第15話 それでも彼は村で生きる
戦いから数日。
辺境の村は静けさを取り戻していた。
焼け落ちた柵は再び立て直され、畑の土はカイルの〈活性〉で芽吹きを見せる。子どもたちは笑い声を上げ、パン窯の前には長い列ができていた。
「ここまで戻せるとはな」
セリナが鍬を担ぎ、笑みを浮かべる。
「王都の騎士団でも、これほど早く復興できるとは思えん」
「奇跡のようです」
エリシアがパンを子どもに配りながら、空に祈りを捧げた。
「けれどそれは、奇跡ではなく“暮らしを守ろうとする心”の力でしょう」
その横でカイルは、パン窯の灰を払いながら苦笑した。
「……俺はただ支援しただけだよ。皆が動いたから、こうして立ち直れたんだ」
村はもう、“ただの辺境”ではなかった。
ここには剣と祈りと竜があり、村人一人ひとりの強さがあった。
◇
その日の午後。
王都からの使者が現れた。だが、かつてのように兵を率いた威圧的なものではなかった。
白い衣をまとった高官が、頭を下げて名を告げる。
「王国議会の名において宣言する。辺境の村を自治領と認める。王都の兵は駐屯せず、村の意志を尊重する」
村人たちの歓声が沸き起こる。
その場で高官はさらに続けた。
「カイル殿。王都は、あなたを“支援魔導士団の総長”に迎えたいと考えている。正式な地位、莫大な給金、国全土に力を振るえる立場だ。どうか戻っていただきたい」
その言葉に、広場は静まり返った。
セリナもエリシアも村人たちも、息を呑んでカイルを見つめる。
カイルは、しばらく黙っていた。
王都で追放された日。役立たずと笑われ、盛り上がらないと言われ、背を向けられた日。
あの日の自分が、この瞬間を知ったら――どれほど救われただろう。
だが、今の自分は違う。
「……悪いが、断る」
はっきりとした声が広場に響いた。
「俺にはもう、この村がある。ここで剣を振るう仲間がいて、祈りを捧げる仲間がいて、竜さえ共にある。パンを焼き、畑を耕し、笑い合える毎日がある」
カイルは掌を掲げ、光を広げた。
「俺の支援は、王都のためじゃない。この村で暮らす皆のためにあるんだ」
沈黙の後、歓声が爆発した。
子どもたちが走り寄り、老人たちが涙を流し、セリナとエリシアが両側からカイルの手を取る。
バルディアが空で翼を広げ、咆哮を轟かせた。
◇
夜。
村の焚き火を囲み、皆が歌い踊った。
セリナは剣を脇に置き、子どもたちと相撲を取り、エリシアは優しい歌声で子守歌を響かせた。
カイルはパンを焼きながら、その光景を見守っていた。
(……追放から始まった俺の物語は、ここに辿り着いたんだな)
支援魔法。
役立たずと呼ばれたその力は、村全体を繋ぎ、守り、育てる力に変わった。
それはもう“補助”ではない。生きることそのものを支える“本当の魔法”だ。
「……これからも、ここで生きよう」
小さく呟いたその声は、焚き火の煙に溶け、星空へと昇っていった。
◇
翌朝。
村の入口に新たな柵が立ち、子どもたちの描いた旗が翻っていた。
そこには拙い字でこう書かれていた。
――最強の仲間が集う村
カイルはそれを見上げ、笑った。
「追放された補助術師のスローライフ……悪くないな」
彼の歩みは、今日も畑へと続いていく。