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第8話 村人との信頼と絆

 竜バルディアが去った翌朝、村は異様な静けさに包まれていた。

 夜の出来事を覚えている者は皆、まだ夢の中にいるような顔をしていた。


「……竜が、人の言葉を話していたんだよな」

「しかも、カイルを“主”だとか言ってなかったか?」


 広場のあちこちで村人たちが噂を交わす。

 恐怖に震えながらも、同時に何か得体の知れない高揚が混ざっていた。

 それはまるで、この小さな村が“何か大きな物語の中心にある”ことを、誰もが直感しているようだった。


     ◇


「……まったく、昨日は心臓が潰れるかと思った」

 カイルは家の前で畑を眺めながら、肩を落とした。

 畑の土はまだ温かい。昨夜の竜の咆哮の余韻が、地面にすら刻み込まれている気がした。


「竜に“器”だなんて言われてもなぁ……俺はただの補助術師なのに」


 思わずため息をつくと、背後から声がした。


「ただ、ではありません」

 振り返ると、聖女エリシアが静かに立っていた。

 朝日を浴びたその姿は、まるで絵画から抜け出たかのように清らかだ。


「あなたは確かに“選ばれた”のです。あの竜が認めるほどに」


「……俺は選ばれたなんて思ってないよ。ただ、できることをしただけだ」


「だからこそ、あなたは尊いのです」

 エリシアの声音は優しかったが、芯のある強さがあった。

「王都の人々は派手な力を求め、あなたの支援を軽んじました。けれど――昨日の戦いを見た誰もが、あなたが必要だと理解したはずです」


 その言葉に、カイルは少し救われるような思いを覚えた。

 王都での追放の記憶が、少しずつ遠ざかっていく。


     ◇


 昼頃。

 村の子どもたちがパン窯の前で列を作っていた。

 カイルは慣れた手つきでパン生地を取り出し、窯に入れる。


「兄ちゃんのパン、昨日よりいい匂いする!」

「わたしも早く食べたい!」


 子どもたちの無邪気な声に、思わず頬が緩む。

 パンが焼き上がると、村人たちが集まり、広場にちょっとした即席の“市”ができた。


「おい、これが“カイルのパン”か! 聖女様まで並んでいるぞ!」

「女騎士殿も食べるのか? なんて光景だ!」


 笑い声が弾け、村全体が活気づく。

 カイルは内心で苦笑する。

(俺は別にパン屋じゃないんだけどな……まあ、悪くない)


 その隣でセリナが豪快にパンをかじり、顔をほころばせた。

「……ふむ! これは戦場の糧食とは別次元だな。正直、騎士団に持ち帰りたいくらいだ」


「はは、褒めすぎだよ」


「いや、本心だ。昨日、あなたの支援を受けたときもそうだが……あなたの力は、人の心をも満たす。食事であれ、魔法であれ……カイル、お前は俺たちに欠かせぬ存在だ」


 面と向かってそう言われ、カイルは言葉を失った。

 セリナの剣に救われたのは自分の方なのに。

 だがその誠実な眼差しに、胸の奥が温かくなる。


     ◇


 午後。

 村の長老がカイルを呼び出し、真剣な表情で告げた。


「カイル殿。この村は今、分岐点に立っております」


「分岐点……?」


「はい。竜が現れ、聖女様と騎士殿が加わった。……もはや、この村はただの辺境ではない。人が集まり、力が集まる……いずれ国の目にも留まるでしょう」


 長老の言葉は重く、だが期待に満ちていた。


「カイル殿。どうか、我らの村を“拠点”に育て上げてはいただけぬか。あなたの力ならば――それができる」


 カイルは答えを迷った。

 のんびり暮らすために来た村だ。拠点にするなんて、責任が重すぎる。

 けれど――今まで自分を“必要だ”と言ってくれたセリナやエリシアの言葉が脳裏をよぎる。


(……逃げるわけにはいかない、か)


「分かりました。俺で良ければ、この村を守り、育てます」


 そう告げると、長老は深々と頭を下げた。


     ◇


 夜。

 焚き火を囲み、セリナとエリシアがカイルの両隣に座っていた。

 星空が広がり、風が心地よい。


「カイル殿。改めて、私もあなたに仕えると誓いましょう」

 セリナが真っ直ぐな声で言う。


「私も同じです」

 エリシアが優しく微笑む。

「あなたの支援は、私たちの力を繋ぐ光。どうか、これからも共に」


 カイルは焚き火を見つめ、静かにうなずいた。

 追放された補助術師は、今や誰よりも必要とされている。

 その実感が、胸の奥をじんわりと温めた。


     ◇


 だが、安寧は長くは続かなかった。


 遠く王都からの道を、一団の影が近づいていたのだ。

 その旗印は――かつてカイルを追放した冒険者パーティの紋章。


 ざわめき立つ村の夜。

 彼らの来訪が、新たな波乱を呼ぶことを、このとき誰も知らなかった。

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