第14話 王都への逆転のざまぁ
村に訪れた一時の静けさは、長くは続かなかった。
領域魔法を開花させ、魔導師団を退けたその翌日、再び土煙が北の道に立ち上ったのだ。
馬車、兵、そして煌びやかな旗印。
その先頭に座すのは、絹の衣を纏い、傲慢な笑みを浮かべる男――セドリック卿。
「ふん、よくも我が兵を追い払ったな、辺境の小鼠ども」
村の広場に降り立った彼は、目を細めてカイルを見据えた。
「カイル・ルシオン。役立たずの補助術師……いや、今は“領域持ち”か。だがそれがどうした? 所詮、力は王都のもの。お前に選ぶ権利はない」
セリナが剣を抜こうとするのを、カイルは手で制した。
背後の村人たちの恐怖を、正面から受け止めるのは自分だ――そう思ったからだ。
「俺に何の用だ」
低く問うと、セドリックは笑った。
「簡単なことだ。お前を王都に連れ帰る。新設の“支援魔導院”で実験体としてな」
ざわめく村人たち。
セリナが歯噛みし、エリシアが祈りを重ねようとする。
だが、その背後からさらに数名の影が現れた。
「……お前たち……」
剣士ロイ、弓手ヴァンス、魔法使いリーナ――かつてカイルを追放した元仲間たちだ。
三人は縛られてはいない。だが、その顔には屈辱と後悔が混じった影があった。
「カイル……」
ロイが苦しげに口を開く。
「俺たちは……セドリック卿に従うしかなかった。逆らえば一族ごと潰される。だが、お前の力を見て確信した。――本当に必要なのは、お前だったんだ」
「今さら、何を」
カイルの声は冷たかった。
あの日、自分を切り捨てた言葉が脳裏に蘇る。
“役立たず”“盛り上がらない”“必要ない”――。
セドリックが呵々と笑った。
「ほら見ろ! こいつらでさえお前を認めた! だが遅い。今さら謝罪も懇願も無駄だ。お前は王都のものとなり、力も肉体も魂も余さず使い尽くされる!」
◇
広場の空気が張りつめた。
だが、カイルは静かに立ち上がり、ゆっくりと掌を掲げた。
「――違う」
光が広場を満たす。
領域魔法〈共鳴圏〉が再び展開され、村人たちの胸に勇気が宿る。
セリナの剣が震えるほどの鋭さを帯び、エリシアの祈りは聖堂を超える輝きに変わる。
竜バルディアが低空を旋回し、威圧の咆哮で兵たちを震え上がらせる。
「俺の力は、誰のものでもない。王都のものでも、貴族のものでもない」
カイルの声が広場を揺らした。
「俺を追放したお前たちも、利用しようとするお前も――俺に“必要ない”と言ったよな」
セドリックの顔が歪む。
「今度は俺が言い返す番だ」
カイルの瞳がまっすぐに敵を射抜いた。
「――お前らこそ、“必要ない”!」
◇
「バルディア!」
『心得た!』
黒竜の咆哮が轟き、兵の列が崩れる。
セリナの剣が閃き、ヴァンスの放った矢が兵士の武器を弾く。
リーナの魔法が敵の足元を凍らせ、エリシアの祈りが村人を守る盾になる。
かつてバラバラだった力が、今はひとつに繋がっていた。
その中心に立つのは――カイルの支援魔法だ。
「これが俺の仲間だ。俺の村だ。俺の生き方だ!」
領域の光が炸裂し、セドリックの魔法を押し返す。
男は絶叫し、足元から崩れ落ちていく。
「ぐ、うあああ! 王都が黙っては……!」
その叫びも虚しく、兵は四散し、セドリックは村から追い払われた。
◇
広場に静寂が戻る。
ロイたち元仲間は膝をつき、悔恨の表情を浮かべていた。
「カイル……本当に、すまなかった。お前が一番必要だった。俺たちは……愚かだった」
カイルはしばし黙って彼らを見つめ、やがて静かに言った。
「謝罪はいらない。俺はもう前を見てる。お前たちの“必要ない”で終わった俺は、ここで“必要とされる”俺に生まれ変わったから」
その言葉に、ロイたちは涙を流しながら頭を下げた。
村人の拍手が広場に広がる。
誰もが知った――この村が、もはや誰にも屈しない場所になったことを。
(……あとは、決着をつけるだけだ)
カイルは拳を握り、朝焼けの空を見上げた。
王都の圧政に逆転を突きつける時が、すぐそこに迫っていた。