第9話 王都からの使者
その知らせは、夕暮れ時に届いた。
村の入口に立つ見張りの少年が、息を切らして駆け込んでくる。
「カ、カイルさん! すごい数の人たちが……王都の旗を掲げて、こっちに向かってます!」
村人たちはざわめき、顔を見合わせる。
辺境の小さな村に、わざわざ王都から人が来るなど滅多にない。しかも“旗印”を掲げているというのは、ただの旅ではない。
「……王都の旗?」
カイルの胸に、嫌な予感が走った。
◇
やがて現れた一団は、立派な馬にまたがった冒険者たちだった。
その先頭に立つ男――剣士ロイ。
かつてカイルを追放した、元パーティのリーダーだ。
「……やっぱりお前らか」
カイルの声は冷たかった。
ロイは一瞬だけ気まずそうな顔をしたが、すぐに取り繕うように笑った。
「おお、カイル! 無事だったか。こんな辺境にいるとはな」
「追放したのはお前だろ」
淡々と返すカイルに、ロイの笑みが固まる。
後ろで、弓手ヴァンスと魔法使いリーナが気まずそうに目を逸らした。
「そ、それは……その、当時は色々事情があってな。だが今なら分かる、お前の力の真価を!」
ロイは言葉を畳みかける。
「聞いているぞ。お前が女騎士や聖女と共に村を守ったと! あまつさえ、竜をも従えたと!」
その声に、村人たちの間に再びざわめきが走る。
ロイたちは、まるで最初からカイルを認めていたかのように語り始めた。
「俺たちの仲間に戻ってこい! いや、俺たちがここに拠点を作ってやる。王都と繋がりを持てば、この村ももっと繁栄するだろう!」
「そうよカイル。私たちのパーティにいれば、もっと大きな舞台で活躍できるのよ!」
リーナが媚びるような声を出す。
「金も名誉も思いのままだ。お前が断る理由はないだろ?」
ヴァンスも笑った。
◇
村人たちは顔をしかめ、互いに目を見合わせる。
つい昨日まで“ただの辺境”と思っていた村が、いまや騎士や聖女が住み、竜が認める場所になった。
そしてその中心に立つのは――他ならぬカイルだ。
「……俺は、お前らの仲間に戻るつもりはない」
静かに告げた瞬間、広場の空気が凍りついた。
「なっ……何を言っている!?」
ロイの顔が歪む。
「俺を追放したのはお前らだ。あの時、“必要ない”と切り捨てただろ」
「そ、それは過ちだった! 今なら謝る! だから戻ってきてくれ!」
「……謝罪なんていらない」
カイルは淡々とした声で言った。
「俺には、もうここで守るべきものがある。――この村と、仲間たちだ」
そう告げると、背後からセリナとエリシアが歩み出てきた。
セリナは剣を携え、堂々とした声で言い放つ。
「この村を守る剣は、すでにカイル殿と共にある。お前たちに出番はない」
エリシアもまた柔らかく微笑みながら、しかし冷ややかに告げる。
「かつて彼を蔑んだ者たちが、今さらすり寄ってくるなど……神の御前に恥ずべきことです」
元仲間たちの顔が青ざめていく。
◇
ロイは必死に声を張り上げる。
「だが、お前一人では世界を救えない! 俺たちがいなければ――!」
「世界を救うだと?」
カイルは肩をすくめた。
「そんな大層なことは考えてない。ただ……俺はこの村を救いたいだけだ」
その言葉に、村人たちから拍手が湧き上がった。
子どもたちが「カイル兄ちゃん!」と叫び、老人たちが涙を浮かべる。
「聞いたか? これが俺の居場所だ」
カイルはロイを真っ直ぐに見据えた。
「――お前たちの居場所は、もうどこにもない」
ロイの顔が歪み、歯を食いしばる音が聞こえた。
だが、それ以上何も言えなかった。
◇
その夜。
村人たちは焚き火を囲み、歌い、笑った。
セリナもエリシアもその輪に加わり、村はひとつの家族のようになっていた。
カイルは空を見上げる。
追放されたあの日には考えられなかった光景が、今ここにある。
「……ざまぁ、ってやつか」
自嘲気味に呟くと、隣のセリナが笑った。
「カイル殿。あなたはもう、ただの“補助術師”ではない。この村を守る主だ」
その言葉に、エリシアも頷く。
「神の加護を持つ者として、私もそう信じています」
カイルは小さく息をつき、笑った。
そうだ。もう二度と、自分を“役立たず”だと思う必要はない。
辺境の村で、仲間と共に。
これからも――支援の光を灯し続けるのだ。