 でもある日、ふと教室を見回したときに気づいた。

 俺の席の周りだけ、妙にスペースが空いている。

 誰かが露骨に避けているわけじゃない。ただみんな、自然に、ほんの少し距離を取っている。

 理由は分からない。けれど、その頃にはもう、何人かが俺の方をちらっと見てはすぐに目をそらすようになっていた。

 三年生に上がるタイミングで、クラスに転校生Mがやってきた。

 初めて教室に入ってきたとき、やけに堂々としているやつだなと思ったのを覚えている。

 普通、転校生ってもう少し緊張しているものだと思うけど、彼女はそんな様子もなく教室を軽く見回すと、そのまま空いている席へ向かって歩いてきた。

 そして、その席は俺の隣だった。

 最初に話しかけてきたのも、彼女の方だった。

 授業が終わったあと、机をトントンと叩かれて顔を上げると、彼女が少し首を傾げながら俺を見ていた。

「ねえ」

「なに?」

「この学校って、なんか変じゃない?」

 いきなりそんなことを言われて、思わず笑ってしまった。

「初日でそれ言うやつ初めて見た」

 彼女は声を少し落として続けた。

「なんかさ、みんな君から距離取ってない?」

 俺は適当にごまかした。

「気のせいだろ」

 本当は理由を説明しようと思えばできた。たぶん俺は、Kからその病気をうつされてしまった。

 でも、それを口にした瞬間、彼女まで巻き込んでしまう気がして、どうしても言い出せなかった。

 だから俺は、なるべく彼女と関わらないようにしていた。

 だけど彼女は、まったく気にしていないみたいだった。

 昼休みになると普通に俺の隣に座るし、授業のときも普通に話しかけてくる。

 そのせいか、クラスの連中が時々こっちを見て何か話しているのが分かるようになった。声は聞こえないけれど、俺の名前が出ているのだけはなんとなく分かる。

 あるとき、後ろの席のやつが小さな声で言った。

「最近、あいつとMよく一緒にいるよな」

 もう一人が、少しだけ声を落として答えた。

「そのうち気づくだろ」

 Kからメッセージが来たのは、その頃だった。

 スマホの通知を見たとき、一瞬だけ手が止まった。久しぶりだった。

 画面を開くと、短い文章が表示された。

「ごめんな

 俺のせいで、お前まで感染した」

 俺は何度かその文章を読み返したけど、なんて返せばいいのか分からなくて、結局そのままスマホを閉じてしまった。

 それから少しして、もう一通メッセージが届いた。

「なあ

 これって治るのかな」

 俺は少し考えてから、軽く返信した。

「そのうち治るだろ」

 そのときは、本当にそう思っていた。

 冬が近づく頃、Kはもう学校に戻ってこないという話を聞いた。

 理由ははっきり言われなかったけど、なんとなくみんな察していた。

 その日の夜、スマホにまたメッセージが届いた。

「俺の病気治してよ」

 それだけだった。

 俺は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

 返信しようと思えばできた。でも指は動かなかった。

 結局そのまま既読だけつけて、スマホを置いた。

 Kが死んだという連絡が来たのは、それから数日後だった。

 学校の帰り道、Mがぽつりと聞いた。

「その病気ってさ」

 俺は黙って歩いていた。

「どんな病気なの?」

 少し考えてから、俺は答えた。

「人にうつるらしい」

「どうやって?」

 俺は少しだけ笑った。

「さあな」

 それからしばらくして、教室の空気がまた少し変わった。

 今度は、Mの席の周りが少しだけ空いている。

 誰かが小さな声で言った。

「最近のあいつMとばっかりいるよな」

「Mも感染したいんじゃね?」

 そのとき、俺はやっと気づいた。

 Kが感染したんじゃない。

 俺も、最初から同じ病気だったんだ。

 Kは助けを求めていた。

 俺の病気なおしてよ、って。

 でも俺は、それを知っていて無視した。

 そして今日もMは俺の隣に座っている。

 クラスの何人かが、少しだけ距離を取っていた。

 ……Kのときと、同じだった。

 俺はやっとこの病気の名前を思い出した。

『いじめ』

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