第13話 支援魔法の覚醒
辺境の村を襲った夜明けの戦は、確かに勝利だった。
村人は皆生き残り、セリナの剣は折れず、エリシアの祈りは絶えず、黒竜バルディアもまた翼を傷つけはしたが空を飛んでいる。
――だが、代償は小さくなかった。
畑は焼け、井戸も一度は封じられ、数軒の家が潰れた。
子どもたちは泣きながらパン窯のそばで寄り添い、老人たちは疲れ切った顔で壁に凭れていた。
勝ったはずなのに、胸に広がるのは妙な虚しさだった。
「……支えきれなかった」
カイルは地面に膝をつき、拳を握った。
仲間は無事だ。村も守った。だが“守れなかったもの”も確かにある。
支援魔法は足りない。もっと広く、もっと深く――皆を包む力が必要だ。
その思考を遮るように、空気が揺れた。
◇
「……まだ終わっていない」
セリナが剣を構える。
森の奥から、再び光の列が現れた。
王都の軍勢ではない。黒い法衣をまとった一団――魔導師団の残党が集まっていた。
その中心に、ひときわ大きな杖を持つ男が立つ。
「辺境の村ごときに竜と聖女……噂は本当だったか」
冷ややかな声が響く。
「だが、王都の命令は絶対だ。補助術師を拘束せよ。生きていれば使える。死んでも研究材料だ」
その言葉に、カイルの胸の奥が燃えた。
村人たちを、仲間を、道具扱いするその傲慢さ。
王都に切り捨てられた記憶と重なり、怒りが膨れ上がる。
「二度と……お前たちの好きにはさせない」
◇
魔導師団が詠唱を始める。
黒い魔法陣が重なり、空気がひび割れる。
呪いと毒を混ぜた混成魔術――人の心を壊し、命を蝕む最悪の術だ。
「エリシア!」
「止めます! でも、これは……」
聖女の祈りが光を広げるが、呪毒は祈りを侵食し、じわじわと村人たちに迫る。
子どもが泣き出した。老人が胸を押さえて倒れる。
村は一瞬で崩壊しかけた。
「カイル!」
セリナの叫び。
「分かってる!」
カイルは両手を地面につけ、全力で魔力を放った。
「〈調律〉……〈加護〉……〈鼓舞〉……全部――繋がれ!」
これまで一人ひとりにかけていた魔法が、同時に全員へ広がる。
光が村全体を覆い、呪毒とぶつかり合った。
だが、足りない。
魔力が削られ、意識が遠のいていく。
(もっとだ……! もっと届いてくれ! 俺は……俺は皆を守りたいんだ!)
◇
その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
「――〈領域展開・共鳴圏〉!」
光が爆発的に広がり、村全体を覆った。
支援魔法はただの術ではなく、“領域”へと進化したのだ。
光の中で、村人全員の鼓動がひとつに重なる。
セリナの剣は雷のように速くなり、エリシアの祈りは呪毒を打ち消し、バルディアの翼は嵐を呼ぶ。
村人たちの心は恐怖を超え、石を投げる手に勇気が宿った。
「な、なんだこの力は……!」
魔導師団の男が絶叫する。
だが、その声は光にかき消された。
「これが……俺の魔法だ。支援は“余りもの”なんかじゃない。――皆を繋ぐ力だ!」
光が呪毒を完全に押し返し、魔法陣は音を立てて崩壊した。
魔導師たちは怯え、逃げ出す。
「待て! 退くな!」
指揮官の声も虚しく、闇の中へと散っていった。
◇
静寂。
村を包む光はゆっくりと収束し、朝焼けの色に溶けた。
膝をつくカイルの肩を、セリナが支える。
「……やったな」
「ええ。本当に……あなたの力は、もう誰にも否定できません」
エリシアの微笑みは涙で濡れていた。
空から降り立ったバルディアが低く唸る。
『支援の光、ついに“領域”となったか。これでお前は世界をも支える器となった』
カイルは静かに空を見上げた。
王都に追放されたあの日には想像もしなかった未来が、今ここにある。
「……俺は、もう迷わない。俺の力で、皆を守り抜く」
それは誓いではなく、確信だった。