第12話 辺境防衛戦
北の森を抜け、黒い波のように兵が迫ってきた。
松明の列、鎧の鈍い音、そして空を切り裂く魔導師団の詠唱。王都が本気で潰しに来ているのは誰の目にも明らかだった。
「数は百……いや、二百はいるな」
見張り塔から戻ったセリナが短く報告する。
「正規兵に混じって傭兵、魔導師団。村ひとつを潰すには過剰だ」
「……過剰で当然です」
エリシアの瞳は静かに燃えていた。
「彼らは“恐怖”で従わせたい。だから圧倒的な力を見せつけに来た」
カイルは深く息を吸い、両手を広げた。
「なら、俺たちは“暮らすために守る”。それだけだ」
掌に光が灯る。
「〈鼓舞〉――!」
村人たちの目が一斉に輝いた。恐怖で固まっていた足が動き出す。農具を槍に持ち替え、木の盾を掲げる。子どもたちは避難所へ駆け、老人たちは窯の火を守る。
村がひとつの“隊”になった瞬間だった。
◇
戦端は、森際で開かれた。
魔導師団の炎弾が一斉に放たれ、夜空を赤く染める。
「〈鉄壁〉!」
カイルが叫ぶと、光の膜が畑の畝を覆った。炎は弾かれ、土に火が移ることはなかった。
そこへセリナが飛び込む。
「はあああッ!」
補助魔法で研ぎ澄まされた剣閃は鋼すら断ち、兵士たちをまとめて薙ぎ払う。
背後から矢が飛ぶ。だが村人たちの作った盾壁が受け止めた。
「俺たちだって、畑を守るためなら戦える!」
叫び声が広場に響く。
◇
だが、真に恐ろしいのは魔導師団だった。
十数名の術者が同時に詠唱を重ねる。空気が震え、巨大な雷槍が生まれる。
「カイル! あれは……!」
「分かってる!」
雷が放たれた瞬間、カイルは両手を叩いた。
「〈調律・共鳴〉!」
光が村人全員に流れ込み、盾を掲げた者、槍を構えた者、皆の動きが一つに揃う。
雷槍は分厚い“集団防御”に叩きつけられ、土煙を上げて砕け散った。
「これが……支援魔法の力……!」
エリシアが目を見張る。
◇
その時、夜空を裂く轟音。
『下がれ、小さき者たち!』
黒竜バルディアが翼を広げ、魔導師団へ突進した。
その咆哮だけで詠唱が乱れ、炎と雷が霧散する。竜の爪が大地を抉り、兵の列が吹き飛ぶ。
「これで三方が揃ったな」
カイルは息を荒げながら笑った。
「剣、祈り、竜……そして俺の支援。これが俺たちの――最強パーティだ!」
◇
戦いは熾烈を極めた。
剣を振るうセリナの周囲で光が踊り、癒しを紡ぐエリシアの祈りに補助の糸が重なる。村人たちも一歩も退かず、バルディアの影が空を覆う。
夜明けとともに、王都の軍勢は退いた。
倒れた仲間を抱え、混乱のまま森の向こうへ消えていく。
村の広場に残ったのは、崩れた柵と焼けた畑、そして――生き残った皆の歓声だった。
「守りきったぞ!」
「俺たちの村は、俺たちのものだ!」
カイルはその輪の中で、ようやく剣を下ろしたセリナと、光を収めたエリシアと、空から降り立った竜の巨体を見上げた。
(……これが、俺の居場所だ)
胸の奥に、確かな炎が灯った。